魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
らっぴ〜☆(挨拶)
◇ラッピー・ティップ
お茶にラップをかけ、保存する。次のお茶汲みに向け、会議の日程を確認し、あらかじめ用意しておいた。ラッピーの持つ魔法のラップにかかれば、注ぎたての状態を保存しておける。どんな人数の会議に駆り出されようが、事前に用意しておけば時間はかからない。手間はかかる。
ここ人事部門は、こと昔から伏魔殿と言われ続けている。策略、謀略が飛び交い、殉職者は絶えず、かつての部門長でさえ志半ばに斃れている。何か大きな事件が起きる時、大抵は人事部門が渦中にあり、今から2年前もそう、そして少し前にあった事件でも、その中に人事部門の者がいた。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様〜」
「報告書、ひとまずできました」
顔を出したのは、主に報告書の作成で一日中パソコンの前に座っていた別部署の同僚、コルネリアだ。死にかけるような事態に巻き込まれて、事実死にかけの怪我を負っていた彼女は、やっと包帯の取れた病み上がりにも関わらず報告書を書かされている。
それでもそつなくこなすのが彼女で、だからこそ死地にも送られ、だからこそ生還した。
ラッピーとて、指令があればお茶汲み以外の仕事も言われた通りにこなすし、実際その予定だった。そちらの件は無事に別の候補者が見つかったことで死地には飛び込まずに済んだが、コルネリアはそうもいかなかった。そして巻き込まれた。彼女自身は生還しても、人死にが多く出ていたという。
ラッピー・ティップとコルネリアは、一時期配属部署が同じだったことがある。そんな些細な縁ながら、それなりの親交があった。配置換えの後でも、稀に一緒に食事に行くくらいには。退院祝いに、せっかくなので誘おうと考えていた。普段から、食事のお誘いはラッピーから誘っている。
「あの」
しかし意外にも向こうから話しかけられた。普段ならそんなことはないのにと思いつつ、朗らかに応対する。
「次の週末って、空いてますか?」
丁度、誘おうと思っていた日程だ。快く、大丈夫、元々誘おうと思ってたんだ、と答え、しかしコルネリアは実はと言いにくそうに続ける。
「その……私、その日、一日姪を預からなければならないんです」
「うん?」
姪っ子? それがどうラッピーと関係してくるのか。すみません本当にプライベートですし長い話になってしまうのですが、と前置きをして、彼女は続けた。
「えっと、まずですね。私には6つほど上の兄がいるのですが」
「うん」
「その兄と、奥さんと娘さんが、東京に遊びに来るんです」
「うんうん」
「ですがその、夫妻で行きたい場所が、どうも幼い子供が行っても楽しめない場所だそうで」
「うん……」
「預かってほしいと言われました。ここまではいいんですよ、私も納得してますし、奥さんとは仲良くさせてもらってます」
退院早々に大変だと思うが、それらの仕事が入っていたのも、そもそもコルネリアの兄は知らないのだろう。それは仕方のない話だ。本人がいいなら口を出す必要もない。聞いているだけのラッピーにとっての問題は、そこにどうしてラッピーが絡んでくるのかという話である。
「もちろん魔法少女のことは知らない兄夫婦なのですが、この活動のことは、私は一応大学生なのでサークル活動だと誤魔化しているわけですね」
「えらい危険なサークル活動だね」
「兄も両親も、上京した私を心配して、根掘り葉掘り話を聞いてくるわけです。そして、私は嘘を吐くのも得意ではありません」
「だろうね」
「ですが、誤魔化す理性はあります」
「さすが」
「ですので可能な限りぼかして置き換えて話していたのですが」
「ですが?」
「そのうちに尾鰭が何枚も何枚もついていってしまい……頼れるサークルの先輩でカリスマギャルなる存在ができてしまいました」
「どうしてそうなった」
「そして、姪に『カリスマギャル先輩に会いたい』と言われてしまったんです」
……と、いうことは、つまり。まさかとは思うが、そのまさかだろうか。
ラッピーは、今、死地に向かわされようとしている気配を感じ取ってしまった。
「ラッピーさん。すみません。カリスマギャルになっていただけませんか」
「は!? 私が!? なんで!?」
「だってほら! 中学校潜入の話が出た時、ギャル系キャラで行く予定だったって聞きましたよ!」
「誰から聞いたの!? あれは年齢を化粧で誤魔化すためだから! そういうのじゃないって!」
代わりに行ってくれる現役中学生が見つかって事なきを得たというのに、結局やらされるのか。そもそも何をどうして架空のカリスマギャルが誕生してくるのか。
「っていうか……魔法少女の仕事仲間でしかない相手に言っちゃっていいことなの?」
「すみません、魔法少女業が忙しい関係で、大学の友人も数少なく……皆用事があるとのことでして。ラッピーさんだけが頼りなんです。お願いします」
そこまで言われてしまっては断りづらい。いや、予定があると言ってしまえば、まだやんわり断ることはできるか……と思ったところで、自分は最初に快く応じていたことを思い出して、ラッピーは乾いた笑いが出た。
いや。中学生役よりはマシだ。中学生よりは! とにかく自分に言い聞かせ、わかった、という心ここにあらずの返事をして、彼女は深く頭を下げた。
「すみません本当に……! このお礼はいつか必ず……!」
「いや、いいって、退院祝いだから、あはは……」
退院祝いがカリスマギャル役とは、まったくどうしてそうなるのだろうか。ラッピーは一瞬だけ勉強しようとし、そして見送られたことで一切思い出さなかったキャラ作りのことを、初めて思い返すことにした。
◇
そして訪れた週末。いつにもなく化粧を濃くし、自分はカリスマギャルなのだと鏡を見ながら繰り返すつどに五度、それからコルネリアとの待ち合わせに出発した。待ち合わせ場所には、真面目そうな黒髪ぱっつんに見えてピアスを着けた女子大生と、幼稚園児だろうか、小学校にはまだ入っていないだろう可愛いざかりの幼子が待っている。そちらの方に、覚悟を決めて駆け寄った。
「ら、らっぴ〜☆」
きょとんとする女子大生。そっちはわかってほしい。そして理解すると同時に笑いを堪え始めるのもやめてほしい。女児はきょとんとしている。
「フフッ……ら、らっぴーです、ルミ先輩」
「……あ! ルミせんぱい!! ほんもの!!!」
女児の顔がぱあっと明るくなる。そんなに憧れられていたのか、例の先輩は。その座に自分が収まっていいものか。
「お、キミがメグちゃんのお兄さんの娘ちゃんかあ! カワイイねぇ〜!!」
大きな声で誤魔化しつつ、事情を知っているアピールでそっとコルネリアの名前を呼んでおく。メグねえちゃんと呼ばれているのは本人から聞き取り済みだ。憧れの人からの「カワイイ」で照れている。よかったねぇとメグねえちゃんも乗り、最初のご機嫌取りはなんとかなっただろうか。
「それじゃあ、えっと」
「えっとね! ルミせんぱいと行きたいところがあるの!」
「だ、そうです」
一体、どこへ連れていかれるのだろう。戦々恐々としながらついていき、到着したのはというと、最近流行りのスイーツの屋台だった。そこそこ並んでいる。
「これ食べてみたかったの!」
並ぶだけで笑顔を溢れさせてくれる。底抜けにいい子なのだろう。
「でね、聞いたんだけどね!」
そして絶えず、話したいことを話し続けている。ルミは内容の理解よりも相手へのリアクションを優先して、とにかく相槌をうった。これは話を聞いてほしそうな上司との会話でも使う手法だった。そうしていると順番が来るのはあっという間で、買ったら買ったで、映える写真の撮り方を伝授し、満足したら食べる。
味はそれなりだ。流行る理由は見た目がいいからだろう。だいたいそういうものだ。本当に美味しい屋台そのものは知っているが、ここにおける本題はそうではない。
「おいしいね!!」
姪っ子ちゃんの笑顔に、一番映えるのはこの笑顔ですねとメグねえちゃんが耳打ちしてくる。それはその通りかもしれない。
続いて通りがかったうち、ワゴンに並べられたリボンが気になったのか、彼女は足を止めた。アクセサリー屋であるらしい。そして、どっちがいいかな、と意見を求めてくる。普通に可愛いと思う方を選ぶと、本当に嬉しそうにして、それからメグねえちゃんにお願いしていた。それ以降はリボンを着けて満足そうで、勉強した最新ファッション誌の知識を一切使わなくても、彼女には響いているらしい。
それからも、カリスマギャルだから、憧れの人だからといってそう特別なことはなかった。一緒にゲームセンターに寄ってお気に入りのアーケードを遊び、何かしら買ってあげたり渡してあげたり。走り回るというわけでもなく、なるほどこれはメグねえちゃんに似たのかもな、という印象だった。この子の親もそんな感じなんだろうか。
「本当に……あの兄の娘とは思えませんよ」
どうやらそうではないらしいことだけは確かだった。
そうしてフラフラと歩き、疲れたらしい彼女は公園でベンチに座ると、ふいに言い出した。
「あのね、ルミせんぱい」
「うん、どしたの?」
「……あのね?」
耳を貸してほしそうにしていたため、近づけてやると、小さな声で囁かれた。『キスの仕方を教えてほしい』……と。
「き、きききキス!?」
大声が出た。もーやめてよと反応されて慌てて口を押さえる。ギャルならばキスくらい上手くて当たり前……なのか。確かにそんなイメージはあるが、ルミはもちろんそんな遊んでいる人間とは程遠い。職業魔法少女は得てしてそうだ。もちろんメグねえちゃんもそう。
どうすればいい。考える。実演? そんなまさか。付け焼き刃なのがバレるし、女児とキスとか犯罪的すぎるし、というかそんなキスの仕方なんて何に使うのか。
「……あ、あたしも? そんな、したことあるわけじゃないし〜……」
「そうなの?」
「ほら、運命の人が出来た時のためにとっておいてるから?」
「じゃあ……練習……してくれないの?」
「れ、練習っっっ」
練習ならばした人数のカウントに入らないとかそういうあれだ。メグねえちゃんに視線で助けを求める。彼女は首を振った。そしてさらに、何かを伸ばして広げるようなジェスチャーをしてみせた。あれは……ラップ。そうか。キスの練習といえば……って、することにはなってるんじゃないか!
「……わかった。ちょっと待って」
ルミは隠れ、ラッピー・ティップに変身、魔法のラップを何枚か出すと、それから変身を解除した。これを使うしかない。それを持って戻ると、既に姪っ子ちゃんは準備万端なのか、ドキドキしながら待っていた。
「い、いくら練習とはいえ、その〜……」
「……だめ?」
「………………」
まずい。期待を裏切れない。
ルミは諦めた。そして、高性能な魔法のラップのせいで、ほぼ直と変わらぬふよふよぷるぷるの女児の唇の感触と、柑橘系のリップかシャンプーのほのかな香りを浴びることになり、深い罪悪感に苛まれることになるのだった。
◇
「本当にありがとうございました。とても嬉しそうでした」
「そ、そうだね…………」
後日、お礼にとコルネリアがラッピーに食事を奢ってくれることとなった。だが、その奢ってもらった気になるお店で頼んだうち、ホットスイーツに入っていたみかんの果肉の感触と香りが、あまりに女児を醸し出しており、激しい自己嫌悪の後、次からコルネリアの無茶ぶりには気をつけなければならないと肝に銘じるのだった。