ドー■■の穴   作:GGenbuu

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日常と非日常の始まり

その後、トリニティ総合学園に登校し、授業を終えたアイリは、放課後に二人の友人との待ち合わせ場所である駅のホーム近くで待機していた。

 

「おーい、アイリ」

 

ふと声をかけられて、眺めていたスマホから視線をそちらへと向ける。

黒い猫のような耳が頭から出ている生徒が一人と、ウェーブがかった金髪をツインテールにした生徒が一人。

待ち合わせをしていた二人が登場し、アイリは思わず微笑んでしまう。

 

「あっ、カズサちゃん、ヨシミちゃん」

「ごめん、少し遅れちゃったけど大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。私もさっき着いたところだから」

 

猫耳の生徒ことカズサが軽く謝ると、隣の金髪の生徒──ヨシミがカズサの方をジロッと見る。

 

「全く…カズサが今日買うマカロンを迷わなきゃ、こんなに遅くならなかったのに」

「いやそういうヨシミだって、最初に提案したのはそっちじゃない」

「う、うるさいわね!?私はすぐに買って出る予定だったのに、何であんなに長く迷ってたのよ!?」

「いやぁ…限定新作をどっちかだけ選べって書かれてたらそりゃ仕方ないでしょ」

 

気がつけば目の前で口喧嘩を始めてしまった所を、慌ててアイリが止めに入る。

 

「あはは…二人とも、本当にそんな待ってないから、そこまでにしよっ。ねっ」

「そ、そう…?まぁそれなら…ごめんヨシミ」

「いや…こっちこそごめん」

 

彼女が言葉をかけると、二人ともすんなり謝った。言ってしまえばこの光景も、割といつも通りのことだ。

ちょっとしたことでぶつかったりはしてしまうが、すぐにお互い元の関係性に戻る。

良い意味で後腐れがない関係でもあり、距離感の近いところがこの放課後スイーツ部の特徴とも言えるだろう。

 

「それじゃ、早速行こっか。今日はどこの予定?」

「えっと、確かヨシミちゃんが気になってるところがあるんだっけ?」

「ふふーん、そうよ。今日行くのは…」

 

ヨシミが二人に、スマートフォンに映したマップを見せる。赤いピンが立った所を、アイリとカズサが読み上げた。

 

「…ここって」

「ドーナツ屋さん?」

 

「そ。リピート率が高いらしくてね。結構評判が良いのよ?」

「ふーん…実際口コミを見た感じ、繰り返し行ってる人が多いのは事実みたいだね」

「うん、載ってる写真も見たけど、美味しそう!」

「でしょ?ほら、私が案内するから二人はついてきて」

「分かった、じゃ行こ、アイリ」

「うん。楽しみだなぁ、ドーナツ…」

 

期待に胸を躍らせながら、ヨシミの後ろをカズサと共にアイリはついていく。

 

 

「……?」

 

 

 

ところが──アイリが頭をかしげたと思うと立ち止まってしまい、隣にいたカズサと前にいたヨシミが、その違和感にふと声をかける。

 

「どしたの、アイリ?」

「どっか痛い?」

「う、ううん…えっと、"何か"忘れてる気がして…」

「え?もしかして、また"例の"症状?」

「どうだろう…ものじゃなくて、誰か人だった気がするような…」

 

誰かを忘れているのではということに心当たりも特になく、ヨシミとカズサもまた首を傾げた。

 

「でもアイリ、私達以外に誰か誘ってたりとかしてたっけ?」

「えっと…それはしてないと思う」

「なら大丈夫よ。そんな不安がらなくても、私たちがいるから。ね!」

「また何かあったらサポートするから。アイリはいつも通りでいいんだよ」

「う、うん…ありがとう、二人とも…」

 

二人の言葉にアイリはこくりと頷き、自身を奮い立たせる。

彼女が不安がっていたのには、ある一つの事情があった。

 

 

 

それは三ヶ月前ぐらいの事。

 

ある日を境にして、アイリは深刻な記憶障害に見舞われていた時期があった。

その日以前のことは覚えているのだが、それ以降の記憶が一日経つごとにリセットされてしまうというものだった。

 

原因の特定もできず、直前の記憶も曖昧──何がきっかけで起きたのかさえも不明。

当初のアイリは酷く狼狽し、削られていく精神力と共に徐々に衰弱しかけていたのだが、カズサやヨシミを始めとした様々な人の助力の元に何とかやりくりをし、どうにか立ち直っていった。

更に、ここ最近ではその記憶障害も殆ど鳴りを潜め、元通りの生活へと戻りつつあった。

 

これで大丈夫──そう思った矢先に来た先ほどの突然の感覚は、アイリにとっては久しいものでもあった。

 

 

 

それでも、自分の隣には頼もしい二人の友人がいる。今では、シャーレの先生という頼れる大人もいるのだ。

弱きになるまいと、アイリは息を大きく吸い込み、そして吐き出す。

 

「…よし!じゃ、二人とも。早速行こっ!」

 

────────────────────────────────────────────

 

ドーナツ屋さんに到着した一行がカランコロンというベルの音と共に入店すると、そこにはすでに二名の先客がいた。

 

「あれ、ヴァルキューレ警察学校の生徒じゃない?」

「あ、本当だ…!」

 

中務キリノと合歓垣フブキの二人が、既に店内でトングを片手にドーナツを選んでいるところだった。

 

「あの、フブキ…私達まだ巡回中のはずなのに、どうしてドーナツを選んでいるんでしょうか?」

「仕事の傍の糖分確保は大事でしょ?効率よく巡回する為にも、休憩を挟むのも必要なことだよ」

「そ、そうですか…?それなら、大丈夫ですね!」

 

「いやダメでしょ!?何言いくるめられてんの!?」

 

呆気なく言いくるめられたキリノを見て、思わずヨシミが突っ込んでしまう。

後ろから大声を出されて、二人はビクリと肩を震わせた。

 

「き、聞こえてたんですか!?」

「もろ聞こえよ!思いっきり職務怠慢してるじゃない!?」

「まぁまぁ…ほら、君たちの分も買うからさ。ここは穏便にしない?」

「えっ?まぁそれなら…いっか!」

「なんでアンタもチョロいのよ」

 

フブキに懐柔されたヨシミにチョップを食らわせながら、カズサが二人に質問する。

 

「ま、今回は見なかったことにしとくとして…でも、この辺りでヴァルキューレの生徒ってあんまり見なかったのでつい気になって。お二人はここによく来るんですか?」

「そうだよ〜。私としてはドーナツに目がなくてね。トリニティの中とはいえ、名店だから時々寄るんだよね」

(さっき巡回中って言ってなかったっけ…?)

 

側で聞いていたアイリが疑問符を浮かべていると、キリノがその理由を話しだした。

 

「それはそれとして…実は、トリニティ近郊とシラトリ区の間の辺りで、ある変な噂が囁かれているんです。不審者の説もあるので、一応ということで私たちも確認しにきた訳です!」

「え、何?噂って?」

「あっ…い、今言ったことはなんでもないです!ただの機密事項です!」

「バラした時点で機密もへったくれもないでしょ」

 

時既に遅しというカズサの隣で、ヨシミがどこかにやついた顔をしながら、興味深そうに耳を傾けていた。

 

「ふーん…ね、その話もう少し詳しく聞けたりしない?」

「そ、そういうわけにはいきません…!」

「ん?うーん、そうだねぇ…これ次第かな」

「フ、フブキ!?」

 

口を閉じたキリノの隣で、フブキが手でお金のサインを作ると、ヨシミはその手のひらに硬貨を3枚置いた。

フブキはそれを握ると、もう片方の手でヨシミと握手した。

 

「交渉成立って所ね」

「こうして警察の賄賂は増える訳と」

「あの…フブキ…もうちょっとこう警察官としての自覚をですね…」

「でも、最初に話しちゃったのはキリノだし。それに言うほど重大な事態とも思えないし、別にいいんじゃない?」

「…ヨシミちゃん、結局お金払ってないかな…?」

 

あまりよろしくない取引をしたフブキとヨシミを約三名が困ったように見ていると、フブキは対価分の情報をこっそりと話してくれた。

 

「トリニティとシラトリ区の間に、ちょっと大きめの公園があってね。その中に円形の広場があるんだ。

真ん中には噴水があったりして結構良いスポットなんだけど…最近、そこで不思議なことが起きるんだってさ」

「不思議なこと?」

 

「まるで大きな錘をつけられたかのように、"体が重くなる"感覚に襲われた人がいるらしいんだ。で、暫くしたら元に戻るんだけど、徹頭徹尾近くには誰もいないんだって」

 

「随分とオカルトに傾倒した噂ね…」

「実は先程本官たちも行ってきたのですが、その時には特には何もなかったんですよ」

 

キリノはそう言いながら人差し指と親指を顎に当て、考えるような仕草をしてみせた。

 

「ま、そういった不可思議なことが起きるのも世の仕組みって所でしょ。

そういうわけで、何も異常はなかったから、私たちはこれを買って巡回に戻ろうかなって思ってたんだ〜」

 

「成る程。だが、お前たちが戻る先はこれから変更されるんだがな」

 

「そうそう…ってエッ!?」

「カンナ局長!?」

 

振り返ると、そこには別のヴァルキューレの生徒が、ギザ歯を見せた不機嫌そうな顔でキリノとフブキを見ていた。一方の二人はといえば、カンナというらしいその生徒に気づかれたのが運の尽きと言わんばかりに、空いた口が塞がらずにいた。

 

「連絡がつかないと思ったらこんな所でサボタージュに賄賂の受け取りとは…フブキ、こってり絞られるという覚悟を持った上でやったんだろうな?」

「あはは〜…こりゃ終わったねぇ。じゃキリノ、一緒に逝こうか」

「フブキィ!?」

「キリノ、お前も一緒にいたなら止めるぐらいはできただろうが!

というわけで、言い分なら本部で聞かせてもらう!では、失礼いたしました」

 

そうしてカンナに引き摺られていくキリノとフブキを唖然とした表情で見送った三人は、やがて我に帰って顔を見合わせた。

 

「…で、どうしよっか」

「行ってみる?」

「う、うん…気には、なるかも…?」

 

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