灰の少女は旅をした   作:甲乙

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黄金

 

 旅が終わらなければ良いだなんて、思ったことは無いはずだった。

 

 

 

「ありがとう、私をここまで連れてきてくれて」

 

 黄金樹の麓。黄金の都。私の、彼の旅の目的地。そこに至るまでの旅と戦いは長くて険しくて、そしてあっという間だった。

 霊の体を確かめる。黄金樹に近いせいか体の感触を確と感じる。仮初めでも、本当の血肉を取り戻したみたいに。これなら一人でも自由に動ける。たぶん、戦うことだって。

 だから、彼との契約はここで終わりなのだ。

 

「ルーンの業はもう覚えたでしょう? トレントも、あなたに付いていきたいみたい」

 

 彼は、特に何の反対もしなかった。当然だ、ルーンの業とトレントが残るなら、彼の旅には何の影響も無いのだから。……反対されると、そう予想していたことを自分で意外に思った。

 

「あなたは、きっと王になれる。……ずっと戦ってきたのだもの」

 

 早く立ち去ろうと思った。これ以上ここにいたら、足が動かない気がして。もう口を閉じないといけないのに。

 

「……、……さようなら」

 

 それだけを言って、体を霊に戻す。

 この感情も衝動も、すこしだけの後悔も。何もかも仮初めの肉体のせいにして。

 振り返らず立ち去る背後で、彼は最後まで何も言ってはくれなかった。

 

 

 

 ▼▲▼▲

 

 

 

 黄金樹を目前にしながら、私は王都の外れへと向かっていた。何故かは分からない。ただ何かに導かれるように足だけが進んで。巨大な昇降機で降りる途中に、その部屋はあった。

 隠され、隔離された小部屋。石壁しか見えない無意味な窓。小綺麗に整えられた調度品。初めて訪れた筈なのに、ひどく懐かしい。

 ()()()。私はきっと、ここに居たのだ。

 

「ここに、そう確か、私は、ここにいて……」

 

 使命。そう使命を、誰かから。母から。

 だから、私は。

 私は。

 

『黄金樹よ、燃えるが良い』

『炎と共に歩む者』

『いつか、運命の死に見えん』

 

「――……、……――わたし、は」

 

 机に置かれた短剣が光を放つ。初めて握ったその柄は、私の爛れた手によく馴染んだ。燃えあがる刀身。黄金の炎だけが静かに部屋を照らして、刃に映る私の目が光を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

「……お前は」

 

 玉座には誰も座っていなかった。ただ戴く者のない王冠だけが無造作に置かれているばかり。玉座の陰から現れた影。いつか見た忌み鬼が何故かここに――いや、居るべくして居た。

 角に覆われていない左目には僅かな驚愕と、郷愁にも似た何か。そして怒りが。

 

「今さら、何をしに現れた」

 

 忌み鬼――ローデイルの王、モーゴットが杖で地を突く。膨れ上がる戦意が仮初めの肉体を叩く。私も手に刃を構えた。どの道、戦いは避けられない。決して。

 

「通して、モーゴット」

「断る」

 

 ばきり、ばきり。握りしめた杖が砕ける。隠されていた呪血の刃がぎらぎらと殺意に輝いている。モーゴットの目にも。

 外套を脱ぎ捨てて構える。黄金の刃が燃えあがり、飛刃を以て戦いの号砲を鳴らそうとして、私は。

 懐かしい気配に、振り返ってしまった。

 

「……ずいぶんと、早かった」

 

 白狼の鬣。戦鬼を模した兜。戦傷に塗れた鎧。右手の剣。左手の盾。

 再会の挨拶も無しに、彼も剣を構える。

 今までずっと、そうしてきたように。

 そして、これからも。

 

――あぁ、これで、やっと

 

「あなたと、並んで戦える――!」

 

 歓喜と共に私は駆けた。輝きを取り戻した意思と、その刃を以て。

 私と彼の、最初で最後の共闘は、こうして始まった。

 

 

 

 ▽△▽△

 

 

 

 黄金だった刃は色褪せて、ただ冷たい灰色だけを映している。

 使命の刃。そう銘付けられたこの短剣は、使命に旅立つ者に与えられたという。なら今のこの姿も当然だ。私にはもう、何の使命も残っていないから。

 何も、果たせなかったから。

 

「……――――ッ!」

 

 衝動的に刃を握って、喉に突きつける。仮初めの体から仮初めの血が流れて刃を伝う。雫は灰の大地に落ちて、ただ消えていく。

 傍らのトレントが躊躇いがちに身を寄せて来る。でもそれだけで、止めようとはしなかった。やさしい仔だ。私の友。

 

「ごめん……、ごめんなさい、トレント……」

 

 零れ落ちた弱音に応える者はいない。トレントも。

 ずっとずっと孤独な旅だった。あれからずっと独りで旅してきた。もしかしたら、彼とトレントで歩んだあの旅よりも永い時を、ずっと、ずっと。

 刃を押し込む。血が流れる。甘美な痛みが私を誘う。

 何の力も持たない刃は、それでも虚ろな私の存在を消し去るには事足りるだろう。

 そう、してしまえば良い。

 そう、すれば。

 もう、こんな苦しいだけの旅は。

 もう、こんな……。

 

 

 

 ちりちりと、黄色い火が視界にちらつく。

 咎めるように、誘うように、嗤うように……。

 

「……」

「……、あ、あぁ……っ」

「――――ああぁッ!」

 

 込み上がった激情のまま刃を投げる。それだけで火は消えなくて。灰を掴んで投げて、それでも消えなくて。投げて、投げて、投げて……。

 いったい、いつまでこの旅は続く? どれだけ歩けば良い? いったい、どこまで。

 どこに、彼はいるというの?

 応えてくれる人はいない。答えは無い。ここには。

 

「……あ、ああぁ」

 

 もしかしたら、もう、どこにも無いのかもしれない。

 

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