灰の少女は旅をした   作:甲乙

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乙女

 

「覚えたぞ、褪せ人よ。夜の闇に怯えるが良い……」

「ごめんさい……私、あなたを試していた」

 

 あれからしばらくして、立ち直った彼は忌み鬼を倒した。そうしてストームヴィルへと足を踏み入れた彼はもう疑いようもなく「挑む者」で。だから、円卓へも招いた。

 彼の使命も、私の望みも、ようやく最初の一歩を踏み出したのだった。

 それは、それとして。

 とても、どうでも良い話だけれど。

 彼はずいぶんと、女性と仲良くなることが上手い褪せ人だったと思う。

 本当に、どうでも良いけれど。

 

 

 

「はじめましてだな、褪せ人よ。私は――魔女()()

 

 夜のエレ教会、昼とは明らかに様子の違うそこで白服の青い魔女は、あからさまな偽名を名乗った。……なぜ偽名と見抜けたのかは、その時の私にも分からなかったけれど。

 しゃなりと四本の手を合わせながら語る魔女の姿をぼうと見上げる彼が、どうにも魅入られているような気がして。トレントに頼んで彼を小突いてもらった私はきっと悪くない。

 

「……なるほど、面白い()を連れている」

 

 輝く月を背にして、二つの顔で浮かべた微笑は彼を見ていない。

 あぁ、きっと()()()とは合わないな、と。その時にはもう確信できていた。

 

 

 

「知っていますか? 蜘蛛に接がれると、人は蛹になるのです……フ、フフッ」

 

 嵐の丘、ごうごうと鳴る風音にまぎれて消えそうな声は、ただでさえ消えそうな深い諦念を孕んでいた。高貴そうな顔立ちの中で褪せた瞳はよりいっそうに色褪せ、卑屈に歪んだ唇はそれでも艶やか。

 霊の宿った遺灰を彼に託した彼女は、それで全ての役目を終えたとばかりに昏い笑みを浮かべながら。

 

「あなたは、霊に好かれているようですから」

 

 褪せた瞳は、彼を見ていない。

 悪意なんて無いことは分かっていても、クラゲと同じにはされたくなかった。

 

 

 

「ハッ、物好きな。良かろう、ならば今からお前は私の弟子だ」

 

 宿場跡、廃墟の地下室に潜んでいた魔術師は静かに笑った。優しげな微笑を模した輝石頭から響く声は怜悧な女声で、だというのに匂い立つ老獪さに私は危機感を覚える。

 というか、彼が魔術を使っている姿なんて一度も見たことが無いのだけれど、なぜ二つ返事で弟子入りしているのか、この褪せ人は。しかも、自分でそう語るほどの危険人物であるこの魔術師に。いくら死ねない身とはいえ、危機感というものが欠けていると思う。

 

「あまり向いているとは思えんが、まあ、それはそれだ。……なあ?」

 

 動かない微笑は、彼に向けられていない。

 知力が足りていないという点には同意するけれど。

 

 

 

「どなたか、そこにいらっしゃるのですか?」

 

 啜り泣きの半島、ずっと降り続く雨に打たれながら、盲目の令嬢は彼に助けを求めた。その頃にはだいぶ情緒を取り戻していた彼は、雨に濡れた令嬢を気遣うような真似まで出来て。そっと差し出された手紙がわりのハンカチを受け取った時の、やさしい手付きといったら。

 

「父もきっと分かってくれます。あなた()も、どうかお気をつけて」

 

 眼帯に覆われた眼差しは、彼だけを見てはいない。

 ……この時、もっと疑いを持つべきだったのだろうか。

 

 

 

「英雄様、ほんの一時、私に抱かれてくれませんか」

 

 円卓、寝台に腰掛けた黒衣の乙女は、意味深にすぎる言葉を彼に投げかけた。手にした剣を鞘ごと落した彼は、何故か私のいる方を振り向いてきたけれど、いったい私に何を求めていたのか。勝手にすれば良い。

 

「あなたはとても温かい……そうでしょう?」

 

 彼の頭を胸に抱いた乙女の流し目は、もちろん彼を見ていない。

 いとも簡単に命の力を吸われて……自業自得だと思う。

 

 

 

「お人好し」

 

 ストームヴィル城、祝福の傍でルーンを力に変えてあげている時、ぼそりと口にすれば彼はあっさりと固まった。たぶん反射的に放そうとした手を逆に掴んでやれば、更に大人しくなる。他意は無い。まだルーンの業は終わっていなかったから。

 

「褪せ人だって、美人には弱いということ?」

 

 右目だけで見据えながら、めりめりと手を握りこむほど彼は小さくなっていく。兜で隠された目が泳いでいる様が目に見えるよう。

 ……彼の名誉の為に付け加えれば、何も女性の頼みばかり聞いていた訳ではない。半狼の戦士や、壺人の男性……男性? にも助力していたし、ボックという亜人にはやけに親切にしていた。ロジェールと名乗った褪せ人の探し物に付き合った結果は、とんでもない大立ち回りだった。ケネス・ハイトなる貴族には求められるまま砦まで奪還して、でも「仕えるか」と聞かれて「はい仕えます」と即答するのは如何なものか。そんなだから、あんな胡散臭い盗賊(ハゲ)にも良いように騙されるのだ。大熊に追い回されたあの逃走劇は二度と経験したくない。

 

「……別に、契約さえ果たしてくれるならそれで良いけれど」

 

 らしくもない苛立ちを溜め息で散らしてから手を放す。彼は彼で手を撫でながらほっと息をついている。そんな呑気な姿にまた苛立ってきてしまう。本当に、なぜこんな呑気な褪せ人が今まで生きてこられたのか。

 

「人助けも程々に。この狭間の地は、そこまで甘くない」

 

 ぴたりと固まった彼の返事も聞かずに姿を霊に戻す。ただ、じっと手を見つめる彼の姿に、今度は何故か罪悪感を抱いてしまう。

 ……すこし、言いすぎただろうか。

 

 

 

「初見だな。私はネフェリ・ルー、戦士だ」

 

 前言撤回。

 

 

 

 ▽△▽△

 

 

 

 誰のものかも分からない、熔けた鉄の塊。おそらくは金床だっただろうそれの傍に、その霊はいた。周囲に生える幻の菌糸と、茫洋とした誰に向けたかも知れない言霊。

 

『……円卓が燃え尽きます』

 

 何かを、誰かを胸に抱いた女性の霊。どこかで見たことのある高貴な顔立ちは、親愛と慈愛に満ちているように見える。

 ボロ屋で心が朽ちようとしていた彼女は立ち上がり、自身の足で歩きはじめ、彼の旅路を大いに助けてくれた。円卓に囚われた、老鍛冶師と共に。

 

『えぇ、えぇそうです。きっとあの人です。私たちの王が成し遂げたのです』

 

 彼女たちがどのような結末に至ったのか、それを私は知らない。彼の旅路ですら、最後まで知らない私には。

 円卓は王を目指す褪せ人たちの場所。そして誰かが王となれば、その役目を終える。玉座に至る者は常に一人。王は二人もいらないのだから。

 なら何故この二人は。もう円卓に囚われてはいなかった筈の彼女たちは。

 

『あなたの打った、あの人の武器が、神を殺しました』

 

 老鍛冶師は遠い約束を果たした。女王と交わした、呪いのような約束を。

 

『ずっと一緒です。私はここにいますよ、ヒューグ様……――――』

 

 言霊はそこまでだった。霊はずっと繰り返す。彼女はもうどこにもいない。

 

 

 

「ひどい、人」

 

 確かに、彼は王になった。神も殺した。ただし、最悪の形で。

 その真実を知らずに燃え消えた彼女たちが幸せだったのかどうかなんて、きっと誰にも分からない。

 言霊に背を向けて歩き出す。私も、約束を果たさなければならない。

 そして彼にも、約束を果たしてもらう。

 誰の命に、かえても。

 

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