紅月の救世少女(こうげつのきゅうせいしょうじょ) 作:くにゅたろ
重い鉄製の扉が、錆びた音を立てて開いた。地下施設から続く暗い通路を抜けた先に広がるのは、かつて人が暮らしていた街の残骸だった。
リリスは思わず足を止め、その光景に息を飲んだ。ビルの外壁は崩れ落ち、窓ガラスは砕け散っている。道路はひび割れ、植物がアスファルトを突き破って顔を出していた。
「これが……地上なの?」
声に驚きと戸惑いが混じる。彼女の目には、今にも崩れ落ちそうな建物群が映っていた。それは、文明の栄華が一瞬にして終わりを迎えたことを物語っている。
「こうして見ると、どこも似たようなものだな」
デルクが肩にかけたトレンチガンを軽く揺らしながら、視線を巡らせた。その表情には淡々としたものがあるが、長年の経験からくる警戒心が垣間見える。
「かつてここには、人々の暮らしがあった。それが、この通りだ」
カインが短く言い放ちながら前を進む。足元には、何かを引きずったような跡が薄く残っていた。それが誰のものかを想像するだけで、リリスは背筋が寒くなった。
「この場所で人は……どこに行ったの?」
リリスの問いに、ラナが静かに答えた。
「行ったというより、行けなかったのよ。この街も、ほかの場所と同じように感染が広がった。たぶん、あっという間だったでしょうね」
彼女の指が指す先には、小さな花瓶が置かれた窓際があった。そこには、すでに枯れてしまった花が一輪刺さっている。
「誰かがここで、最後まで何かを守ろうとしたんでしょうね」
ラナの言葉は穏やかだったが、その裏に隠された哀しみは、リリスの心に深く響いた。
「……まだ残っているものもあるんだね」
リリスは小声でそうつぶやいた。それは、自分自身に向けた問いかけのようだった。
「残っているのは物だけじゃない。人間の意志も、まだここにはある」
カインが振り返り、リリスの目を見た。その視線には、この世界を生き抜く覚悟と強さが宿っている。
「先を急ぐぞ。この街は安全とは言えない」
一行は再び歩き始めた。リリスも遅れまいと足を進める。瓦礫を踏む音と、どこからともなく聞こえる風の音だけが響く中、彼女の心には、新たな決意が生まれつつあった。
瓦礫の山を抜け、比較的安全そうな廃ビルの一角で一行は休息を取ることにした。古びたテーブルの周りに腰を下ろし、それぞれが食料や水を取り出して補給を始める。
リリスも手渡された硬いパンをかじりながら、仲間たちの様子を観察していた。カインは地図を広げて次の行き先を確認し、デルクはトレンチガンを分解して手入れをしている。ラナは外の様子を見張りながら、軽く足を伸ばしていた。
「リリス、少し話がある」
カインが声をかける。リリスが顔を上げると、彼は近くの棚から何かを取り出して戻ってきた。それは、小さなナイフだった。
「これを持っておけ。いつ何が起きるかわからないからな」
リリスはそのナイフを受け取り、手の中でじっと見つめた。刃は細く鋭利で、柄の部分には使い込まれた痕跡があった。
「でも……私、使い方がわからない」
戸惑いを隠せないリリスに、カインは優しく言葉を続ける。
「大丈夫だ。最初から上手く扱える者はいない。だが、これを持つことでお前自身が少しでも安全になればいい」
彼の言葉には、彼女への配慮と同時に、この世界を生き抜くための厳しい現実が含まれていた。
「リリス、まずは握り方を覚えなさい」
ラナが手を伸ばし、リリスの手元をそっと支える。彼女の指がナイフの正しい持ち方を教え、その感触をリリスの手に馴染ませる。
「こうやって、力を入れすぎないように握るの。何かあったときにすぐ動けるように」
「……わかった」
リリスは緊張しながらもうなずいた。その様子を見て、デルクが軽く笑う。
「最初はそんなもんさ。俺だって最初に銃を持ったときは手が震えてたよ」
「デルクでも?」
「もちろんだ。お前の手は震えてない分、立派だよ」
その言葉にリリスは少しだけ表情を和らげた。
「これで準備はひとまず整った。あとはお前自身が慣れるだけだ」
カインが立ち上がりながら言う。彼の言葉に背中を押されるように、リリスはナイフを腰のベルトに差し込んだ。
「私も、もっと強くならなきゃいけないんだね」
リリスの言葉に、ラナが微笑む。
「その気持ちがあれば大丈夫よ。少しずつでいいから、進んでいきましょう」
外の空はわずかに曇り、風が瓦礫の間を吹き抜けていく。一行は再び足を進める準備を整えた。