魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇キューティーラム
キューティーヒーラー。それは20年間受け継がれてきた正義の魂であり、全ての女児の憧れと言ってもいい。かわいく輝き、そして時にかっこよく拳を振るい、皆の希望として立ち上がる。画面の向こうのスーパースターだ。多くの人間にとっては、その姿は空想の理想。だが──実は、そうではない。魔法の国が関わっている魔法少女アニメには、モデルとなった魔法少女が実在する。このシリーズは全て、モデルは実在する魔法少女なのだ。そんな選ばれし者のひとり。2年前に放送された『キューティーヒーラーショコラティエ〜ル!』に登場する紫担当、それがキューティーラムだった。ラムは作中において、『姉』というものにコンプレックスを抱き、その悩みを友達のショコラたちと共に解決していくキャラクターとして描かれた。が、現実のラムは一人っ子だった。そのくらいの脚色はよくあることだ。かのマジカルデイジーも、花の国から来たわけではなかったと聞く。なので、お姉ちゃんというキャラ付けはアニメから受け継いで、一応みんなのお姉ちゃんとしてやらせてもらっている。
清く正しく。『実在するキューティーヒーラー』であっても、その在り方は変わらない。その名を冠した以上、その後の魔法少女人生を、ずっとキューティーヒーラーとして過ごさなければならない。アニメ化された魔法少女は、その正義の規範であるべく生きなければならないのだから。それはラムだって例外ではない。
例え潜入捜査の途中であっても──そもそも顔を知られているアニメ化魔法少女がまったくもって潜入捜査に向いていないということは置いておいて──変わらない。できることならバレないように、が加わるだけ。だから。
「ちょっと、待ったぁ〜!!!」
悪そうな人に囲まれている小さな女の子を見たら、放っておくことなんてできるわけがない!
「な、なんだこいつ!?」
「てめえ! 邪魔するんじゃねえ!」
少女を取り囲んでいた黒服の男たちはラムの乱入によって散っていき、掴みかかろうとしてきた相手の腕をむしろ掴み返してロックを決め、さらにそっと吐息を吹きかけることで魔法にかけ、フラフラにしてやった。ラムの吐息は魔法のお酒。これだけで、相手を酔い潰すことができる。酩酊状態にされた男は他の黒服に寄りかかって、支えられながら逃げていった。無事一件落着だ。
「大丈夫? 何もされてない?」
囲まれていた少女は、ボロボロのワンピースに、白い頭巾を被って、一見してみすぼらしくも見えてしまう格好だった。しかし、今どき籠にマッチを詰め込んでいる人間なんて、普通はいない。これは魔法少女だなと直感し、ここに魔法少女がいることへの違和感を抱えながら、返事を待った。返事は、ない。少女はじっとこちらを見つめ返した後、籠に手を突っ込み、マッチの箱の奥からメモ帳とペンを取り出した。
『大丈夫』
「あっ……そっか! それはよかった!」
筆談での返答、これはつまり喋ることができない事情がある。ラムは自ら納得して、そのまま色々聞いていくことにした。潜入捜査に来たと言ったはいいが、このN市城南地区には来たばかりで、所属している広報部門も
「お名前は?」
『アンナ・シャルール』
「アンナちゃん! えっと、お姉さんはラムって言うの。あの人たちは?」
『知らない人』
「そっか。それじゃあ……どうしてここに来たのかな。迷子だったり、しない? それとも誰かに呼ばれた、とか……」
自覚している。探りを入れるのは下手だ。運良く引き出せればいいなあ程度での言葉だった。もちろん答えてはもらえなかった。ふるふると首を振るだけ。アンナが何者であるかは、いまいち教えられず、とは言っても放っておけない。送っていこうかと提案し、こちらは頷きで受け入れられた。
「えっと……こっち? なの?」
アンナの辿るルートは野良猫のようだ。魔法少女なのだから屋根伝いや路地裏抜けはわかるが、それが何度も続く。ついていくのに神経を使っていると、気がつくとどこにいるのかもわからない。廃墟を抜けようとしたはずなのに、急に周囲が開けていた。いつここに出てきたのか、わからないまま周囲を見回す。建ち並ぶのはお店……だろうか。いわゆる飲み屋街に近いような、それよりもアングラというか、どこか物々しい。
「というか……」
また囲まれてない? と言うより先に、ブリキ製らしき人間大の玩具の兵隊が銃を抜いた。これはまずい──こいつらには人間と違ってアルコールは通じない。ラムはアンナを庇い、抜け出そうと身構える。そのうえで向かってきた個体は思いっきり蹴りつけて壊し、道が開けた。そのわずかな道筋に、アンナの手を引いて駆け出す。後方からの発砲音、咄嗟にアンナを引っ張り自分ごと体を逸らして避け、しかし数が多く思いっきり跳ぶしかなくなる。なんとか飛び出して離れた位置に着地、したかと思いきや、既にそこも兵隊でいっぱいだった。片付けるだけならどうにかなるだろうが、せめてアンナを逃がしたい。身構えたまま、機会を窺っていると、突如として上方から声がする。
「待ちたまえ!」
屋根の上に誰かがいる。助っ人か。眩しい、逆光でよく見えない……かと思いきや、本人が金色づくしなせいで眩しい。バッとマントを広げ、靡かせながら飛び降りて、颯爽と駆けつけた彼女はラムとアンナの隣に着地した。
「悪漢どもに囲まれ不安だったろう、だがもう大丈夫。ワタシが来たからにはもう平気さ」
「あの……あなたは?」
「ワタシの名かい? そうだね、そう! ワタシの名は!」
遮るような発砲音。ブリキの兵隊たちから、一斉に銃撃が行われている。誰だか知らない金色の魔法少女が巻き込まれる。まずい、とラムが確信し、なんとか庇おうと動いた時には、既に金色が少女たちを包んでいた。弾丸は一切通さず、全て受け止められている。何が起きたのか呆然としたまま顔を上げた。アンナもラムも無事だ。そしてこれはどうやら、大きく拡がった金色の魔法少女のマントであったらしく、しゅるり、衣擦れの音と共に元に戻っていった。
「これがイエロープリンス☆ハステアーラの力だとも。君たちは? なぜここに? どうして狙われているんだい?」
「わかりません!」
「それは困った! ちなみにワタシもどうして襲われているのかわからないんだ!」
「えっ!? じゃ、じゃあ、とにかく逃げるしか!」
不意に肩を叩かれて、見るとアンナだった。アンナは指を差している。その先には『すいみん屋さん』という怪しげな看板の建物があった。とにかくその中に逃げよう、ということだろう。店の中の人を巻き込むのは躊躇われたが、囲まれていてはどうにもならない。安心して迎撃できる場所が欲しい。そして外にいると、次々に兵隊が増えてきている気がする。
「わかった! ならば行こうじゃあないか! 大丈夫! キミたちの行く末には必ず希望が待っていると、このハステアーラが約束しよう!」
「台詞が長すぎるよ!?」
待てないので話している間にもう駆け出していた。目指すは一直線、『すいみん屋さん』の扉だ。勢いをつけすぎているのも含んだ全力の「ごめんください」と共に叩きつけるように扉を開いて、夢中で飛び込んだ。アンナもそうだが、なぜか来たハステアーラもちゃんと無事らしい。兵隊は追いかけてきているが、ここなら迎撃ができる。ラムは即座に振り返って身構え、その後ろから声をかけられた。
「あ。お客さん。いらっしゃーせー」
「あっ、すみません、ちょっと追われてて」
「ここはすいみん屋さん。私は店長の
「あの、今はそういうことじゃ」
「すまないがあの兵隊が迫っていてね。睡眠は落ち着いてからにしたいんだ」
「それなら平気よ。スパルさんの兵隊は店の中までは来ないから。それならすいみんしていく?」
「……じゃあ、まあ、はい……でいいのかな、いいよね。1時間くらいで」
ふたりして無言で頷いた。ハステアーラに関してはウインクを混じえた激しいアイコンタクトが来て、正直よくわからなかったが、たぶん大丈夫だ。ラムとしては、アンナのこともハステアーラのことも全くわからないが、あの兵隊がいなくなるまでは少なくとも身を隠さなくてはならない。兵隊がここまで入ってこないというなら、休憩させてもらうべきだ。睡眠を売っているということは、即ち休憩所なのだろうか? にしては大した奥行きがあるようには見えないし、上階があったようにも見えなかったが。
「それじゃあ、3名様、すいみんをどうぞ〜」
どこか部屋に通されるのではないのか──と思った途端、何かが飛来する。避ける間もなく直撃したそれは、柔らかく心地よい、そう、まるで枕のような──いや、枕だ──確信すると同時に、ラムは意識を失った──。
──そして気がつけば、なぜか布団の上に寝転がっていた。両隣には、同様に寝かされているアンナとハステアーラ。やたらと頭がすっきりしている。これがすいみん屋さんの売っている『すいみん』というわけなのだろうか。慌てて起き上がり、状況を確認。何かがなくなっているわけでもないらしい。マッチの1本まで、しっかりとある。
「な、なんだったんだろう、今の」
「どっちがかな?」
「どっちも……なんならハステアーラさんも」
「ワタシも?」
言われて自分でも首を傾げ始めるハステアーラ。
「そうだそうだ。ワタシもこの地区の噂は聞いていてね。独自に調査をしていたんだ。キミたちも?」
「あぁ、うん。お姉さんのことは、ラムって呼んで」
「ラム……なるほど! 子羊ちゃんだね!」
「うん? 羊じゃないですけど?」
そしてここに至るまで、誰にもキューティーヒーラーだよね、と全く言われていない。世代のせいだろうか。2年前に放送したばかりの準新作なのに。ショコラティエ〜ルの知名度に泣きそうになる。いや、一応は潜入捜査なのだから、気づかれないに越したことはないのだけれど。
「彼女は?」
『アンナ・シャルール』
アンナは自分の名前が書いたページを捲って、指を差して見せた。元々家に帰すつもりが、いつの間にかあの兵隊に囲まれていた、と説明する。ハステアーラはあっさり納得した。
「なるほど! ならばワタシが送り届けてあげないとね!」
本当にこれで大丈夫なのだろうか。
「はーい、お時間よ。それとももう少しすいみん欲しいかしら?」
「あっ! すみません、すぐに出ます!」
ともあれすいみん屋さんのおかげで危機は脱しているし、回復もしている気がする。まずはアンナを無事に送り届けてあげなければ。ラムとハステアーラは静かにアイコンタクトをした。主張が激しくて、何が言いたいのかはなんとなくしかわからなかった。