紅月の救世少女(こうげつのきゅうせいしょうじょ) 作:くにゅたろ
リリスたちは建物の中を慎重に進んでいた。外とは異なる湿った空気と、独特な匂い――カビの臭いに混じって、何か焦げたような刺激臭が漂っている。
壁には黒ずんだ跡が点々と広がり、天井からは所々剥がれ落ちた板がぶら下がっていた。足元を踏むたびに、かつて床だったものが不気味に軋む音を立てる。
「まるで、この建物そのものが死んでいるみたいだな」
デルクが苦々しく呟いた。
「建物が死んでいる、か……その表現、妙にしっくり来るな」
カインが前を進みながら応じる。彼の声は抑えられていたが、常に警戒を怠らない緊張感がにじみ出ていた。
リリスもそれを感じ取り、息を詰めるように周囲を見回していた。どこかで何かが動いているような気配がする。いや、音はしないのだ。ただ感じるだけだ――この空間が、彼女たちを侵してくるような感覚を。
「こんな世界、本当に生き延びられるのか……」
そう思いかけたとき、ラナが不意に立ち止まり、小声で言った。
「カイン……前方に何かいる」
ラナが指さした先の暗がりには、かすかに動く影が見えた。それはまるで、何かが壁に張り付いているようだった。
カインは剣鉈を構え、低い声で指示を出した。
「デルク、右側から回り込め。ラナ、リリスと一緒に後衛を固めろ。俺が前に出る」
その言葉に、リリスは息を呑んだ。
「待ってください……私も一緒に――」
「お前はまだその時じゃない。焦るな」
カインの言葉には、命令の冷たさと同時にどこか温かみがあった。彼の背中を見つめながら、リリスは悔しさを飲み込んだ。
デルクが素早く移動し、トレンチガンを構えた。次の瞬間、影が音もなく動き出した。それは壁を這うようにして、異様な速度で迫ってくる。
「来るぞ!」
カインが剣鉈を振りかざし、ラナが素早く矢を放った。その一撃で影がひるむが、完全には止まらない。デルクのトレンチガンが轟音を響かせ、暗闇に火花が散る。
リリスはその場に立ち尽くし、仲間たちの動きを見つめていた。彼らはそれぞれが自分の役割を完璧に果たし、まるで一つの生き物のように連携している。しかし、彼女は何もできなかった。
「……俺は、何をしているんだ」
体が少女であること、それが自分の足を縛っているような感覚に苛まれる。それでも、心の奥底では、前世の男としての誇りが叫んでいた。
「こんなことで終わるわけにはいかない」
戦いが終わり、静けさが戻る。影は完全に消え、一行は再び進み始めた。しかし、リリスの中では何かが変わり始めていた。