ドー■■の穴   作:GGenbuu

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連想ゲームの終着点

「"ワームホール"という一つの生き物ではなく、別々の違う性質を持った生き物たちの巣…そして生命体である以上、彼らもまた何かを摂取する必要があり、それがアイリさんの記憶障害の原因かつ彼女にAさんの記憶が入ってきた理由だと…ふむ」

 

コップに入っていたオレンジジュースを一口喉に通すと、ヒマリはコトンとテーブルにコップを置いた。

 

「──成程、盲点でした。不合理な点は拭えないですが、確かにありえますね」

「マジですか!?」

 

意外にも、ヒマリはヨシミが提示した仮説に肯定的だった。みればヨシミは「うっし!」と言ってガッツポーズを決めている。

 

「まぁ、お腹がいっぱいになったから記憶を吐き出したというのまでは、ちょっと疑わしいですけどね。ただ、スイーツという食に関連した部活にいたからこその着眼点とも言えるでしょう」

「ある意味私達らしいというのかな、これ…?」

「なんか釈然としないな…」

 

「──さて。であれば、巣であるワームホールにキャパシティー…容量がある可能性がでてきます。もしかしたら、思っているよりも小さく狭いのかもしれません。とはいえ、こちらにおける生命体への認識からの連想ではありますが」

「限界量を越えた結果、取り込んだ内の一部としてAの記憶がアイリの中から出てきたってことか…でもやっぱり、ホワイトホールが溜め込んだところから自分用のエネルギーを確保せずに、わざわざアイリから奪ってるのはなんか違和感ある」

 

「それに、もしそうだとしたら名前の件は変だね。アイリさんの記憶の中で、都合よくAさんの本当の名前と後につけた仮の名前だけが抜き取られている」

「確かに、記憶だけ戻ってきてるのは不自然ですね。その流れであれば、名前も一緒に放出されてもいいはずですが…」

 

「…あの、もしかしてなのですが!」

 

「ん?宇沢?」

 

するとそこで、レイサがさらに連鎖的な発想を提供し始めた。

 

「生き物って、何かしら好き嫌いとかあるじゃないですか!あれはいらないとか、これはずっと持ってたい、食べたいとか!

 

ひょっとしてですが──そういった好き嫌いが、そいつにもあるんじゃないですか!?」

 

「入れたり出したりするものや、自分自身が食べるものを選んでる?」

「となると、ホワイトホールがアイリの記憶を奪ったのはそれがそっちの好きなもので…逆に名前が出てこないのは、ブラックホール自身がそれを渡したがらない、とか…」

 

「だけど、もし記憶とか存在を食べる生命体なら、なんで今の所広場の中だけで完結してるの?別に留まっている必要なんてなくない?」

「そういえばそうね…手当たり次第食べに行けばいいのに」

 

「それなんだが…実はある件と繋がっていると思ってね」

「ある件?」

 

「そんなにも巨大な生命体にも関わらず、目撃情報がさっぱり無く、あくまで関連すると思われる噂で終わっている点だ。もしかしたら向こうも、出てくる際に目撃されにくいようにタイミングを意図的にずらしているのかもしれない。どこかで限度はあるにしても、だけどね」

 

「あとは、趣味嗜好以上の何か我々には感知できない別の要因や、その生命体としての本質や本能が関わってくるのかもしれません。実際、"巣"という解釈が正しければ、それこそ狩場の罠として機能しているという説も浮上します。

 

…それともう一つ。展開された考えから思い至ったことがありました。キャパシティーの件からですね」

 

「え?何でしょうか?」

 

「仮に、ワームホールの中に許容量が存在するとすれば、Aさんを知っていた者たちの欠落した記憶はいったいどこにあるのかということです。

 

Aさん自身の記憶に関しては本人と共にブラックホールに飲み込まれ、アイリさんの中のホワイトホールによって放り出されたと考えられますが……それ以外の全員から、彼女に関係する記憶まで全て奪い取ることは可能なのでしょうか。そもそも、それだけ大量の記憶を網羅し、いつ抜き取り、管理したというのでしょうか」

 

「そうだね。いくら何でも、そんなに大量の人から一斉にAさんに関する記憶だけを抜き取って保管するだけの容量や方法が本当にあるのかどうか」

 

「そこでふと思いついたのが──一重に記憶を失うといっても、そのパターンは一つとは限らないことです。

記憶そのものが脳から消失したのか、忘れているだけで引っ張り出せずにいるのか、或いは──一部のみが抜け落ちた、不完全な記憶になっているのか」

 

"記憶喪失にもいくつか種類があって、私たちの中でもそのパターンが分かれている?"

 

「はい、先生。そうですね──パソコン内の保存フォルダが例えになるかもしれません」

 

ヒマリは部屋の中にあった別のデスクを指先で軽くポンと叩く。すると、パソコンのデスクトップ画面が、デスクの上でホログラムのように投影された。

 

 

 

「見える形で説明しましょう。正確とは限りませんが、例えのようなものと思ってください。

まず、空のフォルダを一つ作成して、名前を"Aさんに関する記憶"にしておきます。

そしてここに、いくつかデータを入れた状態にしておきます。

 

 

パソコンのハードは本人の身体、記憶媒体のディスクは脳。

フォルダは皆さんが脳内で区分けしている記憶の内にある、Aさんに関する記憶を保存する保管庫。

そしてデータは、皆さんが持っていたはずのAさんに関する記憶そのものと思ってください。

いろいろとツッコミたい人もいるかもしれませんが、一旦話を続けますね。

 

 

さて、この中にあるデータを、別のソフトで使う為に参照が必要になる場合。現実で言えば、"Aさんに関する記憶を日常生活で使うために思い出す場合"と言う状況です。

普段であれば、何かしらのソフトでデータを使う時にこのフォルダを参照すれば、そのデータを引っぱり出して使うことができます。

 

ですが──いくつかのパターンでそのデータが使えなくなる、もしくは不十分になる場合があります。

 

 

 

まず、データそのものをフォルダから出し、別のフォルダ──例えば、インターネット上のクラウドファイルに移動してしまった場合。

置き換えれば、記憶そのものが奪われてしまったという想定です。

これは、三カ月前に記憶障害になっていた際のアイリさんや、十二日前にアイリさんと会ったAさん自身の状態に近いですね。最も、その時のAさんが何であるかはいまだ不明ですが。

 

この場合、参照先のフォルダにデータそのものがないので、参照したところで見つからないということになります。そして、クラウドファイルにアクセスする権利を持っている人しか、そのデータを取り出すことは出来ません。

 

逆にいえば、クラウドファイルへのアクセス権限を持っている者であれば、そのデータを引っぱり出せます。アイリさんのみがAさんを覚えているのは、ここでいうところの移動されたデータへのアクセス権限を持っている状態に近いからです。"ホワイトホール"を通じてAさん自身の記憶が出てきた為、Aさんという存在が”いる”と認識できたという感じですね。無論、アイリさん自身の意思ではないとしてもです。

 

 

また、データだけでなく、フォルダそのものが丸ごと移動してしまった場合も同様です。この場合は、参照先そのものが無くなった訳ですね。私たちに関してはこちらが近いのではないかと最初は捉えていましたが、今は違うと考えています。なので、こちらに関しては除外しておきます。

 

 

 

次に、データそのものが破損している場合。こうなると、読み込んだデータを使おうにも、充分な機能を果たしてくれるわけではありません。置き換えると、記憶喪失というよりは記憶の劣化とも言えるでしょう。

現在のアイリさんの記憶の状態は、これに近いとみています。名前の部分のみがなくなった、壊れた状態の記憶のようなものです。

 

 

 

そして最後に──これです」

 

ヒマリはそういうと、フォルダの名前を"Aさんに関する記憶"から"に関する記憶"に変えた。

 

「フォルダの名称が不十分になると──元々そこを参照していて再度使おうとした場合、指定したフォルダが見つからないというエラー状態になります。たとえそこに、求めるデータが入っていたとしても、です。

 

こうなると、自力で指定する以外はそのデータは引っぱり出すことができません。これが、アイリさん以外の、Aさんを知っていた方々の現在の状態だと推測しています」

 

「…ということは。ヒマリ、ここにいるトリニティの彼女たちの記憶は──」

 

「えぇ、ウタハ。この推測で言えば、前提から変わることになります。

 

 

記憶を奪われたのがAさん。その記憶を虫食い状態で受け取ったのがアイリさん。

Aさんに関して持っていた記憶を脳内から探し当てられないのが、ここにいる別の方々。

 

皆さんは──記憶を奪われたのでも、操作されたのでもない。

 

Aさんの名前と存在、そして概念自体が奪われたが為に──彼女に関する記憶を思い出せていない状態にあるのではないかと、私は思っています」

 

 

「…奪われたんじゃなくて、思い出せていない…例え自体は極端かもだけど、その感覚は何となく自覚があるかも」

「はい。あとは、アイリさんに関して、Aさんの仮の名前とその時の記憶を未だ覚えていることに関しては少し複雑になるでしょうか」

"少し複雑?"

 

「感覚としては分かっていても、言葉にできないような形容しがたい感じになること。何かしら、覚えがありませんか?」

「あ、あります!食レポとかそんな風になりがちです!言いたいことはわかるのに、ちょうどいい言葉が浮かばないというか…」

 

「はい。それに少し似ているというか、こちらに関しては厄介というべきでしょうか。記憶を引き出す"名前"という鍵は確保していても、その鍵自体を正しく認識できるように出力できない。

 

これは恐らくですが──"ホワイトホール"によってAさんの仮の名前としての"記憶"はアイリさんに帰ってきてはいますが、それを言葉として出力するための”概念”までは取り戻せなかったという、中途半端な状態に近いのではないかと思っています。

 

謂わば、"扉を開けはすれど、それ自体は見えない透明な鍵"といったところでしょうか。

詰まるところ、名前の"記憶"は取り戻しても、名前の"概念"まで取り戻さなければ意味はないということです」

 

 

そこで先生は、アロナとプラナに調べてもらった時の異変が脳裏に蘇っていた。

 

(あの時のプラナは、恐らく仮の名ではない彼女の本名を探り当てていた。

しかし──その本名自体は"判別"はできても、"出力"は出来ていなかった。

 

そもそも、この世界においてその本名という"概念"が奪われたがために、プラナも"記憶"として引っ張り出せはしても形容化までは許されなかったということか…)

 

 

「でも、人とパソコンじゃどうしても勝手は変わるし、そこはどうにかして真相を突き止めて照らし合わせたいけど…」

「そうですね。ここまでかなり話してきましたが、持っている情報で考えられるのはここまででしょうか。

 

であれば──そろそろ動くと致しましょう。

 

現状の確認と問題点に関する考察は、ある程度整理がつきましたからね」

 

「動くってことは…現場に向かうのかい?」

 

「はい。近々遠くに行く予定もできたので、ここらで身体を慣らしておこうかと」

 

そういうと、ヒマリは止めていた車椅子を稼働させながら、服の襟元を正した。

 

「一応、最初から動くこともできたにはできましたが、実際にそこで一人存在がなくなっているとすれば、立ち回りは慎重にならざるを得ませんでしたから。無作為に調査に向かっていき、この中の誰かが消えることも避けたかったのもあります。

ですが、聞いた話ではどうにも無差別に呑み込んでいる訳でもなさそうです。そこまでの影響が及んでいる地域や機関もなく、目撃情報すら無かった訳ですから」

 

「特定の対象を、人気のないタイミングに狙って吸い込んでるっていう感じ?」

 

「恐らくは。或いは、向こうも時期を伺い続けているとも見えます。どういう意図、もしくは状況なのかは別として、それ故の三カ月というブランクが開いていたのかもしれません」

 

「だとしたら──あまり、うかうかしてられないかもね」

 

「はい。皆さんも準備を。

 

ここからはいよいよ──フィールドワークのお時間です」

 

ヒマリのその一言をきっかけに──その場にいる全員が、噴水の広場に向けて出かけるための身支度を始めた。

 

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