魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇マスカレイド44
爆炎が空に立ち込める中、遠巻きにラムのところまで飛んできたマスカレイド44。目にしたのは片腕から破裂したように血を流し、壁にもたれかかる姿だった。彼女は応急処置キットを使ってもなおまだ快復には至っていないらしく、上空での戦いにはついていけそうにないと、コルネリア提案の固定砲台役を引き受けたという。
「っ、もう、一回……!」
「ラムさんは休んでくだサイ、今度こそ腕なくなりマスよ」
「それでも! 私は、私がやりたいから……!!」
先程ラムが放ったのは自分の腕ごと凄まじい爆発を起こす必殺技だ。当然自分の体もただじゃすまない。負担は激しいはずだ。というより、もう腕がなくなっていないことの方が不思議だ。
それでもなお、と立ち上がってくれたことには感謝すべきである。だが同時に、感謝はすれど理解はできそうにない。
マスカレイドが
「なぜ、そこまで?」
「えっ? えっ、と……これがやりたいことだって、思ったから? それ以外の理由なんて、ないよ」
「……そうデスか」
いや。ある意味では近いのかもしれない。動機が逆なだけだ。マスカレイドは『やりたくないこと』から逃げて飛び回っている。飛び回っているうちに、その『やりたくないこと』が増えてしまった。自分でも、愛着がわくなんて珍しいと思う。最初はただの頼まれごとだっただけに、そういえば自分も命まで張っていた。そうしなければ報酬が貰えない、というだけの話でもあり、それを選んだのがマスカレイドだということでもある。
「ここまで来て見捨てる選択肢はないデスよね」
装甲はボロボロ、仮面は割れて、ミサイルも在庫切れだが、奪い取った炎の魔法は生きている。少しは役立てるはずだ。
マスカレイド44は再び飛んだ。この体になったおかげで強化された魔法は4つのアイテムを使える。まずは当たりアイテム保持のために寝かせておいた『コールドスリープ用カプセル』。続いて使い切りの『応急処置キット』。あとひとつはコルネリアに預けてあり、手元にはひとつだけ。これを抜く時が来ただろう。
上空ではスワローテイルがダスティ・ダイヤと激しい戦いを繰り広げている。何度防がれようと向かっていくスワローテイル。ダイヤは翼やマントを使い、突進を逸らしている。注意は完全にスワローテイルに集中している。こちらもバーニアを吹かして接近、至近距離からマッチ棒を射出し火球を喰らわせる。夢見枕催夢本人との戦いで知る通り、寝具の魔法との相性は優位だ。ラムの爆炎に焼かれたダイヤが寝具を出してきたとしても対処出来る。
マスカレイドはマッチ棒を抜き、また炎で対抗しようとした。それをダイヤは見ていた。不意にこちらに掴みかかり、わざとマッチ棒を、マスカレイドの目の前で擦ってみせた。揺らぐ炎は、攻撃性よりも、不思議なゆらめきを持つ。
「この魔法はこうやって使うんだよ。量産型にはわかんないだろうけど」
──目の前が歪む。まずい。何かに罹った。豪勢な食事や安寧の部屋の風景が網膜に焼き付く。そのせいか、うまく揚力が維持できない。墜落する。せめて着陸をしようと足掻くが、次第にそんな気すらも薄れ、次に気がついたのは地面に叩きつけられた衝撃で、だった。この状況はまずい。ジュエルを奪い返されている。
「……おい、大丈夫か」
霞む視界の中、どうにか目を開ける。この声はダーティ・エリザだ。マスカレイドの翼は折れている。だが、彼女なら、スワローテイルに届けられる。力を振り絞り、小さなおもちゃの拳銃めいた見た目をした道具を彼女に渡す。
「こいつは……?」
「これまで引いた中で最高のイタズラグッズ。あいつの脳天……撃ち抜いて」
「は、そいつぁいい、ありがとよ。ゆっくり休みな」
カラミティ・メアリは、かつてのマスカレイド──いや、マジカロイド44が死んだ時、わざわざ弔い合戦をしたらしい。
こんなところで死ぬ気はない、が。今度はエリザがそうしてくれるなら、まあ悪くないか、と思い、大の字のまま転がっていた。
◇ダーティ・エリザ
ダスティ・ダイヤを追って、街を駆け抜けた。
上空に留まる相手に攻撃を届かせるのは簡単では無い。いくら銃撃ができるといっても、弾丸が飛ぶ間に見切られる。それほどの相手だ。だからこそオトマドベルの存在は頼もしかった。
彼女が放つ効果音には物理的な質量がある。踏み台にして飛び上がり、共に弾丸を叩き込んでやる。それでもいくつもの防御向きの魔法で防がれてしまうが、確実に消耗はしている。マスカレイド44に託されたアイテムは、彼女のことだ、ここまで出し惜しみするなら切り札級だろう。疲弊しきったところにこいつをぶち込んでやるつもりで、攻めの手は緩めない。
エリザが手にする限り弾丸は無限にあるようなものだ。一瞬でも手を離して再び掴めば、新たな武器にすることができる。一方のオトマドベルも、音といういくらでも作れるものが即ち手数。今でもやたら大きなカタカナが何度も飛び、ダイヤを苦しめている。それに加えて超音速のラピッドスワローに跨ったスワローテイルだ。もはや逃げ場はない。
「まっ、たく──ゴミが入るから、使いたく、ないのに──」
ダイヤの表情からは完全に余裕が消えていた。往々にして、追い詰められた相手は予想だにしない牙を剥いてくる。彼女とて例外はない。その瞬間、輝きが放たれる。思考を回す。ダスティ・ダイヤが使ってきたのは、これまで散った魔法少女たちの魔法だった。そしてこの街でいなくなった魔法少女のうち、利用されていない者。アンナ・シャルールの炎は、マスカレイドが奪い持っていた。ならばそれか。それとも、スパル・トイ。彼女が奪われたとすれば、兵隊が展開され、厄介なことになるだろう。そのくらいならばと、エリザは判断して、これまで使ってきた銃をロングレンジのライフルに変化させ、明らかに重すぎるのを無理やり持ち上げてトリガーを引く。細く長く鋭い、貫通力を突き詰めた特別製の弾丸だ。さあどう出る──と、思ったその時、不意にオトマドベルが自分に飛びついてきたことに気がついた。
宙から落ちて、地面まで、思いっきり飛ばされる。ほぼ撃墜されたような形だ。
一瞬のうち、彼女に突き飛ばされ、庇われる形になる。『バッ』だの『ドサッ』だの、効果音が積み重なって壁になっている。その壁が、光に飲み込まれ、キラキラとした何かに変わって崩れ去っていくのを見た。この光は──何だ。これでは弾丸も通じなかったのだろうか。何よりも、スワローテイルは逃げ切っただろうか。向こうの遠くに小さく、箒に乗った少女の姿が見えて、安心した。それから、自分を庇って逃がそうとしたオトマドベルを見た。
「……っ、何、あたしのこと、庇ってんだ。あたしのこと、殺すんじゃ──」
「──あは。そうだよね、そうなのに、なにしてんだろ、私」
「……お、おい、あんた」
オトマドベルの背中は完全に宝石そのものに変えられていた。それだけでなく、徐々に体を侵食されている。今し方消し飛ばされた効果音たちと同じ状況だ。いや、それだけじゃない、周囲の風景のほとんどが、上から宝石で塗りつぶされたように、鉱石へと変えられつつあった。
「こんな魔法使う奴、この街にはいなかっただろ、なんだよこれ」
「たぶん、だけど……これがあいつの本来の魔法、なんじゃ、ない? ほんと……咄嗟に庇ったりなんてしなきゃよかった。でも、さ、動いちゃったんだもん、仕方ないか」
彼女は笑っていた。憎悪ではなく、自嘲のような。
「ダメだぁ。結局、ひとりじゃ生きてけないんだよ、私」
「……」
「あいつはやたら優しいからさ。私のこと、頼むとか、言ったんでしょ?」
「……そうだよ。でも……あんたに殺されてやってもいい、覚悟は……してたつもり」
「あはは。じゃあ、仕方ないか。いいじゃん、アイドルのカーテンコールにはお似合いだあ。キラキラで……うん、そう、夢に見た、サイリウムの海みたいな……」
彼女は深く息を吐き出した。そのまま静かに目を閉じようとした。そんな彼女を、ただ見送ろうとした。
だがそうはいかなかった。もはや体のほとんどが宝石と化した彼女の後ろに、立っている。ダスティ・ダイヤだ。怒りを込めて、エリザは銃を握る。
「あーあ。救うつもりもないのに宝石にしちゃった。さんざん邪魔してくれちゃって……お前もこうしてやる。キラキラの宝石にして、踏み砕いて、ただの燃料にして再利用してやる」
「っ、てめぇは……!!」
そのままトリガーを引こうとしたその時だった。宝石の塊になりつつあったオトマドベルが、動いたのだ。当然無理に動いたせいで、その体は砕けてしまう。腕だった部分は地面に落ち、もう粉々だ。だが飛び出した効果音、宝石の砕ける『ガシャン』はダスティ・ダイヤの胸元を直撃した。
「は──?」
宝石が砕け散る。ということは、取り込んできた魔法が撃ち砕かれるということ。同時に背中の翼、羽、マント、ターバンに抱き枕もマッチの籠も、キラキラした光に戻り、消えていた。残ったのはレーニャの体だけ。
「ッ……!! くっ、この、こう、なったら……!!」
再び先程の、全てを宝石に変える光が巻き起ころうとしていた。今度こそ、この距離なら弾丸が届く。オトマドベルの死は無駄にしない。例え次その光を受けて、自分も同じ末路になるとしても、これで終わらせる。そのつもりで定めた狙いは、突如襲った別の衝撃のせいで、定まらなくなった。倒れてきたオトマドベルが砕け、その効果音が衝撃になって、エリザのことを押し出したのだ。
「なッ……あい、つ……!!」
その死には、今の一瞬で、何度も救われてしまった。ダスティ・ダイヤが周囲に多量の光を放ち、まるで太陽のように、球体の空間を成しているのが見える。 あんなの、巻き込まれれば終わりだった。そんなのは最初からわかっていた。それでも、オトマドベルは救いたかったのか。今となってはもうわからなかった。
「エリザ!!」
スワローテイルの声だ。駆けつけた彼女の箒に乗せられて、上空へ飛び出す。
「オトマドベルさん……」
「アイツ……向こうで……仲良くしてくれよ」
「……ねぇ。もう、全部、無駄にしたくない。なくしたくないよ」
「あぁ。最後の突撃だ。コイツで決めてやる」
数多の犠牲を出した。だからこそ、進むしかない。手の中の、マスカレイドに託された銃を握りしめた。あの光が止む気配はない。レーニャはずっと、光の向こう側だ。飛び込むしか方法は思いつかなかった。スワローテイルもそうだろう。だからこそ、二人並んだ箒の上で、最後の覚悟を。
「だから。お願い、お母さん」
「──は?」
不意に、エリザの手から銃が奪われる。そして、ラピッドスワローの操縦席から、彼女が飛び出す。残った箒は減速しながら離れていく。スワローテイルだけが飛び込んでいく。まさか。
「おい……!? 待てよ、スワローテイル! おい!!! コイツの装甲もなしでってか!? なんで、んな、あたしを使えば……!!!」
「エリザのことも、失いたくないんだ!!」
そうか。スワローテイルには、既に自分で歩けそうにもないことすら見抜かれている。ゆっくりと着陸しようとする箒に揺られて、小さくなるスワローテイルを見ているしかなかった。