紅月の救世少女(こうげつのきゅうせいしょうじょ) 作:くにゅたろ
夜明け前の風は冷たく、リリスの頬を刺すようだった。赤い月が空に浮かび、不安定に揺らめく光を放っている。その光景を見つめるリリスの胸中には、言葉にできない感情が渦巻いていた。
「これが終われば、本当にこの異常な世界に少しでも変化をもたらせるのだろうか……」
塔を目の前にした瞬間、リリスの心には確信よりも不安が勝っていた。元の世界での自分――平凡な会社員だった頃――では、こんな危険な場所に飛び込むことなど到底考えられなかった。しかし、今の自分はどうだ?この美少女の体に転生し、力もなく、仲間たちに守られるばかりの存在。それでも、少しでも役に立ちたいという思いだけでここにいる。
「私が来たところで、本当に力になれるのかな……?」
リリスは胸の奥に芽生えた小さな恐怖を握りつぶすように、短剣を強く握りしめた。
「行くぞ。全員、準備はいいか?」
カインの声が響く。その言葉に、他の仲間たちは力強く頷き、それぞれの武器を手にした。デルクの笑顔には余裕があり、ラナの瞳には冷静さが宿っている。彼らの確固たる意志と比べ、自分はどうだろうか?
「……大丈夫。私は、できることをするだけ」
リリスは小さく自分に言い聞かせた。
塔の入口を覆う巨大な鉄の門。その前には、異形の守護者たちが立ち塞がっていた。人間の形を模したようなそれらの体は不自然にねじれ、皮膚は半透明で赤い光を透かしている。その姿を目にした瞬間、リリスの足が一瞬すくんだ。
「やるぞ!派手にいく!」
デルクがトレンチガンを構え、先陣を切った。爆発音と共に放たれた弾丸が異形を貫き、黒い液体が飛び散る。
「リリス、後ろに下がって!俺たちが道を作る!」
ラナの声が響く。その声に従い、リリスは後方に下がりかけたが、自分の中で何かが引っかかるのを感じた。
「いや、私だって……!」
彼女は胸の奥から湧き上がる衝動に突き動かされるように、一歩前に出た。
「小さい体でも、何かできるはず。怖いけど、それでも……!」
異形の一体がリリスの方へ向かって突進してくる。その動きは異常に速く、彼女は思わず息を呑んだ。しかし、彼女の脳裏にカインの声が浮かんだ。
「落ち着け、自分のペースで動けばいい」
その言葉を思い出した瞬間、リリスは深呼吸をした。冷静になれ。焦るな。自分の力を信じて。
短剣を握り直し、相手の動きを冷静に見極める。異形が攻撃の隙を見せた瞬間、彼女は足を踏み出し、一気に短剣を突き立てた。
「やった……!」
初めての手応えに驚きと安堵が混ざり合う。しかし、それも束の間だった。
「気を抜くな!次が来る!」
カインの声が再び響き、リリスは慌てて後ろに下がった。
異形たちを全て倒し、一行はようやく塔の中へと足を踏み入れた。その中には長い階段が続き、不気味な風音と共に赤い光が漏れ出している。
「ここからが本番だ。気を引き締めろ」
カインが剣鉈を握り直しながら言った。その背中に続きながら、リリスは自分の手の震えをじっと見つめた。
「怖い。でも、ここまで来たんだから……私も、最後までやり抜く」
そう自分に言い聞かせ、彼女は塔の奥へと足を踏み出した。