人外が差別される世界で、いつの間にか人外になってました。~色々大変なことがありますが俺は元気です 作:kuroe113
「いったいいつからそこに」
俊樹の驚きを俺たちも感じていた。
唐突に、誰にも気がつかれることなく、ぬるりとその女は姿を現す。無からしみだしてきた。少なくともそうでなければ俺は納得できない。それほどまでに唐突な出現だった。
「一体どこから現れたのかな、瞬間移動、もしくは……」
驚き固まる俊樹とは対照的に、人間もどきは種も仕掛けもないマジックについて考察している。
こいつが見ているこの女は倒すべき敵だった。
「……ころして、やる」
俺は腹の内から湧き出る怒りをそのまま言葉にした。
もしも、4階のビルの窓辺に腰掛けていなければ化物のほうへ飛び出していただろう。
「まさか、儂をここまで追って来たのか。平の」
最後に植物人間の親玉が普通に話しかけた。
恨んでいるほうが普通だというのに、声からは何ら特別な思いを感じられない。
「この私から逃げ出した先でこのようにあっさり捕まったのか。
逃げるしか能がないと思ったが、その逃げる才能すら中途半端とはわからんものだ」
「儂は捕まったのではない。来奴らを仲間に引き入れたのだ」
「そんな雑魚をいくら仲間に引き入れようと、何か変わるとは思えんが」
「その雑魚を味方に引き入れなかったから、貴殿らは負けたのでは」
四名がそれぞれ化物へとアプローチを仕掛け、帰ってきた返答はただ一つ。まるでお互いしか見えていないとばかりに、そいつらは話し込んでいた。
「そうだな。ああ、そうだとも。だが、こたびの戦ではどうなるかわからん。あなたたちに、数の力では覆せぬ、真の武士を見せてやる。
さあ、もはや逃げ道はないぞ臆病者。
この状況であなたは私にどんなあがきを見せてくれるので」
虫や小動物をいたぶるように、化物が嗜虐的に笑う。
「黒幕がここにこいつを殺しに来た。
半信半疑だったけど、こいつが死んだら敵戦力が増強されてしまうのかな。まったく、面倒ね」
良かったことをあげるとすれば、背中を気にしなくてもよくなったことくらいだろう。だってそうだろう、こいつが殺しに来たってことは敵対関係があるってことだ。
大将を守れば化物が嫌がるというのであれば、いくらでも守ってやるというモチベーションにつながっていた。
「さあ、貴様らが打ち倒すべく悪はここにいるぞ」
宣言とともに見えない力がぶつかり合う。
そのぶつかり合いを制したのは向こうだった。
圧倒的なまでの、気と魔力の奔流。
ただそこに立っているだけでも、俺たちの服がはためき、その存在感の大きさを知らしめてくる。
大将も、俊樹も、俺も、この中で一番強い人間もどきですら、皆恐れから後ろに下がった。
ごくりと唾をのみ、最悪刺し違えてでもこいつを倒すという覚悟が甘い見積もりだったと俺は悟った。
だからと言って、逃げるかと言われれば否だった。そこまで諦めがいい人間ではないのだから。
「なぁ、人間もどき。あんたの名前は」
「いや、さっき口に出したよね、知ってるでしょ」
「空気読めよ。こういう時は素直に答えるもんだぞ。なぁ、聞いてくれよ、波子三。あいつはさ、俺の妹の仇なんだ。俺に何かできるか。それがたとえどんなことでもやって見せるからさ」
「ないけど。はっきりと言って邪魔だし」
自分に何ができるのか。それを突き詰めた結果、出来ることと言えば見っともなくだれかに懇願することだけだった。
「やはり、俺にできることなんてないのか」
「大丈夫。勇気をもらったから。今はそれで十分よ」
気づかうように俺の肩に手が添えられた。
その勇気が何なのか。想像しかできないが、それでも思いが通じたのは確かだ。
「見ての通り、私は気分がいいのよ。あなたがどれだけ強かろうとも、ここを通したりはしない」
「なんだ、そこの男に惚れでもしたか」
「はっ!? いや、そ、そ、そんなんじゃないから。これは戦場での友情とかそういったタイプの物で……、というか、こっちみんな」
「ああ、わかってる。お前にそんな気がないことは。
そんな動揺するから変に勘繰られるんだ。
堂々としてろよ」
「何だろう。正論かつこういう風にはっきりと断ってくれたほうがありがたいんだけど、もやもやとした何かが消えない」
「その、話し合う時間は必要か。私とて鬼ではない。辞世の句を詠む時間なら与えてやっても構いません」
「ねえ、敵に同情されたんですけど、これどうしましょう」
俊樹がこちらを見て笑ってきたので、肘鉄を食らわせてやった。
こういう時は下手に突っ込んでも深みにはまるだけと何も言わない。
「このうっぷんはあなたをぼこぼこにすることで晴らせてもういましょう」
最終的に波子三はうっぷんを化物に向けて発散すると決めたらしい。
獲物である釘バットを真っすぐ向ける。
同時に、その肉体からは恐ろしいまでの威圧感が吹きあがる。
先ほどまでのグダグダとした雰囲気がまるで嘘のように消え失せ、ただ一本の矢となって敵を狙い撃つ。
ガードレール、街灯、窓ガラス。彼女が一歩踏み出すとともにそれらが衝撃に耐えきれずに壊れていく。
曲芸師ですらマネができないような軽業でビルの壁を蹴り上げ、まっすぐ高みからこちらを見下ろしていた化け物を地に落とすべく動いた。
あらん限りの力を集約し、獲物を狙う間に古参に対して、化物はただ座して迎え撃つ道を選んだ。
気と魔術の心得がある俺の目から見ても、波子三の動きは一級品。
とてもではないが、片手間に対処できるような代物ではない。
なのにどうして、余裕の態度を崩さない。
もしや、何か秘策でもあるのか。
俺が危惧した通りに、化物は奥の手を残していた。
「やれ」
化物は座ったままにあざけり笑う。
それが合図だった。屋上から矢が放たれる。
最初の狙撃。
それがどこから行われていたか俺たちは把握していなかった。
自分の手ごまがいるビルを仮の拠点に。考えてみれば適当に選んだ拠点よりもそちらのほうが可能性は高い。
そんな簡単なことに気がつかないとは……。化物の圧倒的な存在感に目が曇っていたらしいと俺は反省した。
「あっぶなぁ!!」
回避ができない空中。
矢の軌道にバットをねじりこませることで、最悪の事態を波子三は回避する。
それでも、無理に空中で体をねじってしまったせいで、大きく体勢を崩していた。
今度は、化物のほうが一本の矢となり波子三へと突撃する。
その手に持つ、大きな鏡を鈍器として利用し、渾身の力を込めた一撃を叩きこんだ。
逆再生でもするかのように、波子三は元いた位置。つまり、俺の足元に転がった。
地面に大の字で転がっており、誰がどう見ても完敗だ。
「ああ、獲物があれば決め切れたものを。やはり私の礼装は武器としては二流だな」
対して完璧な迎撃を決めた化物も何かが気に障るのか不満げだった。
「それにしても、その服装。お前はあの女の部下か何かなのか」
「あの女。それは木を操る女性、一華さんでいいのでしょうか」
態度にこそ出さないが、俺は内心驚いていた。
何せ、ついこの間樹海で出会った混血の名前をここで聞いたのだ。
変なところで縁がつながるものだと、奇妙な因縁を感じるが、それだけだった。
だが、それは俺にとっての話。
「一華さんをどうした」
それが具体的にどんな関係か分からないが、間違いなく深い関係を持っている波子三は地面に叩きつけられた痛みを無視して立ち上がる。
その顔は怒りにゆがんでいて、赤鬼のように見えた。
「殺した。最後まで勇敢に私に立ち向かい散っていったよ。そこにいる臆病者とは違ってな。まったく、あのような若く麗しい戦場の花がこんなところで命を散らすとはな。本当に惜しいものだ」
以外なことだが、化物の表情からは本気で悲しんでいることが感じられた。
「自分で殺しておいて、いったい何言ってるんだ」
もっとも、俊樹の言う通り、だったら殺すなとしかならないのだが。
「何故だ」
その正論に、化物は首をかしげるだけだった。
そこからは、こちらをバカにするような意図など感じられず、本気で戸惑っていることがうかがえる。
こいつとは長い付き合いだ。生まれながらの化け物ではなく、人から化物になった存在であることは分かっている。
だからこそ、話し合いである程度説得ができるかもと、押し殺した心のどこかで思っていたのに気がついた。
だが、今となっては、こいつと会話が成立しないというのが分かってしまう。だってそうだろう、あまりにも価値観が違いすぎる。
相手のことを本気で思いやり、それでいて、殺すときには一切躊躇しない。
現代人にはもはや理解できない、戦乱の時代を生きたもの特有の思想だった。
千年という月日の差が生み出した化物。どこかで同じ人間とみていたが、今ではもうエイリアンか何かとしか思えない。
「なら、仇は打たないと」
俺と俊樹はその純然たる狂気に気押されていた。
だが、力からそれに対応できる人間もどき。そして、同じ戦乱の世を生きたであろう、植物人間の大将は平静を保っており、俺がこれまで復讐の為と自分に言い聞かせてきた期間がいかに無為なものかを思い知らされた。
「お前は来ないのか」
「ああ、残念ながら弱いのでな。そこにいる女子が足止めしているうちに逃げるぞ」
「「「「え」」」」
すごい!高時以外の四人の心がシンクロした。
「ちょっと待って、本当にちょっと待って」
どうしよう。敵のほうもこの状況を不憫に思って固まっているし。
「何、お前何、何ナチュラルに私を囮にして逃げだそうとしているのよ」
波子三は大将を指さそうとして、それが失礼だと思ったのか、指をあらぬ方向に向けるも、最終的にその指を地面に落とした。
ーー何か妙だ。さっき、一瞬、手が止まったかのような……。
感じた違和感の正体を探るべく、俺は俊樹を自分のほうに引き寄せた。
できる限り、その姿が自然になるように。ただ自分は口喧嘩しているこいつらから距離を取りたいだけですよと自分に言い聞かせる。
そして指の先を確認したことで気がついた。
ーーあれはまさか、光。
ちかちかと、あるビルの屋上から光が発生していた
ーー、一体誰が。
すぐに、電話で波子三の上司が助けるための策を用意していると口にしたのを思い出した。
間違いない、その策を実行するつもりだ。
それが何かわからないが、何かが起こる。それは間違いない。