「父祖よ、御照覧あれい――――ッ!」
憎悪。渇望。妄執。
そんな情念の塊のような老醜――接ぎ木のゴドリックが新たな左腕を振り上げる。歪な命に接がれた飛竜が炎を噴き出し、振るわれた戦斧が嵐を巻く。ストームヴィル城の玉座は即席の煉獄となって、もうどこにも逃げ場なんて無い。
炎の中で彼は全身を焼き尽くされ、それでもただ呆と立ち尽くしている。焼かれる熱さも痛みも、全て忘れてしまったかのように。やがて頭上にかかった影を見上げて、振り下ろされた斧に両断されて彼は死んだ。
城の最奥の、玉座前の小部屋。彼が祝福の傍で蹲ってから、太陽も月も一回りした頃。見かねた私が姿を現わした時。
「……大丈夫?」
応えは無い。彼はただ、兜の上から頭を抱えたまま動かない。死なない身で、でも心が死んでしまった亡者たちを思わせる姿。
恐る恐る、その肩に触れる。触れてどうするつもりだったのか、それすら分からないまま私は。
その瞬間だった。
弾かれるように彼が動いた。肩に触れた手を掴まれて、逆に肩も掴まれて、そうして私は狭い小部屋の中で石壁に背を強かに打ち付けられていた。久しく感じていなかった痛みに呼吸が止まる。仮初めの肉体で感じる錯覚。
「っ、おちつい……、な!? ちょっと、やめ――!」
明らかに錯乱している彼に圧し掛かれて、更に外套を無理矢理はぎ取られては、さすがに身の危険を感じざるをえなかった。殺されるのも穢されるのも、どちらも御免だ。
がごん、と彼が投げ捨てるように兜を脱ぐ。今の彼なら気絶させるぐらいは出来る。意識を奪おうと彼に手を伸ばそうとして。
ぎゅう、と抱きしめられた。
「……、……なに?」
私の胸と腹のなかほどに頭を埋めて、そのまま動かなくなる。劣情に任せた
かちゃかちゃと、金属がこすれる音だけが聞こえる。小刻みなそれは、鎧を纏う誰かが体を震わせて出している音。
「あなたは……」
彼は、ずっと震えていたのだ。
ここに来るまでに、彼はどれだけ死んだだろう。狭間の地は褪せ人を歓迎しない。出会う者のほぼ全てが敵となって、彼に牙を剥き続けてきた。それらを掻い潜り、打ち倒し、地を這うようにしてここまで来た。
接ぎ木のゴドリック。女王マリカの遠縁とされる、「最弱」のデミゴッド。それでもなお、その力の前には褪せ人も地に伏せるしかない。それすらようやく追い詰めたというのに、ゴドリックは土壇場で更なる力を手にしてしまった。命と屍を積み上げて築いた道。あと少しで手が届きそうなそれは、最後の最後で遠のいてしまったのだ。
それに心折れずにいられる者が、どれだけいるだろう。
「……、大丈夫」
こうして、どれだけの褪せ人が朽ちていったのだろう。それと同じだけの巫女たちもまた、消えていったのだろう。こんな時、彼女たちはどうしたのだろうか。どうやって、自らの褪せ人を導いたのだろうか。
巫女擬きでしかない、自分の使命すら思い出せない私には分からない。そんな私に出来ることなんて。
震える頭に手を添える。震えが止まらない背中を、そっと撫でた。
「大丈夫。きっと勝てる。あなたなら、それが出来る」
抱擁が強くなる。私の声は届いている。まだ心は失われていない。なら戦える。まだ、王を目指して戦える。
嘘は言っていない。褪せ人は死ねない存在。心が折れるその時まで、何回でも立ち上がる。十回でも、百回でも。
戦いと死の果てにしか王は生まれない。
でも、今は。
「今は、すこし休んで。あなたが起きるまで、私はここにいるから」
おやすみなさい、と。誰に言った覚えもない言葉を口にして、震えの無くなった体を床に横たえた。
「……そういう訳だから、心配はいらない」
彼の頭を膝に乗せながら呟けば、小部屋の入り口で構えていた人影がぎくりと固まる。やがて、そろそろと出てきた褪せ人たちは、揃ってばつの悪そうな表情をしていた。
「いえいえ、お邪魔をする気は無かったのですが……」
「いやその、まさか
そう言って刺剣と斧を背に隠す魔術剣士と女戦士。彼がもう少しだけ混乱していたら、無慈悲な刃が襲ってきたのかもしれない。どちらにせよ、あまり近くにはいてほしくない。右目だけでじっとり見据えていると、そそくさと二人は去っていった。
「次は共に戦おう」と、それだけを言い残して。
「お人好し……」
やはり類は友を呼ぶのだろうか。無意識に彼の頭を撫でながら溜め息を漏らして、そして私自身の姿を客観視して、暗く冷たい予感が背を走ってくる。
――あぁ、これは良くない
巫女は褪せ人を導く存在。でも、近しくなり過ぎた巫女と褪せ人は災いを呼ぶのだと。誰から聞いたのかも分からない、不吉な予言。
だから、こんなことをするのは今回だけ。この城を抜けたら、彼との間に壁を作ろう。だから今だけ、今だけだから……。
それが言い訳でしかないことに、気付かないまま。
▽△▽△
微睡みから目覚める。
何かの廃墟で休んでいる内に眠ってしまったらしい。体を起こすと同時に何かが膝から落ちて、灰の上に転がったそれが私の方を向く。
「……」
熔けて歪んだ鉄の塊。それは確かに騎士の兜で、でも彼の物ではない。彼はいつの頃からか、どこかで手に入れた白狼の兜を好んで着けていたから。
なら何故、私はこんな物を無意識に抱いていたのか。
放り投げた兜は灰に落ちて、何の音も響かせはしなかった。