ちなみに作者は神話とかは詳しくないです。
なのでふんわりとお楽しみいただければ幸いです。
今回はルクス以外の視点になります。
マルメロ王国──女神ヴィナスを崇めるキプロス神殿を有する王国はある報告に頭を悩ませていた。
「女神の子ルクスか」
「はい。 報告によればまだ幼児のようで、真に神であるかまでは不明ですが……」
「少なくとも神の祝福を受けている可能性は高いと。 厄介な」
報告を受けているのはマルメロ王国国王であるアルジャン・オーロ・マルメロだ。 彼は眉間に皴を寄せながら、口元の鬚を触る。これは彼が思考を巡らせている時の癖のようなものだ。
「……これを機に神官共が新たな神の布教をし始めるのは間違いないだろうな」
「その通りかと。 今回は加えて神託まで下ったようなので……」
同時に報告を受けていた宰相も頭痛が痛いというようなしかめっ面を浮かべている。
「……もうよいではないか。神などこの世に不要だろう」
「陛下、そのような発言を聞かれでもしたら……!」
「ええい!分かっている!愚痴っただけだ!」
口では諫めるものの宰相も同じ考えを──否、この国だけでなく多くの国や人の間でこの考えは広まりつつあった。
──かつて、この世界を見い出し、あらゆる生命を導いたとされる最初の女神ヘーラ。かの女神から何百年か周期でこの世を治める神は変わっていたと神殿の記録には残っている。
神が変わるたびに世界各地に神の創造物である神殿が築き上げられた。 そこで世界を管理する神が自らを信仰する信徒を集い、世界をより良いものにするための活動が行われていた。
当時は神殿がある国は神の寵愛を受けた国とされ、神に対する信仰を深めていった。
だが、神が変わるという事は信仰対象だけでなく、神の手腕も変わることになる。
当然、先代の神を信仰する者と新たな神を信仰する者とでの対立などが起こってしまい血が流れる争いに発展することもあった。
それも古き神を新たな神が尊重することで──教会というかつての神を信仰する場を設けるなどの対策を講じて争いは治められていた。
だがしかし、女神エリスによってこれらの前提が覆ることになる。
女神エリスはありとあらゆる不和を巻き起こし、人と人との対立を煽った。 初めはほんの些細なものであったが、それがいつの間にか国同士が争うほどの戦禍を巻き起こした。
それだけに飽き足らず、元々いた動植物たちを権能によって創り変え、魔獣を生み出し更なる被害をもたらした。
人だけでなく、生きとし生けるもの全てを巻き込んだ絶望の時代。そんな女神による悪世が100年単位で続き、400年目にしてようやく終わりを告げたのだ。
とはいえ、未だ被害は残っており魔獣などは一つの生態系に組み込まれてしまい、独自の進化を遂げてしまった上、一部の動植物はその被害により絶滅の憂き目にあっている。
マルメロ王国は他の国に比べればまだマシな状況だったが、それでも生態系や環境が崩れた影響でマルメロ王国特産の農作物の収穫はかつての時代に比べれば激減している。 満足に食事が摂れればいい方だが、それもどの一般家庭でも難しい。苦しい現実がそこにはあったが、神の恩恵に頼るというのは憚られた。
女神エリスと違い、女神ヴィナスはこのマルメロだけでなくこの世界の現状に憂いて多くの奇跡を起こしたことは知っているが、それでもエリスの時代を払拭出来ているかと言われれば否だ。 それに、この女神がまたエリスのようなことをしないとも限らない。いわば神への信頼──信仰は地に落ちているに等しい。
それ故に、多くの者の間では神不要論が囁かれているが、それでも奇跡を起こし現状を少しでも変えようとしているヴィナスに微かな希望を抱いて信仰している民たちが少数ながらいるのも事実だった。
「ルクスか……気は進まないが神殿のひとつを管理する国の王として一度会うべきではあるな。 それが人であろうと、人ならざるものであろうとも」
アルジャンはようやく生まれた可愛い愛娘──ヘスピリス姫に思いを募らせる。 偶然にもかの神ルクスと同い年である愛娘はアルジャンが目に入れても痛くないほど可愛がっている。 そんな愛娘のため、困窮する国民のためならアルジャンは神とも対峙する覚悟があった。
もしも、ルクスが、ヴィナスがあのエリスと同じなら、この手で……そうならないためにもアルジャンは己の眼でかの神を見定めなければと思った。
「キプロス神殿に使いを出せ。 ルクスに謁見し挨拶がしたいとな」
「畏まりました。 ただ、こちらが出向くことになりますが……」
「それは仕方なかろう。 仮にも神だ、軽々しく扱うことなど出来んよ」
アルジャンは苦い笑みを浮かべながら、この話を打ち切り次の議題へと話しを切り替えた。
この作品において
神殿
当代の神を信仰する場所
教会
過去の神を信仰する、もしくは当代の神の信仰を広める場所
というように認識してもらえれば幸いです。