チクタク模様の乙女心。   作:杜甫kuresu

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気が向いたら続編が出たりオムニバスになります。


ダミーの心音

「俺はお前の言葉が好きなんだ」

「お世辞ばっかり得意になりますね、マスター」

 

 いい加減ハジメと呼べ、と彼は怒っていた。

 

 ドールズは主従関係を忘れると人間以上の獣畜生である。

 どこかの高名なロボット工学と生命倫理の権威が言っていた。私達は友達ではなく、人間のために生きる道具だ。

 少なくとも世界がそう望んでいる。

 

「今日は雪が積もるそうです。あまり遅くにならないように、夜道で滑ると思わぬ怪我に繋がりますから」

「お前は俺のおかんかよ」

「貴方のお母様に代わりを頼まれておりますので」

 

 忙しなく鞄に物を詰めて悪態づくハジメの息は白く、耳がうっすらと赤い。暖房を入れる時間を間違えたかとも思ったけど、うちにそれほどの金銭的余裕はない。

 彼の両親は”壁外”の調査で既に逝去した。調査は最初から危険性が高い前提で進められていたらしく、訃報が届くや否や、一生分の支援がPlayer One Industries社から約束をされた。

 

 この支援は両親を失った子どもが教育を受け、十分な愛着形成を行えるようにというのがお題目。だから当然、私の運用維持に関する費用も経費の一環として支払われていた。

 

 TF、つまりはTryForceのPOI(Player One Industries)を含め、彼らはふと、無機質で共感性の欠如を感じる対応をすることがあった。今回に関して、私は彼らの厳然さみたいなものに救われたような気持ちになっている。

 私は平木 壱(ひらき はじめ)にとって必要なパーツであると企業が保証している。私は必要な存在であり、まだ側に居ていいのだと社会の形の一つが頷いてくれた。

 

「また辛気臭い顔してんな、アイリ。嫌なニュースでも見たか」

 

 彼が覗き込んでくるものだから、思わず押しのけそうになる。

 でも、そうしようとすると思考プロセッサですらない何かが震えて、怯えながらその手を強引に止めてきた。

 私はきっと、彼を怪我させてしまう。分かりきっていたからだ。

 

「違いますよ。これから先はマスターのおやつを減らさないといけないな、と思っただけです」

「嘘ついたろ」

 

 ハジメは咎めるような視線で私を見る。

 嘘なんかついてない。そう考えたことにしようと思えば、いつだってそうだったことに出来る演算能力が私にはある。

 

 一瞬の悲しみは人生を支える機能美に劣る。私の心と呼ばれるニセモノは、ハジメの為に何時でも壊してしまえる程度のものだった。

 

「また嘘をついた。何でだよ、俺は信用できないか」

「違いますよ、マスター。貴方は私から利益を受け取るべきというだけです」

 

 ダメだ、何でこんな察して欲しそうな文章になるのだろう。

 そうじゃない。彼には普通に生きて欲しいし、私のことは気にしないで欲しい。世の中の多くの人が母親を疎ましく思っていくように、或いは…………。

 違う、いつも心の中に居たい訳じゃない。私は便利な道具でいい。

 

 良いと言っているのに、彼の顔を見ると心音が高くなる。嘘をつこうとすると、嘘つきの兆候が出てしまう。道具のくせに、人間みたいに歯車仕掛けの心がぐらついていく。

 もっと。もっと外の世界を彼には知ってほしい。

 

 はずなのに。

 

「アイリ、お前は家族だよ。道具じゃない」

 

 家族という虚飾で私を判別するから、無遠慮に私の体を抱き寄せて体温を確認してくる。

 温かい。指先がいつも冷たいのに、こうして体を重ねているときだけは私のTT-M機関よりずっと彼の心臓が温かい。

 心温を高めたら良いのだろうか。いや、もう高くなっていってる。

 

 低くしたかった。しようとしたけど、何故か上手く下がらない。

 このままずっとこうならいいのにと思いながら、ハジメがこうする理由を考えると涙が出そうになる。

 

「…………いや、道具だけじゃないってことだ。大事なものでもある」

 

 考え直して、訂正された。

 

「…………マスターは物持ちが良いですからね」

 

 違う、と少し怒られ、私の体が小さく震える。

 

「悪い。声でかかった」

「私が機嫌を損ねたのであれば、私が悪いです」

「でも、家族は機嫌取りだけする相手じゃない」

 

 置きっぱなしの湯沸かし器が沸騰を主張して、電子レンジが加熱の終わりをけたたましく叫んでいる。

 全部全部煩わしくて、油断すると彼の胸元に顔を埋めてしまうところだった。理性が人間の比ではないことに、感謝している。

 

「お前は嘘が下手だよ、アイリ。頼むから相談してくれ」

「私は相談を聞く側です。マスター」

「誰だって聞くだけだと壊れちまうだろうが」

 

 人間は壊れない。死ぬのに。

 何でそういう意地悪な言葉遣いで、私を勘違いさせようとしてくるんだろう。

 

「まあ、部活だからもう行くけどさ。俺は何か…………家族がお前しか居ないから、出来るだけお前を不幸にしたくないよ」

 

 そう言うと、大きかった体が離れていく。咄嗟に掴みそうだった手に、回路ごと焼き切る勢いで停止信号を送る。

 ハジメは気恥ずかしそうに身支度を整えて、玄関までそそくさと歩いていく。

 

「帰ったらまた話を聞かせてくれよ、アイリ」

「…………」

「返事は」

 

 返事をするべきではない。

 

「うん」

 

 してしまった。

 

「よし、なら行ってくる。お前も怪我すんなよ、アイリ」

「えぇ。もう一度言いますけど、貴方も気をつけてくださいね…………ハジメ」

 

 名前を呼ばれたのに気づいたのだろう、ハジメはカラッと笑ってみせた。

 私はこれが見たかったのだろうか。ずる賢さが年々上がっていて、殆どウイルスのハッキングの類に到達している気がする。

 

 ハジメが最初より少しだけ軽い足取りで外へ踏み出したのを見届けて、扉が閉まるまで私は努めて作り笑いをして待機をしていた。

 

「…………はぁ」

 

 でも、扉が閉じるなり腰砕けになってしまう。

 

 日に日に私はおかしくなっている。自覚もあれば、兆候もあった。

 いつか必ず人間の”恋”を私は自覚してしまう。今は意図して修正をかけ続けてプロセッサを稼働させているけど、直す毎にその情報量は増大している。

 何故”恋”だと断言できるのかすら、きっと普通のドールズには分からない。

 

 遠くない日に壊れるのだ。ハジメは私を捨てないといけない、何をするか分からないんだから。

 

「捨てられたくない…………」

 

 ほら。もう、ドールズの仕事なんてできたものじゃないのだ。私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2025年、第一次防衛戦線の被害から人類の生活圏は一時6割ほどが謎の生物”M-Creature”によって奪い去られ、世界の命運は暗雲に閉ざされたかと思われた。

 だが現実はこうして続いており、2052年に至る今日まで人々の営みは消えなかった。

 

 当時に目覚ましい技術発達と軍事力の拡充を見せつけたTry Forceと呼ばれる三社の企業を中心に、世界は企業を中心とした形で彩られるようになり、かつての統治機構の殆どが停止を向かえた。

 

 2035年、第一次防衛戦線が収まった頃に歛斬(れんざん)重機工業株式会社から”ドールズ”と呼ばれるロボットが発売され、彼女達は瞬く間に人々の心を埋める”隙間産業”でのシェアを獲得。今やドールズを一体も見かけない壁内など存在しないほどになった。

 

 ドールズとは第二の人であり、パートナーであり、そして道具である。

 人権すら定めることが覚束ないまま、今日も人々はドールズと共に暮らし、そして死んでいる。

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