紅月の救世少女(こうげつのきゅうせいしょうじょ)   作:くにゅたろ

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10. 静寂の裏に潜むもの

 

リリスたちは建物の中を慎重に進んでいた。外とは異なる湿った空気と、独特な匂い――カビの臭いに混じって、何か焦げたような刺激臭が漂っている。

 

壁には黒ずんだ跡が点々と広がり、天井からは所々剥がれ落ちた板がぶら下がっていた。足元を踏むたびに、かつて床だったものが不気味に軋む音を立てる。

 

「まるで、この建物そのものが死んでいるみたいだな」

 

デルクが苦々しく呟いた。

 

「建物が死んでいる、か……その表現、妙にしっくり来るな」

 

カインが前を進みながら応じる。彼の声は抑えられていたが、常に警戒を怠らない緊張感がにじみ出ていた。

 

リリスもそれを感じ取り、息を詰めるように周囲を見回していた。どこかで何かが動いているような気配がする。いや、音はしないのだ。ただ感じるだけだ――この空間が、彼女たちを侵してくるような感覚を。

 

「こんな世界、本当に生き延びられるのか……」

 

そう思いかけたとき、ラナが不意に立ち止まり、小声で言った。

 

「カイン……前方に何かいる」

 

ラナが指さした先の暗がりには、かすかに動く影が見えた。それはまるで、何かが壁に張り付いているようだった。

 

カインは剣鉈を構え、低い声で指示を出した。

 

「デルク、右側から回り込め。ラナ、リリスと一緒に後衛を固めろ。俺が前に出る」

 

その言葉に、リリスは息を呑んだ。

 

「待ってください……私も一緒に――」

 

「お前はまだその時じゃない。焦るな」

 

カインの言葉には、命令の冷たさと同時にどこか温かみがあった。彼の背中を見つめながら、リリスは悔しさを飲み込んだ。

 

デルクが素早く移動し、トレンチガンを構えた。次の瞬間、影が音もなく動き出した。それは壁を這うようにして、異様な速度で迫ってくる。

 

「来るぞ!」

 

カインが剣鉈を振りかざし、ラナが素早く矢を放った。その一撃で影がひるむが、完全には止まらない。デルクのトレンチガンが轟音を響かせ、暗闇に火花が散る。

 

リリスはその場に立ち尽くし、仲間たちの動きを見つめていた。彼らはそれぞれが自分の役割を完璧に果たし、まるで一つの生き物のように連携している。しかし、彼女は何もできなかった。

 

「……俺は、何をしているんだ」

 

体が少女であること、それが自分の足を縛っているような感覚に苛まれる。それでも、心の奥底では、前世の男としての誇りが叫んでいた。

 

「こんなことで終わるわけにはいかない」

 

戦いが終わり、静けさが戻る。影は完全に消え、一行は再び進み始めた。しかし、リリスの中では何かが変わり始めていた。

 

 

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