人外が差別される世界で、いつの間にか人外になってました。~色々大変なことがありますが俺は元気です 作:kuroe113
殴打という事実を否定するかのように、周囲のガラスが割れていく。
「ねぇ、やっぱり物理現象も押し付けられるのはずるくないかな」
クレーターができるほどの勢いで地面に打ち付けられてもなお、傷を押し付けることで徳子は無傷だ。それを見て波子三はため息をついた。
身代わり、人型の術式は魔術世界における情報の受け渡しである。
本来魔術は現実世界に存在しない。人型でのダメージ押しつけはその矛盾を利用している。
鏡を思い浮かべればわかりやすいだろう。
人型は鏡に映る像であり、鏡面に攻撃しても本人はなんともない。
同じことを人型は行っている。
つまり、魔術での現象をそれがくらったのが鏡の中の自分だと言い切ることが人型の能力なのだ。
「現実世界でのみ完結した物理現象を鏡に転写することはできない。つまり、物理現象を転写できるというのは特殊な術式を使っていることを意味します」
そう、この術は波子三が使用する人形とは似ているようで根本的に違う技術体系なのだ。
「あなたの能力は、鏡の中の自分と現実の自分を入れ替えるというところでしょう。
手に大きな鏡を持っていて、攻撃するたびに窓ガラスが割れる。あなた、残機はどれだけあるのよ」
雪のように飛び散るガラスを見ながら理不尽だ。と、ある意味で敵への最大の賛辞を波子三は送った。
追撃のために、いくつかの手榴弾をおまけで投げ、「これで怪我でも負ってくれれば楽なんだけど」と、欲望をこぼした。
もちろん、そんなことが起きるはずがないのは承知している。
「あ! これミスったかな」
鏡に敵の姿が映らないようにする一手だったが、砂煙を巻き上げるだけではなく、消火栓から勢いよく水が地上に舞い上がった。
人の姿を映す大きな鏡の出現に波子三は冷や汗を流す。
「これはまさか、血の匂い」
これは駄目だ、一刻も早く撤退しようとしたタイミングで、、鬼の嗅覚が餌の匂いを嗅ぎとった。
それは血の匂いだった。
「身代わりにできる素材、ガラスを使い切ったからかな」
もう何度も攻撃しては周囲のガラスが割れている姿を見てきた。
周囲のガラスを身代わりにしているのは把握している。しかし、単に周囲にガラスがあれば発動するのか、姿が映っていなければ発動しないのかについてまでは判断できていなかった。
そして今回の一件で後者と判明する。
「もしかしてチャンス」
敵は傷を負った。
身代わりも今は使えない。
これならばと、波子三は一瞬逡巡した。
「あ、やばっ」
「少しうっとうしくなってきたな」
やはり戦場では即断即決しなければと波子三は反省した。
吹き上がる水。硬いコンクリートの壁に反響した衝撃。
その二つに揺れ動かされ、一瞬煙が晴れた。
二人の視線が交差する。
波子三は弾かれたようにその場から逃げ去る。自分への干渉を感じたからだ。
一方で徳子のほうは、「なんだ、これは」と困惑した。
水鏡を利用し波子三を自身のもとへと招こうとしたのだが、徳子の手にあるのは木の人型だ。
「これは人型か。だが、やつの特性は強化のはずだ。まさか、読み違えたのか」
それが人型であるのは一目で見抜いた。
見抜いたからこそ、自分の推理が根底から崩されたのを徳子は感じる。
一人の人間が発動できる魔術は一つだけ。これが原則だ。
「私と同じ複合型の術式か。まったく厄介な」
しかし、一つの術式で使用する系統が1系統のみという制約はない。
徳子が憑依とともに具現の能力を使用するように、波子三も強化とともに憑依の系統を使用しているのだと推測した。
「まだ謎がある。あの武器だ。
釘バット、いや、この場合ではこん棒か。
どうしてあんな使い勝手が悪いものを使うのかがわからん。
近接武器が欲しいならば槍や刀でいいだろう。
打撃武器が欲しいなら、鉄の棒のほうが使いやすい。つまりあれは術式の関係」
もしくは、波子三が憑依系統のみを使用している可能性も疑わざるを得ない。
基礎四系統の中でも最強と言われる憑依は、崇め奉る神や象徴によって能力を変化させる。時として、他の系統の力も扱えるほどだ。
もちろん、これは全て徳子の考えすぎである。
波子三の能力は強化系統であり、憑依系統の複合で人型を使っている。
その証拠に、自身の魔術の触媒である人形が奪われても違和感を感じていない。ただ何かされたと違和感を感じ逃げるに波子三はとどまっていた。
『高時が逃げるだけの時間は稼いだし、ここは一時撤回かな』
敵が迷っているのと同じく、波子三もまた困惑していた。
何かをされた、だが具体的に何かが分からない。
その不信感が追撃という思考を消し去り、持久戦へと思考を切り返させた。
先に逃走した高樹に追いつき援助しようと動き出す。
それを逃がすまいと、徳子もまた追跡を開始する。
「できれば朝までに終わらせたい、それに向こうには私の術に対する対抗手段はないはず」
ーーもうすぐ援軍が来るはず。
ーーこの術式の攻略法は見つけた。
皮肉なことに、この時両者は自分の勝利を確信し、相手に見られないように笑っていた。
「人型が消えてる!!」
その攻略法を実行されていると先に気がついたのは波子三だった。
徳子はただ人型を呼び寄せるのだ。
何のひねりもなく同じことを連続で行い、波子三も異変に気がついた。
「だが、気が付いたところで何ができる」
一撃必殺を狙い、あえて鏡による瞬間移動徳子は使ってこなかった。
そのせいで波子三は相手が何をしているかわからなかったし、手に持つ大鏡とその先にある鏡で合わせ鏡をつくらなければ発動できないという厳しい制約がある瞬間移動も、いまだその種が割れていないがゆえに回避できない。
――派手にやっても、自分の手の内を向こうが勝手に秘匿してくれるのだ。さて、人型の残機は後幾つだ。
全ての人型が尽きたとき、みっともない姿を見せてくれるなよ。
自分勝手な期待を勝手に押し付け、一本調子で能力を発動させる。そしてその時がやってきた。
「え!! なに!!!」
全身を包み込むような浮遊感を波子三は感じた。
何か来る、そう理解していたのにいざ敵の能力が発動すれば思考に一瞬の空白が生まれてしまう。
その間抜け面が、状況を把握できていない何よりの証拠。
これで決めると徳子は構えを取り、気が充実するのを今か今かと待つ。
そしてすぐに、それが甘えだと気が付いた。
時として直感はどんな賢者よりも速く、そして賢い答えを導き出す。
それは幼児がやる反射の域だった。
暗いところに来たら手を動かして周囲に何があるのかを把握する。
それと同じだ。
波子三はとりあえず手に持っていた釘バットを周囲の様子を探るべく振り回した。
「まさか、こいつは今身代わりを使っているのではないのか」
使用していた人型の数から、徳子は波子三が憑依系と確信していた。
そして、使える魔術が一つという原則から身体能力の強化をすでに停止したと勝手に考えたのが裏目に出てくる。
「ぎいいいぃぃぃがあああぁぁぁっ!!」
見た目少女の口から出たとは思えない、獣じみた悲鳴が木霊した。
そのダメージを押し付けることはできない。
瞬間移動に力を使用していたからだ。
バットに付けられた釘が容赦なく細腕にのめりこんでくる。
皮膚は破れ、骨は砕かれ、口から苦悶の叫びが漏れ出ていた。
たった一瞬のことだったというのに、もう全身から脂汗が噴き出ており気持ち悪い。
この日のためにとせっかくかっこつけて用意した着物が台無しだった。
――けど耐えた。
――あれ、この感触、人!!
波子三の負因はただ何となくバットを振ったことだった。
周辺確認のために適当にバットを振っただけ。
人の悲鳴を聞いて、一瞬躊躇してしまったのが命を分けた。
「このど素人が」
初めて人を切った際の生々しくも鮮烈な感触に躊躇し、泣き叫ぶ新兵どもを徳子は思い出す。
「さあ、新兵。我ら平家武士の一撃はこんなものではないぞ」
手に持つ礼装の一撃に波子三は地面に倒れこんだ。
ここに勝負は決した。
――勝者、徳子。