全員の視点がアイリに集中する。当の本人からすれば、ヨシミを助けようとした故の無自覚な行動だったのだが──彼女もまた、体内にいると思わしき存在に声をかけた。
「…助けて、くれたの?」
アイリがふと呟いた、確かめるようなその一言は──"彼女"に届いていた。
(どう、かな…でも、できる限りのことはしたいって思ったんだ)
それは──体の内側から、反響して聞こえた声。
またしてもアイリにしか聞こえないその声は──何故かアイリ自身の声をしていた。
「!?だ、誰!?」
「え、どしたのアイリ?」
「誰かが…喋ってるのが聞こえたの」
「!?」
(…ごめん、驚くのも無理ないよね。今までずっと、何も話さなかったから)
再び体に伝わる声。その声の正体は──これまでの流れから、アイリにはすぐに思い当たる存在がいた。
「もしかして…あなたが"ホワイトホール"?」
(…そうなる、かな。今まで話せなくてごめんね…ずっと、他のことで手一杯だったんだ)
「手一杯…?」
(うん。あなたに ちゃんの記憶を渡すこと、あなたの腕を取り戻すこと、あとは──この広場であなたと、あなたの隣にいる人たちを守ること。結構色々やってたんだ…ううん、これも言い訳なのかもしれない)
「じゃ、じゃあ…初めからずっと、私やみんなのために動いてくれてたの?」
(…ううん、それはちょっと違う。
これは──償いのつもり、なのかな…)
「償い…?」
(三か月前のこと、覚えてる?)
「…記憶障害のこと?」
(そう。あれは確かに、私のせいなの。
あなたの持っていた記憶が羨ましくて──私が奪ってしまった記憶。
あなたが持っていた幸せな日常をもう一度感じたくなって…あなたから何も言わずに、記憶を奪い続けてしまったの)
「そう、だったんだ…じゃあ、■■ちゃんの記憶は──」
(…私が何とか手に入れて、あなたに送った記憶。
あの日、あなたが失って忘れてしまった■■ちゃんを取り戻す助けになるかもと思って、私が送った■■ちゃん自身の記憶)
「…そっか。…話してくれて、ありがとう」
(…怒ら、ないの…?)
「…うん。確かに記憶障害の時は、本当に色々とあったけど…おかげで、みんなのことをもっと好きになった。私、本当に大事に思われてたんだって」
(でも、それはきっと結果的に上手くいっただけで…)
「確かにそうかもしれない。それでも──あなたは償うために色んなことで私を助けてくれた。それに──■■ちゃんのことも。
だから、私はあなたを責めないし、責めたくない」
(………………)
「さっき、もう一度って言ってたよね。その感じだと──あなたも、何かを失ったの?」
(…うん。沢山──大事な人を失った)
「…そっか。辛かったんだね」
(…ごめんね、記憶のこと)
「ううん、大丈夫。それよりも、今できることを考えなきゃ。私、 ちゃんを助けたいんだ。力を…貸してくれる?」
(…分かった。私も、 ちゃんはこの世界にいるべきだと思う。時間は限られるけど…力になりたい)
「…ありがとう」
どこにもいない誰かと会話をしながら、胸に手を当てて目を閉じるアイリを、カズサたちは見ていた。
「…あれって」
「恐らくは、"ホワイトホール"と話しているんだろう」
「なんか…思ってた以上にアイリが優しそうに話してるわね」
「…話を聞く感じでは、どうやら"その子"は私たちが思っていた以上に協力的だったのかもしれません。懐疑的になっていた自分が少し嫌になってしまいますね」
「そう自分を責めないでください、ヒマリさん。疑うのも無理はありませんし、あなたは既に十分私たちに貢献してくれていますから」
「…ありがとうございます、スズミさん」
暫くして、目を閉じていたアイリが瞼をゆっくりと開く。その眼には、一つの決意が滲んでいた。
「…どうにかできるかもしれません」
「え…本当ですか!?あれを!?」
「うん、レイサちゃん。
私、■■ちゃん…Aさんをあの中から連れてくる。"ブラックホール"を止めてくる」
「──"連れてくる"って…あの中に飛び込むってこと!?」
「待ってよ、アイリ!そんなのは自殺行為じゃ──」
思わずアイリの肩を掴み、止めようとしたカズサとヨシミに、アイリは変わらぬ強さで答える。
「そうだね、私だけだったら帰れないかもしれない。そのまま飲み込まれて、どこにもいなくなっちゃうかもしれない」
「なら…」
「だから、二人とも」
掴まれた肩にかかった手を、アイリは両手で握る。
「…私のことを、助けてほしい」
「えっ?」
「それって…」
「あの子を取り戻すために──私と一緒に来てくれる?」
「────────!」
それは、カズサとヨシミに対してアイリが告げた、一蓮托生の願いだった。
「きっと、私だけじゃ足りない。私一人であの子を連れて帰れるかって言われたら、正直自信がない。でも、放課後スイーツ部のみんなとしてなら…きっと声が届く。私はそう思うんだ」
「………………」
「勿論、無理に来てとは言わない──だけどその時は、私一人でも行く。
だって、"約束"したんだ。"私とアイリのロマンを守ってほしい"って。
本当の名前で呼んでもらうのが、私のロマンだって。
だから──"約束"を守りたいんだ。絶対に」
「……バカ」
ボソッと呟いたヨシミの一言をきっかけに──三人の互いに握り返す手の力が強くなる。涙ぐんだまま顔を上げたヨシミと、静かな面持ちながら目の奥に熱を籠らせたカズサが、アイリの顔をじっと凝視していた。
「それでアイリ一人だけ行って、もしも帰ってこなかったら…後悔することもできなくなるじゃない。そんなのは願い下げよ。どんな結果になっても、私は最後まで一緒がいい」
「…そうだね。第一、そんな所に一人で行かせるわけないじゃん。アイリが嫌って言ってもついていくからね。その子も取り戻して、今度こそ"四人"で一緒にいようよ」
「…ごめんね、二人とも」
「そこはありがとうでいいの」
「そっ、カズサの言う通り」
やがて三人は、覚悟を決めたように頷きあう。それは、この危機そのものを解決するためにではなく──奪われた大事な人を取り戻すための戦い。
まさしく──"ロマン"を取り戻すための戦いだった。
「あ、あのー…何だか私、邪魔じゃないですかね、これ…」
「いえ、そうでもないと思いますよ、レイサさん。むしろこれからが本番かと。それに、あなたは彼女たちとよく一緒にいたでしょう?」
「…はい、なので力になれるなら嬉しいんですが…うぅ…」
何だか結束力が高まっている放課後スイーツ部の三人を眺めながら、協力者たちもまた自分たちにできることを探していた。
「どうやら、聞いた話では"ブラックホール"に直接飛び込んで、ワームホールから彼女を引っ張り出そうという気らしい。無謀とも思えるが──成程、体内に"ホワイトホール"がいる彼女であれば、"ブラックホール"の特性に抗うことは可能かもしれないね」
「その先の成功は、彼女たち次第といったところでしょうか。であれば──私たちは彼女たちの手助けをするべきでしょう。
この世界の危機も大事ですが、全てを救ってこそのハッピーエンドですからね。目指すべきロマンは、そこにあります」
"…うん、そうだね。そして多分──彼女たちのやろうとしていることが、この問題の解決点に繋がってる"
タブレットを片手に、今まで静観に徹していた先生がそこでようやく動き出した。
"ここまでみんなに任せきりですまなかった。どうしても、私にできることは少なくてね…だけど、ようやく分かることがありそうだ"
「何か独自に調べてたんですか?」
"うん。まぁ、先生としての特権を使った、ちょっとした裏技だけどね。みんなが話している間に、こちらで済ませておいたんだ"
画面のついたシッテムの箱には、疲れ切った様子のアロナとプラナが待っていた。
「お、お待たせしました先生…先ほどの観測データをもとに、”ブラックホール”についての調査が完了しました!」
「…こちらもです。あとは先生にお渡しいたします…」
"ありがとう、二人とも。あとは私が引き継ぐから、ゆっくり休んで"
受け取ったデータを確認した先生は──やがて大きく息をつく。
"あの"ブラックホール"の生体反応を調べてもらっていたんだけど…"ある生徒と一致してたんだ"
「ある生徒、ですか?」
「うん。その生徒の名前は──
"栗村アイリ"」
「…え?」
「せ、先生、ちょっと待ってください…今、アイリさんって言いました!?」
彼の口から発せられた名前に、スズミとレイサが驚愕する。なぜなら、彼女たちの目の前には、いつも見る"栗村アイリ"その人がいるのだから。
「それはつまり…あの"ブラックホール"もまたアイリさんということなのかい、先生?」
"そういうことになるね。それでいて…私はこの同じ人物が二人いるという事態について、一つ心当たりがある"
「……砂狼シロコさんの件ですね」
"あぁ。ヒマリはアトラ・ハシースの箱舟に乗ってたから知ってるとは思うけど……要はあの"ブラックホール"は"別の世界線の彼女"じゃないかって私は見てる"
「別の世界線から来た、もう一人のアイリさん…?」
「…同じ生体反応というのなら、それぐらいしか説明は出来ないだろうね。彼女と同じヘイローを観測は出来なかったが…それも含めての変貌なのかもしれない」
"どうしてあのようになってしまったのかまでは、まだ分からない。だけど…今し方分かった情報から、"ブラックホール"がさっき出てきた理由が何となく見えてきたんだ"
先生は、決起を固めている放課後スイーツ部の三人を見守りつつ、今もこの場にいるであろう”彼女”が何を求めているかを考える。
"もしかしたら──"彼女"はこの世界にいる放課後スイーツ部のみんなを、何かの理由で強く求めているのかもしれない"
「……それは」
"予測でしかないけれどね。多分、リスクを冒してまで出てきたのは、何か強い思いがある気がするんだ。前にあの三人が広場に来た時に出てこなかったのには、別に訳があったのかもしれないけれど…"
「…成る程。前に、特定の人物の身を狙っているという予測を立てましたが、既に飲み込まれたAさんと先ほど狙われたヨシミさんは、どちらも同じ放課後スイーツ部だったはず。動機はどうあれ、最初からあの"ブラックホール"──別の世界線のアイリさんにとっては、彼女たちのみが目的だったのだと」
「じゃ、"体が重くなる"っていう噂は…」
「十中八九、"ブラックホール"の特性ですね。恐らく、広場に入った者の中で目的の人物に似た人が来た時に誘発されたのでしょう。
ですが、よりによってその目的だった当人たちが以前来た時──近くには、"ホワイトホール"を体内に宿したアイリさんが近くにいた故に、引き込めないままに終わった」
「では、今回アイリさんがいるにも関わらず出てきたのは、半ば強硬手段に近いということか」
「…もしかしたら、向こうも余裕が無くなっているのかもしれません。であれば──次に広場にカズサさんかヨシミさんが入れば、確実にもう一度出てきます」
「…調査のつもりが、そのまま決着の流れになりそうですね」
「であれば、彼女たちとも話を合わせておきましょうか。残った疑問点は、やむを得ないですがいったん保留し、そこから仮に不具合が起きた場合はケースバイケースで対処しましょう。あとはこのまま、この特異現象と立ち向かうための作戦会議に移行しようと思います」
"分かった。じゃ、三人を呼んでくるね"
先生の呼びかけに応じ、放課後スイーツ部の三人もヒマリ達の元へと戻って来た中、共有されて集まった情報を元に、ヒマリを中心として作戦の立案が開始されることとなった。
「まず、作戦における目標から。
一つ目が、ワームホール内部からのAさんの救出。ここでいう救出とは、彼女の存在と名前がこの世界において確立された状態をもって、初めて完了と致します。
二つ目が、"ブラックホール"──別世界線から来たと思われるアイリさんを止めること。以上の二項目が、作戦における最終目標です。
Aさんの救出には、放課後スイーツ部であるアイリさん、カズサさん、ヨシミさん。
そのサポートにあたるのが、トリニティ自警団のスズミさん、レイサさん。
"ブラックホール"を止めることに関しては、ミレニアムサイエンススクールのエンジニア部部長、白石ウタハと、この太陽の光の如く燦燦と輝く明星ヒマリが担当します」
(今の下り、いるんですか?)
(レイサさんがそれを言うんですか)
最後に、総合的な指揮を執る役割をシャーレの先生にお願いいたします」
"あぁ、了解した"
「では、作戦の概要に入ります。
まず…恐らく、"ブラックホール"が地中に潜った際の地面が削れていない所を見るに、向こうは物理的な干渉をある程度自在にコントロールできるようです。
その為、通常時であればこちらによる攻撃は通用せず、撃ち込んだ弾も通り抜けるか飲み込まれるかの二択でしょう。
なので…アイリさんの体内にいる"ホワイトホール"の助力の元、"ブラックホール"による効力を一時的に大きく抑制してもらいます。
その間は、向こうはそういった干渉における制御が不十分となるため、出た後に地中へと戻ることが困難になり、同時にこちらの攻撃が通るようになるでしょう。
その攻撃に関しては、"ホワイトホール"と共同で動くことになるアイリさん以外の全員が担当します。くれぐれも、飲み込まれてしまわないようにご注意を。
動きが鈍くなり、ワームホール内部への侵入が容易になったと思われる段階で、アイリさん、カズサさん、ヨシミさんは"ブラックホール"を通じてワームホールへと突入。
さんの存在と実体、そして"名前"を取り戻して、再び穴を通じてこちらの世界へと帰ってきてください。
それを確認した後──"ブラックホール"の行動に応じて、こちら側も対処を臨機応変に変えていきます。"ブラックホール"が別世界線のアイリさんというのなら、何かしら彼女自身と対話し、交渉できないか試せるのではないかと、私は考えています。
"全員"を救ってこその、本当のハッピーエンドですからね。
ですが…もし、交渉ができないまま、"ブラックホール"が抵抗をやめなければ…その時には、"彼女"をどうするか決めなくてはいけません。その時は──」
"私が、最終決断を担うよ"
ヒマリが、"自分がその決断を担う"と言う寸前──その役割を、先生が名乗り出ていた。
「先生…」
"ヒマリ──それは、先生である私に担わせてほしい。それほど重大な決断を、生徒である君が担うには荷が重すぎると思うからね"
「…正直に言えば、本心はそうだったかもしれません。では…頼んでしまっても、よろしいですか?」
"あぁ、君は君なりにしたいことに向かってほしい。その先はきっと、みんなと同じところだと思うから"
「…畏まりました。ありがとうございます、先生」
"大丈夫──全部うまくいくように、頑張ろう"
改めて前を向き、ヒマリは全員に向けて真っすぐな視線で語りかける。
「猶予はそれほど残されていません。全員が各々の全力を出し切れば、望む結末にきっとたどり着ける。私はそう信じております。
"そんなものはない"と残酷に告げる現実に──私達は"ある"のだと胸を張って言ってやりましょう。
それこそが──私たちの目指す、ロマンティックなエンディング。
では、参りましょう。最後にアイリさん──作戦開始の合図を、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「わ、私でいいんでしょうか?」
「おや、何を今更。この物語の始まりは──きっと、あなたなのですから」
「…それもそうですね。では──分かりました」
不安と共に、喉の奥へとぐっとつばを飲み込む。大きく深呼吸をし──アイリは震えがちな声ながらも、高らかに宣言した。
「それじゃ…作戦、開始します!!!」