灰の少女は旅をした   作:甲乙

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旅の終わり

 

 そこが特別などこかであったという訳でもなく、何か理由があった訳でもない。ただ、この世界が広くとも有限で、そこを彷徨い続ける内に見つけたというだけのこと。

 導きも運命も、私と彼を繋いではいない。だからか、あれほど探し求めた相手だというのに、私の心はひどく凪いでいた。

 トレントから降りて、鼻先を撫でる。すべてを察した私の友は、青い霊となって姿を消した。

 さくり、さくりと灰を歩く。これまでずっと、永くそうしてきたように。

 彼の影は、もうすぐそこに。

 

「…………久しぶりね」

 

 (いら)えは無かった。

 彼は、あの頃に見た姿そのままだった。白狼の兜も鎧も、そのままの姿。

 そのままの姿で、ただ灰を掘り返していた。

 

 

 

 さくり、さくりと。灰が掻かれる音だけを聞く。

 

 

 

 どれだけそうしていただろう。

 彼には何の変化もない。共に旅していた中で何度も見た、貴人の亡者たち。何かを探し続けていたというあれらと、全く同じ姿。

 その身に宿した狂い火を解き放ち、世界のすべてを焼き熔かす。それは彼自身の魂も例外ではなかったのか、あるいは彼自身を薪としてしまったのか。

 どちらにせよ、彼は正気を失くしていた。ただの亡者と同じ姿となって。

 

「……」

 

 期待なんて、していない筈だった。

 何か言葉を交わせると思っていた? あの時に言えなかったことを言えると思っていた? 何かを聞けると思っていた?

 それとも、彼と……。

 

「……ねえ、聞こえる?」

 

 顔を上げることもない彼の傍らに座る。鎧の背を撫でても、何も変わらない。変わらなくても、私はひとりでそうしていた。ひとりで、話し続ける。

 

「あれから、ずっとあなたを探していた」

「トレントも一緒。あなたが置いていってしまったから」

「あれだけ助けてくれたのに、ひどいと思う。ちゃんと謝ってほしい」

 

「こんなに時間がかかるなんて思わなかった」

「だって、何の手がかりも無いのだから」

「本当に、遅くなってしまった」

 

「……あぁ、それと」

「ラニが、怒っていた。絶対に許さないって」

「あの子も勝手ではあったけれど、あなたもそうでしょう?」

 

 灰の中に座り込んで、ひとりで話し続ける。口を開く度に、私の体からも灰が落ちた。彼はずっと、灰を掘っている。

 

「ずっと、見てきた」

「狭間の地は……この世界はもう灰になってしまった」

「あなたが、そうした」

 

「これで満足なの?」

「世界を灰にすることが、あなたの望みだったの?」

「その為に、戦ってきたの?」

 

「……」

「……」

「ねえ、こたえて……」

 

 ぽたぽたと、灰に雫が落ちる。こみ上げてきたそれを、もう留めることなんてできない。

 灰の中で彼に向き合って、無理矢理に肩を掴む。幾度も死線を越えてきた戦士の体が、何故こんなに弱々しい。

 私の涙は、ただ灰に消えていくばかり。

 

「そんなに、この世界が嫌いだった? 憎かった?」

「あなたにとって、この世界は悲劇でしかなかった?」

「何もかも消えてしまえばいいって、そう思った?」

 

 兜ごしに視線を合わせても彼は何も言ってくれない。もう、私のことも分からない。そのどうしようもない事実に、涙が止まらない。

 

「私のせいなの?」

「私のために、あんな事をしたの?」

「私のために、こんな」

 

 どうして、あの時に彼を殺さなかったのだろう。

 どうして、あの時に彼の手を取らなかったのだろう。

 狂い火で黄金樹を焼いて、その後に、狂い火を鎮める。そんな方法があったのかもしれない。王となった彼の傍らに、私が立っている。そんな未来もあったのかもしれない。

 どれだけ悔いても時は戻らない。その全てを私は否定してしまった。

 彼はずっと、私の願いを聞いてくれていたのに。

 最後の最後に、私は彼を信じなかった。

 

「あなたを見つけて、言いたかった」

「そして殺したかった」

「本当は、剣を交えてから、そうしたかった」

 

 涙を拭って灰に立つ。灰色の刃だけを構えて、ただ立つ彼に切っ先を向けた。

 

「ありがとう」

「ごめんなさい」

「さようなら」

 

 これで最後。終わりの時。

 私も、彼も、この旅も、あの旅も。

 

「おやすみなさい、……――■■■■」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メ リ ナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の口から、私の名前を聞いたのは。

 久しぶりだったのか、それとも初めてだったのか。

 それすらもう、忘却の彼方。

 でももう、そんな事はどうだって良い。

 

「えぇ、私はメリナ」

「私はここにいる」

「ここにいるの」

 

 ゆらりと動いた彼が、剣を抜いた。こんな姿になってもまだ、手放していなかった。

 だから私も、今度こそ刃を構える。私たちの旅は、はじまりの時から戦いの中にあった。その終わりも、戦いの果てにあるべきだ。

 彼がまっすぐ剣を構える。自我も記憶も焼き熔かされて、それでも最後にそれだけが残っていた。

 それだけがあれば、それで良い。

 ねえ、そうでしょう?

 

 

 

「だから、あなたに――――運命の死を!」

 

 

 

 二つの影が灰を駆けて。

 二つの刃が空を切り。

 そして、重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……落ちた葉が伝えている。

 

 世界は狂い火に焼かれ、ただ灰だけが残った。

 ある褪せ人は王となれず、ある少女もまた種火となれなかった。

 故に、その旅に意味は無く。

 灰だけが、残された。

 

 落ちた葉だけが伝えている。

 誰もいなくなったこの世界を、他に語るものはいない。

 

 

 

 

 

 

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