魔法少女育成計画Beyond the Bullet   作:皇緋那

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正義の靴底

「ちょっと待ちなさいよ」

 

 しかし、『すいみん屋さん』を後にするには、引き止める者がいた。即ち店主、夢見枕催夢だ。ラムは慌てて止まり、数歩してからアンナとハステアーラも止まった。何かいけないことをひただろうか。

 

「寝逃げするつもり? お代よ、お代」

 

 寝逃げ……睡眠への逃避ではなく、ここでは食い逃げの派生語だということを理解するのに数秒かけた。なるほど確かに、お金は出していない。慈善事業ではないのだろう。営利ならば必ず代金が発生する。睡眠代は経費で落とせるだろうか? 宿泊費に含めてもいいものか、緊急事態だったとはいえぼったくられたらどうしよう、そんな思考がぐるぐると回り、何も言えないでいるうちに答えがくる。

 

「初回1時間、ひとり百円ね」

「やす……ああいや相場がわからない!」

「これだけ気持ちよく眠れたんだ! きっとサービス価格なんだろうね!」

『ごめんなさい、お金、持ってない』

「あっ、ごめんね! そのくらいお姉ちゃんに任せて!」

 

 財布を出した。小銭を探して、ちょうど3枚発掘。催夢に渡して、しっかり数えて頷かれた。

 

「まいど。またおやすみに来てね〜」

 

 手を振る催夢、そもそもこのすいみん屋さんがなんだったのかもよくわからないが、1時間寝てスッキリしたらしい。外には兵隊もいない。素直に店を後にする。するとふいに、ハステアーラが立ち止まる。

 

「……そういえば財布を忘れてしまった! すまない、腹を切って詫びよう」

「えっ!? いいよ百円くらい、もしかしたら経費かも」

「経費? ……ああ! 今これは、仕事中なのかな? 魔法少女の中にはそれでお給金を貰っている者もいると、聞いたことがある」

 

 そもそも部門所属なんかとは関わりのない生活だったのだろうか。それもそうか、普通は役所仕事の人とちょっと連絡する程度だろう。潜入捜査中のキューティーヒーラーに会うなんてこと、そもそもない方がいいのだ。だって、潜入捜査しないといけないような地域なのだから。

 

「──あれ? アンナちゃんは?」

「……おや? 確かにさっきまでここに……まずい! 探さなくては!」

「そ、そうだよね! また後で!」

「あぁ! 二手に分かれようじゃないか!」

 

 ハステアーラとは別れ、アンナを探すためにこの不思議な通りを駆けずり回る。しかし誰かが見つかることはなく──ハステアーラとも、待ち合わせの取り決めや連絡手段がないせいでもう一度会うことはなく、また兵隊が出てきて逃走劇を繰り広げる羽目になるのだった。

 

 

 

 ◇フットホールド

 

 例え魔法少女の世界であっても、悪というものは存在する。むしろ力ある者こそ往々にして、その使い方を過つものだ。悪の形はいくらでも存在する。人を傷つけるもの、操るもの、殺めるもの……考えるだけで反吐が出る。魔法の国としては、それらは不要な存在だ。

 夢と希望に満ちた魔法少女の世界に、悪が入り込んでいい道理はない。その一切を許さない。それがフットホールドの所属する監査部門であり、フットホールド自身でもあった。教場──教導班の端くれとして、それだけは絶対に譲らず、監査としての足場であると教え、自らにもそれを徹底する。そう生きるのが、この職にある者としての務めである。

 

 そして2年前から寄越された案件に、ついに辿りつこうとしていた。それよりもさらに前、恐らくはオスク派が混乱し始めた時期頃から、巷に流通し始めた違法なマジックアイテム。服用するタイプの魔法薬なのだが、魔法の国で流通するようなものに対して強い依存性を持ち、言ってしまえば魔法の麻薬だった。フットホールドは教場の職務を続けつつ、複数の教え子と共にその捜査に協力し、今──この波止場に至る。こういう魔法少女の活動は人目につかぬ夜深くのことが多い。そして、大人数だといくら鍛え抜かれた監査の魔法少女でも勘づかれるリスクが生まれる。よって、フットホールドは単独で、ついでに独断で動き、ここにいた。

 

 夜闇の中、フットホールドは息を殺し、人影どもの様子を注視し続けていた。耳を澄まし、連中の会話を聴く。恐らくはあのそれなりの大きさの積荷が()()であると思われる。今すぐにでも飛び出し、踏み潰してやりたいところだが、確証を握るまで耐える。握りこぶしと下唇で、耐える。

 

「これで全部ネ」

 

 複数名の魔法少女に指示を出しているのは、あの砂漠地域風のコスチュームをした魔法少女。なぜかズルズルと……麺? 恐らくは、カレーうどんを啜っている。しかも汁の色が濃く、白いコスチュームに跳ねたら明らかにシミになるような、見ていられない食事であった。案の定汁が跳ね、カレー色のシミができ、それを眺めた彼女は目を細めた。

 

「ドラゴン型……こいつは凶兆ネ」

 

 何の話だろう。しかしこんな場で食事までするその余裕、恐らくは奴がリーダー格だ。他の魔法少女たちはせっせと走り回り、他の貨物に混ぜ込む用意をしているらしい。密輸の現場、ということになる。魔法少女にしてはアナログな手法だが、魔法が絡む以上、下手なアップデートをせずとも、伝統的、古典的な手法で人間社会をすり抜けられる可能性は高い。そして大抵その場合、こちらも魔法を使ったところで足がつきにくく、特定が難しい悪魔の証明になりがちだ。悪の癖に余計な足踏みをさせてくれる。だがそれもここで終わりにするつもりだった。リーダー格の注意も、部下たちの注意も逸れている。

 

「いつものお得意様で助かるネ」

 

 今から既に報酬や景気の話をし、警戒を怠っている。ならば行くしかない。フットホールドは自慢の『魔法の安全靴』でコンクリートを軋ませ、その僅かな音に気づかれるより先に、地面を蹴りつけ飛び出した。同時に遮蔽物としていたコンテナを蹴り飛ばし、油断していた数名はそのコンテナの直撃を受けて怯む。

 

「誰ネ!?」

 

 答えてやる必要はない。身構えたリーダー格が編み込んだ髪を揺らし、口の広い袖の中から何かをぶちまけた。粉末だ。相手は魔法少女、得体の知れないものを食らう訳にはいかない。フットホールドは構え、上段に向かって蹴り上げた。魔法の安全靴ならば何を受けても動じない。降りかかるはずだった粉末は何にもならず散り、コンクリートに降りかかった。

 

「ちぃ……ッ! お前タチ! なんとかするネ!」

 

 指示を受け、2名、同時に構えられる銃器。両名ともに二丁拳銃だ。普通の拳銃であれば魔法少女にとっては何の脅威でもない。が、それは違っていた。念の為構えたフットホールドを驚かせるほど、引鉄を引く動作から発射、弾速があまりにも速すぎる。どうにか反応し、弾丸を蹴って止めたものの、その間コンマ1秒以下だった。それが何丁も並べられているとなると、足2本では足りない。ならばどうするか、即ち銃の方を減らす。斜線上から体を捻りずらしながら、一気に接近して蹴りつけ、一方を手元から吹っ飛ばす。さらに体勢を崩し倒れ込んだところで、もう一方の腕を踏み折った。悲鳴があがるが、躊躇はいらない。相手は悪党だ。むしろそこからさらに引きずり、残った肉と皮をねじ切りにかかる。悲鳴は激しくなり、躙られた腕は簡単には直せぬような有様だ。まずは片方、そして次はもう片方。こちらは接近するフットホールドに対して必死に乱射を行うも、狙いも定めない弾丸に当たってやるフットホールドではない。あっさりと、顔面に靴底を食らって、彼女は倒れ伏した。振り向く。コンテナの下にいたはずの連中は、抜け出したあとには背中を向けて逃げ出していた。

 

「あっ! ちょっ! リーダー置いて逃げるとかどうかしてるネ!?」

 

 置いていかれた彼女は既に一度粉末が通じなかったがゆえか、袖の中に手を入れ腕を組んだまま、呆然としていた。ならばとフットホールドは近くに転がる銃弾を蹴って弾き、背を向け逃げていた魔法少女を撃ち抜く。低空から足元を、事実上の銃撃によって射抜かれた彼女はその場に倒れた。それを見届け、歩み寄ったフットホールドに対し、リーダー格は媚びへつらう顔をしてくる。

 

「あ、えーと、ウチその……関係ないネ。積荷の中身とか知らないヨ。だからその、色々喋るからお見逃しを……」

「出来ません。悪は全て、踏み潰す。それが監査です」

「ワーオ、これは……ハズレネ。それが無理なら! 抵抗あるのみ! 簡易調合! 激辛ドラゴンチリペッパー!!」

 

 袖の中から飛び出してきたのは再び謎の粉末。今度は真っ赤だ。それが飛び出したまま軌跡を描き、やがてドラゴンのような形となって、牙を向き暴れ狂う。粉末の塊ながら破壊力を持つらしく、迎撃に蹴り上げたコンテナは噛み砕かれた。迫り来る赤いスパイスのドラゴンを何度か跳んで回避した後、波止場の端まで追い詰められて、フットホールドは構える。地面が軋むだけの力を込めて、そして迫ってきたドラゴンの顎目掛けて、渾身の回し蹴りを浴びせた。

 

「はァ……ッ!!」

 

 激突と同時に、爆発するかのように離散。ドラゴンは崩壊し、その場には構成していたスパイスが降り注ぐ。奥の手でこの程度ならば──と考え、リーダー格の魔法少女に目を向けようとすると、彼女は既に逃亡を開始しており、さらにニヤついていた。

 

「特性調合ネ。肌に触れるだけでも灼熱。目に入ったらめちゃくちゃ痛いのネ!」

 

 ──そうか! 本命はこの粉末そのものだ。迂闊に破壊したフットホールドはスパイスを浴びている。確かに全身が焼かれるように痛い。しかし、それで歩みを止めるフットホールドでもなかった。激痛に耐えながら、地面を蹴る。だがそこに飛んでくるまた別の粉末。今度は直にカレーの匂いがする。ただの目眩しか。思いっきり回し蹴りを放つことで衝撃で粉末を吹き飛ばし、ようやく戻った視界には、あの魔法少女はもういなかった。

 

「……やられましたか」

 

 だが部下は放置している。これまで掴んだ情報もある。こいつらに吐かせればいいことだ。本当ならば今すぐにでもそのふざけた頭蓋を踏み砕いてやりたいが、まだ早い。頭は踏みつけるだけにして、近場にいたまだ腕のある方の魔法少女に訊ねた。

 

「逃げた奴の名は? 取引相手は? 逃亡する先に心当たりは?」

「し、知らな……」

「拒否は許可していません」

「ぁ、痛い痛い痛いぃ、潰れちゃぅう」

「答える気がないのなら、そうなります」

 

 ミシミシと軋む頭蓋骨に、耐えきれなくなった魔法少女は早々に言うから許してくれと懇願した。少しだけ弛めたことで、素直に答えが出てくる。

 

「う、裏城南……」

「……裏?」

「N市だ、そこに行くんだ、私達……」

 

 ──N市。かつて森の音楽家クラムベリーという大事件が発覚した、曰く付きの土地だ。担当者は確か──スノーホワイトだった。つまり、彼女が魔法の国本国に行ってしまった現在、手薄だということ。なるほど。

 

「ご協力感謝します。では頭ではなく、足にします」

「へ……」

「あなた方のような連中には、洗う足はいりません」

 

 逃げられぬように、アキレス腱を潰す。躙る。引きちぎる。これで確保だ。後はリーダー格と、取引をするような連中。悪は芋づる式だ、いくらでも出てくる。全て踏み潰さなければ。腱を踏みつける靴に力が入る。

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