人外が差別される世界で、いつの間にか人外になってました。~色々大変なことがありますが俺は元気です 作:kuroe113
鎌倉市。
今もなお大災害が継続しているというのに、郊外は人でごった返していた。
一刻も早く家に帰りたいと待機する避難民。
家族の安否を確認するために遠方からやってきた行方不明者の親類縁者。
そんな切実な覚悟を持ち祈るような気持ちで待機するものの一方で、ただ情報を金に換えることしか考えていないマスコミに、ただ事件だということで寄ってきた野次馬連中。
そしてこの大災害をどうにかしようと奮闘する軍や警察に陰陽士。
そんな中にあってもひときわ異彩を放つ人物がそこにはいた。
「ねぇ、なにあの格好」
「そんなの決まってるだろ、避難民だよ避難民。着替え中に警報が鳴ったんだろ」
「でも、あの子。混血のしるしである首輪つけてるわ」
「ということは避難民じゃない。ただの変態かよ。混血には人の理屈が通じないってよく言うけど、本当だったんだな」
ひそひそと、噂話を耳にして顔を真っ赤に染めている少女が一人そこにはいた。
「おかしくない。私物以外の持ち出し禁止って。せめてさ、そう、せめて、長丁場になる可能性があったし、着替えの服くらい用意してくれないかな」
恥ずかしそうにプルプルと震えながら、美しい少女が羞恥に震えていた。
大胆に、と言うよりも大胆すぎるほどに肌をさらす服装だ。
特に上半身に関してはほぼ裸。紐のような何かがその豊満な胸部を押さえつけているからこそ、恥部を隠しているが動き回っただけで事故が起きそうなだった。
上に比べれば比較的ましというだけで、下も下で着込んでいる裳のような服装には深々とスリットが入っている。その格好を一言でいうならば、エッチなことを目的にした巫女のコスプレだった。
少しでも、自分の体を衆目にさらすまいと必死の抵抗をする者の、もはや手遅れ。
野次馬たちが彼女の美しい肉体を舐めるように見つめていた。
彼女こそ、悪名高き混血の首領なのだが、このありさまを見てその事実を信じる者は皆無だった。
「その、どうぞ」
見かねた、白と赤で構成されたメイド服を着込んだ女性が自分のコートを手渡した。
「ありがとう、トーリ」
気軽に名前を呼んだことから、二人が関係者、あるいは顔見知りと分かるのだが、女性の首に混血の証である首輪はない。
それが意味するのは、彼女が混血ではなく普通の人間ということだ。
「申し訳ありませんが、そういったものを渡すのは規定違反です」
しかし、頭の固い看視者は女性の気づかいにすら口をはさんだ。
「お願い、お願いだから、上着は、上着くらいは」
懇願に、気まずそうに看視者は顔をそらした。彼自身、この格好はないと思っていたのだろう。
見て見ぬふりをしてくれるらしい。
こうして、冷静さを取り戻した白夜は前方の結界の調査を開始した。
「これは……、私を誘い込んでいるのかな」
目の前に展開された結界をどうにかしようと、多くの術者が集まり解除を試みているが、結果は芳しいものではない。
それもそのはずだ。これはただの結界などではなく、神が手ずから構築した神域であるのだから。人間が構築した結界とは根本から違う。
混血の首領である白夜でもこれに干渉するには骨が折れると認めざるを得ない代物だ。
「それでどうだ。この結界をどうこうできそうか」
「無理だね。そもそもの話、ただの一個人に神の権能をどうこうすることなど不可能だ」
諦めの言葉を口にすれば、そうだろうそうだろうと賛同の声が上がった。そこにあるのは心労をねぎおうという気づかいではなく、気に入らない同業者の揚げ足を取ってやるという悪意だった。
「この結界は我々が総力を上げたとしても干渉できないのだ。いくら汚らわしい混血でも、どうこうできる代物ではないわ」
「とはいえだ、誰もこの結界を解除することも、結界内に侵入できないとなると」
「あれ、言っていなかったかな。確かにこの結界に干渉することはできないけど、私一人くらいならすり抜けはできるとね」
えい! という可愛らしい掛け声とともに、そもそも壁など初めからないように白夜は結界の中に侵入した。
そばで偉そうな術者の男が何やら言っていたが、彼女はそれをあえて無視した。そこに壁が最初からないように手を伸ばし、するりと侵入する。
ただの結界であろうとも、潜り抜けるのは至難の業。
しかも、ここで展開されているのは結界よりもさらに上の神域なのだ。
神業などという陳腐な表現を超え、化物にしかできない神の諸行だった。
とはいえ、これは純粋な技量により引き起こされた事例ではない。結界の性質によりうものだった。
結界を構築している神格。その神格の名は、彼女が母とすら呼ぶシュブニグラスのものであったからだ。
神への礼儀を忘れないからこそ、彼女はあっさりと通貨できたのだ。
「やだやだ、絶対、黒幕はあいつだよね。
でも何が狙い。今回の実行部隊が邪魔だから私に消してほしいのか。
何も考えてなくただ単に新しい技術を試しただけ。それとも……。あ~あ!」
降ってわいたような幸運に歓喜よりも困惑が先に来る。
単なるメタ推理でしかないが、彼女は今回の黒幕に心当たりがあった。
その黒幕が切れ者かつ曲者でどうしてもそこに裏の思惑があるのではと勘繰ってしまう。
どうすれば相手の掌から脱出できるのかと考え、考えに考えて、思考が一巡した。
それでも答えが出てこないからきれいな髪を搔きむしり、相手は何を狙っているのかわからない苛立ちからヘドバンしながら悩みに悩む。
あの神格を相手にするのであれば、考えすぎても考えすぎではない。しかし、考えすぎても罠に入るのだから、知恵熱が出そうになった。
「まずはとりあえず電話っと。一華ならいけるかな。
私にはまったく及ばないけれど強いし、抜けてる所があるのは玉に瑕だけど、仕事に関してはしっかりしてるから」
しかし、つながらない。ボタンを鳴らしても、虚しく電子音が鳴るだけだ。黒い画面をじっと白夜は見つめていた。
「まぁ、戦闘中にうまく通話が通じないのはよくあることだし、今度は井筒だね。今度こそうまく通じればいいけど」
そして、数秒間のコール音ののち、通話が通じた。
今度はあっさりと通話が受理された。
「よし、通じた。一華はどうしてるんだい。彼女の実力と特性ならば負けることも死ぬこともないとは思うのだけれど」
「とっくの昔にやられたよ」
「え!!」
――負けたの。マジで。
自分の予測をはるか斜め上ののっぴきならない現状に白夜はさっそく凍り付いた。
「まぁ、そういったことはある程度予想できていたけどね」
リーダーとしての威厳を見せようと有能アピールをするも、この女内心では焦りまくっていた。
「声が震えてるぞ」
「な、何を言ってるんだい。私のこの可愛らしい声が震えてるとでもいいたいのかい」
「ぼろが出てるぞ。それで、俺はこれからどうすればいい。あんたなら、この状況でも盤面そのものをひっくり返せるよな」
「まぁ、そうだけど。助は必要?」
「ボケたか、ボケたんだな、お前。神格のなりそこないがこの世界に顕現。最高戦力である一華さんは敵に敗北の上に行方知れず。
決まってんだろ。こっちは猫の手でも借りたいんだよ」
「そう、なら、最後まで単独で頑張ってくれないかい」
「ブラック労働反対! 脳みそが空っぽにでもなりやがったのか。糞上司」
白夜の無茶ぶりにぶちぎれたからこそ、いきなり通話は切断された。
信頼を損ねるあんまりな行動ではあるが、それでも彼女はただじっと続報を待つ。
そして想定の通りに、すぐに返信は帰ってきた。
「念のために聞いておきたい。俺たちが持っていない情報でも持っているのかな」
「ええ。どうにも、私は動かないほうがいいと思うんだ。勘だけどね」
「死ね!!」
きっと電話の向こうでは井筒がこちらに呪いの言葉を口にしているだろうなと、白夜は予測しており、実際その予想は当たっていた。
「まったく、仮にも私は君の上司だよ。もう少し落ち着いてほしいんだけどね。勘の内容について話そうか」
「その間に、何らかの裏付けでもあるのか。予知のたぐいだな」
魔法の世界において予知というのはしっかりとした学問だ。
気による先読み。
魔法によるタロットやダウジング。
陰陽術による占星術といくらでも術者や技法が存在していた。
かくいう、彼女もまた占いの名手と呼ばれている。
「違う違う! 君は知らないのかい。長期の占いは何をどうやっても成功率が50%を超えないってことを。
何をどうしても自分自身が行動し未来を変えた姿と、何も行動せず発生する運命。その二つの可能性から絞り込めないからね」
「だったら本当に今回自分が動かないのは気分が悪いからでした、なんて話ではないよな」
もし、ここではいというのであれば……、と井筒はおぞましいほど鋭い目線を電話の向こうに側に送った。
「私はね、今回事件の黒幕に心当たりがあるんだ。証拠がないから単なる勘になるけどね」
要するに、敵の使っている技術に見覚えがあるという事かと、井筒は推測した。
「なるほど、手の内を読めるからこそ、あんたはすんなりここに侵入できたと」
ここまで話されれば、猫の手を借りたいほどに追い詰められている井筒ですらボスの救援に対して疑問符を投げかけてしまった。
誰がどう見ても罠だからだ。
この結界の中に罠が仕掛けられているのか、ボスがこの結界の中で外部と隔離されている間に、大掛かりな何かをしようとしているのかまでは分からない。
だが、敵が何かをしようとしているという一点にだけは異存がなかった。
「だがだ、それだとあんたの技術力が敵より上だったから、こんなに気軽に侵入できたという説を消せないだろう」
とはいえだ、このままだと確実に死ぬのだから、井筒としては
外部にしわ寄せがやってこようとも、助けに来てほしいというのが本音だった。
「もしかしてなんだけど、気が付いてないのかい」
「お前さあ、時間ないわけだし、さっさと話せよ」
話をやたらともったいぶる彼女の悪い癖が出て来たからこそ、さっさと本題を話せと井筒は切り出した。
「今が夜なんだよ」
「どういう意味だよ」
「夜なのに、私が結界を抜けられたんだよ」
これは世間ではあまり知られていないことであるのだが、百夜の能力は昼と夜とで大きく変わる。
昼に結界を抜けるのは可能だが、夜に結界を抜けるのは無理なのだ。
「その一点を考慮に入れてもらったうえで聞きたい。これが罠だと思うかい、それとも偶然と思うかい」
「……罠だろうな」
「それで、大局を見据えた考えを聞かせてほしい、私は君を助けに行ったほうがいいかい」
「そんなもの……」
ここで一瞬、井筒は迷った。
電話の向こう側はこちらを試している、と考えたからだ。
「分かった、はっきりと言う。来られるなら、今すぐにこっちに来てくれ」
「了解」
それでも、井筒にはこういう以外の選択はない。
短く返事をしてから、白夜は元いた位置に戻った。
もしも、この作品を読んで面白いと感じたら評価、お気に入り登録をお願いします。