看破。
自身の正体をドーに見破られたことがアイリ*テラーに伝わると同時に──
彼女は大きく高笑いをし始めた。
「…あはは。
あははははははははははッ!!!
なんだ──もうバレてたんだ。分かっててずっと見てたってこと?
酷いなぁ~…せっかく面白いところだったのに」
「仮想敵…?」
「なに…それ?」
周囲の人物が皆頭に疑問符を浮かべる中──ドーは目の前にいるアイリ*テラーの正体を見破る。
「誰もが心の中に身を置かせている、ふと吐き出したくなってしまう弱音や本音を囁いてくる存在。
アイデンティティを揺らし、自己否定の始まりを告げ、"なりたい自分へ変わることなどできないのだ"と突きつけてくる"心の中のもう一人の自分"。
それが────"仮想敵"だ。
ここまでの立ち振る舞いや言動を見ていたが──私達が"普段"見ているアイリは、自責はすれど他責に回ることは全くしようとしない。仮に向こうの世界で何があったとしても、人の本質というものはそうそう変わりはしない。ましてや、こんな状態になることを本人が最終的に望んでやるとは、私はどうしても思えない。
だから、もしそんな言動や決断を取れるとすれば…それは"普段"のアイリとは別の何者かだ。
それができるのは──アイリの中で別の価値観を提示する者。
即ち、アイリの中にいる"仮想敵"が浮かんだんだ。
今、別世界から来たアイリの体は──その"仮想敵"が主導権を握っている。
そして君はその"仮想敵"──そうなんだろう?」
その推察に──アイリ*テラーの顔がほくそ笑む。どこかニヤリとした笑いに、カズサたちはぎょっとしてしまった。
「…ふふふ!大正解、流石だね!
そうだよ、私は別世界から来たアイリ本人じゃない。
その子の心の中で渦巻く穴から生まれた、ただのお邪魔虫。
それが、あなたたちの言う"ブラックホール"の正体ってこと!」
「じゃあ……別の世界から来た、アイリ本人は────」
「…ん?ドーちゃんの本名と存在を奪う時に、ここから飛び出していったよ?
あぁ──でも今はそこにいる私の中で眠ってるみたい」
「アイリの中……もしかして、"ホワイトホール"……?
じゃあ本当に別の世界線から来たアイリだったのって…!?」
「勘が良いね、カズサちゃん。本当ならドーちゃんを奪いかけたあの時、そっちの世界のアイリはもう"用"が済んでたのに。その子が自分から助けに行くとか言いだしてさ…本当にお人よしだよね。
あ~あ……あの時ちゃんと消しておいた方が良かったかなぁ?」
「……ッ……あんたッ……」
「ふふっ、目つきが変わったね。そう、それでいいの。
あなたたちは、私という"敵"を打ち倒して否定して、そこにいる"私"をこの体に当てはめれば、もれなく"全員"救出のハッピーエンド!そういう筋書きが書けるなら、試してみたらいいよ。
最も──本当にそうできるかは怪しいと思うけどね?」
あからさまな挑発。憎らしい態度。みんなが見たことがないアイリ。
嫌がらせと言わんばかりに銃を突きつけながら、まじまじとアイリの体を使って解釈の不一致を見せつけてくるアイリ*テラーは、彼女達にとってのまさしく"敵"のようだった。
「さっ、早くしようよ!どっちにしても、変わらないんだから!
ほら、ハッピーエンドが欲しいんだったら──やることは決まってるでしょ?」
──だが。
「……ううん。それは、違うと思う。
あなたは──きっと嘘をついている」
────それさえも演技であることを一早く見抜いていたのは、他でもないアイリだった。
「…ん?違うって、何が?嘘って?」
「だって──
私には、あなたが"自分から消えようとしている"ように見えるから」
そのアイリの言葉に──アイリ*テラーは、一瞬動揺したかのようにピクリと指先を震わせた。
「自分から…消えようと…?」
「…どういうこと?」
どよめくカズサとヨシミの側で──ドーもまた、その意味を既に理解していた。
「カズサ、ヨシミ、私のさっきの話にはまだ続きがあるんだ。
私は彼女の"正体"こそ話せど──まだ、"目的"までは言っていなかっただろう?
言った通りだよ、彼女の演技は明け透けすぎると。アイリから生まれた"仮想敵"だからか──そういった嘘を隠し切れないのも同じみたいだね。
今さっき、私が彼女の正体を話した瞬間──彼女は、自分が"仮想敵"であると、あっさり即座に認めた。
私にその証拠を求めたり、言い逃れをして『自分は別の世界線のアイリ本人だ』と言うこともできたはずなのに、あっという間に自身が敵対存在であるということを誇示してきた。
その敵対される状態になることを、最初から望んでいたかのように。
その時点で──"こちらの世界のアイリにとって代わる"っていうことが目的なら、それはあまりにも不合理な行動だ」
「じゃあ…最初から、どこか私達の知っているアイリとズレていたのも──」
「本当は私達に"自分がアイリじゃない"と気づかせるため…」
「そして──彼女はわざと自分を歪に見せて、嫌悪感を抱かせようとしている。
まるで、みんなに自分を倒すべき"敵"だと思わせるように」
その仮説が露わになった時。
悟られたことによる一瞬の動揺が表情を揺るがすように──アイリ*テラーの重なった"二つ"の仮面に、同時に罅が入りだす。
「…そんな訳、ないでしょ?出鱈目も程々にしてほしいな、ドーちゃん」
「ほう?君はそれは否定したいと。では──問うとしよう。
君が言う通りなら──ここで私達の世界のアイリと"ホワイトホール"を消した上で、自分がこの世界のアイリとしてなり代わる。そして、ここにやってきた私達の記憶を書き換える。そういうシナリオを求めているということになるのかな。
ならば、なぜ君はその状態にも関わらず、ここで待ち構えていたのかね?既に攻撃を受けて消耗した体で、正面から戦うのは愚策だというのは君も分かっているだろう。
不意打ちするなり罠を仕掛けるなり、方法はいくらでもあるはずだ。そこまでの時間も、充分にあっただろうに」
「それは…」
ドーの言った通り、"ブラックホール"として広場で攻撃を受けていた彼女は、一つ一つの挙動が覚束なくなっており、指一本動かすにも大変になっていることが見て取れた。アイリ*テラー自身が、誰よりもそのことを理解しているはずなのにだ。
「それに、私やアイリ、カズサやヨシミがあの広場に来たタイミングは数多くあった。君が持つ"重力"とやらも、使おうと思えばもっと引き出せただろうし、そもそも他の人に作用させる必要などなかったはずだ。
にも関わらず、君はそのタイミングの多くをみすみす逃していたし、仮に掴んだチャンスの中でも、どこかしら手を抜いていた。
最初に私を飲み込んだ際も、"ホワイトホール"がアイリを助けに行くのを是が非でも追うことはせず、断念した。その結果、アイリは彼女に救われて私の記憶を得ることができた。
そして──私に関しては、君は"中途半端"に飲み込んでいただろう?」
「…中途半端?」
「……あっ、そういえば」
カズサとヨシミは、そこで思い出す。ドーは本名の時と仮の名の時を合わせて”二回”飲み込まれていたということを。
そしてドー自身もまた──そこから糸口を得ていたようだ。
「その件についても、ついでに話すとしようか。
私が"ブラックホール"に飲み込まれた際──私は名前と実体、そして存在を奪われた上で、意識だけが残った中途半端な概念としてワームホールから弾き出されていたんだ。
それが──アイリだけに見えた私──"ドー"という名前の生徒の正体だ。
アイリが私のことを認識できたのは、"ホワイトホール"から提供された私の記憶によって、中途半端な概念だった私に対して認識する際の補助が効いたと私は見てる。我々が思っている以上に、記憶の持つ力というのは凄まじいのかもしれないとね。
私が広場から出れなかった理由も、この広場内のワームホールにある私の存在と実体があったからだろう。実体と意識にはどうしても切っては切り離せない関係がある以上、過度に引き離されれば維持はできない」
いくつもの謎が、ドーによって開示され、仮説の元に解き明かされていく。一人ぼっちで広場にいた際も、彼女は失った記憶の中でも知恵を巡らせ続けていたのだろう。それがアイリたちによって提供された情報と合算したことで、形となって結実していた。
「…話の軸を戻すとしよう。
まるで私達がここにたどり着けるように、自身の痕跡を残すかのように──彼女が詰めを悉く甘くし続けたからこそ、みんなは情報から真実を紐解き、自力でここに辿り着いた。
彼女自身が語った"目的"を考えるなら、この状況になる前にいくらでも盤面は有利だった。
にも関わらず──使えたはずの手札を彼女はまともに切らず、こうして対面の状況まで持ち込まれた。
では、不利益かつ不条理な立場に自らを追い込んで、彼女は一体何を得ようとしているのか?
それは──彼女の元を考えれば容易いだろう」
「元って…アイリの心の中にいた"仮想敵"だって言ってたわよね?それが関係してるの?」
「"仮想敵"っていうのは、本当の敵に備えるために供えられた一種の防衛本能に近いわけで──最初から、意志など持たないはずなんだ。変化に対する恐怖心は、それによって自分が傷つくことを恐れているともいえるからね。実際、場合によってはその防衛本能によって危険を回避するパターンもなくはない。
だが──彼女という"仮想敵"には明確な意志に準ずる行動が見えている。
そんな芸当がもしできるとするなら、それはもはや防衛本能なんかじゃない。
彼女は今や──もう一つの"人格"だ」
「人格……防衛本能が自我を持った存在…!?」
「とはいえ、彼女はアイリから生まれた存在だ。アイリの為に動いていた"仮想敵"がもし仮に行動するとすれば、それは既に決まっている。
どこまでいっても、結局は自分を生み出したアイリを守る為──つまりは、彼女自身の意志で"ホワイトホール"こと元々いた人格のアイリの為に動いている。
"自分が消えれば全部うまくいく"という、自己犠牲の精神に基づいて」
そこまでドーが推測を語った瞬間──アイリ*テラーが始めて余裕を失う。
「──黙って」
彼女の被った二重の仮面が──割れた。
「黙って!!!勝手なことばかり言わないで!!!」
「「…!?」」
カズサとヨシミが、その怒気の籠った声に同時に体を震わせる。
対してこの世界のアイリは──その剣幕に怯むことなく、真っすぐにアイリ*テラーを見つめ続けていた。
「"自分が消えれば全部うまくいく"?自己犠牲?
適当なことばっか言わないで!!!そんなの、私には何のメリットもないって分かるでしょ!?
私が消えることで、何がそこにいる"私"の為になるって言うの!?」
その激昂に応えたのは──先ほどまでずっと、アイリ*テラーを真っすぐと見つめていたアイリ本人だった。
「…少し考えたんだ。もし、みんながいなくなった時、私はどう思うんだろうって。特に、あなたという"仮想敵"が、もしまだ私の中で別にいる状態だったらって。
多分──ううん、間違いなく。
真っ先に私自身は──
みんながいなくなっちゃった原因が、全部自分にあるって思うんだろうなって」
「!!!」
「…分かるんだ。前なら分からなかったかもしれないけど、今の私には客観的に見てそう思うんだろうなって分かる。かつて私の中にもいたはずの"仮想敵"だったあなたも、私の中で眠っている前の"私"も──どんな子か知っているし、分かるんだ。
"みんなが死んだのは──変わらなかった自分のせいだ"って。
そっちの世界の"私"はきっと──起きちゃった哀しい出来事全てを自分のせいにして、みんなを守れる自分に変われなかった自分自身を責め続ける。
"自分は変われない、変わらない"って言うあなたが、"私"自身を守るためにそれは違うと否定したとしても。
あなたはそう思ったんじゃないかな」
「…それ、は…」
「だから──私から生まれた"仮想敵"であるあなただからこそ、こう考えたんじゃないかな。
『全部の原因は──変われないと否定し続けた"仮想敵"の自分のせいだ』って。
"私"自身が自分を責めてしまわないように。
自分に矛先を向けないように。
あなたが怪物として倒されることで──"私"自身が自分のせいじゃないって思えるように。
そうすれば、"私"が心を壊してしまう前に──無事にこの世界で"私"が今度こそみんなを守れる自分に変われる。
もう一度得たチャンスでやり直せると信じるはずだって」
「────ッ!!!」
刹那──アイリ*テラーの頭を過ぎったのは、主である"私"が壊れかける寸前。
即ち──この世界にある広場に、別の世界からのアイリが落ちてきた後のことだった。
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「───私の、せいだ……」
違う。これはあなたのせいじゃない。
「私が、何もできなかったから……何かをできる私に、変わることができなかったから」
違う。あなたはできることをしてた。私はそういうあなたを知っている。
「私が、もっとちゃんとやれてたら──みんな死ななかったッ……」
違う。あれはあなた一人でどうこうできるものじゃない。そんなこと、少し見れば分かるはずなのに。
「みんなが私を助けようとしたから──みんな死んで、私だけ生き残ったんだ……みんな、本当は死にたくなんてなかったのにッ……」
違う。みんなあなたを大事に思ってるからこそ、あなたを助けようとした。
それをあなたが責任に感じる必要なんてない。
「私の──私のせいで──みんなが──みんながッ────────────
私の、せいで────────────!!!」
違う。あなたのせいじゃない。
あなたのせいで、みんなが死んだ訳じゃない。
────それは、"アイリ"のせいじゃない。
それはきっと。
"アイリ"じゃない、私のせい。
あなたを責め続けた、あなたの自信を奪い続けた、愚かで醜く無責任な"仮想敵"である私のせい。
あなたに"変われない"と言い続けてきた──私のせい。
────だから。
あなたが自分を責めないように。あなたが自分を殺さないように。
あなたは──あなたに起きたことと、これから私が起こすことの全てを、私という"敵"のせいにすればいい。
あなたがこの落ちてきた世界で、幸せになれるように。望む自分に変われるように。
あなたのものじゃない重荷は──"アイリ"じゃない、私が全部持っていくから。
あぁ、でも──そうだなぁ。
最期の瞬間に──せめて、みんなに会えるなら────────
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