魔法少女育成計画Beyond the Bullet 作:皇緋那
裏城南現場調査!
◇室田あげは
「おはようっ!」
「はい、おはよう」
今日は土曜日。魔法少女生活は4日目だ。土曜日だから幼稚園はお休みで、ついでに父の昇一もお休みだった。だから、朝起きてぱたぱた階段を降りてくると、珍しく急いでいない、悠々と新聞を読む父がいる。まずは挨拶。それから、身支度をして、朝ごはんだ。自分で食パンを引っ張り出し、トースターに入れて、待っている間に、父に相談することにした。
「あのね、パパ」
こんな風に切り出すことはなかなか無く、父も驚いた目をして、新聞から目をこちらに向けた。魔法少女のことは──そういえば、知られてはならないんだった。なので、そうは言わないように言葉を変えて、とにかく相談する。
「今日、お友達とお出かけしたいなあ、って」
「……お友達と?」
ぴくりと眉が動いた。駄目だったのだろうか。なんて心配は、すぐ杞憂に終わる。
「そうか……あげはにお友達が……わかった、くれぐれも危ないことはしないように」
「……うん!」
「お友達は迎えに来るのか? それとも待ち合わせ?」
「待ち合わせ!」
「だったら送っていこうか」
それは……困る。だって待ち合わせの相手はダーティ・エリザで、待ち合わせ場所は、裏城南にすぐ入れるように路地裏だ。スワローテイルになって空を飛ばないと道のりも正直わからない。そして裏城南のことは、魔法少女のこと以上に知られてはいけないと思う。どうしようと思い、大丈夫だと断ろうとして、しかし父は「危ないから」と言って、支度まで始めてしまった。こういう時、父は譲らないことがある。どうしようか考えて、思いついた。
「えっとね、待ち合わせ場所は……あの、駅の方で……」
待ち合わせ場所として自然なように送り先を変えてもらう。駅なら人も多いし、例えば電車を使う友達なら待ち合わせに使うのも普通、なんじゃないかと考えた。ただこの時あげはの頭から抜けていたのは、駅には人が絶えずいるということだ。誕生日に買ってもらった蝶の髪飾りをきゅっと留めて、肩掛けの鞄にせめてお財布は入れて、その時にはまだ気付いていなかった。気がついたのは、車に乗せてもらって、駅近くまで乗せてもらってからだった。あげはが頭の中でどうしようとぐるぐるしている中、車が止まり、扉が開く。とにかく降りた。11月の外は寒い。早く魔法少女に変身しちゃおうと駆け出そうとして、呼び止められた。
「……あげは」
振り返ると、父が運転席の窓から、手を伸ばしていた。
「これ、持っていきなさい」
父から手渡されたのは、紐に繋がれた小さな袋。ちょっと使い込んだような形跡があるが、なんだろう。首を傾げて、健康のお守りだよ、とだけ教えられた。きっと大事なものだ。なくしたら怖いので、ちゃんとしまっておく。
「それじゃあ、行ってくるね」
「暗くなる前に帰るんだぞ」
「はーい」
父と車に手を振って、人混みの方に駆けていく。駅の構内を通って、逆側の出口を使うのだ。そこから出たら、建物の影に隠れて、呼吸を整える。大丈夫。ここなら誰にも見つからない。意識を集中させ、己を羽化させるイメージで──やがてすぐに、あげはの目線は高くなっていた。これでもうスワローテイルの、あげは自身よりちょっと大きな体だ。それから本当の待ち合わせ場所まで、空を飛ぶ。蝶の羽を広げて、宙に舞い上がった。そうして、やっと目的地の路地裏にまで到着。ひと仕事終えた感覚でふぅと息を吐くと、既にエリザが待っていた。
「お、来た」
「あはは、ごめんなさい! ちょっと遅くなっちゃって」
「ん。じゃあ行くかあ」
「そうだ! 今日はお財布持ってきたから、あの不思議なお店とか色々……」
「……あんた、裏城南の出店行くつもりだったの? やめときな。得体の知れないもんばっかり。なんだよすいみん屋さんって。そもそも44だって怪しさ満点でしょ」
「じゃあ、どうするの?」
「んまぁ……別に何かあるわけでもないけどさ」
「だったら! 行ってみようよ! ほら、情報集めに役に立つかもしれないし?」
エリザはため息の後、仕方ないなと折れる。スワローテイルの押しの勝ちだ。兵隊騒ぎやレーニャの存在により、ゆっくり見て回ることはできていなかった。また物騒な何かが出てくるという可能性は拭えないにしろ、レーニャが相手ならなんとかなった。最悪、スワローテイルは空にばっと逃げてしまえばいい。なんて、ほとんどは根拠に欠けていたが、エリザを誘いたかったのは本当のことだった。裏城南に入るのはまだおっかなびっくりだが、今は何もいないとわかっている。ふたりで潜った先に、またあの独特な雰囲気の通りが広がっていた。
「で? どこに調査に行くって?」
「じゃあまず……こっちです!」
裏城南はこれまで落ち着いて見られていなかったが、それぞれ好き勝手に並べられた店がたくさんで面白い。危ないところなのは理解しているが、それにしたってお祭り会場のようだ。どうしても好奇心が勝ち、エリザの手を引っ張った。飛び出すなと注意されつつ、歩む先を色々、思わず指を差す。
「エリザさんエリザさん! 魔法のお菓子屋さんです!」
「あそこは馬鹿みたいに高いからお勧めしない」
「えっと……あっ! あのクレープはどうですか?」
「あっちは魔法不使用がウリだ。まあそのくらいなら」
「やった!」
一緒になってクレープを食べに入り、それに続けて隣のタピオカ屋さんにも入り、そこから見つけた本当にお祭りの屋台みたいなお店をいくつも見て回った。だいたいは、エリザが止めて、断念することになったものの、エリザからのオーケーはそれなりに出て、スワローテイルはお小遣いの限界まで遊ぼうとした。ただしその代金のほとんどは、代わりにエリザの財布から出ていった。特に、射的──怪しそうだという理由で阻止されるかと思いきや、やってやろうじゃない、という言葉が返ってきた。魔法少女ではなく、見るからに怪しげなおじさんが店主をしていたが、並ぶ品物はどちらかといえば子供向けだ。おじさんも人が来るとは思っていなかったらしく、居眠りしていたところ扉の音で跳ね起きた。
「あんたら魔法少女だろ。自前の魔法のアイテムなんかは使わないでくれよ。ほら、使えるのはこれだけ」
渡されたのはコルク銃だ。そもそもあげはが幼いこともあり、本物を持つのは初めてである。目を輝かせて、意外と軽い銃身を握り、まずはエリザにやり方を教えてもらった。コルクをぎゅっと詰めて、狙いを定め、撃つ。狙ったのはちょっと前のキューティーヒーラーの玩具の箱だ。しかし、箱が重かったのか、当たりはしても動いてはくれなかった。残りは2発。これであの箱を動かせるかというと、微妙なような──。
「貸してみ」
エリザに言われ、選手交代だ。コルク銃を彼女に手渡した。すると──その瞬間、メキメキと少し音がした気がする。気がつけばほぼ木製だったライフル型の銃身が、シルバーのパーツに覆われ、ついでに刻印が入っている。印には……スワローテイルにはまだ読めない英語が書かれていた。
「正真正銘、こいつはあんたから受け取った銃だ。だけどな──こういう魔法少女もいるんだよ、オッサン!」
構えるとほぼ同時、ゆっくり狙いを定める必要もなく、そのまま放たれるコルク。先程とは明らかにパワーが違う。だが本物の銃弾のように破壊するのではなく、絶妙な衝撃が棚を揺らした。ぐらぐらと揺れた玩具の箱は、棚の際までズレている。
「……! 全く、これだから魔法少女ってやつは……」
おじさんは苦笑していた。ズルだと糾弾してくるのではなく、諦めのような反応だ。それはつまり、このまま取ってもいいということでは。
「そら」
受け取った銃にコルクを詰める。確かに持った感じからして全然違う。これがエリザの魔法なんだろう。これならいけそうだ。スワローテイルが構えた銃口は確かに描かれたキューティーヒーラーを捉え、そして射抜いた。発射の音に続いたばん、という重い音、そしてすぐ後、下に落下する大きな音がして、ついに撃墜に成功した。
「そら。そいつはお嬢ちゃんのもんだ」
「やった! えっと、魔法使っちゃったけど……いいの?」
「魔法少女相手の商売なんてそんなもんだよ。あと、最近は人が来なくてな。2年前の祭りから居残ってるんだ。遊んでやってくれ」
「……はい! そうします! ありがとうございました! エリザさんも!」
「素直に感謝することか? これ……?」
エリザはまあいいかとため息を吐いた。そしてそれから、おじさんの方に歩み寄ると、色々と聞き出そうとしていた。おじさんの方もあまりよくは知らないようだが、いくつかの噂話はただの噂よりも詳しく聞けた。例えば行方不明や火災の話。それともうひとつ。
「このところ、様子のおかしい魔法少女が多いな。新顔もよく見るようになったよ」
「オークション前だから……じゃなくて?」
「じゃなくてだ。明らかに違うもの目当てだな、ありゃ。何かまでは、おじさんにはわからんが」
「そうか……助かったよ、オッサン」
「ありがとう! オッサンさん!」
思っていた以上に色々と聞けたし、玩具もゲットしたし、大満足だ。射的屋を後にしても、エリザの手を引っ張って先を行く。
「おい、一旦戻って、荷物置いて情報共有を」
「まーだ! あそこ見終わってからにしましょ!」
「っ、はぁ……」
戻りたそうなエリザからは、ため息が返事の代わりに来て、しかし抵抗する様子もないので、そのまま連れ回した。