ドー■■の穴   作:GGenbuu

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実験と考証の重層

「"実験"ですか?」

「はい。ですがご安心を。私たちミレニアムの最新鋭の技術を駆使した機器によるものなので、安全面は保証いたします。それに関しては私が責任を持ちますので」

 

"実験"という、少し危うげな匂いのするワードをヒマリは引っ張り出してきたが、アイリはそれに動じることなくこくりと頷いた。

 

「分かりました…できる限りのことは、なんでもやらせてください!」

「ちょっ、アイリ、そんな二つ返事でいいの!?」

「まぁでも、責任を持つって言ってくれてるし、ミレニアムの人なら信頼できそうだしね。私も大丈夫だよ」

「…分かったわよ!やればいいんでしょやれば!こうなったらとことん付き合うわよ!」

 

「…ありがとうございます。では──ウタハ」

「あぁ、呼んだかな」

「今から言うものを持ってきてもらえますか?いくつか立っている仮説を裏付けるために必要なものです」

「分かった、すぐに手配しよう。少し待っていてくれ」

 

ヒマリがウタハに注文を取り付けると、彼女はエンジニア部の部室へと向かい、その品を取りに行った。

 

 

 

「ではその間に、私の方からも聞きたいことがありますので、少しお付き合い下さい。

そうですね──カズサさん、ヨシミさん」

「は、はい」

「え、私たち?」

「えぇ、気になる点が。

 

十二日前、アイリさんと一緒に噴水の広場へと向かっていましたね。

アイリさんの話では、その翌日──つまり、十一日前にも一緒に来ていたそうですが、覚えていますか?」

 

「それは、まぁ…はい」

「なんか、アイリがその日もまた行こうって言ってたのは覚えてるような」

 

「では、その際に何をしたか、或いは何を話したかを覚えていますか?」

 

「えっと、そりゃ私たち放課後スイーツ部だし、その時はきっと…」

 

そこまでヨシミが言いかけた後──次第に、二人の顔にしわが寄っていく。

 

「──あれ」

「…思い、出せない?」

「おおまかに、というわけでもなく?」

「何というか…きれいさっぱりなくなったというか…」

 

「…となると、自警団のお二人も同様でしょうか。八日前に、カフェの中でアイリさんとお二人が話をしていたと聞いていますが、その時の話を思い出せますか?」

 

「…そういえば、確かに思い出せません。レイサさんはどうですか?」

「…ごめんなさい、私もダメです…」

 

「やはり──全員、アイリさんがAさんに関連した話をしたタイミングで、その記憶だけが全員から抜け落ちています。記憶の喪失としてみるならあまりに局所的であり、他の記憶ではそれが見受けられないのが不自然です」

「じゃあやっぱり──」

 

「偶然の一致ではないでしょう。認識の対象外ではあったとはいえ、Aさんという存在を少なくともその時は皆さんは"いる"という前提で聞いていた。その記憶だけが抜けている以上──そこには、何かしらの介入が関わっているのかもしれません」

 

「その介入っていうのが、アイリの言っていた例の黒い穴の怪物?」

 

「はい、極めてその可能性が高いかと。実際、皆さんの記憶が一新されたタイミングは、アイリさんがその怪物に遭遇した以降だったはずです。

とすれば──気になるのはその正体。先ほどの⑧の疑問に繋がるわけです」

 

「でも、そんな怪物が本当にいるんですか…?存在や記憶を奪い取れるなんて、とてもじゃないが想像できません…」

 

「レイサさんの疑いは最もですね。常識的に考えれば、そんなものがいるとは思わないのが普通でしょう。

ですが──特異現象について考える際、時に常識というものは大きな障壁になりえます。

 

なぜなら、我々が認知しえない世界において、その常識が同様であるという保証はどこにもないのですから」

 

「!」

「故に──非常識を前提として仮説を立てることが必要になる場合もあります。

…丁度、そのタイミングが来たようですね」

 

ヒマリが部屋のドアに視線を向けたかと思えば、ウタハが何かの測定器を持って部屋に戻ってきたところだった。

 

「お帰りなさい。オーダーの品はありましたか?」

「あぁ、この通りだ。早速だが測定に入りたい」

「分かりました。では、先ほど述べた"実験"に入りましょうか」

 

ウタハが持ってきた測定器は、数字や矢印、円などが映し出されたディスプレイを内蔵した手のひらサイズのものだったが、結局どういうものかは見当がつかない。

 

「アイリさん。部屋の中央に立っていてもらえるかい?姿勢は楽に、手は横においておけばOKだ。他の人は、すまないが距離を取っておいてくれ」

「わ、分かりました。こうですか…?」

 

アイリが部屋の中央に立ち、周囲の人が彼女を中心とした一定の円の半径に入らないように離れる。するとウタハは、機器を作動させながらアイリの周りをゆっくりと歩き始めた。

そうして二周ほどした後──最後に、アイリの方に接近し、機器を彼女のお腹にそっとあてた。

 

「…?」

「動かないで。今、最後の段階をしているところだ」

 

そこから十秒程経った後──機器からピーッという電子音が鳴ったタイミングで、ウタハは機器を再びアイリのお腹から離した。

 

「うん、ありがとう。これで測定は完了だ。ヒマリ、データをそっちに転送させておくよ。──中々興味深い反応が出た」

「ありがとうございます。早速、確認いたしますね」

 

機器からヒマリの持っていたタブレットへデータが転送される。それを見たヒマリは、少し黙ったかと思えば、何かを確信したかのようにふっと笑った。

 

「…成程。予想はしていましたが、推測が当たると気持ちいいものですね」

「え、今のだけで何か分かったってこと!?」

「あの…何を調べていたんですか?」

 

「今さっき調べたのは、アイリさんの周辺、及び本人における力場の流れです。光や空気の中の物質などを通して、アイリさんの周辺における力がどのように働いているかを見ていました」

 

「「「???」」」

 

ヒマリ以外のそこにいるほとんどが首をかしげる中、ヒマリは話をつづけた。

 

「測定した結果──彼女を軸にエネルギーが外へと放出されていることが確認できました。

彼女の体内を中心として、内側から外側へと何かを放出するような力が働いていたんです」

 

「放出って…何かを外に出そうとしているんですか?」

 

「えぇ。大体は物体や物質を想定しますが──私は、それと一緒にあるものが出ているのではないかと考えています」

「あるもの?」

 

「えぇ。それは────

 

 

"記憶"ではないかと」

 

 

「!?」

 

そこにいる者の多くは、その答えに驚愕したかのように目を見開いた。

ウタハやスズミは、少し熟考した後に──ある程度は納得したようにヒマリを見据えていた。

 

「アイリさんのみがAさんを覚えていた理由──彼女のみに起きた記憶のイレギュラー。

私は、この放出する力の源がそこに起因していると思っています。まぁ、エネルギーを使って抽象的なものが出てくると言うのは些か不可思議ではありますが」

 

「ど、どういうこと…?じゃあ、アイリだけが覚えているのは、アイリの体内から何かを通してA自身の記憶が出てきたってこと…?全く意味が分からん…」

 

「…そういえば、アイリの体には──」

「はい。彼女の話によれば、アイリさんにはもう一つ体に関する特異的かつ不可解な部分がありましたね?」

 

そこでアイリは、今はもう元に戻っている自身の両腕を見た。

 

「──腕の断面の、白い穴──」

 

「恐らくはそれが関係しているでしょう。

突然アイリさんに入ってきたAさんの記憶。無くなったはずなのに再生していた腕。

そういった謎と合わせて、私は先ほどの話を聞いた時にいくつかのキーワードから連想するものがありました」

 

「キーワード?」

 

「"腕の白い穴"、"放出する力"、"黒い穴の怪物"、"体が重くなる噂"────それらが繋がったとき、私はある用語を思い出しました。

 

 

 

──"ワームホール"という言葉を、ご存じでしょうか?」

 

 

 

「ワーム、ホール…?」

 

すると、話を聞いていた先生が、説明を挟んだ。

 

"『虫食い穴』だったかな?確か、別々の時空を繋ぐトンネルのようなものだったはず。天体関係や、タイムトラベルの小説などで見かけた覚えがあるけど"

「おっしゃる通りです。創作品の中などで描写される、別の場所にワープする際に使われる穴をイメージすると分かりやすいでしょう」

 

「ドラ〇もんの通〇抜け〇ープのような?」

「こら!!!著作権的問題!!!」

 

メタい突っ込みをヨシミがレイサにしている中、ヒマリは話の焦点を再び切り替える。

 

「このワームホールがトンネルのようなものである以上、そこには当然入り口と出口が必要です。そしてそれを担うと言われているのが、"ブラックホール"と"ホワイトホール"です」

「"ブラックホール"と"ホワイトホール"……"ブラックホール"って、確か極端に強い重力でなんでも吸い込むとかいう天体じゃ…」

「──あっ」

 

「そう──例の怪物の黒い穴と、アイリさんの体内の白い穴。

 

 

それぞれにあった穴が、文字通り"ブラックホール"と"ホワイトホール"そのものに思えませんか?」

 

 

「もしかして…アイリの腕が戻ってたのって…飲み込まれた腕が、アイリの体内からそっくり生えてきたってことなの!?その穴を通じて!?」

 

「でも、"ホワイトホール"は実在するかもわからない天体であった気がしますが…人の体内に天体というのは流石に想像の範疇を越えているような」

 

「えぇ、現象としては今だ未解明かつ未観測の謎でもあります。そして、腕という物理的なものなら兎も角、記憶や概念までに干渉する現象というのは、流石に考えにくい。ましてや、体の中に天体ができるなど意味不明です。

 

ならば──こう考えてみてください」

 

「アイリさんが出会ったものが、本当に文字通りの怪物だとしたら。そう──

 

 

その"ブラックホール"と"ホワイトホール"が、我々の空想した現象とは異なる、一つに繋がった"ワームホール"という未知なる生命体だとしたら?」

 

 

「生命、体…?」

「生き物ってこと、ですか…?」

 

「あくまで私の仮説ではありますが。それが我々の常識を超えた特異的な生命体であるとすれば──記憶や存在を吸い込む、もしくは放出することができないと完全に言い切ることはできません」

 

そしてヒマリは、彼女自身が行きついた仮説を口にした。

 

 

「アイリさんのみが認識できた、Aさんのものと思わしき記憶と彼女の意識体と思わしき残影。

──俄かには信じがたいですが、その原因が事象ではなく、未知の生命体というのなら。

 

その生命体が飲みこみ、放出できるのはアイリさんの腕やAさんの体といった物理的なものだけでなく、記憶や存在や概念といった抽象的なものすら可能だとしたら?

 

アイリさんだけが認識し、覚えていられるのは──アイリの体内にある"ホワイトホール"から、"ブラックホール"によって飲み込まれたAさん自身と彼女に関する記憶を放出されたのだとしたら──?

 

かのご友人は、黒い穴の怪物こと"ブラックホール"とアイリさんの体内にある"ホワイトホール"をつなぐ、亜空間のトンネル──"ワームホール"の中に飲み込まれたまま、忘れられているのかもしれません。

 

 

文字通り、"虫"────もとい、"無視"に食われたものとして」

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