灰の少女は旅をした   作:甲乙

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星空

 

 轟音が世界を揺るがす。

 遥か星空まで姿を消し、そして流星となって降ってきた大英雄が、戦場跡に集った勇者たちを根こそぎ屠り尽くしてしまった。言葉にしてみれば陳腐としか言いようがなくて、でも事実そうなのだからどうしようもない。神話の光景か、あるいは悪い冗談のような。

 

「は、ハハッ……! 何だあれは! 俺たちは夢でも見ているのか!?」

 

 満身創痍の彼の横で、同じく傷だらけな半狼――ブライヴが吼える。恐れが裏返った末の、自棄にも似た高揚。大地を飲みこむ大波や大嵐を前にした時、人はこんな表情を浮かべるのかもしれない。霊の体で見ているだけの私も、そんな顔をしていただろうか。

 ケイリッドの戦祭り。戦を以て戦士を送り出すこの儀式は、おそらく過去最大の盛況さで催されていた。何せ、役者が違う。

「戦神」「星砕き」「赤獅子」そんな渾名と逸話をいくつも持つ、デミゴッドで最も強いとされる武人。ラダーン将軍その人だったのだから。

 朱い腐敗に心身を蝕まれ、正気などとっくに失くしていてもなお圧倒的な強さ。一騎当千という言葉すら生温い。もはや自然の脅威に近く、それこそ降る星と同じようなものだ。

 あんなモノ、人が対峙してどうこう出来る存在ではない。

 

「トンズラだ! トンズラする! あんたらもそうしろよ! 無理だぜあんなの!?」

 

 いったい何故この場にいるのかも分からない、いつか見たハゲ頭の盗賊――パッチが情けなく叫ぶ。敵前逃亡も良いところだけど、それを咎められる者がどれだけいるだろう。少なくともブライヴはそうだったらしい。

 

「まあ待てこれも縁だ、最後まで付き合え! 逃げるならお前から食い殺すぞ!」

「うっそだろオイ!? あんたも何か言ってくれよ!」

 

 ブライヴにひっ捕まえられながら助けを求めるパッチを捨て置いて、彼は聖杯瓶から最後の雫を飲み下す。手にした剣を一振りして、その刃に火脂の炎を纏わせた。腐敗には炎。ラダーンの兵たちから学んだ戦術。

 紫電を纏った巨体が迫る。痩せ馬に跨る赤獅子は、誰一人として逃がす気は無さそうだ。

 

「あぁくそ! やってやる! やればいいんだろぉ――っ!」

「ラニよ、俺に力をくれ! うおロオオオォ――――ッ!」

 

 駆け出す二人の咆哮に重なる指笛。恐れず応えたトレントに跨り、彼も最後の突撃を始める。星空の下で、祭りは最高潮を迎えようとしていた。

 

 

 

 ▼▲▼▲

 

 

 

 潮騒の音が遠い。満天の星空と、思い出したように流れ去っていく星。遠い波の音しか聞こえる物のない静寂の中、それでも鬨の声が耳に残るよう。それほどの、凄まじい戦いだった。

 彼は、遂に動く物の無くなった砂丘の中心に倒れていた。散乱した武具に埋もれるようにして、四肢を投げ出しながら夜空を見上げている。つい先程までの、苛烈な戦いぶりが嘘だったような。

 

「……」

 

 無言のまま姿を現わす。体ふたつ分ほど離れた場所に座り込んでも、彼は動かないまま。私が何も言わないから気付いていないのか、兜で分からないけれど寝ているのかもしれない。

「お疲れ様」「すごい戦いだった」「無事でよかった」と、いくつも浮かんできた言葉を飲みこむ。あの時、彼との間には壁を作った。リエーニエの旅を始めてから、私は努めて彼と距離をとった。本当に最低限のことだけ言葉を交わすようにした。今でも上手くできていると、思う。

 だから、ただ並んで星空を見上げた。

 

 

 

 そもそも彼がなぜ戦祭りに参加していたのかは、いくらか時を遡る。レアルカリア学院へと入る為の鍵を探してリエーニエ中を走り回る中、北西に聳える城館へと彼は足を踏み入れていた。何かの手がかりか、あるいは新たな力とルーンを求めて。

 結局そこに鍵は無かったのだけれど、代わりに奇妙な出会い……再会があった。

 

「ほう……久しぶりだな」

 

 レナと、あの時はそう名乗っていた青い魔女。予想もしなかった再会に彼は沈黙するばかりで、それは彼女も同じだったらしい。悠然と微笑む二つの顔には、隠しきれない警戒と拒絶が浮かんでいた。何をしに現れたのかと、当然の問いを投げられて、彼は。

 

「…………はぁ?」

 

 特に用は無いと、彼は言った。

 ただ探し物をしていて、たまたま目に入ったこの城館を探ってみようと思った。途中でイジ―なる巨人に警告はされたが、そう言われて余計に入る気になった。入ろうとしたら魔術の矢に撃たれ続けてひどい目にあった。入ったら入ったで、気色悪い指虫やら傀儡兵やら幻影の騎兵やら、最後は飛竜にまで追い回された。ついさっき、入り口でも狼の群れに咬まれて非常に痛かった――

 珍しく饒舌な彼の言葉を、でも魔女はもう聞いていなかった。体を小刻みに震わせながら、四本の手が顔を覆い、口元を抑え、帽子を掴み、膝を叩いて。完全に、笑いを堪えていた。

 

「……っお前、この私を前にして……用は無いと、お前……っ!」

 

 冷然とした姿かたちとは異なる、どこか幼さすら感じさせる仕草。遂には体を丸めてしまった魔女が落ち着くまで、それなりの時間を要して、そして。

 

「――気に入った」

 

 すう、と冷えた空気が更に冷えた。顔を上げた魔女の双顔は、共に彼をまっすぐ見下ろしている。

 

「お前、私に仕えろ」

 

 問いですらない、拒否も許さないとばかりに。傲岸とすら言える態度は、この魔女がその生まれからして人の上に立つ者であるということを示していたのかもしれない。

 そして、その手の問いに対して断ることを知らない彼の答えは、もう決まっていた……。

 

 

 

 ▽△▽△

 

 

 

 空にはもう灰色しか無い。

 灰が空を覆ってしまったのか、それとも空そのものが灰になったのか。どちらにしても、この世界に空は無くなった。

 魔女――ラニが語った、冷たい夜空の月と律。星の世紀。それが真にどのようなものだったのかは彼女にしか分からないけれど、それだってもう、きっと潰えた。彼は、彼女の伴侶とはならなかったのだから。

 

「……いい気味」

 

 呟いた皮肉にトレントが首を傾げる。久しぶりに……覚えていないぐらい久しぶりにこみ上げてきた笑いに、引きつった咳ばかりを繰り返した。

 いい気味だ。棄てるのも裏切るのも自分なのだと信じて疑っていなかっただろうに。棄てられて裏切られた時、あの綺麗な人形の顔はどんな表情を浮かべただろう? だいたい、あの子は昔から……。

 

「いい気味、だったでしょう」

 

 私と同じ。棄てられて、裏切られて。本当に、いい気味。惨めだっただろうに。

 私も同じ。彼を見限って、そして見限られた。

 ほんとうに、みじめだ。

 

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