人外が差別される世界で、いつの間にか人外になってました。~色々大変なことがありますが俺は元気です   作:kuroe113

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第35話特攻隊

「ひゃ! なんだ、突然音が」

 

 千年前の時代からやってきた女は携帯の電子音を鬨の声かと身をすくませた。

 

「ああ、何だ携帯か。どうにもこういった電子機器は好かんな。こんな様子をみられたら、またおばあちゃんみたいと……」

 

 電子機器をおっかなびっくりと使っていた姿を学校で見られ、笑われたことを思い出し、徳子は顔をゆがめた。

 

「待て、携帯とはこんなところで使えるものなのか」

 

 知識がないが故の耄碌っぷりに、もう少し現代に順応しなければと反省する。

 ただの電子機器がこんなところで使えるはずがないのだ。

 

 

「送信先は……」

 栄光へのゴールは目の前。後はただテープを切るだけ。

 勝利を目前とし、浮かれていた徳子が携帯に表示された名前を見て凍り付いた。

 

「これは、そう、こうのはず」

 

 限界まで携帯に顔を近づかせながら、どうにか通信に成功した。

 

「まさか、混血の親玉がこんなにも早くたどり着くとはな」

 

 と自信満々に宣言したが、声が出てこない。

 首を傾げ、本当につながっているのかと様々な角度から手に持った端末を点検していく。

「やぁ、初めまして」

「残念だが、一度会ったことがある」

「ああ、そうなのかい。悪いね、どうにも印象がない相手に関しては記憶に残らなくて」

「ふん、嫌味な女だ!」

 

 電話の向こうでふんぞり返っているだろう、混血の親玉の皮肉に徳子は額に青筋を浮かべた。

 

 ――さて、この女をどうするか。

 

 いま彼女の手元には人質がいる。強者への礼儀として殺そうとしていたが、今では違う利用方法が浮かんでいた。

 

 手札をどう使うか、徳子は真剣に考える。

 波子三が抱える秘蔵の魔道具、地球儀を模した正体不明の何かを踏み潰しながら、あと少し、あと少しだけ時間があればと徳子は焦っていた。

 

 ここでの彼女の目的は単純だ。

 高時さえ倒せばそれでいい。

 無理難題も、後数分で達成できるほどに下準備を済ましてある。

 

 ――もはや、あんな男どうでもいい。

 

 自分が負けるという可能性を目のあたりにしたうえで、これまで積み上げられた失望という積木が北条最後の執権に対しての執着心を否定する。

 あんな臆病者との決着をつけるよりも、自分の安全を確保すべきだと理性が叫んだ。

 

 ――だがそれは、私が総力を挙げても、あの男に逃げ切られてしまったことを意味する。

 

 だが、すぐに感情が否定の声をあげた。

 もし、高時が武士の頭領としての吟味を見せたのならば、あっぱれ見事と、彼女は道を譲れただろう。が、彼女目線の高時は

ただ逃げ回っていただけのネズミだ。そのネズミに足を救われたとあっては、平家という家名を汚してしまう。

 

 皮肉なことに、高時に失望したからこそ、徳子は闘争も敗北も受け入れることができなかった。

 

 

「さてどうする」

 

 目まぐるしく変化する現状に、徳子は最善策を見つけ出そうと頭をフル回転させた。

 

「私が説得しましょうか」

 そんな、迷いに迷う彼女を見かねて、ということは確実にないだろうが、救いの手を差し伸べる人物が現れた。

 いまだ、徳子の足元で拘束されている波子三だ。

 

「いったい何が狙いだ」

 

 足ふきマットの分際で自分に意見したことを咎めるように、徳子はぐりぐりと足を押し付ける。

「まさか命乞いか。残念だが、私たちは命乞いを聞きません。もう懲りている」

 

 助命されておきながら、一族に牙をむいた恩知らずを知っているからこそ、彼女だけではなく平家全員が懲りていた。

 頭を踏みしめる力がさらに強まる。

 力を籠め続けたならば、波子三の頭蓋は奇麗な花びらを咲かせることとなるだろう。

 

「信じられないなら、信じられるようにしましょう。

 私からは抵抗しないし、逃げも隠れも、……そう、あなたから離れないと誓いましょう。

 その代わりに、会長と交渉しましょう。

 もちろん真面目に行うし、こちらの場所を知らせない。むろん暗号の類も使用しません。

 交渉している間は私に対して加害行為を行わないのと、交渉がうまくいけば私を解放すること」

 

「なるほど、言霊か」

 それは文字の通り、言葉に宿る魂であり、一種の制約の魔術だった。

 つまり魔力を込めて言葉を口にすればそれを破ればペナルティーを食らう。

 神などのこの次元に存在しえない化物であれば、元いた世界への帰還。

 この世界に存在している混血でも、魔力そのものが使用できなくなるという罰則が下る。

 

 この状況で魔力を失っていないというのが、波子三の本気を証明していた。

 

「これは命乞いではなくて、交渉です交渉。

 あなただって、さっさとあれから解放されたいでしょう」

 波子三はそっと神樹を指さした。その天にまで届くのではないかという巨大な神の化身を。

 

「あなたクラスの使い手でも、あれ。制御できてないんじゃないかな」

 徳子はしゃべりやすいようにと足の力を緩めた。

「もし、制御できてたら鬼ごっこは一瞬で終わっていたでしょう」

 それもまた正解だったようで、正解の報奨に頭を押さえる力がさらに弱まった。

「会長ならあの神樹を安全に処分できる。

 高時を殺して戦力をえたいとたいのならこの国の中で何かやりたいことがあるのでしょう。

 国そのものの破壊なら、あれを暴走させれば事足りる。

 私としても、今回の事件の首謀者であるあなたよりも、あの神格の分霊を優先したいのよ」

「そのためならば私を見逃すと」

 

 その先は答えられませんと、波子三は組織人としてあいまいに笑った。

 

『あの樹木の処理を来奴らに押し付けるのは、ありだ』

 

 徳子が召還したものの、神樹は彼女の手に余る代物だ。

 あの樹木が外の世界に根を張り魔王として君臨する姿すら容易に想像できた。

 

 制御できないし、これからどう動くかわからない代物を敵対組織が勝手に処分してくれる。

 処理期間中にお互いにお互いの妨害をしない。向こうにはこちらに手を出す余裕がなく、こちらもこれ以上、訳の分からない神格の気まぐれを恐れなくて済む。

 

「なるほど、とっさに考えたにしては筋が通っているな」

 少なくとも、徳子には一切損がない。

 

 ――だが、気に食わん。

 受けてみてもいいかもしれないと思う反面、その考えを本能が否定した。

 

 圧倒的に有利な状況。

 足元にかしずく、首を絶たれるのを待つだけの捕り物がまるで自信と対等のようにふるまう。

 この場では自分が女王であるという自負が徳子にはあった。

 それなのに、自分の足元でひれ伏す罪人の甘言を聞き入れるどころか受け入れかどうかすら考えている。

 自信が座る玉座の傾きを徳子は自覚した。

「これで通話したとしても、向こうがこちらに場所が割れることはないのか」

「ええ」

 

 そのまま、自身が出した難題を全問正解した褒美として、思いっきりその顔面を蹴とばした。

 

 なおも考えあぐねていたが、その迷いなどすぐにどうでもよくなり、徳子はあっさりと交渉を承諾する。

 何せ、こんな女がどうでもよくなるような本命が目の前に来たのだ。

 首輪をつけた犬に構う時間などなかった。

 

 

「話をしよう。貴様の狙いは儂だろう」

 これまで逃げ惑う事しかしなかった男が、強大な敵に立ち向かうべく歩み寄ってきた。

「散々逃げ回っていたというのに、ついに観念したのか」

 頭では分かっているのに、心ではどうか違ってくれと、徳子は懇願していた。

「ああ、そうだ。こいつらの話では『儂の部下も』おぬしも簡単に勝てるそうだからな。ならば、未来へ賭ける」

 

「増援に、これまで一度も見たことも会ったこともない味方にすべてを丸投げ? それで自分は高みの見物か。

 貴様には自分自身で何かをしようとする気概はないのか。

 ――そんなことだから貴様は国を滅ぼしたと分らんのか」

「なら、貴様は何がやりたい」

 徳子の嘲笑に、高時は眉一つ動かすことなくただ淡々と応じた。

「儂は短い間だが貴様の戦を見てきた。

 儂を殺したのならば兵が手に入る。そこまでは分かった。

 自分を滅ぼしたものの末柄と決着をつけたいというのも分かる。

 だがな、それでもまだわからん。

 今、この地に住まう民草までも巻き込むほどの大義がどこにある」

 

 どうせ殺されると分っていたから、高時は無敵モードだった。

 生前やっていたように、相手の顔色をうかがうことなく、ただ自分が思ったことだけを率直に口にした。

「決まっている、復讐だ。私は、偽りの皇位に終止符を打つ」

「お前ひとりで」

「当然だ」

「……わがままの極致だな。

 自分の都合、意思を通すために、他者を踏みつけ、貶めて、敗者には視線すら向けることをしない。

 ――そんなことだから、国を亡ぼすのだ」

 北条と平氏。ともに武士であり、この日本を治めた歴史を持つ。

 その最後の光景を目にした者同士が互いの欠点を指摘しあう。

 平氏の歴史とは我の押し付けだった。

 邪魔者を排除し、富を独占し、上へ上へと昇り詰める。

 他者を己の我で塗りつぶし、最後には自分だけが立つ。

 それまでの政治基盤があったにせよ、たった一代で国の頂点に立ち、閃光のように消えてなくなった。

 対して、北条の歴史は我の否定だった。

 主君たる家がつぶれ、ただ皆にとって都合がいい調停機関として活動し、いつの間にかトップの座を不動のものとする。

 ただ我を殺し、皆をまとめるという一点が都合よしとされ、北条は存続した。

 その最後は、ただの傀儡になり果て、すべてを託した部下に裏切られるというものだ。

 同じ滅んだとしても、その方向性は180度違っていた。

 

 ただ一つ言えることがあるとすれば。

「ただのおこぼれで国を手に入れた下賤な裏切り者がよく言うわ」

「ただの一代で国を滅ぼした分際で我ら北条を否定するのか」

 その在り方が相いれないという真実だけだった。

 

 言いたいことをお互いにぶちまけた。

 舌戦は互角に見えるが、徳子は余裕たっぷりで、高時は苦々しく表情をゆがめている。

 世界を支配するのはいつだって暴力。その代弁者たる武士に言葉での応酬など何の意味もないからだ。

 ――ことわざで例えるのならば、カモがネギをしょってやってきただろうな。

 何せ、標的が自分から目の前にやってきたのである。

 脅威になりえる混血たちの王も今は遠く。

 その気になれば、目的達成まで一分かからないのだ。徳子の余裕顔もまた当然だった。

 対して、絶望的な状況で、全線で戦ってきた二人は完全に折れている。

 力、知恵、仲間。

 たとえどれだけ強大な力を持っていようとも、あきらめてしまった人間に世界を変えることなどできない。

 もしも、この絶望的な状況を変えることができるとすれば……。

 

「なぁ、お前、俺のことを憶えているか。お前に騙されて妹を奪われたバカのことを」

 あきらめの悪いバカだけだ。

 

 

 復讐の為に町をさ迷い歩いていた彼はそう、結果として間に合った。

「気を感じてはいたけれど、小さすぎて気にも留めていなかった。

 すまないが、今は忙しいから後にしてくれないか」

 その小さな気配の主に徳子は視線すら向けない。心底からどうでもいいと言いたげだった。

 

「覚えていないというのならば、今ここで思い出させてやる」

「おい、まさか」

 その覚悟を見て高時は驚愕した。

 西行がやった行為は至極単純だった。

 ただ爆弾を抱えて敵に特攻。

 覚悟さえあれば誰でもできる、格上殺しだった。

 ――今この状況で爆発はまずい。

 高時の驚愕から何が起きたか察した徳子はやっと西行に視線を向けた。

 

「私の足元ではいつくばっている友達のことはいいのか」

 

 二歩三歩と足を進め、一度は蹴飛ばした敵を踏みつける。

 

 この状況で爆発などと言う目立つ行為が起これば、怖い鬼に見つかってしまうからだ。

 だから、会話での懐柔を開始した。

 

「どうした、短い期間であれどともに行動した仲間ではないのか。

 そんな大切な存在を吹き飛ばしていいのか」

 ここで、徳子の誤算があるとすれば西行がくずだったことだった。

 西行は今でも後悔しているのだ。

 両親の言いつけを破ったこと。胡散臭い鏡の幽霊の甘言に騙されたこと。

 そして何より妹を見捨て一人で逃げたことを今でも後悔していた。

 彼はどこまで行っても復讐者だ。

 先を見ず、自分のエゴを相手にぶつける。

 彼は化物を恨んでいた、それに近いというだけで混血も心の底から憎悪していた。

 ゆえに、多少行動を共にしたとして、彼らの犠牲がなくては化物を葬れないというのであれば、一切ためらうことなどない。

 わがままの極みだ。

 すべては徳子が一人の兄妹をだましたことから始まる物語。

 因果は巡り憐みの念から逃がした少年が復讐の炎を燃え上がらせ、彼女を追い詰めていた。

「まぁ、がんばったてところかな」

 

 攻撃しても放置しても爆発を起こし厄介な敵を呼び込む現状。

 

 それでも、徳子からしてみればこの状況はぬるかった。

 

 その余裕を二人の女がはぎとる。

 徳子の周囲に無数のお札が舞、結界を形成した。

 その結界から逃がすまいと波子三が覆いかぶさるように抱きつつく。

 ――そうか、そうだったな。こいつとの制約は自分から逃げも隠れもしないと、交渉が終わるまで私から離れないというもの。

 制約の抜け穴を突かれたと徳子は悟る。

 

 

 ――だが、その制約の抜け穴も絶対ではないはず。そうなればこいつは魔術を使えない状態で爆風に見舞われる。

 

 こいつらは自分の命をなげうってでも、徳子を殺しに来ていた。

 爆弾が直撃しても、本当に徳子が死ぬのかどうか確証もないのに。

 その無茶苦茶さに恐れるどころか徳子は懐かしいと獰猛に笑う。

 

「ああ、ああ、これだ、これなのだ。私が求めていたのは」

 宿敵が自分の命すらなげうって自分を殺しに来ている。

 その事実が、返って、彼女を冷静にさせた。

 徳子はそもそもの話、北条に勝つために来たのだ。

 その北条が命すらなげうって自分を倒しに来た。

 みっともない姿を見せられるかという意地が彼女を美しく飾り立てる。

「悲しいな。命さえかけても私には傷一つ付けられないのだから」

 だからこそ、最終的に彼女の胸に去来するのは単なる悲しみだった。

 手から取り出したのは磨き抜かれた、それこそ鏡のように美しいナイフだった。

 そのナイフがきらめくと同時に装備類は鏡の世界へと没収される。

 

「くそぉ!!」

 涙に顔をゆがませて、やはりだめだったのかと。命をかけても何もできない自分に腹が立つ。

 きっと、これが西行ひとりだったらそれで終わっただろう。

 幸いなことは……。

「うけとれ、この馬鹿野郎」

 彼には友達がいたということだろう。

 ただの一般人でしかない俊樹もまた、何の因果かこの地獄に間に合った。

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