人外が差別される世界で、いつの間にか人外になってました。~色々大変なことがありますが俺は元気です 作:kuroe113
燃え盛る街を二人の人外が駆け回る。
人類の限界値はおろか、自転車の速度を優に超え、自動車にも劣らぬ速度で家々や道路を縦横無尽に飛び回る。
その姿は人というよりも地を飛ぶ鳥のようだった。
この町を蹂躙する植物人間たちは目に映るものすべてに牙を向ける。
しかし、彼らは遅すぎた。その姿を見て、構えをとるも、鳥たちは彼方へと飛び去っていた。
速度差がありすぎて、どうあがこうとも追いつくことができない。
「何かなこの音は」
韋駄天達が足を緩めた。
近くで爆発音が聞こえたからだ。
耳をつんざくようなこの音には聞き覚えがあった。
しかし、波子三は最初なんの音か思い出せない。
記憶を探り、訓練の際に耳にした音だというところまで記憶を再生し、最終的に手りゅう弾の音だと彼女は確信した。
「この音、間違いない、近くで誰かが戦っているのね」
すぐに助けに行こうと思い立ったが、出向くには前を走っている先輩の許可がいる。
先輩がいまだ新人でしかない自分よりも優れた救出案を提出すると、彼女は疑っていなかった。
袖をつかみ、どうすると尋ねたが、井筒は手りゅう弾をガス爆発か何かと考えているのか反応すらしない。
当初の作戦通りにまっすぐ目的地を目指している。
「この音は手りゅう弾ですよ。近くで誰かが戦っているのかも。はやく助けに行きましょう」
何が起きたか理解していないと思ったからこそ、彼女は何が起きているのかを告げた。
「だからなんだ」
しかし、その訴えを井筒は無視した。それどころか、速く出発するぞと彼は冷酷に告げる。
「今すぐに救いに行けば間に合うんじゃないかな」
そういって詰めよれば、井筒は大きなため息を吐いた。
それだから新人は使えないと、その思っていることを隠そうともしない。
「だって、武器を持った相手を助けに行くのは面倒だし。
せっかく助けてやっても、器物破損やらなんやかんだで俺たちを訴えることもあるんだよ。
運が悪ければ、化物の仲間だって言って撃たれることもあるしさあ、わざわざ助けに行くのは時間の無駄だ」
「それでも、人が……」
あまりにも冷徹、あまりにも無責任な発言に波子三はこれが本当に自分の上司なのかと信じられなかった。
ものぐさだけど頼りになる先輩というイメージが消えてなくなる。
「それに、俺たちには手が足りないし。
病院到着が遅れたら、一体何人が死ぬ。
あの木の化け物せいで、病院の安全神話は破壊された。
安全な場所を求めてさ迷い歩くだけでも数十単位が犠牲になる。
病院にこもっても、いつ用最後とぺしゃんこになるのかが不安だしさあ。
この状況で人手を割け、無茶を言うな」
感情をむき出しにして動く波子三を、井筒は論理的にくぎを刺した。
「でも、その人に手伝ってもらえば」
「そいつは俺たちの足についてこれるのか」
波子三は答えられなかった。
「いいか、俺たちの仕事は理不尽な暴力をさらに理不尽な暴力でつぶすことだ。
誰かを救うだとか、弱きを助けるだとかは警察や軍隊の仕事だし。
俺たちが脅威をたたけば、結果として何倍もの人間が救われる。
分かったなら、もうつべこべ言うな」
上司は決して意志を曲げないと告げた。
「でも、私は助けに行きます、彼らをほっとけないじゃないですか!!」
それでもなお波子三は自分の意志を通した。
混血とはこういう集団だ。
教育により画一性を高めた群ではなく、ただ人間兵器を一カ所にまとめただけ。雑多で統一性のない個人主義者。故に、組織に合わせるという考えよりも、自分の思いを優先する。
混血の集団である警備会社八ツ葉の悪いところが出た。
井筒を振り切り、音がした場所に目指して波子三は走り出した。
爆発の影響もあってか、黒い煙が立ち込めている。
目的の場所にはすぐにたどり着けた。
彼女にとって幸運にも、両者の目的地は同一である。
爆心地へと向かうために逆走すれば、非常に都合よく逃走者たちを発見した。
「非難しているのは、二人、いや、四人かな」
立って歩いているのが二人だが、両者が背中に人を担いでいる。
「あぁ、緊張してきたぁ」
絶体絶命、このままだと確実に人が死ぬというのが今の状況だ。
自分の選択によって人の生き死にが決まるという、極限状況を経験したのは彼女にとっても初めてだ。
緊張で身がすくんだ。
むろん、これまでの戦いも失敗すれば自分が死ぬ。そんな極限状態だった。
それでも死ぬのは自分一人。
失敗すれば先輩に迷惑がかかるかもしれないが、それでも、自分一人で失敗は背負える。
しかし、今は違う。自分がミスすればここで逃げ惑う人が命を落とす。
「どうしよう、今すぐに助けに行かないとでも」
そんな懸命に戦う彼らの姿を見て、今さら、波子三は助けに入るべきなのかどうかを考えあぐねていた。
「今更、本当に今更のことなのだけど。こんな私に誰かを助ける資格なんてあるのかな」
これまで女子高生として過ごした彼女は混血との差別とは無縁だった。
一華や井筒が当たり前に持っている混血以外への隔意も、裏社会ともいえる命が軽い社会での身の振り方も、彼女は持ち合わせてなどいなかった。
ただ人助けさえすれば、見た目は人と同じなのだからいつかは人の輪の中に戻れる。
そう思っていたから努力してきた。
それと同時に、自分がやったことが決して許されるものでもないとも、普通の人間だからこそ彼女は自覚している。
だから止まった。こんな自分でも誰かを救えることを証明したい。でも、拒絶されるのが怖い。
この生きるのか死ぬかもわからない鉄火場で今さらしり込みする自分がどこまでも情けなかった。
だが、それでも。
「いいなぁ」
だれかの為、友達の為、愛したもののために戦う誰かが、彼女にはまぶしかった。
もう行こうか、いいやまだだと彼女はうじうじ悩む。
「一体、何あれ」
その悩みを終わらせる緊急事態が起きた。
それはこれまでの植物人間とは違った。
鎧を着込んでいるのは、西行たちが植物人間エリートと呼んだ個体だ。
「より人に近づいている?」
その新種は、文明人のように服のような物を着込んでいるし、明らかに武術の心得を持っていた。ただ、立って歩いているだけでも隙のない立ち振る舞いを周囲に見せつける。
もしも肌の色が緑でなければ、こいつらを人と誤認しただろう。
それほどまでに人間に近い個体だった。
ここに彼女のお目付け役がいたならば、今の彼女を見てきっとこう言っただろう。「お前もまた内に染まってきたな。これ以上戦闘狂が増えると平和主義者の俺の居場所がますますなくなっちまうな」と。
未知の獲物を前にした彼女の瞳に移るのは、怯えではなく新たな獲物をみつけそれを狩ることへの喜びだった。
「手りゅう弾なんて持ち出していたから、分かっていたけど、やっぱりただものじゃないよね」
ここで逃げ惑っている二人、そのうちの一人は間違いなく手練れだった。
見るからに強そうな化物へ脅えの一つも見せずに、カバンから出した手りゅう弾を投げつける。
車の影に身をひそめ、爆風をしのぐさまは、自分たちの組織でもしったぱならやっていけると、波子三をうならせた。
「これなら、私が行かなくても……」
これならば手助け無しでも状況を打開できる。
と、希望が見えたからこそ悪いところが出た。
西行らがピンチならば一も二もなく飛び込めたものの、彼ら自身で乗り越えられるならば、手助けは要らないと、自分を納得させる。
だが、遠目で見ていたからこそ異変を察知した。
爆発によって吹き飛ばされた腕がぴくぴくと小さく動いている。
植物人間は動物と植物、その両方の性質を持っている。
ーー超再生。
無菌状態で、細胞一つから植物は命をつなぐ。
それを同じことを植物人間は行おうとしていた。
西行らはそれに気がついていない。
うじうじ悩んでいたのが嘘のように、波子三は動いていた。
森での訓練の時、いつもそうしていたように閃光弾を上空に打ち上げる。
これは近くにいる誰かに向けた助けてくれという緊急信号だ。
そして、電話を手にし、先ほどの言い争いを思い出し躊躇したが、それでも上司に向けて通信を試みた。
「お前、バカ。何で結界の中で閃光弾を使うんだよ!
あれは森の中とか限定で、こういった敵戦力のほうが多い環境では使うなよ。敵をおびき寄せるだけだから。
てめぇ、授業を真面目に聞いていなかったな」
「え!」
そして、致命的な失態を犯したと波子三は知る。
だが、全ては後の祭りだった。
「助けに来ましたよ!」
上半身と下半身が切断されるという究極の死んだふりを実行している植物人間へと裁きが下される。上空から豪快にバットが振り下ろされ、断末魔を聞き西行らは己の窮地を知った。
我ながらかっこいい登場をしたと自画自賛する波子三だが、その背中は冷や汗でびっしょりだった。
「え! もしかして救助の人。さっきの爆風を耳にして助けに来てくれたのか」
「私は民間警備会社八ツ葉所属の貴船波子三です」
失態を一切告げることなく、勢いだけでこの場を乗り切る作戦を彼女は実行する。
だからこそ、八ツ葉という会社名を耳にした西行がものすごい形相で睨んできても、彼女はどっちだと悩んだ。
すなわち、自分の失態がばれたのか、混血である事実を攻められているのかを彼女は判断できなかった。
「よるな人間もどき」
だから、冷たい声を聞いて最初彼女は納得した。
その後に、どうしようもないほど悲しい思いに心が支配された。
こんな危機的な状況でも自分たちに助けてもらうよりも死んだほうがましだと考える彼を見て、波子三は落ち込んだ。
ーー分かっていたけど、本当に私は人間じゃなくなった。
この時、波子三は初めて混血という立場を実感した。
見た目が人間のままだからこそ、彼女はこの鉄の首輪をもろともしない誰かが救いの手をさし伸べてくれると考えていた。
だが、現実では銃を突きつけられていた。
ーーきっと、井筒先輩は何度もこんな思いをしを経験したんだ。
と、冷ややかな対応を今さらながら納得した。
せっかく助けたのに銃を向ける恩知らず、それでもこれだけは言わなければならない。
「空に閃光弾を打ち上げたんですが、それはミスでした。
これから光を頼りに大量の敵がやってくるかもしれません。ごめんなさい」
その言葉に、これまで歓迎の姿勢を見せていた俊樹ですら怒りを露にした。
「西行、止めてごめん。こいつを殴ってもいいぞ」
それに彼女はお許しをと頭を下げることしかできなかった。
☆
「こんな場でまだだれかが戦っているのか」
戦士というのはいつの時代であっても変わることが無いなと物思いにふけるのは細い身体に、不釣り合いなほどの頑強な鎧を身に包んだ黒緑の肌を持つ男だった。
男は武士だ。その性根がどれほど臆病で軍に向かなくととも、戦いの中で生き戦いの中で死んでいく定めを背負った根っからの戦人だった。
腐っても、生まれながらの本質が変わることはない。
戦の匂いがすれば夏の虫のように吸い寄せられていく。
☆
「あそこって、家と避難所の中間くらいかな。よし、何か話をきけるかもしれないから行ってみよう」
就職活動のさなか、実家が危ないという話を聞くと、遠くからその女は急いで帰宅しようとした。
世間一般から見れば運が悪く、彼女自身にとっては運がいいことに、結界が展開される直前、彼女は滑り込むようにこの異界に足を踏み入れていた。
間に合ったのだから彼女は進む。妹を迎えに行くために。