人外が差別される世界で、いつの間にか人外になってました。~色々大変なことがありますが俺は元気です 作:kuroe113
それは『完全』な不意打ちだった。
――一体どこから現れたのだ!
と、低位とはいえ神格である徳子に全く悟らせることなく、背後に迫り腹部を杖で突きさした。
意味不明な状況。徳子はただ混乱した。
裏切り者の末裔と相対していたせいで、全神経を総動員していたは間違いない。 だからといって。
――外には霊的な侵入を妨害する結界、
周囲には最上位の怪物ども、そしてこの私の感知能力。
それら全てを欺くことなど可能なのか。
やがて驚愕が恐怖に変わる。
背後をとられ、とっさに体をひねり急所を外したものの、一歩間違えれば死んでいたのだ。
加えて、容赦がないことに、身体を串刺しにしている。これでは人型でのダメージの押し付けができないだろう、それは徳子が普通である場合だが。
ここで終わりかと、徳子は覚悟を決めた。
背後を取った女があまりにも大きく思えた。
自分の命はも風前の灯火で、この女のさじ加減一つで終わるのではないかとする感じていた。
具現化した礼装、すなわち自分自身の心が手から零れ落ちる。
下へ下へと落ちていき、その指先から離れようとしたところで、どうにか徳子は持ち直した。
その戦意は未だ折れてなどいないのだから
結界のせいで、エメラルド色に輝く水たまりが派手に爆ぜた。
杖の先端からは重さが消える。
荒い息を吐きながら徳子は私物であろう手鏡を立てかけてあった岩に身を任せた。
「一体何が!」
傷一つない徳子の姿を見て一華は驚愕した。
目の前に掲げられていた勝利という美酒が零れ落ちたことに理解してしまう。
「この程度の小細工で脱出できたのを考えるに、先ほどの不意打ちは何らかの種があるのか」
「さあ、どうでしょうね」
驚愕から一転。落ち着いた様子で徳子は考察に入る。対して、焦りからか、一華の頬からは冷や汗が一筋流れ出ていた。
眼前で術を発動されたのに、妨害することができなかった。
それどころか、術の発動にかがつきさえできなかった。
両者の技量の差を如実に表している。
「人型でダメージを転写したのはわかりますが、それと同時に瞬間移動ですか」
しかし、今の激突で何も分からないわけではない。
水面の変化、鏡がある場所への転移、そして手に握られている大鏡。
それだけで、徳子の能力が鏡、もしくは自身の身体を何かに映り込ませせなければ発動できないということが分かる。
一方で、徳子は不意打ちを食らっただけだ。自身の能力を把握できていないことを一華は見切っていた。
正面切っての戦闘では分が悪いが、情報面では有利を取っていた。
勝利の天秤は未だどちらにも傾いてはいない。
「大政大臣、平が清盛の娘、平の徳子。あなたの名は」
さあ、再選だ。その気炎を徳子は制した。
意外なほどに礼儀正しく相手の名を問う。
一華はただ困惑していた。
その反応に、徳子は特に機嫌を害することなどはない。
ただ時代の変化をしみじみと感じ取っていた。
現代風の言い方になるが、こいつらが武士ではなく、ただ職業として戦う戦士なのだというのを痛感していた。
実際、一華の受けた教育なんてものは、接敵したら相手がどれだけ人に近い容姿を持っていようが一切の容赦をせずに相手を殺せ、情けを見せるなという単純なものなのだから。
「一華」
あれやこれやと考え、結局、一華は受け答えを開始した。
「姓は。それほどの腕を持つ術師だ。女だてらに……、いや、今の時代では巴のように女が武器を持ち武将として認められるのも珍しいことではないのか。
階級はなんだ」
「残念ですが、姓も階級も存在しません。私は低俗な傭兵ですからね」
返答は徳子にとって意外なものだった。
眉をひそめ、どうしてこのようなことがまかり通っているのだと考えあぐねた。
これほどまでに強者が自身を卑下することも、姓を持たないことも彼女が生きた時代であれば考えられなかったからだ。
「時代は変わったな。私の時代であれば名と名誉。それら二つは何よりも重要だったというのに」
そこで徳子は、あまりにも野蛮なこの女を自分の時代の武士と重ね合わせていたことに気がついた。
そして、ここで学んだ社会情勢を思い起こす。
「ああ、そうかそうだったな。あの神父の話はできる限り忘れるようにしていたので、気がつかなかった。
あなたたちは混血か。
それほどの力を持っていながら、そのような下賤な立場に甘んじるとはな、哀れなものよ」
この老害めと、一華は内心で吐き捨てた。
勝手にほめて、勝手に失望する。
自分勝手に混血という存在を測ろうとするその態度に虫唾が走る。
「貴様らの首領には一度会った。
私程度では相手にもならず、あと一歩で殺されていた。
おしいものだ。私が生きた時代であれば世の栄華を思いのままだっただろうに。
それがただ冷や飯くらいに甘んじるとはな」
「あれを相手に生き残ったんですか」
直ちに老害という評価を訂正する。
自分たちのトップの強さを知っているからだ。
目の前の存在の脅威度を二から三段階引き上げた。
だてや酔狂であの化物をどうこうすることができないことを、近くで見て来たからこそ、一華は経験してきたからだ。
「知っているとも、だからこそ解せん。
それほどの力を持ちながら、なぜ社会の底辺に甘んじている」
それは純粋な疑問だった。
徳子が生きた時代、それは力こそが全てだった。
強いものは全てを手に入れ、弱者は排除される。
皆が己の武勇を頼りに上へ上へと昇り詰める乱世。
そんな時代で過ごしたからこそ、強いというのに現状に満足する彼女たち混血を不可解に思えた。
「なら、私も聞きます。
これだけの大事件を起こしたあなたの目的は何ですか」
一華は徳子のことが嫌いになった。
この暴虐の徒を必ず排除せねばならぬとすら思っていた。
この女や白夜のように世界をどうするかのビジョンを彼女は持ちえない。
目の前にいる女の過去など知らないどころか、興味すらない。
けれど、その思想、言葉は、明確に一華の地雷を踏みしめていた。
一見、冷静そうに見えて、腸が煮えくり返っていた。
もはやこの畜生にこれ以上口を開くことが耐えられない。
とすら、内心で思っていた。
「復讐だ、この国への」
「はっ!?」
一華にも復讐したい人物はいる。
頭の片隅に今も娘と幸せそうに過ごす父の姿が思い浮かんだ。
もしも、誰にもばれることなく、証拠が残らないというのであれば、彼女ですら自分がどうするかなど分からない。
けれど、その復讐の為に関係のない誰かを巻き込もうなどと思ったことは一度としてなかった。
「人の迷惑を少しでもいいから考えろ」
「どうしてだ、そんなに強いのに」
疲れたという様子を一華は隠さなかった。
目の前にいる化物の心が心底から理解できず、時間を無駄にしたとすら思った。
もう、こいつにこちらの事情を説明することが無駄でしかないと分っているが、それでもこれだけは言っておきたいからこそ口を開く。
「この老害が、力で何でもかんでも解決できる事件はとっくに終わっているんだよ」
それは掛値なしの本音だった。
――ようやく、呼吸も落ち着いてきた。できれば手早く済ませたいな。
――相手の素性はある程度分かりました。これならば。
これにて小休止はおしまい。二人の少女は互いに戦意を高めていく。
徳子は不意打ちを無傷でやり過ごした。それでも、痛いものは痛いのだ。
故に休息を求めた。
一華には自信があった。自分の特性からこの戦いでは死ぬことはないと。そして不安もある、自分では勝てないという不安だ。
話に乗ったのは、少しでもいいから情報を持ち変えるためだった。
ーーこのまま、あの臆病者を始末するのはたやすい。
だが、ただアリを踏み潰すのでは味気ない。
今回試練が転がり込んだのはある意味で行幸だな。
ーー勝てないのならば足止めを。最悪情報さえ獲得すればそれを別の誰かに伝えればいい。
ああ、ここまでの大ごとになるなんて。
もう最悪、いつか来るだろう白夜さんに全てを丸投げもありかも知れません。
徳子はただ激情のままに、一華は冷徹な理性のもとに戦闘を開始していく。
それはある意味で現代と古代、その二つの戦場の対比でもあった。
にらみ合う両者、ただそれだけで空間そのものがゆがむような重圧感が周囲にのしかかる。
そして、先に動いたのは徳子からだった。
一華の目から見ても、いつの間にかとしか言いようがないほどスムーズに背後へと瞬間移動。
「礼装の形状ではずれを引きましたね」
だが、それはもう見たと一華は落ち着いて対処する。
瞬間移動への対策は設置型のトラップと相場が決まっている。
人によっては、気がつかないうちに壁の中にいるという、どうしようもない悲劇を生み出すが、そんなもの、徳子の技量をもってすればいくらでもカバーできる。
徳子が具現化した礼装の形状は巨大な鏡。
他の礼装の例にもれず、その形状は自動的に形成されたものだ。であるから、必ずしも使いやすくもなければ、武器であるという訳でもない。
巨大な鏡というのは二重の意味ではずれだった。
巨大であるがゆえに両手での使用を前提としており、その重さのわりにリーチが短く、ナイフのように小回りが利かない。
盾としての使用ができるものの接近戦には向かない武装である。
ゆえに、その攻め手は彼女の手に持つ大なぎなたによるものとなる。
上段から、裂ぱくの気合とともに振り下ろされたそれは、しかし、一華に届くことはなかった。
薙刀には幾本もの蔦が絡みついていたのだから。
稼いだ時間はコンマ数秒、だが十分だった。
「なるほど、先見までも使えるのか。本当に優秀だ」
強化だけでなく、相手の動きを予測する先見までも使えることに徳子は素直に称賛した。
何しろ必殺の攻撃をたった一度見ただけで完全に対処して見せたのだから、ここまでくれば褒めるしかなかった。
だが、その賞賛は強敵に向けるものではなく、奮戦した挑戦者に向けるものであった。
一華が振り下ろした木の枝に合わせるように、徳子は上から下からではなく、下から上に薙刀を振り上げた。
巧みな柄捌きによって両者の武器がしっかりと正面からぶつかり合う。
一華は体ごと吹き飛ばされた。それは互いの自力の差を如実に表していた。
「まったく、清盛様はさんざんに比叡山、あの生草坊主に苦労させられたのに、今度は私が同じことをすることになるとは」
「それ、いくらなんでも悪趣味すぎませんか」
態勢を立て直した一華は改めて巨木を遠目から見たことでそれに気がついた。
あるいは中に収容されたそれが外部に飛び出しただけかもしれない。
ここに派遣された軍人や警察を閉じ込めた檻がこの巨木にぶら下がっていた。
魔術師としての視点からこそ、それがいったい何を意味しているのかを理解した、だからこそ、心底から悪趣味と口にしたのである。
「人形型の檻、炎による儀式、捧げられる供物。確か、そう……」
脳内で昔見た儀式に関する講義の記憶がよみがえる。
この緊急時に、のんきに考え込むなんてことはできないけれど、それでも敵がいったい何をどうしようか、それを知ることはこの上なく重要だった。