魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
ダスティ・ダイヤ──。その体はレーニャのものに違いないのに、今目の前で話している彼女はレーニャではない。頭が追いつかなくなりそうだ。けれど、その伸ばす手を取ってはならないことは明白だった。躊躇なく銃撃が撃ち込まれ、レーニャの細い手から血がしぶく。ダスティ・ダイヤは怪訝な目でそれを眺めた後、銃撃の主であるエリザを睨んだ。
「あのさ。もう羽を乾かす時間は終わったの。風はいらないわけ。わかる?」
「はぁ? なんの話だかわかんねぇな」
「だから……」
瞬間、キラリといくつかの光が走った。直後、突如として熱線が迸り、エリザのジャケットを射抜き、焦がし、穴を開けていた。その熱量は立ちはだかった彩音燐音を想起させるもので、息を呑む。その想起は正解だった。ダスティ・ダイヤのコスチュームに、彩音燐音と同じネオン管が追加されていた。さっきまではなかったはずだ。切っ掛けがあるとすれば、今の光──。
「お前はもういらないってことだよ」
いつの間にか手にはコンサートライトが握られ、さらにそこから振る度に熱線が放たれる。それでも前に出るのがエリザだった。同じく光の剣を作り、受け止めて火花を散らす。
「これ、本当はサイリウムを振って、応援したい相手にパワーを伝える魔法なのに。熱量を思いっきり上げてビームにしちゃうなんて、やくざは怖いね?」
「……!! 彩音燐音の野郎のことか──」
「それだけじゃないけどね」
今度は別のパターンで光が瞬き、すると今度は着物風の上着と、背中に極彩色の翼が増えている。エリザは羽ばたきに弾き飛ばされ、そこにいたラムが受け止めた。今のはシルクウイングの魔法だ。ラムはすぐには立てないエリザをそっと壁に寄りかからせると、自ら武器を振るい挑みかかる。シルクウイングの翼に彩音燐音の光が合わさり、ラムの攻撃でさえ防がれている。
「貴方、何者なの!?」
「だから、ダスティ・ダイヤだって」
ショコラティエホイッパーの機構が炎を放ち、シルクウイングの羽がそれを振り払う、それを利用して開かれた懐に飛び込み、コンサートライトは素手で掴み掌の皮膚を焼かれながらも封じ込め、直接腹にホイッパーを突き入れる。宝石がその腹を覆って現れ、攻撃を防ぎながら、またいくつかの光が迸った後、宝石の内側から黄色の布が現れる。腹に巻きついてはいたが、あれはハステアーラのマントだ。
「マントよ、【尖れ】」
変形したそれは槍のようにラムの腹を貫いた。肉を裂く嫌な音がする。しかしそれでいて、ただでやられないのが彼女だった。突き刺さった槍は変形すらできず、締め上げた筋肉によって拘束されている。ダイヤの顔に驚愕が見えた。
「え、マジで、それはさすがに」
「ショコラティエ……エミエッテ!!」
ホイッパーの底からアルコールが火を吹き噴出、ジェットエンジンのように威力を増し、打ち込まれる。翼を差し込み間に合わせようとして、それでも翼の端では弾ききれずに衝撃を受け、ダスティ・ダイヤが大きく飛ばされた。それでも、咳き込みながら立ち上がってくる。
「いったぁ……なら、これも使っちゃおうかなぁ!」
今度は黄土色の光がチカチカとしたかと思うと、頭にターバンが追加された。掴んで解くと内側から赤い粉がばら撒かれる。この匂い、香辛料だ。それを彩音燐音の熱線で焼き、一気に爆発が起きる。『すいみん屋』の外壁がついに崩壊し、崩れる天井がガレキとして降り注ぎ、どうにか魔法少女たちが身を守ろうとする中、太陽の光が射し込む。それを反射するダイヤのコスチュームは、ぎらぎらと光っている。
突如として明るくなったがゆえか。自らの反射光に目を細めるダイヤ。その光を嫌がる姿に、スワローテイルは僅かだが、レーニャの仕草を見る。きっとこれは気のせいだ。それでもだった。
「レーニャ!!」
焦げ臭い匂いと、瓦礫の土埃と、ばら撒かれた香辛料の残滓の向こうから、光がゆっくり、振り向いてくる。
「ねぇ、レーニャは、レーニャはどうなったの!?」
「レーニャ・エレジィ。それも『私』。ダスティ・ダイヤ。それも『私』」
「……!?」
「落ちこぼれの
瓦礫を踏みしめ、その途中に転がる遺体さえ踏みつけて、歩み寄ってくるダスティ・ダイヤ。頭に着けた仮面は色とりどりに輝き眩しく、ゆえにおぞましい。
「……そんなにわたしの魔法が必要なら、その宝石にしちゃえばいいんじゃないの」
「あはは。その魔法は魔法少女の中にないとうまく動かなかったんだ。あまりに強力なものはまだ圧縮しきれないみたい。本家の仮面には及ばないや」
「わかんない……なんで……救うって言いながら、たくさんの人を巻き込んで」
「巻き込まないと救えないからさ」
「あの子だって殺して!」
「殺さないと救えないからさ」
平然と返ってくる答えは理解ができなかった。
「はぁ。まったく。どうしてわざわざ、死んだ胎児を取り上げたりしたと思う?」
「え、死ん……」
「『魔法少女を生み出す』魔法。『魔法を生み出す』魔法。両方を重ね合わせて、蝶の器に押し込めて、成長させて……初めて『再生産』に相応しい永遠の蝶が生まれる」
「ま、待っ、て」
「……ん? あぁ、そっちじゃないか。そっちの話、ね。じゃあ恩を売っておこう!」
ダイヤは思いついたように続ける。
「あの日。6年前のきみの誕生日。魔法少女トップスピード、室田つばめは死んだ。もちろん、腹の中の胎児ごとね」
「……じゃ、じゃあ、わたしは」
「苦労したよ。死体をホムンクルスに融合……いや、憑融かな? させるなんて。その間に色々混ぜなくちゃいけないし。ジヴリア家の皆さんが手助けしてくれなかったら、できなかったよ」
「もう、死んで……るの?」
「複雑な疑問だね。産まれ直した、という方が正しいかな? でも──きみがきみとして産まれるに至ったのは、私のおかげだよ」
これまで追いかけてきた母親は、母親だけれど、母親ではない。あぁ、わからない、頭が混乱する。受け入れようとしていない。本当に室田あげはになるはずだった『室田つばめの娘』は、もうとっくのとうに死んでいる。だとしたら、スワローテイルは、わたしは、なんなんだ?
「あんたは! あんただろ! 今ここにいるスワローテイルは、何も変わんない! そうだろ!?」
「……わ、わたし」
ようやっと立ち上がったエリザの銃撃が会話を遮った。そんな彼女に向かって、不快そうなダイヤが香辛料で出来た竜を放ち、さらに熱線で貫いて爆発させた。エリザの姿が爆炎で見えなくなる。このままだと、みんなと帰れない。結局手は届かないままで、助けに来たはずなのに、エリザまで──。
「いまだ!!! かかれぇっ!!!」
瓦礫の下から叫びが響いた。一斉に起き上がってくるのは、ブリキの兵隊たちだ。彼らは息を揃えてダスティ・ダイヤへと飛びかかる。それも十や二十ではない、数百が押し寄せている。するとスワローテイルの足元のあたり、これまた瓦礫の中から、先程の声の主が顔を出した。
「スパルさん!?」
「ぐっ、こ、ここは……吾輩が責任をとる!!! お前たちは逃げろ、逃げて、なんとか、生きてくれ……!!」
スワローテイルの背中が思いっきり押されて、よろめいた先で、傷ついたエリザとラムが支えてくれた。
「おい、そこのあんた、死んだら出世できねェだろ」
「……む! それもそうか! うむ、ではなるべく早く戻ってきてくれ! 吾輩が死なないうちにな!」
兵隊の量は大量だが、当然のように複数の魔法を用いるダスティ・ダイヤを前に、次々と蹴散らされている。最低限の時間が稼げればいい方だ。しかしこのままでは、やはり傷が深すぎる。……それに、スワローテイルは、今、ダスティ・ダイヤに向き合える気がしなかった。
「箒、三人乗りいけるか?」
「大丈夫……お姉ちゃんは、走って追いつくから……」
「一番の怪我人が何言ってんだよ!?」
エリザに続き、ラムをラピッドスワローに跨らせる。皆の傷口はどうにかコスチュームの端を千切り、縛って押さえ、無理やり応急処置を重ねる。スパル・トイの兵団はこうしている間も、どんどん数を減らされている。指揮する彼女は気丈に立っているが、内心には恐怖があるに違いなく、冷や汗が滲んでいる。
「でしたら皆サン、いいものがありマス」
ここでバーニアを使って飛来する音がした。上を見る。マスカレイド44だった。
「魔法のアイテム四枠のうち、ひとつをキープ用の『マジカルコールドスリープ装置』にしておいて正解デシタ。この時が来るんデスから」
彼女はスカート部の内側から応急処置キットを取り出し、傷に当ててくれる。ラムの刺傷が、みるみるうちに塞がった。本人の治癒能力もあるのだろうか。
「あと2つは……コルネリアさんに渡してマス。途中で迎えてあげてくだサイ。さっきアイツに襲われて、路地裏でひぃひぃ言ってマス」
「え、あの、マスカレイドさんは」
「援軍デスよ。見殺しにするのは、やりたくないのデス」
地上に降り、確かな歩みでスパル・トイの隣に立つマスカレイド44。ほんの少し仮面を外して、初めて見る澄んだ黒の瞳が、ウインクをしてみせた。
「助太刀しマス」
「む、感謝するぞ、ガーター……ではなく、マスカレイド、か」
「呼び方はなんでもいいデス。正念場デスので」
視線の先で、ダスティ・ダイヤが兵隊を振り払い、すり抜けて来ようとする。そこへマスカレイドからミサイルが撃ち込まれ、彼女は歩みを止めざるを得なくなり、さらに列を組み直した兵団が襲いかかり、ダイヤはほぼ拘束されている。
「悪足掻きだなあ、もう」
「ふ、悪か? かもな、ワルかもしれない、だがこれは」
スパル・トイは仁王立ちで、高らかに叫ぶ。
「正義足掻きだ!!!」
スワローテイルはラピッドスワローを飛ばした。すぐに戻ってくることを誓って。