人外が差別される世界で、いつの間にか人外になってました。~色々大変なことがありますが俺は元気です   作:kuroe113

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第45話再生

 同じ時刻。じっと、この町のありさまを見つめる女がいた。

「築き上げるのに千年。だが、崩れ落ちるのは一瞬か」

 諸行無常。

 すべての生命は流転し、絶えずその姿を変えていく。

 そこに虚しさを感じるも、すぐに後悔する資格がないと徳子は自分を戒めた。

 それでも、物憂げな表情で燃える街並みを見つめることを止められない。

「これが、この国の未来だ。偽りの皇位、軟弱な男どもが作り出した世界など否定されてしかるべき」

 迷いを、徳子は強引に覆い隠す。

 賽は投げられた。退路などもうないのだ。

 ただ、どうしてだろう。

 この燃え盛る街を見つめるその姿は酷く弱弱しかった。

 

「気を緩めてはいけません。おうちに帰るまでが遠足ですよ。

 勝利宣言など、全てが終わってからやらないと後で恥をかくこともあるのですから」

 

 気が抜けた姿をナイ神父が咎めた。

 

「お前は私の小姑か。だが、今さら私の道をはばむものがどこにあるので。

 ここからの逆転はありません。白夜であれば、この神域を解除することまではできよう。だが、それだけだ。

 植物人間は暴れまわり、霊脈を吸い上げられたこの町は死地となり、私の悪名は永遠にこの地に刻み付けられる。それは予想ではなく、決定事項だ」

 忠告に徳子はいささか気分を害したものの、余裕の笑みを崩すことはなかった。

「では、私たちは手筈通りに行動しますね」

「ああ、余計なことはくれぐれもするな」

 撤退のため、ナイ神父は空間転移の準備を始めていく。

 この神域が崩壊したのと同時に、北条の武士どもと魔力のリソースを回収し、立ち去る。それが彼女の作戦だ。

 

「これで、源氏が作り上げた黴臭い街も終わりか」

 神域が崩壊すると見込まれる時刻、つまり、夜明けがやってくる。

 この町も見治めだと、徳子は己の罪をじっと眺めた。

 舐めまわすように炎がこの町を蹂躙しているが、そんな些細なことが比較にならない大災害が間もなくこの町を襲う。

 霊脈の枯渇。

 原発事故のようにこの町は人が住めない不毛の土地になるだろう。

 ここに生きる人々は平家と源氏の因縁など知りもしないことを彼女は理解していた。

 それでも、この町を地獄に叩き落とすことに躊躇はない。

 

 

 そして朝がやってきた。

だが、この神域の中では少なくとも目視ではその真実を確認できない。

本来、白み始める空がそのまま。未だ夜が残り続けている。

 

「まったく、度し難い」

 

 この空は彼女そのものだ。

 時代に取り残された異物。

 じめじめと暗い夜、歴史の大河に残されたよどみ。

 

「ああ、そうか。私は負けたかったのだな」

 勝利して初めて、徳子は胸の内にあるもやもやに答えを得た。

 源氏に打ち取られたというご題目があれば、自分は胸を張って皆に会える。

 そう彼女は心の奥底で敗北を望んでいたのだ。

 

「我ながら女々しいことだ」

 

 だが、結果はそうならなかった。だからこそ、この話はここでおしまい。

 決意を固めることしか彼女はできない。

 

 やがて退去の時が来た。

 この結界が崩壊するまさにそのときだ。

 

 

 

「いったい何なのだ、この炎は」

 植物人間、北条の武士。それらの内より青い炎が燃え上がった。

 その炎には熱がない。されど、一切の容赦なく不浄を燃やし尽くしていく。

 人形どもはまた一人、一人と解放される。

 歓喜の表情とともに、元居た場所に帰っていく。それはまさしく、再生の炎だった。

 

「いったいどういう理屈だ。神樹を消し去る程度ならば、白夜ならできるはずだ。だが、もはや神樹と独立して動いている植物人間まで、どうして影響が出ている!」

 

 神霊を退却までは予想していた。

 だが、術式の解除は予測していない。なにせ術式のカギを徳子が握っているからだ。

 

「言ったでしょう。家に帰るまでが遠足だと」

 

そのあわてふためく様を、側にいたナイ神父があざ笑う。

 

「おまえ、どうしてこうなったのかを知っているのか!!」

 

 夜がしらしらと白み初そめた時分には、もはや、彼女の手元に兵士など、一人たりとも存在していない。

 全てが灰に返っていた。

 徳子の努力も成果も、そのすべてが灰の中に消え去っていたのだから。

 

「あなたは負けたのだ。自分が無価値と断じた男に、自身が武士の風上にも置けないと断じた方法で。

 気がついていましたか。北条高時が、あなたの器の兄を救うために命をささげたことに」

 

 全ての回答が出そろった。

 ネタばらしはすまいと、演劇の内容を隠し通していたナイ神父もカーテンコールを迎えたからこそ裏事情をべらべらとしゃべりだす。

 

「さあ、話してくれ。一体今どんな気持ちなんだい」

 

 その質問に徳子は笑って見せた。

 

「こんな他人任せが武士だと。こんな運任せが勝利だと。

 武士とはたとえ破滅の未来が待とうとも立ち向かうものだ。

 逃げて逃げて、その果てに、本人ですら気がつかない勝ち筋があった。

 そんなもの、高時の勝利でも何でもない。私は白夜に負けたのだ」

 

 その嘲笑を、徳子は否定する。

 だが、どんなに言い訳しようとも勝利にケチがついたという事実は変えられない。

 

 

「全ては諸行無常。これは確かあなたの言葉のはず。

 すべてが燃え尽きたとしても、灰の中から新たな命が芽吹く。

 桜に紅葉、風流だとはとても言えませんが、これはこれでなかなかに乙なものだ」

 

 徳子はこの町に大きな傷跡を残した。

 その傷が急速に癒えていく。

 植物人間が燃え尽きた後、そこから生まれた灰は、まさに生命力の結晶だった。

 

 自分の成果が一瞬で消えるさまを見て、この傷と同じように自分もまた同じように人々から忘れ去られるのではないかと徳子は不安に思った。

 

 

 

 

 

 再生の青い炎が、夜明けとともに町全体へ燃え広がっていく。

 古代エジプトの不死鳥は青い炎を身に纏った雉の姿をしているという。

 それと同じく、この炎は破壊ではなく再生の炎だった。

 一切の穢れを許さぬと、町中で暴れまわっていた植物人間を、悪霊を、あるべき姿に戻していく。

 まるで、この世界にはびこる穢れそのものを燃料にして燃え盛っているようだと俺は思った。

 それは過去に生きた誰かに向けて、今生きている俺たちが送る送り火である。

 

 この儀式での俺の役割は、力の流れ道だった。

 あふれかえった力を元の霊脈に返す門。

 

 肉体が供養され、安らかなる死者の念は帰る場所を探し、最終的には俺のもとにたどり着いた。

 

 この炎が皆の頑張りであり、この炎を鎮めることが俺の役割だった。

 

 

「うがあああぁぁぁあああぁぁぁっ!!」

 

 膨大な量の力。それが激流となって俺に流れ込んでくる。正直舐めてた。

 死ぬかもしれない、もう人間には戻ることはできない。

 忠告を受けていたが、どうにかなると思っていた。

 なにせ、自分は何もしていなくてもいい、ただ寝そべって痛みに耐えるだけでいいと言われていたから。どうとでもなるという甘さが心の奥底にあった。

 その甘えは開始数秒で吹き飛んだ。

 気が流れ込むのと同時に、体が膨張したと錯覚した。

 自分の許容限界をはるかに超える力に身体が耐えられなかったからこその反応だ。

 身体が内側からこねくり回されるような不快感と痛みが俺を襲う。

 

 滝のように汗を流しながらも、身体は熱を持つどころか、あまりにも無理をさせすぎているのか青ざめた。

 痛みにのたうち回っているのに、他の刺激があまりにも強大だからか、声すら聞き取ることができない。

 

 どれだけのときが過ぎたのだろう。

 儀式にかかる時間は数分だと言われているが、俺は数時間経過したと思っていた。

 

 儀式と共に、俺の生命が灰のように燃え尽きていく。

 あまりにも身体に無理をかけすぎたのか、逆に痛みを感じない。感じるのは、訳の分からない喪失感のみ。

 ああ、これはもう駄目だなと、俺は自分の命を諦めた。

 

「美香、こんな危ないところに連れてきてごめんな。

 俊樹、勝手に暴れまわってごめん……な。

 ……、だめ……な、お、にいちゃんで、ご……めん、な」

 死に際だというのに、思い出すのは過去の後悔ばかり。

 せめて、そう美香や俊樹が横にいてくれたなら……。

 

「俊樹ぃ!!」

「俊樹君!!」

 だが、意外なことに、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 波子三と、照さんだった。

 今日一日、一緒に行動しただけなのに、俺のことを引き留めようと、がんばれと声援を飛ばしている。

 まったく。余計なお世話だ。

 だが、ちょっとだけ勇気が出たのも事実だった。

 

 ――まだ、死ぬわけにはいかないな。

 もう自分には何もないと思っていた。

 けれど、背負っているものがまだあるらしい。

 ――あと少し、少しだけ頑張ろう。

 その頑張りは、時間にして一瞬だったのだろう。

 その一瞬が明暗を分けた。

 瞬きする程度の時間が過ぎれば、全てが消え去り灰だけが残る。

 

 結界がひび割れ、天へと至る階段のような光がこの閉ざされた世界を照らし、そこには小鳥のさえずりが戻ってきていた。

 

「枯れ木に花を咲かせましょう」

 ハイカラも生命が生まれるらしい。

 最後に灰を掴み、白夜がそれを天に向かって振りかければ、神社だけではなく、きっとこの町全体に満開の桜が咲き誇る。

 秋だから、真っ赤な紅葉や黄色く染まった銀杏の木との共演だ。

 

 季節感も風流もあったものではないが、最後の光景にしては悪くないと素直に思った。

 

 

 俺の意識は深い深い暗闇の中に落ちていく。

 

 だが、周囲が暗闇に沈むのではなく、頭の中で、ビジョンが浮かんでくる。

 これは誰かの記憶なのだろう。

 過去から呼び戻された魂が体の中を通ったのだ。

 その影響を受けたのだろう。

 

 

 その男は生まれつき体が弱かった。それでいて、この国で最大の激務につくことが生まれながらに決まっていた。

 官僚組織が完成していたからこそ、組織の中で自分にできることは何もないと、闘犬やら能やらに熱中した。

 人々の笑い声が響き、庭師なり、女中なりと理想の庭はいったい何かと語り合う。

 そんな穏やかでのどかな日々。

 可愛らしい息子と遊ぶ、普通の父親だった。

 

 

 この、どことなく既視感がある記憶だけではない。

 多くの記憶が俺の中に流れ込んでくる。

 畑を耕す農民、子供に武道を指南する侍、美しく着飾ったお女中。

 

 それは過去の日常だった。

 だが、穏やかな日々はある日突然終わりを迎えてしまう。

 

 炎だ。炎が町を舐めまわしている。

 炎の中で、男は仲間とともに人生を終わらせた。

 最後のとき、男はただ、生きろと二人の息子に、そして俺の目を見て願った。

 それは過去から今へと、いつの時代にも通じる一人の父親の真摯な祈りだった。

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