人外が差別される世界で、いつの間にか人外になってました。~色々大変なことがありますが俺は元気です   作:kuroe113

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 ようやく内の子を出せました。


第8話一輪花

「必ずだ、必ず迎えに行くからな!!」

 それは一華にとって、原初の記憶だった。世の中が自分にとって優しいものだと信じて疑わない、幼い子供のころの苦い記憶。

 泣きながら自分の体を抱きしめ約束してくれた父の顔を、今も一華は鮮明に覚えていた。

 カンカン照りの太陽のもとで涙に潤む父の顔をまっすぐ見つめながら、一華もまた父と同じようにあふれ出る涙を止める手段を持ちえていなかった。

 

 妖のなかにも、人と見分けがつかないほど酷似したものは珍しいものでもない。

 

 ――彼女の母は木精であり、父はそんな彼女を人間ではないと気がつくことなく愛し合い子をなした。

 

 今のご時世だ。違法入国やスラムあがりなど珍しくなく。妻が自分の出自を明かさないのはそれ相応の理由があるのだろうという遠慮があったからだ。

 

 そんな関係が終わりを迎えたのは神社の改修工事がきっかけだった。

 神も仏も存在するとわかっていても、生活に管理と、人の都合がある。

 この神社で昔よく遊んでいたのに残念だと父が口にすれば、妻は顔を青くするののだった。

 あまりにも取り乱すものだから、不思議に思えど、その真意を知るとこはできなかった。

「新しく開発が始まるんだからこれも仕方のないことだろう」

 と、夫は妻の願いを冷ややかにあしらいさえもした。

 

 だが、彼女が執着を見せるご神木はなかなかの曲者だ。

 チェンソーの刃で切断しようとすれば故障し、枝を打ち払おうとすれば、はしごがずれ落ち怪我人まで出るしまつ。

 しまいにはこれは何かの祟りではと皆が怖気づき、工事中断かと思われた。

 が、町の人間は話し合い、そのままではいかないと払い屋にこの一件をお願いをすることとなった。

 度重なる事件と払い屋が来るという話題性からか、周囲には地元住人が集った。

 一華の母もその中の一人だった。

 

 いよいよ木が切り倒されるという段階になって彼女は飛び出した。

 もしやこれは何かの祟りではないかという警戒から、彼女は村人に拘束された。そして、木が切り倒されると同時に、彼女の姿は風とともに消え去った。

 

 そう、彼女は人間ではなく木精だったのだ。

 

 

 混血だと判明した一華は特別な収容所に送られることとなった。

 

 施設で一華を最初に向かい入れたのは彼女よりも二、三歳年上と思われる白い女の子だった。

 この施設で過ごしている中では比較的年長であれど、最年長というわけでもない。

 なのにどうして、周囲から敬われているのだろうと当時の一華は不思議に思っていた。

 

 その疑問はすぐに消え去る。この少女が持つあまりにも外れた力を目にすれば特別扱いも納得だった。

 虚空と虚空をつなぐ空間転移。わずかな遺伝子情報から臓器まで作り出すヒーリング、限られた時間帯でしか発動できないが穢れそのものを操作するという、自分たち混血には欠かせない能力。

 月日が経つにつれて、ほかの年長の子どもではなくてどうしてこの子が自分たちの頂点に立っているのかを理解させられた。

 理解したといっても納得したわけでは断じてないのだが。

 

「ふぅん、あなたはここに捨てられて来たわけだね。

 まぁ、切り替えていこう」

「私を、あなたみたいな混血と一緒にするな」

 

 仲良くしようと手を伸ばす白い女。一華は手を払い罵倒した。

 これまで人間として生きてきたのだ。

 いきなりお前は「混血だ」と言われても納得できるはずがない。

 それに、いつか必ず迎えに来るという父との約束があった。ここに染まって、混血の一員となるわけにはいかないのである。

 

 

「あなただって知っているよね。もうここで生きるしかないって」

「ふざけるな。私にはまだ家族がいる。お前らみたいな孤独な混血とは違う。私はれっきとした人間です!!」

「知ってるくせに……」

 

 思い出されるのは母親が消え去った、まさにその時だ。

 人が一人目の前から消えた。

 一華は心配で泣き叫びお母さんはどこと口にした。

 村の人たちはまた何かの祟りだ騒いだが、払い屋だけはあの女が木の精霊だから消えたのだと真実を口にした。

 あの時の光景をきっと一華は一生忘れないだろう。

 これまで心配そうに、大丈夫かいといたわりをもって接していた面々が、一瞬でこちらに恐怖と侮蔑を向けたのだ。その冷ややかな目は今でも夢に見る。

 嫌がおうにも、お前に人間ではないのだと突き付けている。

 

 だからこそ、一華は意地でもそんなこと知らないと、意地を張る。

「違う、違う違う!!」

 それだけ叫んで、彼女は自分の部屋に引きこもった。

 

 初めはおとなしく、父が迎えに来ることを待っていたが、時間がたつにつれて本当に迎えに来てくれるのかという不安に一華はさいなまれた。

 初めは検閲などの関係もあってか、月一で送られた手紙も、やがて、二ヶ月三ヶ月と送られてくる期間が長くなり、最後にはお便りはなくなった。

 

 

「へぇ、意外と筋がいいんだね。そんなに父親と会いたいなら、自分で探しに行ったらどうだい。

 戦闘要員になれば外に出て、父親に会えるかもしれない。どう、やってみない」

 

 父親への純粋な思いが焦りと不安に塗りつぶされかけた時分。一華の魔術の腕を見込んで白い女が一つの提案をしてきた。

 たとえそれが、どれほど小さな可能性でも、父親に会うにはそれしか方法がないと、一華はその申し出を快諾したのだった。

 

 

 一華が傭兵として外で活動しだして、おおよそ一年の時が流れた。

 過酷な任務の合間合間。休む暇も惜しんで、父についての情報を求めて彼女はさ迷い歩く。

 生家はもうすでに引き払われていた。かつての知り合いに話を聞くも、『お前のような化物の影から逃れ、ようやく自由を得たのだ、放っておいてやれ』などと、諭される始末。

 もはや、自分と父をつなぐ運命の糸は断ち切れた。再会するのは無理なのではないか。そう思い、何もかもを諦めた時分。

 一華はそれを見た。

 友人知人から頼まれたお買い物リスト。会社のほうから買ってこいと命令された品。それらを一つ一つ、見落としがないかと確認しながら車に収容していたころだ。

 彼女の前を一人の男が手提げ袋に大量の食材を詰め込みゆっくりと歩いていた。

 

 写真を持ち毎日のように父の顔を眺めていたからこそ、一華にはその人物が自分の父親だとわかった。

 ようやく出会えた、父親への思いを抑えきれずに、一華は荷物も監視員も、何もかもほっぽり出して走り出した。

 

「お父さん!!」

 

 父親は今まさに車に乗り込み、これから出発するところだった。

 もう、二度と離さない、その決意は「お父さん、その人だれ」

 と、どこか父の面影を残す小さな少女の存在を見て揺らいでしまった。

 

「さぁ、知らないな。恐らく迷子だから、送り届けてくるよ」

 と、車のほうにやさしい笑顔を向けるが、振り向く修羅のように怒り狂った顔があった。

 

 手を強引にひかれ、やがて、車から声が聞こえないと確信できる距離まで進めば……。

 

 

「私お父さんのことをずっと待っていました! いつか迎えに来てくれるって言葉をずっと信じて。お父さん、お父さんなんでしょ!! 私です。一華です。もう最後にあって何年もたっているから見た目ではわからないかもしれないけど。あなたの娘の……」

 

 思いを押さえることができなかった。どうして迎えに来てくれなかったの。あの子は誰だとか、そんなことはもはやどうでもよかった。ようやく出会えたという奇跡への感謝しか彼女にはなかった。

 

「なぜだ、なぜ俺を放っておいてくれなかったッ!!」

 なのに、父親は拒絶の言葉を口にした。

 

「なぜだ、なぜ。お前は俺の前に現れた。

 そんなに俺が憎いのか、そんなに俺が妬ましいのか、俺が幸せを手に入れたのが許せないのか。

 なぁ、お願いだ、やっとお前という悪夢から俺は逃げきったんだ。

 俺がお前らと知らず知らずのうちに家族になったことで、どれだけ糾弾されるかわかるか。近所の人間からは噂の的、嫌がらせのメールや手紙が来るなんて序の口で、しまいには殺害予告が届く始末だ。

 それらすべてから、俺は逃げきって今の幸福を手に入れたんだ。なぁ、頼むよ。黙って、俺の前から消えてくれ、お願いだから、俺がお前と関わっていたってことをなかったことにしてくれよぉ!!」

 

 子供のころ、あんなに大きく感じられた父の背中が、今はこんなにも小さく弱弱しいものに変貌していた。

 その姿を一華は冷めた瞳で見つめながら、唯そっと、その場から立ち去ることしかできなかった。

 意外なほど、彼女は冷静にキャンピングカーに戻り、荷造りを行った後、ただ泥のように深い眠りにつくのだった。

 

 

「ああ、その様子だと、どうやら願いがかなったようだね」

 一華は、降りしきる雪のように静かに、そして淡々と報告をしたのだが、白い女に見透かされた。

 

「あなたは、こうなることが初めから分かっていたんですか」

 

 ただの軽口と、普段ならば聞き流せるが、今は無理だった。

 心の中に土足で入り込んだ目の前の女に一華は怒り、糾弾した。

 

「君の中で、私はどうなってるんだい。

 確かに、餌で釣れば素直に働いてくれるかもと思ったけど、それだけさ。それ以上でもそれ以下でもない。

 そもそもの話、私たちの懐具合を知っているだろう。

 君の父親がどこにいるかなんて調べようとも思わなかったよ。

 放っておいても、君は真面目に働いてくれるんだから」

 

 弁面を聞いてやると、どさりと椅子に腰を下ろした。お行儀のいい彼女からは考えられない乱暴な所作だった。

 

「一つ聞きたいことがあります。あなたでしたら、もしもあなたが私と同じ立場だったのなら、この状況を軟着陸させる手はあったのかしら」

 

「ない、なぜなら、今の世界では正しいのは君のお父さんだからね!」

「自分の子供を捨てた親が正義だとッ!! そんな馬鹿なことがあるものかぁ!!」

 

 一華は親が子を守る事こそが正義だと主張した。

 人が生物が、当たり前のように紡いできた愛という物語こそが正しさだと、彼女は信じ疑ったことがなかった。

 

 

「あなたは、誰にも愛されたことがないのですね」

 

 その憐れみが、意外なことに、白い女は不快そうだった。

 

 

「そもそもの話、私たちって人間?」

 

 白い女の反論はただ一言。

 

「私は、少なくとも私は人間だと思っています」

 

 目の前にいるのが本当に人間なのかどうか。

 たった、それだけのことが判断できないからこそ、人類は幾度も幾度も蛮行を繰り返してきた。

 自分たちの民族こそがもっともすぐれているから、他の民族は人間ではない。

 肌の色が違うからこそ、それ以外は別の種族だ。

 そして今では、「私たちは生物であるのかどうかすら分からない、何かから生まれたので人間かどうか怪しいだっけ。こんな馬鹿な主張するやつ、全員死ねばいいのに」

 それが、世界の基準となっていた。

 

 

「だから、私たちは虐げられて当然とでも言いたいのかしら」

 だが、世間が正しいと認めたこの主張を一華は認めない。認めるわけにはいかなかった。

 

「確かに、そう確かに、私たちが別種であり、違う生命であるという、前提に立ったのなら、私が捨てられたことも納得できますわ。

 ですが、私たちは人間と……、少々逸脱している人もいますが、同じ姿をしている」

「実際、あなたはそれで、人の輪の中で過ごした」

「同じ言葉を話せる」

「そうだね、実際、私たちの仲間にも純人間は少なくない。私の親友もまた、人間だ」

「同じ心を持っています」

「まぁ、心が具体的に何かって、定義するのは難しいけどね。杓子定規的に言えば同じように喜怒哀楽を感じる機能はある」

「だったら、私たちのどこが人間じゃないというんですか!!」

 

「その分かり合える隣人同士で殺しあったのが人間の歴史だ。

 君だって、知らないわけではないだろう。隣人愛を謳う連中が、教義の一文にこだわり、どれだけの犠牲を出したのか」

 

 この時、一華は負けたと思ってしまった。

 どれだけ理屈をこねまわそうと、その度に心の傷がえぐられ、悲鳴が上がり、理性という土台が崩れ去るのを感じた。

 

 

「それでも、それでも、世間がどう言おうと、それでも、それでも私は誰かと一緒にいたい、みんなの役に立ちたい、お父さんと一緒に暮らしたい。

 その心が、人間のものじゃないなんて信じないッ……。

 そんなこと絶対に認めない、認めてなるものですか」

 

「それ、本気」

 

 疑問への返答は、真珠のような涙だった。

 

「本当は……、本当は分かっていました。

 お父さんが私を迎えに来ることはないってことぐらい!!」

 

 先ほどまでの静かな印象とは打って変わって、一華は激しく騒ぎ立てた。

 

「だってそうでしょう。私たちは所詮混ざりもの。

 子供のころ、あなたたちのニュースを見て無駄なことをするものだって笑っていたもの。

 だって、人間に限りなく近い見た目の別の生物がいるなんて気持ち悪いじゃない。

 もしかしたら、こいつらが人類の立ち位置を奪い取るんじゃないかって怖がっていましたわ。

 ねぇ、満足、これで満足。さあ、笑いなさい。あなたたちを笑っていたバカな小娘があなたたちと同じところまで落ちてきたんだから、これ以上の笑い話はないわ」

 

 もはやその瞳に涙はない。

 そこには虚無しかなかった。

 

 その瞳に残る最後の一滴を、白い女は優しく拭い去る。

 

「確かに、今の社会では私たちは悪そのもの。

 私たちを切り捨てることこそが、社会では正義となる。

 今の世界では」

 

「今の世界」

 

 その言葉に秘められた覚悟を感じたからこそ、空っぽだった少女はゆるぎない姿に魅せられた。

 

「今の世界が私たちを悪とするのであれば、新しい正義を創り出せばいい。私たちが正義となる新しい理を創り出すんだ」

「そんなの、そんなのできるわけがない」

 

 だが、そんなものは荒唐無稽だった。この夢物語が実現するよりも、自分と父親が仲直りするのが簡単だと一華にもわかる。

 

「できる。いやそのために私たちは世界を揺り動かしている。

 何せだ、この国の政府が、存在すら容認したくない私たちの力を頼りににしてるんだから。

 自分は傷つきたくない、自分の損害を最小限にしたい、そんな甘えがある限り政府は私たちの手を振り払えない。

 今はただ、政府は安いからと私たちを使い捨てているとしか思っていない。

 だが、絶対に、それこそ政府ですら気がつかないうちに立場は逆転する。

 増大する人外との接触。理解不能な技術体系、積み重なる屍の山。

 失う覚悟を持てない民はそれらすべてを私たちに丸投げする。

 やがて、やつらは行きつくんだよ。私たちの言いなりになったほうが犠牲が少なくなるという矛盾に。

 そうなればこちらのものだ。

 やがて世界は、これまでの既存の価値観の中に力という価値基準を組み込まなければならなくなる」

 

 

 ーーまて!!

 力という価値基準。

 それを聞いた時、ただ、白い女に魅了されていた一華は心の底から恐怖した。

 心では、この人外の理についていきたいと思っている。

 だが、人間として過ごした理性が、力などというくだらないもので人を支配することを否定するのだ。

 

 でも、「あなたのことが少しだけ分かったわ。あなたは怖い人なんですね。でも優しい人」

 

 世界をよりよくしたい、誰かのことを救いたいという人としての心。

 世界を思うがままに動かしたい、力こそがすべてという獣の視点。

 その二つが全く矛盾なくこの人の中では両立している。

 

 

「愛を知らないといったことは誤ります。あなたにもきっと、あなたのことを思う誰かがいたのね」

 

 きっと、この人は誰かが思い描いた絵空事を現実にしようとしてるんだと、直感から、一華は正解を導き出した。

 だって、そうでなければ力こそがすべてだと断じる獣が人のために力をふるうことなど考えるはずがないのだから。

 

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