魔法少女育成計画Beyond the Bullet   作:皇緋那

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根尾燕無礼棲(ネオエンブレス)

 ◇レーニャ・エレジィ

 

 未だにゆっくりと血の流れる傷口に当てていた手を、ふいに離す。傷口から流れ出る感触が帰ってくる中、肩で息をしながら、ぎゅっと手のひらを睨みつけた。全部、真っ赤な血で塗り潰されている。

 

 レーニャは──言いたくないし認めたくもないが、負けた。そして見逃された。名も知らぬ蝶の魔法少女と、銃使いの魔法少女に。あの様子、戦い慣れているわけでもないくせに、ことごとく対処され、ついには武器が尽きた。身体能力、才能にものを言わせ、レーニャの必死を否定した。お陰で魔法の国の使者を取り逃し、ペットボトルは調達し直し。また清掃係に頼み込み、街中を駆け回らなくてはならない。レーニャの魔法を使うのには中身が入っていてはいけない。飲み干すか、捨てるかなのだ。そしてやらなければならないことはそれだけに留まらない。報告──組織としての義務だった。この根尾燕無礼棲に入りまだ2ヶ月、必要なのは信用と実績だというのに、邪魔が入らなければどうにでもなったというのに。怒りを抱え、傷口を押さえたままで、目指すは報告すべき上司の下。

 

「待て」

 

 それを呼び止めてきたのが、巡回に使われているおもちゃの兵隊のリーダー。ジェネラル・スパル・トイだ。ジェネラルの名の通りの立派な兜が特徴で、兵隊は彼女の魔法によって生み出され、統率されているという。スパル・トイはそのままじっとレーニャの顔を見ながら、扉の前に立ちはだかる。

 

「貴様は……新入りか。知っているであろう。若はお忙しい」

「報告しなきゃいけないことがあります。通していただけますか」

「お忙しいと言っておろう」

 

 スパル・トイはいつもこうだ、なかなか融通がきかない。巡回の時間に来ればよかった。これでは傷の治療もできたものじゃない。先に治療ができる奴のところに行った方が、間違いなく傷の具合には良いだろう。短絡的な自分の判断ミスにまた憂鬱になる。しかし何を言ったところで、スパル・トイが納得することは基本的にない。ため息が溢れ出る。

 

「なーにやってんのっ」

 

 そこへ声をかけられ、振り向くと黒い白目の悪戯な顔。驚いていたのは最初のうちだけだ。見るからに悪魔がモチーフの彼女──デビ☆るんるんは、事情を聞くとけらけら笑った。

 

「まあまあっ! サイネちゃん様だってそーんな、忙しいったって常にじゃないでしょ」

「しかし誰も通さないのが吾輩の役目だ」

「そんなこと言ってたらデビるんも入れないよ」

「うむ……」

「……あれ? 納得するところだった? 普通にデビるんも通さないつもり!?」

「貴様は若にご用事があるのか?」

「そりゃないけどぉ、って、ほら! レーニャちゃん怪我してるじゃんっ! 救急箱は? もちろんサイネちゃん様の部屋! はい! レッツゴー! ね!」

「しかし……」

「用事ならできたもん! 救急箱に!」

 

 立ちはだかるスパル・トイの周囲を、ずっとぐるぐる回りながら喋り続けるデビ☆るんるん。レーニャの痛みと怒りに塗り潰された思考ではもはや何を言っているのかもよくはわからないが、スパル・トイのことを説得してくれていたというのは間違いないようで、やがて扉が空いた。話を聞いていなかったため、開いた時は何が起きたか理解出来ず、しばらく立ったままだった。

 

「お待たせレーニャちゃん。アタシがお手当てしてあげるからねぇ」

 

 デビ☆るんるんが貸してきた肩を、余計なお世話だと振り払おうともして、傷口に力を入れてしまい思わず呻いた。抵抗は中断され、仕方なく、彼女の厚意にされるがまま、目的の部屋に入る。最寄りのソファに座らされ、ちょっと待っててね、とデビ☆るんるんが離れていき、その場に残された。落ち着いて初めて、自分の脂汗に気がつく。こんな思いをするのも、あいつらのせいに他ならない。悪いのはレーニャの邪魔をしたあいつらだ。

 

「おいおい。何かと思えば……俺の部屋まで来てすることが怪我人の手当かよ。悪魔らしくねぇな」

 

 ため息混じりの濃い煙。魔法少女の甘い体臭と煙草の匂いに、レーニャの血の匂いが混じっている。そのままゆっくり歩いて現れるのはアイドル衣装の魔法少女。衣装には光る棒がいくつも括り付けられており、相変わらずピカピカ光っている。そして輝くアイドルに似合わぬ手元の葉巻。彼女がスパル・トイが「若」と呼ぶ、この根尾燕無礼棲の若頭、彩音燐音(サイネリオン)だ。つまり今のレーニャの雇い主で、ここにいるほぼ全ての魔法少女の上司になる。レーニャが報告しなければならない相手だった。サイネは向かいのソファに、魔法少女らしからぬほど堂々腰掛けると、葉巻に口をつけ、ゆっくりとふかし、こちらを見た。ちょうどデビ☆るんるんが戻ってきて、サイネちゃん様だー、と絡み始めるが、軽く受け流されていた。流されている方も、そのまま喋りながらレーニャの手当をしてくれている。手際は良い。圧迫による止血を行いながら固定し、包帯が巻かれていく。あくまでここにいる魔法少女で出来るのは応急処置。魔法少女とはいえ、医療を得手とする者を呼ばなければすぐに完治はできない傷だ。

 

「はい、でーきたっと!」

「……感謝します」

「いやいやぁ、さすがデビるんマジ悪魔〜」

「手当は終わったか? ならさっさと」

「あっそうだ〜♪ 聞いてよサイネちゃん様さぁ、アタシ〜」

 

 デビ☆るんるんの口は全く減りそうにない。痺れを切らしたサイネは指を鳴らし、誰かを呼んだ。さすがは若頭、呼べばすぐに誰かが現れる。ただ、その現れたのも──。

 

「ジャジャーン!!」

 

 一見してトゲトゲしたデザインのコスチュームに、あしらわれたモチーフはカタカナだ。思いっきり『トゲトゲ』『シマシマ』と書かれており、主張が激しい。うえに本人の主張も激しく、両手両足を広げて全身を大きく見せている。

 

「あれは音か、窓か、ベルか! 否! 全部! そう! オトマドベル! デーン! ドカーン!!」

 

 口から次から次へと出てくるのは擬音。サイネはまた失敗したという顔をした。鬱陶しいのを撤去するために呼んだのがさらに鬱陶しい奴だったとは。レーニャも表情に出ていたらしく、デビ☆るんるんには「新入りちゃんがマドちゃんのことうるさそうにしてるよ」などといじられている。しかし、オトマドベルが当たり前のように「うるさいからね! ドンッ!」と答えたせいで、それ以上話は広がらなかった。

 

「マド、デビをつまみ出せ。俺は新入りと話がある、お前ら邪魔だ」

「シュンッ! シュバッ! がってん!」

「サイネちゃん様ぁ、それマドちゃんも邪魔扱いして」

「いいから黙るか出てくかしろ!」

「はぁーい、黙るくらいなら出ていきまーす♪」

「私も同じく! ガシッ! ワッショイ!!」

 

 デビ☆るんるんを担ぎあげて、出ていくオトマドベル。この組織、ろくな奴がいない。魔法少女なんてそんなものかもしれないが、にしたって、融通きかないし、うるさいし、うるさい。

 

「悪い、待たせたな。で? ここに来たのは俺に用事だろ。報告か?」

「……はい。侵入者です、リストもなしにこの街を彷徨く、恐らくは魔法の国の」

「あぁ、憶測はいい。それで?」

「……取り逃し、ました」

 

 サイネの目が鋭く、こちらに向けられた。

 

「何があったんだ?」

「口封じをしようと思ったところ……魔法少女が邪魔をして。蝶の魔法少女と、銃使いの魔法少女です」

「……ほぉ。そいつらにやられて、撃たれて泣きながら帰ってきたわけだ」

 

 レーニャは泣いていない。しかし、それを否定したところで、サイネからのレーニャの評価が上がることはない。むしろ下がる一方になる。ぐっと下唇を噛んで堪えた。するとサイネはふいに視線を逸らし、そこからは普段通りの、面倒くさそうに葉巻の煙を吸う。

 

「しかし魔法の国の使者に、わざわざうちらに喧嘩売る連中ねぇ。オークションの時期は変な奴らが多いねえ」

「……連中はまだ潜伏しているかもしれません」

「あぁ、あぁ。わかった。マドでもスパルでもデビでも、暇な奴に動いてもらわないとな。怪我人のあんたは──」

 

 ばさり。

 

 もっと部屋の奥、カーテンで仕切られた向こうから、ふいに羽ばたきのような、布が擦れるような、そんな音がした。

 

「なんや、聞いとったら……そないなことに人を裂くなんて。冗談きついわぁ」

 

 サイネの顔がまた変わった。今度は「げ、やっべ」という顔だ。と、いうことはつまり。彼女の存在は知っていても、レーニャの目の前に直接現れるのは初めてだった。

 カーテンを捲り、現れるのはこれもまた魔法少女。妖艶に着崩した和装の背中から、伸びる極彩色の翼が目を引く。この翼、間違いない。この根尾燕無礼棲の『総長』、シルクウイングだ。彼女はレーニャの姿を見るなり、目を細め、口元に翼の先をやり、見下ろして吐き捨てた。

 

「蝶に銃士やったっけ? 虫ケラに負けて、うちらに泣きついて……うちら根尾燕無礼棲の看板に泥が塗りたかっただけとちゃいますの?」

「……っ、違っ、私は!」

「喚いとる暇があったら、役に立つとこ、見せてくれへんとなぁ」

「姐さん。こいつは負傷してる。それに災いの種は消すべきだろ。動ける奴が動けば」

「魔法の国の連中はそもそもオークションにいくらでも参加しとる。報告が行ったところで、今の魔法の国は混乱中やさかい、大規模には動かれへん。ほんなら、うちらの手ぇ煩わすことやあらへん。虫ケラと一緒や」

 

 指をクチバシに見立て、何かを啄む仕草を見せるシルクウイング。彼女の目は冷たい。

 

「つばめの姐さんが遺したこの根尾燕無礼棲……舐められるわけにはいかへんの」

 

 ひとり呟いた言葉を、サイネも聴こえてはいただろうが、反応は誰もしなかった。レーニャはできなかった。間髪入れず、ぐいと顎を引き寄せられ、顔を近づけられての一言。

 

「次はあらへんよ?」

「ッ……」

 

 総長からの直々の脅し。完全に崖の淵だ。逃げ場はない、そもそもレーニャにはこの道しか残されていない。そして、それを選び取ったのは自分自身だった。

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