灰の少女は旅をした   作:甲乙

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永別

 

 彼の旅は戦いの中にあって、あらゆる者が敵となった。僧兵も、魔術師も、古竜の騎士も、黄金の末裔も。律が壊れたせいで正気を失くした者もそうでない者も、出会った相手の殆どが言葉を交わす間もなく剣を交えることになった。

 でも、その全てがそうだった訳ではない。

 

「おや、あなたは巫女なしですか」

「痛い! 殴るなんてひどいじゃないか!」

「お願いします、どうかこれを父に……」

「成すべきを成した後、娘を迎えにいこう」

「血の指を退けるか、やるものだ」

「おーい! 誰かいないか!」

「では授業を始めようか」

「死にたくなければ、舟には近付かないことだ」

「私の従者を見かけたら教えてくれ」

「貴公、また会おう」

「お互い、目的は果たせたということですね」

「あなたはとても、温かい……」

「もし、もし……そこのあなた」

「私もすこしは良い師になっているかもしれんぞ?」

「エビ好きに、悪い奴はいねぇ」

 

 数えきれないほどの敵と遭い続ける中、一時であっても言葉を交わせる人たちと出会うことも確かにあって。そんな時、たしかに彼の纏う空気が穏やかになって。凄惨なばかりの戦いの中で、彼が血に狂わずにいられたのは、きっとそんな出会いのお陰で。

 でも。

 そして。

 そんな出会いを経た人々は、殆どが死んでしまった。

 

 

 

 ▼▲▼▲

 

 

 

 いま思えば、あの時の彼は怒っていたのかもしれない。

 

「お前が、私の王だったのだな……」

 

 月光の祭壇。その最奥で、二本指の残骸と共に捨て置かれたラニの人形(からだ)。婚姻の証でもある指輪を捧げて。再び現れたラニは、冷たい相貌で確かな熱のある視線を彼に向けていた。

 霊の体のまま、私はそれを見ていた。エルデの王ではなく、ラニの王となる。壊れた黄金律を修復するのではなく、まったく別の律を掲げる。それに思うことがまったく無かった訳ではないけれど、それが彼の選択で、私の使命も果たされるなら、それでも良いと。

 でも、跪いていた彼は急に立ち上がった。硝子の目を見開くラニを見下ろして、彼は。

 

 一緒に来てもらう

 

 

 

 リエーニエの、三姉妹の地(スリーシスターズ)。そこに、あの戦士はいた。

 

「違う……違う……俺は、決して裏切らぬ……」

 

 半狼のブライヴ。神人であるラニに授けられた影の獣。ラニが運命に背いた今、二本指の刺客と化した半狼は、ただ自分の使命に抗っていた。

 軍師のイジ―は言っていた。それは影獣の根底に植えつけられた二本指の意思。だから、ブライヴがそれに抗う術など無いのだと。

 

「ブライ、ヴ」

 

 ラニですら想像もしなかったのだろう。自身の影が、抗いようの無い意思に抗い続けていたなどと。元より青い相貌は、それでも青褪めているように見えた。

 主の気配を感じとったのか、ブライヴが顔を上げる。赤く濁りきった双眸は、それでもラニの姿をまっすぐ捉えていた。

 

「あぁ、ああ! ラニ、ラニよ、命じてくれ。俺はお前の影。お前の剣。お前の望みなら、俺は何でもできる。何とでも、戦えるんだ――!」

 

 ずるずると、刺客たちの血に塗れた大剣を引きずるブライヴ。全身に刻まれた傷も、そこに注がれた死の力も、囁き続ける指の意思も、すべてがブライヴの全てを侵そうとしている。

 それに対して、彼が初めて動いた。剣を抜いて、盾を構えて、無言のまま、いつものように。

 そして、ラニは。

 

「…………――あぁ、ブライヴ。私の影。私の剣よ。魔女ラニの名を以て、お前に命じよう」

 

 雪色の帽子に隠れて、ラニの顔は二つとも見えない。人形の体が涙を流すことなんて、決して無いのだろうけれど。

 二本の右手が、ぴたりと、彼を指さした。

 

「お前が、戦う相手は、そこにいるぞ」

 

 全ての音が消えて、全てを振り絞るように、ブライヴが構えた。牙を剥いた狼顔は、まるで獰猛な笑みを浮かべているようで。

 

「お前、お前は……あぁ、そうだ、俺は、お前と……()()()()()()()()()――!」

 

 うお、ろ、おおおぉん。

 咆哮と剣戟の音が響いて。

 そして、静かになった。

 

 

 

 ▽△▽△

 

 

 

 灰の世界でいくらかの言葉が並べられて。

 そして、静かになった。

 

「きっと、失望されたのだろうな」

 

 ぼそりと呟いたラニの顔に表情は無い。ただ、最初に見た時より亀裂は大きくなったように見える。

 ふふ、と自嘲に満ちた吐息を零して、ラニは。

 

「覚悟はしていたつもりだった。全てを棄てて、裏切るのだと、皆にそう、あいつにも言った。……覚悟していた、筈だったんだ」

 

 

 

 あの後、ブライヴを葬って、次に訪ねたイジ―も既に死んでいて。セルブスも殺したのかと、有無を言わせない彼の問いに、ラニは頷いて。

 彼は無言で、ラニから授けられた大剣を、その手に返した。

 

 

 

 ぴきり、ぴきり、と。亀裂が広がっていく。ラニだった人形が崩れていく。それでも彼女は、まだ残った唇で言葉を紡ぐ。

 

「ブライヴも、イジーも……ああなる事は分かっていた。だから、せめて私の手でと、分かって……だが、どうしても……。

 くそ、あの変態め、私を、弱く愛しい娘、などと……忌ま忌ましい、その通り、だったのか」

 

 硝子の目が私を見た。そこにもう、涙なんて無かった。

 

「あいつに、伝えてくれ。

 この私を袖にするなど、魔女ラニを二度も辱めた……次に逢ったら、ただでは……、

 なあ、

 たのんだ、ぞ」

 

 

 

 あねうえ

 

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