「支援ドローン及び"雷ちゃん"起動開始…うん、整備はちゃんといきわたっているね。ヒマリ、そちらは?」
「ある程度の巡行プログラムは既に構築済みです。そこから先は、手動入力でプログラムを組み込み直しておきます」
「OK、こちらはいつでも。自警団のお二人は?」
「はい!いつでも行けます!」
「こちらも。始めてもらって構いません」
月が顔を出し、星が瞬きを始める夜の始まり。街灯によって暗闇が照らされた広場の中、全員のゴーサインを確認した先生が手で"OK"のマークをカズサに見せる。
カズサはそれを見て頷くと、隣にいるヨシミに促した。
「じゃ、準備はいい?」
「はいはい、始めるわよ」
広場の端、内と外を隔てる線の側。カズサとヨシミは、同時にその一歩を踏み出し、その体を広場の中へと入れた。
少し間をおいて──再び、大きく地面が揺れだしていく。街灯の灯りが、激しく明滅を繰り返していく。計測器を確認していたヒマリが、再び全員へと報告した。
「中心部を主軸とした、強大な力場が発生──"ブラックホール"、出現します!」
"今だ!"
「はいっ!」
先生が発した掛け声とほぼ同時に、アイリもまた広場へ向けて飛び出していく。次の瞬間──中心の噴水部から、天へと向けて"ブラックホール"が勢いよくその長い胴体を伸ばしてきた。
その先頭部が徐々に地へと向き──やがて、カズサとヨシミがいる方へと焦点を充てる。
「く、来るわよ…!」
「アイリ、お願い!」
全速力で向かってくる黒い穴と対峙するように、アイリはカズサとヨシミの間に立ち、その身を曝け出す。
そのまま、正面を切って"ブラックホール"を見据えながら──
アイリは、自身の銃の先を胸へと押し当てていた。
それは、"ブラックホール"に対する効力を大きく及ぼせるように、彼女が"ホワイトホール"から聞いていた法則に基づいていた。
『出口が大きければ大きいほど、"ホワイトホール"にとっては力を発揮しやすくなる』
故に──彼女は、それに伴う痛みを選択する余地など無かった。
いや、そもそも迷うことすらしなかった。
自分にできる全てを出し切り──■■を連れ戻す。
それが、今の彼女にとって何にも代えがたい理想そのものであり、ロマンへ到達する魁となる信念。
トリガーにかける指が小刻みに痙攣し、銃を持つ手はカタカタと揺れ動く。
両足は今にも崩れ落ちそうで、口の中は異様に渇いている。
何より──ただ、怖くて恐くて堪らない。
そしてそれらすべてが──彼女を止める理由になどならなかった。
"ここでお別れ"とか、"バイバイ"とか。
そんな哀しい終わりなんて──
「私は──絶対に嫌なんだ」
次の瞬間──けたたましい連射音と共に、アイリが自身の胸へと構えた銃口が火を噴いた。
十発ほどの弾丸が貫いたアイリの胸に空いた穴からは、やはり血は流れ出ない。
断面から見える白い穴は光を放ち、その光が次第に繋がっては彼女の胸の穴を埋め尽くしていく。
そして、一呼吸置いた後に──その光が外へと放射された。
光は無数の筋となって地面へと差していき、広場全体へと這うように広がっていく。やがて、別々の線が繋がっていくようにして、何かの形へと変貌していった。
月桂樹の葉と思わしき草冠を両隣に添えた、一つの輪と芽──
アイリのヘイローと全く同じ形状の巨大な模様が、広場の上にできあがっていた。
途端に、"ブラックホール"の動きが鈍くなる。カズサとヨシミへと向かっていた黒い穴が、急転換をしながら大きく鳴動する。
すぐさま、先生が各人員に向けて指示を始めた。
"全員、一斉に行動開始!"
「はい!」
「行きますよ、とりゃー!!!」
「承知した!」
「お任せを」
広場へと大きく飛び出したスズミとレイサが、それぞれの持つ銃を放つ。そしてウタハとヒマリがプログラムの開始コマンドを入力した。
それに乗じて、カズサとヨシミもまた銃を構えた。
「私達も行こう。あれがアイリっていうのなら…正直嫌だけど」
「それでも、まずは落ち着かせないといけないでしょ。だったら、躊躇ってる暇なんてないわよ!」
例えそれが、別の世界線からきた、自分たちにとっての大事な友人なのだとしても──時にはぶつからなければならない。そうしなくてはいけない時がやってくる。
だけど──それは決して、そこが終わりではなく。始まりなのだと信じて──二人もまた、構えた銃の引き金を引いた。
アイリの体内にいる"ホワイトホール"から広がった光が効いているらしく、彼女たちによる攻撃は通っているようだった。それに抵抗するかのように、"ブラックホール"もまた長い胴体を振り回して妨害しようとする。
その妨害行為を、レイサとスズミは軽やかなステップで避けながら、巧みに射撃を続けた。
「あくまで飲み込むつもりはない辺り──別世界線とは言えど、根底はアイリさんらしいですね。無関係な私たちを巻き込みたくないのかもしれませんが…」
「でもだからといって、無断で友達を奪っていい理由にはならないんです!
友達と一緒にいたいっていうのなら──ちゃんと、こっちの世界にいる放課後スイーツ部の皆さんと話をしてからにしてくだ、さいっ!!!」
大胆にあちらこちらへと飛び跳ねながら、ショットガンをぶっ放すレイサ。時折、自身の位置を眩ますように、閃光弾を織り交ぜながらアサルトライフルを向け続けるスズミ。
独特な戦闘スタイルで翻弄する二人に合わせて、彼女たちと一緒にプログラム済みのドローンが援護射撃や回復の役割を兼ねて動き回る。更に、固定砲台として置かれたウタハのセントリーガンこと"雷ちゃん"も、継続的な火力援助でサポートしていた。
「他の者には劣るかもしれないが──できることは様々さ。
さて──まずは"彼女"を止めることからだ」
暫く四人のよる消耗戦を続けていると、徐々に"ブラックホール"の動きに隙が生まれていく。その隙を見逃さず、確実に叩き込んだ火力は、やがて目に見える形として現れた。
「…!"ブラックホール"の動きが止まりました!今が好機です!」
ヒマリによる知らせが耳に入ると同時に、アイリは即座にカズサとヨシミの手を握る。
「行こう、二人とも!」
「OK、覚悟はできてる」
「そんじゃやるわよ!」
手をつないだ状態で、三人は地面に横たわっている"ブラックホール"の穴へと駆けだしていく。
一歩、また一歩。かつては飲み込まれまいと必死に逃げたその穴に──アイリたちはどんどんと近づいていく。
そして──
「「「はあぁぁぁぁぁっ!!!」」」
大きく踏み出した足音とほぼ同時に──
三人は、黒い穴の中へと一斉に吸い込まれていった。
────────────────────────────────
「ふぅ…帰りが遅くなっちゃったね、■■ちゃん」
「いやはや、しかしアイリとこうして二人きりで帰るのも久々だねぇ」
街灯が灯る夜道。若干草臥れた体を引きずりながら、私はアイリと一緒に帰路へとついていた。時折草むらから聞こえる虫の声が、ノスタルジックな気分へと誘ってくる。
「でもさ…こういう空気、私は存外嫌いじゃないよ。夜のどこか乾いたようで冷たい空気って、昼間とは違った新鮮味があるからね」
「あ、それはちょっと分かるかも。夜に散歩に行くと、ちょっと気持ちいいよね」
「そのままどこかであったか~い飲み物でも買うと、これがまた染みるというか。暖かさの意味を思い出すんだよね」
「ね~…せっかくだし、途中で買っていく?」
「にへへ。悪くないねぇ」
疲れ切ってへとへとになりながらも歩いていると──これまた、普段と一風違った場所へと行き当たる。
「ほう…ここは?」
「わぁ…綺麗だね!」
そこは、白いタイルが敷き詰められた大きな円形の広場だった。中心に据えられた噴水からは、綺麗な弧を描きながら水が噴き出されていて、夜の暗さと合わせると独特な美しさを醸し出していた。
「ふーむ…昼に来ていたら、また違った印象を持っていただろう。さながら隠し味…途中で味の変わるキャンディーみたいなものか」
「そ、そうなの…?まぁ、でも時間帯によって同じ場所でも雰囲気が変わるのはあるよね。夜の学校とかは特に怖いし…」
「おっとアイリ、その先は私に効く」
「あっ…そういえば、■■ちゃん前に"夜の学校の屋上から天体観測だ!"っていって学校に行った後、暗すぎて私達に助けを求めたことがあったね…うっ、思い出したら私もちょっと…」
「というわけでやめとこうか、この話」
「そ、そうだね…」
あまり心地よくない体験を何とか脳裏から振り払いながら、アイリと一緒に中心の噴水へと近づく。
「おぉ~…なんか荘厳だね。写真撮っちゃう?」
「いいね。じゃあこれか…それともこっちか…?」
そうして、ポーズをいろいろと試行錯誤する私を、アイリがスマートフォンのカメラで撮ろうとした瞬間──
大きな地鳴りが響き始める。
「え…じ、地震!?」
「む、これは…」
覚束ない足元を何とか奮い立たせ、互いの安否を確認する。次第に収まっていく揺れの中、不安げなアイリの表情を見て気を遣おうとした。
「落ち着いて、アイリ。一先ずは安全の確保からだ」
「そ、そうだね。ありがと、 ちゃ──」
その言葉は──不意に途切れた。
何故なら、目に見えない大きな衝撃がアイリの体に走ったかと思えば──広場の遠くの方へと彼女の全身が弾き飛ばされていたからだ。
「え──────」
数回撥ねた後に転がったアイリの体が止まった時、僅かながら地面に飛び散った赤い血痕が見えていた。
それを認識したと同時に──私はすぐさまは駆け寄ろうとした。
「アイリッ!!!」
しかし──その動きが、ピタリと止まる。
「!?体が…動かない…………重力……!?」
「 ちゃ──わた──なに、が──」
呂律の回らない口元で、アイリが私の名前を必死に呼ぼうとする。しかしどんなに呼ぼうとしても、身体の内から響く痛みに遮られたかのように途中で声が途絶えてしまうようだった。
「アイ、リ──一体、ここは──何があるというんだ──」
「"お迎え"だよ」
その時──後ろから声がした。誰かいる。いや、いるのはまだいい。
問題は振り向くこともできず、ただ受け止めるしかないその声に──聞き覚えがあったことだ。
「君は──誰なんだ────"どこから"来たんだ──」
「そう警戒しないで、その子は大丈夫。加減は利かなかったけど──代わりに"私"が行く筈から安心して。
でも──ごめんね。私にもやらないといけないことがあって。■■ちゃんを苦しめるかもしれないけど──それが、酷くて愚かで罪深い私の、"私"の為の我儘。
だから、こっちの世界の■■ちゃんには──少し、付き合ってもらうね」
顔は動かせない。強い重力で、全く持って体の自由が利かない。
後ろから感じる強い引力を肌で感じながら──私は黒い"何か"によって全身ごと吸い込まれながら、動かない体でアイリに何かを必死に訴えようとしていた。
まずい───
体が──記憶が──存在が───
奪われる
「アイ、リ────はや──────────────────」
────何で、ここにいるんだろう。
体中が、歪んだようになってピクリとも動かない。
灯りに照らされた地面には、だくだくと流れる血の水たまりが見えている。
直前に覚えているのは──ここに何故かやってきていたことだけだ。何が原因で、自分がこんな状態で地面に転がっているのか。辛うじて開いた僅かな視界に映る景色の中、私は自分が死へと着実に向かっていることを自覚するしかなかった。
「…ッ…え………あ…………」
──友人の名を呼ぼうとしていた。二人の友人を。
ずっと自分といてくれた、大事な同じ部活の──
「……あ………れ…………?」
──何か、忘れているような。いや、違う。
誰かを──忘れているような。
あぁ──でも、ダメだ。もうなんだか、冷たくなっていく。
くうきも、けしきも──このからだも。
もう──────────────ねちゃおうかな。
「……………………………?」
しろい、きゅうたい。
ちかづいてくる。
なんだろう。よく、わからない。
まぶしい。でも──あたたかい。
ぐんぐん、ぐんぐん。
どんどん、どんどん。
こっちのほうへと、ちかづいてくる。
なにかいってるけど、もうわからない。
わからない。わからない。
もう──ねむい。
────おやすみ、なさい。
あぁ──でも。
どうしても、きになる。
あなたは────だれ?
……………………あなたは…………わたし?
─────────────────────────────────
「……………」
──目を覚ませば、灰色の空を見上げていた。
気が付かないうちに、仰向けになっているらしい体に信号を送り、少しずつアイリは上体を起こしていく。
「…今、のは」
遠い遠い、いつかの記憶を垣間見ていた。
最初の記憶は──始まりの記憶だった気がする。恐らくは、三カ月前にドーがまだ本名だった時に、一緒に帰っていた時の彼女の記憶だろう。
しかし──もう片方の記憶は、いつもと勝手が違った。
「…私自身の、記憶…?」
それは、ドーが本名を奪われたであろう後の直前の記憶。言うなれば──本当の意味で、アイリが"忘れていた"記憶だった。
瀕死になった体の中で、曖昧に輪郭がぼやけた壊れかけの記憶。それが今──関連する記憶に紐づけて脳から引きずり出されてきたのだろう。
あの日──"ブラックホール"に弾き飛ばされ、重傷を負ったままだった自分の体。冷たい夜の空気の中、途絶え欠けていた自分の命。
それを繋ぎとめてくれたのは──自分の体の中にいた"彼女"だったのだと、アイリはその取り戻した記憶の中で気づいたのだった。
そして繋ぎとめるために失ったエネルギーを回復させる為に──やむを得ず、"ホワイトホール"はアイリからその後の記憶を奪わざるを得なかったのだ。
「……本当に、ありがとう。私を──助けてくれて」
(……どう、いたしまして…で、いいのかな)
「うん──それで、いいんだよ」
(…そっか)
胸の内で空いている穴は気が付けば閉じており──しかし、そこから微かに溢れている白い光は、先程よりその輝きを失いつつあった。恐らくは、"ブラックホール"を抑制した際に力を使いすぎたのだろう。今の"彼女"は、暫し眠りに付かねばならなかった。
「大丈夫。あとは任せて、ゆっくり休んで」
(…その前に──もう一つ、頼んでもいいかな)
「…いいよ。言ってみて」
(ありがとう。もし、頼めるなら──
"もう1人の私"を、助けてあげてほしいの。それで、こう言ってあげてほしい。
"あなたは悪くないよ"って)
「……そっか」
(うん…あなたが"もう一人の私"を、友達の"名前"を奪ったことを許してくれるかは分からないけど──あの子はきっと、今でも苦しんでて──)
「…分かった、心配しないで。
その子のこと──私も助けてあげたいと思うから」
(…ありがとう。ごめんね)
「ううん、大丈夫だよ。
だから…今は、お休みなさい」
その眠りの挨拶を聞き届け──"彼女"は、閉じた光と共に眠りについた。