「そういえば…ヒマリさん、現地では何を調べればいいんですか?」
向かう道中、アイリはヒマリの車椅子のスピードに歩幅を合わせながら、現地調査の内容について確認を取っていた。
「基本的には、ミレニアムから持ってきた機材を使って物理的な情報を集めます。重力、力場の変化、光の屈折具合など…もしそこにブラックホールがいるというのなら、何かしらの痕跡や変化が現存している可能性があります」
「成る程…では、私たちはそれのお手伝いをすればいいのでしょうか?」
「そういう感じです。大方の機材に関しては、ミレニアムのドローンや輸送車を使って運んでもらっているところですね」
また、近くで電話で誰かと会話をしていたウタハが、スマホの電話を切ると連絡をしてくれた。
「今、そこの広場の管理している所から、調査に関する許可申請が通ったよ。こちらの調べたいことと一緒に、現状の広場における劣化具合の点検とデータの無償提供をするということで話を合わせておいた。短期間であれば封鎖してもOKだそうだ。
あと、設計図に関するデータを送ってもらったから、そっちの端末に転送しておくよ」
「助かります。これで心置きなく隅々まで目を配れそうです。と、話をしていればそろそろですね」
会話を交わしているうちに、彼女たちはこの一連の騒動の元となった場所へとたどり着いた。
「ここですか…!とっても綺麗な場所ですね!」
「レイサさん、お気持ちは分かりますが今回は観光ではないので。準備を進めましょう」
「あ、はい!そうですね!ではトリニティのスーパースター、出撃!とぉー!」
走り出したレイサとそれを追いかけるスズミを見ながら、カズサがやれやれと肩をすくめる。
「全く、元気なんだから…でも、今って広場に入って大丈夫なんですか?」
「えぇ。今はまだ夜の前ですし。これまでの傾向から見て、人の目が完全に消えていないこの時間においそれと顔を見せはしないでしょう」
「それって、逆にいうと向こうは人に見つかることを恐れているってこと?なんか訳でもあるのかしら?」
"…どうだろうね。もしかしたら、実際に相対してみないと理由は不明なままかもしれない"
「かもね。一先ず、今できることを重ねていくしかないだろう。さて、では行くとしよう」
広場の中に着くと、丁度ミレニアムからも機材を運んできた何台かの輸送車やドローンが到着していた。
その機材を全員で運んでセッティングし、ヒマリとウタハを主軸としてデータの回収作業が始まっていく。放課後スイーツ部とトリニティ自警団の面々は、そのデータを取るためにあちらこちらへと片手に端末をもって移動したり、写真を撮ったりを繰り返すことになった。
「ふぅ、ふぅ…思った以上に肉体労働だね。まぁ、私らにできることといったらこっち方面か。ヨシミ、そろそろ交代」
「じゃ、次は私ね。レイサ、一応準備しておきなさいよ」
「お任せを!」
交代したヨシミが広場の反対側へと走り出していったところで、アイリはヒマリに現状を尋ねた。
「どうでしょうか、今のところは?」
「ふむ…そうですね。
総じての結果としては、やはりこの広場の中心に力が向いているといった印象でしょうか」
「中心…あの噴水ですか?」
「はい。先ほどウタハから転送された広場の設計図を印刷したので、見てみてください」
「あ、はい」
ウタハから渡された設計図を見たアイリは、今一度その構造をじっと見つめた。
大方予想通りではあったが、中心にある噴水を取り囲んだ円形状に設計されており、行ってしまえばドーナツの形に似ていた。
「輪っかのような形状かつ中心の穴の所に噴水を配置しているのですが、力場や光の屈折具合から見るに、そこへ向けて様々な力のベクトルが向いているといった感じです。もし"ブラックホール"がいる"巣"があるとすれば、あの噴水の辺りになるかと」
「やっぱり…そんな気は薄っすらしてました」
「それと…」
ヒマリが近くのベンチの方へと視線を促すと、そこには地面に何かが擦ったような跡や削れた部分があるのが分かる。その場所は、アイリが昨日倒れていた所の近くだった。
「ここって…」
「おや、心当たりが?」
「はい、その子が飲み込まれたのも、この近くでした」
「…成る程。この擦ったり削れた箇所なのですが──
恐らくは"ブラックホール"が移動した際の痕跡と思われます」
「!本当ですか!?」
「他の生き物や現象であれば、このような綺麗にさっくりと無くなる削れ方は起きませんから。飲み込まれてしまった彼女に関しては存在や記憶が消えてしまいましたが、本体による影響は完全には消せず、痕が残ってしまったようですね」
「…じゃあ!」
アイリの期待に満ちた顔に、ヒマリは応えるかの如く微笑み返す。
「えぇ。現実的に痕跡があるということは──どうやら立てた仮説は的を得ていたようです。ただ、今その"ブラックホール"がどこにいるのか、どうしたら出てくるのか、そしてAさんをどうやって取り戻すかと課題はありますが」
「うぅ…そっかぁ」
「とはいえ、これで進展はありました。あとは焦らず進めていくだけですが、もうすぐ夜になってしまうので、次のレイサさんが一周し終わったら一旦引き揚げましょう。明日改めて、恐らく根源がいると思わしき中心の噴水の調査へと入っていく予定です」
「分かりました。みんな、次の一周で一先ず区切りだって!」
「了解です、ヨシミさんが帰ってきたらそのように伝えておきますね」
「うん、ありがとうスズミさん!」
日が暮れかけた広場の中、スズミを介して撤収の旨が発信される。
その時だった。
途端に、噴水の水面が少しずつ揺れ始める。広場の端に置かれていた機材が、カタカタと音を立てていく。その微細な揺れが──次第に大きくなっていく。
「わわわ、な、なんですか!?」
「え、ちょっと何…地震!?」
すると、視線を測定器に映したヒマリが、予想外といったように顔色を変えた。
「──中心への力の流れが、急速に強まっている…!?まさか、リスクを承知で動き始めた…!?」
かと思えば、未だかつてないほどの大声を張り上げた。
「全員、急いで広場の外へ!!!特に中心の噴水から離れるように!!!」
「「「「!!!」」」」
それと同時に、それが聞こえていた全員が広場の外へと撤収を始めた。
──唯一、広場の一周を終えかけていたヨシミを除いて。
「え、ちょっとみんな、なんでそんな急いで…!?というか、さっきの揺れは何よ!?」
さっきまで一心不乱に走っていたヨシミからすると、突如目の前にいる全員が広場の外へと機材を持って移動し始めたものだから、何事かと困惑するのは当然だった。
「ヨシミちゃん、急いで外へ!」
「アイリ!?ちょ、どういうことよ!?というか、まだ体力が…」
辛うじて届いたアイリの大声が伝わったものの、先ほどまで走っていた状態から連続で体を動かすのは中々に厳しい。
「いや、身体がまだ重くて──」
そこまで言いかけて、ヨシミは自身におきた異変をやっとのことで認知した。
──果たして疲労だけで、こんなにも体は重くなるのだろうかと。
「何…これ…!?まさか、これが例の…!?」
まるで重りを括りつけられたかのように、足が上がりにくくなっていた。声をかけていたアイリが辛うじて異変を感じ取り、こちらへと走り寄ってくる。
「ヨシミちゃん、だいじょ──」
瞬間。
噴水の下の方から──"それ"が音もなく飛び出してきた。
「!?」
「────あれが…!」
「……本当にこのタイミングで…!?」
黒く濁った穴を侍らせた、透明で巨大な管──彼女たちが"ブラックホール"と呼称していた怪物が、本当に姿を現していた。
そして──その矛先は、どうやらヨシミへと向いているようだった。
管が蛇行を始め、ヨシミへと急接近していく。それを見ていたアイリが、黙って見届ける訳もなく、彼女も全速力で駆け出し始めた。
「ヨシミちゃんッ!!!」
「ッ…!!このっ…!!!」
しかし、彼女の重くなった足は一向に歩幅が伸びない。ずりずりと何かを引きずっているかのように、一歩一歩を踏み出す時間の間隔が大きくなっていた。
「早く!手を掴んで!!!」
「!!!」
ブラックホールとの接触まで僅か数メートルという所で、すんでの所でアイリは間に合った。彼女がヨシミに向けて手を伸ばしたその時──ヨシミの身体にも変化が生まれた。
「…え!?」
(重さが──全く無くなった!?)
先ほどまで感じていた重荷が解き放たれたかのように、ヨシミの体は軽やかになる。そして、彼女の手もアイリが伸ばした手をがっしりと掴み取った。
アイリがその手を渾身の力で引っ張り、ヨシミの全身を手繰り寄せた刹那──先ほどまでいたその場所を、透明かつ巨大な管が猛スピードで駆け抜けていった。
「あっぶなっ…!!!」
「ま、間に合った…!」
「二人とも、大丈夫ですか!?急いで外へ!」
スズミにかけられた声をきっかけに、二人は再び広場の外へとダッシュする。その際には、先ほどまで感じていた重力が、再びヨシミの体に纏わりつくことは無かった。
そして先ほど通り過ぎていった管は──再び地中へと潜っていった。その通り道には、多少ながら削れたり擦った痕が残ってはいたが──地中に潜っていった場所は削られずに通る前と変りはなかった。
「ハァ、ハァ…だ、ダメかと思った…」
「ゲホッ…ゴホッ…」
「ヨシミ、アイリ!!!大丈夫!?」
何とか広場の外へと倒れ込んだ二人に、慌ててカズサが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫…アイリのおかげでモーマンタイ」
「こっちも平気だよ」
「はぁ……心臓が飛び出るかと思ったよ」
ほっと胸をなでおろしたカズサの隣から、他の者たちも後から追いついてきた。
"二人とも、けがはないかい!?"
「う、うん。ありがとう、先生…」
「──しかしこれは…」
「あぁ。まさか、日が落ちる前に姿を見せるとは」
ウタハとスズミが同時に額に汗を滲ませる。ヒマリもまた、この事態の異常性を理解していた。
「──これで証明されましたね。あれが恐らくは──かの元凶、"ブラックホール"なのでしょう。動機は不明ですが、向こうも動きを大きく見せました。こうなった以上、広場の中に入るのは困難になってしまいました」
側には、無理やり引き下げた調査用の機材が転がっている。再配置しようにも、広場に誰かが足を踏み入れようとした瞬間に何が起きるかは想像に難くない。
「不味いですね…放っておけば、事情を知らない者が今後この場に入った際、標的になる可能性が出てきます。Aさんの件は、もしかしたら彼女が最初の標的に過ぎなかったのかもしれません」
「だとすれば、できたらこの場所を問題が解決するまで封鎖したいところだけど…我々は一介の生徒に過ぎない。長期的な封鎖となると話は変わってくるだろう」
「じゃ、じゃあどうすればいいんですか!?」
Aを取り戻すための現地調査──そのつもりで来ていた彼女たちは、この事態がその範疇ではなかったことを思い知る。それは特異現象の域を超えた一種の未曽有の危機だったのかもしれなかったのだと。
そうして切迫した空気の中──そこで待ったをかけた者が一人いた。
「──あの、ちょっと待ってくれる?」
それは意外にも、最も危険を間近で感じていたはずのヨシミだった。
「さっきあいつに狙われたときなんだけど…例の噂の件が起きたの」
「噂って…"体が重くなる"っていうあれ?」
「うん。"ブラックホール"が来る前に体がすごく重くなって。足も動かすのがやっとで、多分あのままいたら本当に飲み込まれていたのかもしれないけど──アイリが近くにやってきた瞬間、その重さがパッと消えたっていうか…」
「じゃあ、やっぱり噂と関係してたんだ…」
「"ブラックホール"に狙われたものには、特定の重力が発生し──アイリさんが近づくとそれが相殺された──」
「もしかして──"ホワイトホール"?」