綿飴のような、白く筋の通った丸い雲が浮かぶ、群青の空模様。
その雲をじっと眺めていると、隣から聞き慣れた声がする。
「どうしたのよ、急に止まって」
どうやら、思わず足を止めていたらしい。
ふんわりとしたトーンの声質で、惚けた表情のまま答える。
「…あの雲を手に掴んで食べられるとしたら、どんな味がするだろうね」
「いや、無理でしょ…そもそも、雲は目には見えるけど、実際にはそこには何もない訳だし」
声をかけた金髪の子とは別に、黒髪で猫耳のある女の子が呆れながら目を細める。
「だが、いつか時代が進めば、食べられる雲ができてもおかしくはないだろう…!それはまさしく、ロマンだとは思わないかね?」
「ふふ、それはちょっと興味あるかも」
ロマンという言葉に惹かれたのか、前を歩いていた"私"が振り返って笑いかけてくる。
「見たまえ、ヨシミ、カズサ。アイリはロマンのことをよく分かっている。流石は放課後スイーツ部の部長だね」
「うっざ!なんか腹立つ!」
「はぁ…すぐ調子に乗るんだから」
その態度が癪に触ったのか、ヨシミと呼ばれた金髪っ子は彼女にムキになる。反対に猫耳の子ことカズサは、やれやれといった感じで肩をすくめた。
その光景を、終始困り笑いを浮かべながらも、"私"は楽しそうに眺めていた。
「あはは…部長じゃないんだけどな…でもやっぱり──
■■ちゃんがいると面白いね」
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「────────」
冷や汗と共に、栗村アイリは目を見開いた。今自分が見ていた光景が現実には存在し得ない夢だったのだと、彼女は自室のベッドの上で思い知った。
「…夢…」
じっとりとした不快感の原因を左手の甲で拭いながら、その左手で耳障りな目覚まし時計のタイマーを止める。本来なら煩いだけのその雑音が、今のアイリにとってはある意味救いでもあった。
「また、こんな記憶かぁ…もしかして、前とは違う症状なのかな…」
どこか断片的な誰かの日常の記憶。夢の中で違う誰かになっているという話は、時たま耳に挟むこともなくはない。
アイリが気にしているのは、その夢の中に自分と二人の友人がいて、記憶の中の主はどうやら自分達と密接な関係を築いていることだ。
なのに──アイリには、その主の心当たりがない。
もっと言えば、その会話をしたという記憶すらもない。
そんな、知らない誰かが自分達と過ごしている様々な記憶を、アイリはここ最近の夢の中で何回か見ることがあった。
「本当にいたりするのかな…でも、誰かわからないし…」
更に言えば、夢の中の記憶にはある共通点があった。
記憶の主である"彼女"の名前が呼ばれる度に、その名前がまるで虫に食われた穴のように途絶えてしまうのだ。
"ある"はずのものが"ない"というもどかしさを感じ、アイリは無くし物が何か分からない時みたいな焦ったさに頭を捻った。
「う〜ん…まぁ、仕方がないかな…」
とはいえ、どこまでいっても結局は夢の中の出来事。
割り切って今日のことに集中しようと、アイリはカーテンを開けて陽の光を浴びた。
「さ、切り替えて頑張ろうっと!」