魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
◇トルソノワール
十月三十一日。それは特別な意味を持つ日付だ。特にトルソノワールにとっては、己の誕生日よりも大事だと言ってもいい。理由は簡単。トルソノワールの趣味は、魔法の衣類のデザインである。そして固有魔法は、魔法の衣類の製作。ついでに生業は、魔法の衣類の販売なのだ。マネキン人形の魔法少女である自身にとって、衣服とは切っても切り離せないものであり、そして十月三十一日……つまりハロウィンの日は、仮装をする日であるからだ。このシーズンになると、いつもよりも気合いが入る。当年のキューティーヒーラーはもちろん、有名な魔法少女のコスチュームを観察し、色々作ってみるし、いわゆるコスプレもどんどん作る。
しかしトルソノワールは流しの服屋である。一箇所にとどまるのが得意な性分ではない。よって、場所を転々としているのだが、おかげで来るのは基本的に知り合いだ。客層が魔法少女だけに絞られるのもある。それでもわざわざ宣伝しないのは、半紹介制なのもカッコいいのでは、と思っているからである。
そんなノワールの服屋を訪れるのは、やはり今日も常連からだった。
「ノワールさん、こんにちは」
「あら、ロゼットちゃん。今日も素敵なスカートね」
「ふふ、ありがとうございます。自慢ですから」
「それに……」
「……ふ、ここが『
「えっ何?」
「この繊維など静寂そのものを織り込んだかのようだ」
「それも何?」
「さすがガーターちゃん。えぇ、ノワールさんの生地にはその向こうに永遠が見えるの。過去、生まれ、根源、そして遥か、向こうまでの運命をすべて布に仕立てたように」
「私そんなことしてないわよ?」
さっきのはもしかしてうちの店名だろうか。そういえばというか、きちんと店名をつけた覚えはない。ともあれやってきた彼女のことは知っている。常連客の魔法少女、ブラック・ロゼットと、もうひとり、彼女の友人であることは聞いていた絶対庭園ガーデン・ガーターだ。そういえば、本人が来店してくれるのは初めてのことか。
「い、いらっしゃい、とにかく、ロゼットちゃんのお友達よね」
「友達? 友達か……友達なのか?」
「お友達ですわよ?」
「なぜそこで疑問が……」
「いや、なんというか、一方的に絡まれているだけの場合があってだな」
魔王塾は人間関係も複雑なのだろうか? これまで来てくれたロゼットの知り合いはそうでもなかったはずなのだが。
「それはいい。本来の目的をだな」
「ええそうでした。実はハロウィンのイベントがありまして。魔法少女がコスチュームチェンジして参加するという内容で。そこでノワールさんに出店をお願いしたいのです」
「あら。私にもってこいの話ね」
「でしょう? もちろん来てくださいますよね!」
「そうねぇ……」
ここで名を売っていいものか、と思うが、ロゼットの頼みでイベントに顔を出す、くらいならしてもいい。せっかくなので承諾することにした。
「そうね、行ってみたいわ」
「そうこなくちゃ! よかったですわね、ガーターちゃん」
「よし! これで予定通りに開催ができる! まずはセーフだ」
「セーフ?」
「こちらの話ですわ」
彼女らは彼女らの目的があるのはわかった。ともあれ、そのハロウィンイベントまで、いつも以上に気合いを入れて支度をしなければ。
それからロゼットとの連絡を取りながら、トルソノワールはハロウィンイベントの日を待った。そして、来る当日。ロゼットの案内のまま、イベント会場の一画にスペースを設営し、いつも通りに魔法の服を並べて、いつも通りの時間に店を開けた。すると数名の魔法少女が待っており、ほぼ同時に入店されていた。
「やーやー噂聞いといてよかった。一番乗りだよ」
「ブティック、ドメスティック、カオティック」
「あら、いらっしゃい」
「失礼します。ええと、
「えっ? あ、小さいサイズならこっちよ」
いきなり入店してきた三人組は小さな独特な会話をしながら、誰も着れなさそうな小さなサイズのコーナーを見ている。プレゼント用……だろうか。
「これ似合いそう、想像、好評!」
「勝手に好評にすなし。でもそういうキャンディポップは女児すぎない?」
「やはり
「いや! 我らがリーダーに着せたらガチ犯罪すぎでしょ! やめとこ!」
「だが、外に出さずに使うなら?」
「外じゃないってことは中ってこと? 乙事?」
「うわやらしー! リーダー怒りそー!」
「大丈夫。我らがリーダーなら怒るけど着る。キル。生きる」
「でしょうね。目に浮かびます」
顔も知らぬリーダーさんには同情する。
「待て。君たちは確か……フリーランスチームの魔法少女たちだったな。それを譲ってもらえないか」
「何? このロリロリの水着を?」
「お姉さんは着れないよ!」
「私ではない! 部下へのお土産にだな……」
「部下に!? 下心丸出しすぎて辞められない!?」
「リーダーに着せようとしている我々も
「譲ってくれたら今度外交からの仕事を回そう」
「外交から!? ビッグネーム!? クレーム!? ジュテーム!?」
「そっちの方がリーダーへのお土産になりそうだ」
「そしてこの水着……この部分、デザイン的にあえて露出しないことで、ぷに感を演出できる! デザイナーは天才か!?」
「むむ……確かに……こちらも捨て難くなってきたな……」
「我々リーダーの着せ替えで日頃から楽しんでるから、吸血鬼なお姉さんも一緒に女児ライフ送ろう」
「まるで自分が女児になるみたいな言い方になってるって」
吸血鬼、魔女、なんだか何も着なくてもハロウィンっぽい人達が集まってきたが、なぜかどっちも女児サイズコーナーで服を見て語り合っている。そしてなぜか握手を交わし始めた。そういう集まりはよそでやってほしい。
「あのぉ、失礼します」
「……? はい、何かしら」
「私、流しの洗濯屋をやっている者なんですが」
「流しの洗濯屋?」
「はい。魔法のお洗濯です」
「確かに洗濯機担いでるけれども……」
「契約しませんか? その、綺麗にします」
「いや別にクリーニング屋じゃないからねえ」
そっと渡された名刺には可愛らしいロゴつきで『ランドリート・ファジィ』と書かれていた。しかし新品を売っているのに洗濯屋と契約してもどうしようもないのではないか? いっそレンタルサービスを始めたら、使うかもしれないけれど……。
「でも! 服と洗濯はセットなはずです! もっと簡単に汚れを落とせるとか変身解除したら綺麗になるとかじゃなくて! やっぱり着たら洗うじゃないですか!」
「そうは言われても……」
「服屋はクリーニング屋も併設すべきなんです!」
「ど、どういう思想?」
この洗濯屋、妙にぐいぐい来る。いや、隣に出店するのは勝手というか、主催者に話を通して欲しいというか……。
「あ、ガーターちゃん。助けて〜」
「なんだ、何かあったか?」
丁度様子を見に来たガーターが見えて、トルソノワールは手招きをした。ガーターは開催者サイドのはずだ。ならそっちと話してもらおう。と思って呼んだのだが、呼ばれるや否や、ガーターは声を出した。
「おい! 貴様その洗濯機!!」
「はっはい!! 洗濯でしょうか!? 乾燥ですか!?」
「なるほどファッション魔法少女としての誇りは持ち合わせているようだな……よし決めた! 魔王塾ファッション四天王に入るがいい」
「えっ魔王塾?」
「この後メインイベントの地獄ファッションバトルがあるからな。そこで手腕を発揮してくれ」
「えっ地獄ファッションバトル?」
「行くぞ!!」
「えっちょっあの契約は!? 洗濯は〜!?」
……連れていかれた。とにかくひっぺがしてくれたのはありがたい。話しかけづらそうにしていた他の魔法少女の接客を落ち着いてすることができる。トルソノワールは息を整え、次々とやってくる魔法少女たちに、手を振り問題ないという合図をした。
売れ行きがいいのはやはりオーソドックスなコスプレだった。ハロウィンかつ魔法少女ということで魔女系のやつは手に取る者も多い。あとはメイド服だとかバニーガールだとか、ハロウィンナイトのナイトの部分みたいな系統もよく出ていった。一番すごかったのは……。
「この服美味しそうな生地ね。あ、これジオちゃんに似合いそう。これは
お付きらしき魔法少女にどんどん服を渡していく、見るからに大物の魔法少女。魔王塾と関わることがそれなりにあるトルソノワールならば知っている。彼女は『分界女王』だ。ブブ・フライヤ。この手のイベントに七大悪魔までもが出張ってくるのは珍しいことではないか。というか美味しそうってなんだろう。生地が上等だからって食べたりしないだろうか。不安にさせられる。
「ねえ、店主さん。今からオーダーできたりしないかしら?」
「少しお時間をいただきますけれど、大丈夫でしょうか」
「大丈夫です。ゆっくり待ちます。ですから、とびきり美味しいドレスを作ってくださる? ほら、その間、私は中継を見ていますから。ジオちゃん」
「はい、こちらに!」
お付きの魔法少女はたくさんの衣服を持たされ重そうな状況にありながらも、それらを壁に掛けたりすることもなく、文句の一言もなく、いきなり自分の服を捲り上げた。するとその捲られたお腹にはキラキラした亀裂が入っており、その向こうに、魔法の端末によるものと遜色ない、映像の映るディスプレイがあった。お腹に液晶が出る魔法……とはさすがに違うと思うが、とにかくブブ・フライヤと一緒になって覗き込む。
「今回のファッションバトルは分界派で支援させてもらってるのだけどね」
「えっ、そうなんですか」
「そうなの。それでね? 私はそういう知識はあまりないものですから。とにかく可愛いことしかわからなくて」
「ファッションはそれでいいと思いますけれど」
「そうかしら。でもね、だから、詳しそうな子に出てもらうことにしたの。その方が盛り上がりそうだから」
画面の向こうでは、実況を担当している魔法少女が、焦った声を出していた。
『緊急事態です!! 誰か快進撃を止めてください! ファッションバトルに異常事態! 次の試合、準々決勝はランドリート・ファジィVS 、世紀末大変態! 聖マリア0.01だ〜!!』
かわいく着飾ったファジィと並んで、画面にいきなりほぼ裸の女性が映り、トルソノワールは頭を抱えた。ファッションバトルなのに全裸が登場するとはどういうことだ。これから着るのか。その状況を、ブブ・フライヤはにこにこしながら見ている。まさかあれがフライヤの推薦した魔法少女なのか?
『い、いや、どういうことですか! なんでなにも着てないんですか! それじゃ……洗濯じゃないじゃないですか!?』
突っ込むところはそれではない。しかし対するマリアは一切動じることなく、むしろ己に恥じる箇所などないと言わんばかりに、堂々と答えた。
『洗濯は服だけのものではありません。心の洗濯も必要なのです。そしてそれは、水洗いではなく。衆人環視の目、あるいは社会との接触。そういった荒波への己の開示によって、生まれるものなのです』
全くわからない持論が繰り広げられる。食い下がろうとするファジィだが、しかし洗濯を重視する彼女のファッション論は弱かった。次第に、重要なのは衣服ではない、という論がファジィに返す言葉を失わせ、やがて最終的に、ファジィがいままで着ていた可愛いコスチュームに自ら手をかけたところで、思わずトルソノワールはお付きのジオちゃんの服を下ろさせた。これ以上あの中継は見ていられない。
「あら。途中だったのに」
「すみません、作業に集中しますね」
「あぁ、そうだったわね。お願いね」
しかし美味しいドレスというものもなんなのだろう?
今更思っても聞けず、そして全裸に関する議論、もはやファッションバトルではなくレスポンスバトルだったが、それらが脳裏をよぎるせいで、まともに服ができなかった。結果として、出来上がったのは、生ハムの質感と見た目とさらに味をも布で再現した生ハムドレスであった。これはさすがにオーダーと違ったか……確認しに行って、ブブ・フライヤに見せた。
「あら……美味しそう、普通に美味しそうね」
なんて反応をもらったのはいい。なのだが。その後ろで、ジオちゃんのお腹の液晶に、レスポンスバトルに敗北し裸になろうとするガーデン・ガーターの姿が映っており、トルソノワールは失神しかけた。