灰の少女は旅をした   作:甲乙

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魔女

 

 褪せ人というものは、皆がこんな馬鹿ばかりなのかと思った。

 

「亀よ」

 

 彼が抱える大きな甲羅。盾か何かのように構えるそれは武器ではなくて、亀だった。

 そう、亀。まだ生きていて、頭と手足を引っ込めただけの、まごう事なき亀だった。

 彼はじっと私を見つめてくる。兜ごしの視線はそれでもきっと、納得はしていない。視線を下げた先、誰が刻んだかも分からない文字が地面に浮かび上がる。

 

【おそらく犬】

 

 視線を戻す。「そら見たことか」と、そんな言葉を彼から感じて。とりあえず私は痛み始めた頭を押さえた。

 

「亀よ」

【おそらく亀?】

「亀だと言っているでしょう。おそらくではなくて、確定的に亀よ」

 

 頭が痛い。これが犬だというならば、彼がしょっちゅう群がられては咬まれているあの獣は何なのか。犬を犬だと言うのに、なぜ亀を犬と言い張る。それはどんな律だ。

 この世すべての生き物が犬という名の亀になる。そんな律に身震いしている内に、彼は哀れな亀を地面に放した。そのまま指笛を鳴らして、トレントの背から促すように見下ろしてくる視線に溜め息で応えると、私も霊の体でトレントに腰かけた。いつものように。

 見上げた先の月が近い。リエーニエに秘されていたこの祭壇の地を探索し始めてどれだけ経っただろう。ここには倒すべきデミゴッドもいなければ、大ルーンも無い。そもそも彼にもう大ルーンは必要なく、()()()()()()()()()()()()。あとはただ、山領の頂上を目指せば済む話なのに。

 

「……ねえ、」

 

 トレントを駆るまま向けられる肩越しの視線。そこにどこか拒絶に似た気配を感じて、私はまた目を逸らしてしまった。「何でもない」と、言い訳にもならない言葉だけを返して。

 最近、寄り道することが多くないか、と。まだ聞くことはできていない。

 

 

 

【三匹の賢獣(いぬ)を探せ】

「亀よ」

 

 

 

 ▼▲▼▲

 

 

 

 何故こんな場所まで来ることになったのかと言えば、それもまたあの魔女(ラニ)のせいだった。ラダーン祭りを制し、ノクローンへの道を拓き、彼女の求める秘宝を持ち帰った。それで一度は別れを告げられたというのに、彼は更にラニの足取りを追って、そして遂に地底の果てのような河まで来てしまった。

 探索癖もここまで来れば一種の病だ。どうせ引き返す気も無いのだろうから、せめて早く終わらせようと私も周囲を見回して、そこに。

 

「見て、あれは……」

 

 散乱する石棺。その上に不自然に捨て置かれた人形。雪のように白いとんがり帽子と、青い肌。見間違えようもない、魔女ラニを模した人形だ。それも、ひどく精巧な。あまりの出来に、思わず溜め息が漏れてしまう。

 

「すごい……本当に、()()()()()()()……、」

 

 は、と。

 何かに気付いた彼と目が合う。そして私も同時に嫌な予感がして。

 ばばっ! と人形に伸ばした手を避けられる。ラニの人形を高く掲げた彼はじりじりと間合いを離して、そして脱兎のように逃げ出した。

 

「待ちなさい! ……トレント追って! 逃がしては駄目っ!」

 

 呼びかけに応えるトレント。唸る後ろ足。宙を舞う褪せ人。派手に水しぶきをあげるエインセル河。動き出す人形。放たれる冷気。

 

 腕の付け根がどうなっているのか見たかった。今は反省している

 

 石棺の上にふんぞり返る小さなラニの前で、霜だらけにされた彼はそう供述した。

 

 

 

 ▽△▽△

 

 

 

 この灰の世界で、まだ動く存在に出会ったのは、本当に久しぶりだった。

 

「あぁ……お前か……」

 

 狂い火に焼かれて、熔かされて、灰になって崩れていく世界。それはこの旅の中でも同じで、どんどん元の面影を失くしていく。もうここが狭間の地のどの辺りだったのか、それすら分からなくなってきた。

 でも彼女がいたということは、もしかしたらリエーニエだったのかもしれない。

 

「久しぶり、だな。私のことはまだ、覚えているか……?」

「……あなたこそ」

 

 灰に埋もれた人形。灰に塗れた魔女。かつて月の王女と、そう呼ばれたデミゴッド。ラニが、そこにいた。

 半ば灰に沈もうとしていた人形の体を引き上げようとして、その面貌に走る亀裂に手を止める。そっと、灰を払うだけに留めた。

 

「あぁ覚えているとも、あいつの……私の、王……? いや、名は、何と言ったかな……」

 

 幻に話しかけるような声だった。無理もないだろう。ここで、この世界で、動くことも出来ず独りでいたというのなら。今こうして話をできているだけで奇跡だ。

 いくらか時が経って、いくつか思い出した様子のラニが硝子玉の目を向けて来る。

 

「聞かせて、くれないか。なぜ……こんな事になった? だいたい、察しはつく、がな」

「――――」

 

 その瞬間、湧きあがった激情を表に出さずに済んだことはきっと。

 こんな事になった理由の一端が。

 

「……やはり、私のせい、か?」

「――ちがうっ!」

 

 叩きつけた声も拳も、灰をいくらか舞わせただけだった。硝子の目は静かに凪いでいる。もう全て、終わってしまったのだから。

 

「こんな……彼が、あんな……」

 

 なぜ、こんな事になったのか。

 理由なんて分からない。

 理由なんて、数えきれないくらい、あったのかもしれない。

 私も、誰も、それに気付いてあげられなかっただけで。

 

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