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「だから、"仮想敵"として別れた後に、アイリの体を乗っ取った上で今回のことを起こしたんだ…」
「それが、"ホワイトホール"と"ブラックホール"が生まれた現象の根底だったのね」
「──なぜそれができたのかは分からないが…世の中は不思議なものだ。強い思いや意志──それこそ、"恐怖"といった衝動は、隠されていた力を呼び覚ますこともある。
もっとも──こうした"変身"になるまでとはね。
そしてここは、そんな彼女の心象風景がこの不思議な現象と共に形となった場所──つまり、ワームホールということだ」
「──そこまで、分かってるなら」
アイリ*テラーが──再び、傷ついた体に鞭を打つように、四人に銃を向け直す。
「そこまで分かってるなら、私を──早く私を倒してよ!!!
じゃないと──そこにいる"私"はずっと、自分自身を苦しめ続ける!!!私が"変われない"って言い続けたせいで…私のせいで。
例え何を今更って言われるとしても、そうさせるわけには絶対にいかないの!!!
それに、私を倒さない限り、私はドーちゃんに名前を返さないままなんだよ!?あなたたちがここにやってきた本来の目的も果たせないし、ドーちゃんはずっとこのままになるんだよ!?
あなた達には、"約束"がある────それを破る訳にはいかないでしょ!?
だから、早く────」
「──ごめん。
私には──それはできない」
「…私も、それは無理」
そこでアイリ*テラーの懇願を断ったのは、カズサとヨシミだった。
「…どう、して…なんでッ…」
「それは──そっちの世界のアイリを思って、動いてくれていたあんたが一切報われない。そんなことは私は望まないし──第一、あんたを作り出した"アイリ"自身が望まないと私は思う」
「あんたの言いたいことは分かるし、そういう気持ちがあるのはどこか嬉しいかもだけど──それだけはどうしてもしてあげられない」
名前を奪われたドーさえも──その脅し文句は効かなかった。
「仮に私がそういう存在のままここで終わるとしても──君がそんな哀しい結末になる事の方が、私にとってはよっぽど悲劇だ。
そういうロマンは──私は求めないのでね」
そして最後に──アイリも答える。
「"約束"は守る。それは、変わらないままだよ。
でもそれは──あなたの願いを叶えることとは、同じ意味にはならないんだ。
だから──ごめんね」
「────だったら────」
"自身を消してほしい"という本当の目的は──果たしてもらえることはないと知った時。
アイリ*テラーは──自分に銃を向けた。
「!?」
「駄目ッ!!!」
「──────ッ───────────────────」
──しかし、それさえも彼女たちは見逃さなかった。
カズサが即座に銃を構えて撃った弾丸によって、アイリ*テラーの銃は弾かれる。
撃って"しまった"カズサも──苦い表情を無理やり押し殺そうと必至な形相になっていた。
「それは……それだけは、違うでしょ……
なんでそれを選ぶの……ッ……」
手元から銃が離れていき、アイリ*テラーは呆然としたかと思えば──
遂に──その場で慟哭し、泣き崩れた。
「なん、で────どうして────
自分で自分を殺すことさえも、許してくれないの…?
ねぇ、お願い……"私"を助けてよ……私を殺してよ……私はもういいから……最後にみんなに会えた、それ以上はもう望まないから…!
"アイリ"を苦しめる私なんて"敵"はいなくていいって否定してよ……!
だって、全部"仮想敵"の私のせいなんだから──私のせいで、みんなも、"アイリ"も苦しんで──辛くなって──最後には────!!!
私なんていう"仮想敵"が、最初からいなければ────!!!」
いっそ自分が"悪役"として消えた方が、"アイリ"が救われるんじゃないかと。自分を生んでくれた"アイリ"を守るために、自分を消すことを選択した"仮想敵"。
自分自身に罪があると思い続け、背負う必要などなかったはずの重荷を自ら代わりに背負った、生んでくれた存在と同じくあまりに優しすぎた"仮想敵"。
そんな"仮想敵"が、アイリ*テラーという子の正体だったのだ。
悲嘆にくれるようにその場で座り込んでしまったアイリ*テラーに──アイリはゆっくりと歩み寄る。
「──ごめんね。きっと、貴方のその優しさに対して、酷いことをしているって分かってるつもり。
でも…あなたがそういう手段を選んでしまう前に……伝えたいことがあるの」
「伝えたい、こと…?」
「──私、自分の中にいるもう一人の"私"から、あなたのためのお願いを聞いたんだ。
『"もう1人の私"を、助けてあげてほしい』って」
「…えっ…?」
アイリ*テラーの動きがぴたりと止まる。茫然と零れる涙を止められずにいた彼女は──その意味を、すぐには理解できなかった。
「…もう一人の"私"が…"仮想敵"の私を助けてほしいって言ったの…?」
「うん。それと、こうも言ってたんだ。
────"あなたは悪くない"って」
「──ッ!?そんな……そんな、はずが────」
その言葉は──アイリ*テラーにとっても予想外だったらしい。
「きっと、その”私”も気づいたんだと思う。あなたがわざとそう振舞っていたんだってことに。あなたが、その重荷を背負う必要なんてないってことに。
元からあなた達は──その重荷を、背負う必要なんて無かったんだ」
「背負う必要なんて…無かった…?
…で…でも。
私は"仮想敵"なのに……私はずっと"私"自身に"変われない"って言い続けてきてしまったのに…私のことを憎んでいてもおかしくないのに……どうして…?」
すると、ドーがアイリ*テラーのその疑問に答えるように、彼女の方へと歩み寄りながら口を開いた。
「──どうやら、君はそこについては初耳のようだね。君はずっと、自分を生んだ存在に否定されていると思いこんでいたのかもしれない。
だとすれば──君を生んだ"アイリ"は、今では君のことを君以上に分かっているとも言える。
"仮想敵"というのは、防衛本能でもあると同時に、一種の本人が持つ"弱さ"でもあると私は考えている。変わりたい自分の足を引っ張る、軟弱さや卑屈さを擬人化した存在と言う人もいるだろう。
だがそれを──"変われないっていう自分なんていない""自分の弱さを訴える自分なんていらない"と軽々しく否定してはいけない。
何故なら、仮想敵というのは"敵"という言葉こそあれど──それもまた、確かにアイリの中に生まれたものであり、一部であり、そして本音なんだ。
ましてや──もう一つの"人格"に昇華されたというのなら。
君を否定することは──"アイリ"自身を否定することと同義になるんだ」
「…そうだね。ドーちゃんの言う通りだと思う。
時々、自分の中にある欠点を指摘する声に対して、見ないふりをしたくなることもある。
心の中から聞こえてくる弱音を無視しようと、耳を塞いで遠ざけようとする日もある。
きっとそれを伝えてくれる"仮想敵"は──正しく、自分自身の弱さそのものだから。"変われない"って言い続ける、私の中にいる"仮想敵"っていう一つの弱さ。
でも──私は、それも私自身だと思うんだ」
「…"仮想敵"の私も…"私"自身…?」
「うん。"変われない"って言う自分がいたとしても、そういう自分もいていいんだって私は受け止めたい。
今の変われないままの自分を知った上で──それでも自分は変われる、変わるんだって信じて生き続ける。
例え、自分の中の自分に言われた通り、最後まで変われなかったとしても──そう信じるだけで、私は最後まで自分を好きでいられるはずだから。
だから──私は、"変われない自分もいる"って教えてくれるあなたに、消えてほしいだなんて思わない。
そして──私の中にいる"私"も、きっと同じだと思うよ」
「────────────────────────」
「…そうだね。さっきは、気持ちを分かってあげられなくてごめん。
最初にここで会ったときは驚いたけど…確かにアイリだね。大事な人の為に動いて、自分を疎かにしがちな所とか、ほんとそっくり」
カズサが、ゆっくりとアイリ*テラーに近づいていく。
ボロボロと瞳からこぼれていた涙を──カズサが指でそっと拭う。
「私が、幸せそうにスイーツを食べてるアイリを見て、"私もあんな風に笑える自分に変わりたい"って憧れたように…アイリも、自分が望む自分に変わりたかったんだって私は知ってるつもり。
だけど、その劣等感は恥ずかしくはあっても悪いことじゃない。ごくごく当たり前のことだから、そういう自分だって心のどこかにいるものなんだって私も思うよ」
また、ヨシミとドーもアイリ*テラーに近づき、視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「そうね……あんたは自分を苦しめる自分なんていない方がいいっていうかもだけど……そういう自分がいないと、どこかで自分自身を見つめ直さなきゃいけないとき、相当苦労しそうだなって。
嫌いな弱さだって時には必要になるかもしれないし、弱さを知ってるからこそ分かり合える時があると思うの。
だから──私も、あんたがいてもいいって受け入れてるつもり」
「うむ…私としては、君も含めての"全員"だ。
君を作った向こうの世界から来た"アイリ"も、彼女が作った"仮想敵"であった君も──名前を失った私も。
ここにいる全員が救われてこその、ロマンあるハッピーエンドということだ」
するとそこでアイリが、自身の胸に手を当てる。
アイリが少しずつ胸から離していく手の平には──淡い光を放つ、白い球体があった。
"ホワイトホール"──姿こそないが、別の世界線のアイリその人だ。今はまだ、微かな光を放ちながら、眠り続けている。
「例えあなたが"仮想敵"だったとしても、私達はあなたを肯定したい。
だから──あなたも、あなたを受け入れたい"私"のことを、信じてあげてほしいんだ。
私達はみんな強くなんてなくて、どこまでも弱くて──変わりたくても変われないままの、ちっぽけで脆い存在かも知れないけど──
それでも──私たちは、そういう弱さと向き合って、赦して──愛していたいって思いたいから」
「……………ッ……………」
その光の球体に、アイリ*テラーは恐る恐る手を伸ばす。触れれば壊れてしまうのかもしれないと、未だ"恐怖"の中にある彼女は──躊躇いを捨てきれずにいた。
「いいの…?こんな私が、いていいの…?
傷つけることしか知らなかった私が、散々みんなを振り回した私が…"アイリ"という私自身さえも苦しめた私が、それでもいていいの…?」
「うん、いいんだよ。
だってあなたも──他でもない"アイリ"なら、みんなに会いたかったはずだから。
そのみんなの口から、自分が"ある"ことを肯定されたかったはずだから。
だから──私たちが、それを肯定したいんだ」
「うぅ……うぁ…………あぁ…………」
嗚咽に喉を詰まらせながらも、アイリが精一杯込めたメッセージをアイリ*テラーは聞き届けた。
涙で濡れたその掌で、かつて自ら別れてしまった大事なもう一人の自分を──アイリ*テラーは受け取った。
"ホワイトホール"は未だ目覚めはしないままだったが──掌から零れ落ちることはなく、そうして迎え入れられることを心の底から待っていたかにも思えた。
「…分かっ、た…こんな私自身が、赦されるのなら──
私も、"私"を……信じるよ────」
そのまま、ゆっくりと──白い球体は、アイリ*テラーの中へと入っていく。二つに分かれた彼女たちは、もう一度一つになる。拒み合っていた白と黒は──抗い合うことなく、調和されて融合していく。
同時に────灰色の空に覆われた世界もまた、徐々に白くフェードアウトしていく。
"入り口"と"出口"が繋がるというのなら、その空洞はもはや意味を為さないのだろう。
ワームホールは──少しずつ、その存在を消滅させていくのだった。
そして────
「「「「───!」」」」
アイリ*テラーが奪ったまま固執していた"名前"もまた──固執する理由を失った。
その"名前"は彼女の中に留まることなく、無事に解き放たれて四人の記憶の中に再び蘇った。
「…どうやら、無事に返却されたようだ」
「うん…これで、ここに来た本来の目的も叶ったね」
「…それじゃ、さっさとここから出ないと」
「そうね。そういえばドー、あんたの本名だけど──」
「おっと、まだその名前では呼ばないでくれたまえ。ここでそれを言うのは野暮だろう?帰った暁に──みんなで、私の本当の名前を呼んでほしい。
それこそが──ロマンティックなエンディングだろう?」
「ふふっ、それもそうだね。じゃあ──帰ろうか。
私達の放課後スイーツ部へ──今度は"五人"で!」
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