「「夢の中の記憶で、知らない誰かが私達と一緒に話してたァ!?」」
アイリが最近見ている夢の出来事を話した途端、二人は素っ頓狂な声を上げる。
それもそうだろう。カズサもヨシミも、そんな過去の記憶を微塵たりとも経験した覚えはないのだから。
「それで、その知らない誰かの口調や振る舞いが、今アイリの見ているドーっていう子と酷似していると…つまり、夢の中でアイリが見た記憶の持ち主がドーだってアイリは考えてるってこと?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!他人の記憶を夢の中で見るなんてことが起きるの!?
そもそも、私はそんな風に話してたっていう心当たりがないし…」
「ましてや、こっちはその持ち主を認識すらできていないというね。まるで、夢と現実の合間が無くなっているような感覚を覚えるんだけど」
こうなると、どうにも偶然とは思えない。一方で、この現象を簡単に否定する気にもなれない。
「でも、アイリが見てる幻にしては…ちょっとドーのキャラが濃すぎるよね。いやまぁ、疑うつもりは無いんだけど…」
「ってことは、──記憶を無くしているのは、アイリやドーだけじゃなくて…」
「…ドーちゃんに関わってる全ての人から、関連する記憶が無くなっている…?」
「──そして私は、自分自身の記憶も名前も失い、人ではない名もなき概念となり果てている」
そこで全員が、姿なき彼女も含めて顔を見合わせていた。
この不可思議な全ての事柄は──きっと一つに繋がるものであると。そういう予感が全員の中に芽生えていた。
もし──ドーは元々は人間で。
三人に本当の名前で呼ばれていた友達で。
それが何かのきっかけで──彼女だけが記憶から消し去られたのだとしたら。
アイリだけが見えている状況は、そのきっかけの時に同時に起きた異常事態からなのではないかと。
「・・・こんなことってあるの?」
「アイリの言うことを信じるなら、目の前にあるんだと思う」
「…本当なら、私の見間違いって言われてもおかしくないけど…」
アイリは、側にいたドーを見る。自分の存在が何であるのか見失いつつあり、怯えた表情になりつつあるドーに、アイリは安心させるようににこりと笑う。
「アイリ、私は…」
「大丈夫。私は私の友達を──否定したくない」
「分からないことばかりだけど…私は、ドーちゃんが本当は私たちの友達だったことを信じる。きっと本当の名前があって、私たちにその名前で呼ばれていたことも。
だって…誰にも見えない概念だなんて思えないほど、ドーちゃんは生きているように見えるもの」
「アイリ…」
「それに──
"ない"ように見えるだけで、"ある"ものだって存在する。
ドーちゃん自身が言っていたそれは──きっと嘘じゃない」
「──こういう時、うちの部長はカッコイイんだから」
「本当。惚れ惚れしちゃうわよね~」
「ふ、二人とも、私は部長じゃないって…」
カズサとヨシミが後方理解者面をしながら頷くのに慌てるアイリだったが、実際アイリの存在はそこにいるはずであろう誰かにとって、何よりも心強かったのかもしれない。
「…もし、アイリの言う通りだというのなら。私はみんなと友達だった時の本当の名前を持つ私になりたい。本当の名前で私のことを呼んでほしい。
それが──今一番ほしいロマンだ」
「…わかった」
ドーのその願望を聞き届けたアイリが、それを断るはずもなかった。
「見つけるよ、ドーちゃんの本当の名前。そしてあなたを人間へと戻して見せる。
それが、友達である私にできることだから」
「…そこは"私達"って呼んでほしいかな、アイリ」
「そうよ、二人だけで話進めないでよね」
「あはは…ごめん。それじゃ、カズサちゃん、ヨシミちゃん。
正直方法も当てもないことだけど…手伝ってもらっていいかな?」
「もちろん」
「仰せのままに、ってね」
「…ありがとね、三人とも」
それが、放課後スイーツ部が交わした、彼女たちの無謀ともいえる挑戦の合図。
手がかりは、きっかけとなった噴水の広場。アイリから見える彼女の特徴。
そして、ドー自身が持っていたと思わしき記憶。
数多の謎を抱えながらも、"ない"を"ある"へと変えるために彼女たちは動き始めた。
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一先ず、ドーの姿と本人の記憶が分かるアイリはそれを元に聞き込みを、カズサとヨシミは例の噴水の広場やトリニティ総合学園の生徒名簿などを調べることにした。
アイリが見た記憶の中には、自分たち"四人"が入った店や会った人物などがいる。その中に、アイリと同じくドーを知っている例外がいないかと考えたのだ。
噴水の広場に関しては、彼女が滞在せざるを得ない場所という関連からであり、生徒名簿に関しては制服からトリニティの生徒ということが分かっているため、照らし合わせることが可能だ。
しかしながら、その結果は──
「聞き込みに関しては空振り、かぁ…」
「まぁ、誰にも見えない幽霊みたいな子って言って知ってる方が逆におかしいわよね…」
約束をしてから三日後。アイリ、ヨシミ、カズサが集まったカフェの一画。情報交換の場では、アイリがやるせなくテーブルに突っ伏していた。特に大した収穫が無かったのは一目瞭然だろう。
「噴水の広場に関してはどうだったの?」
「前に聞いてた、"体が重くなる"っていう噂以外は特に変なことは無かったわ。生憎、監視カメラとかもついてなかった場所だったから」
「……ちょっと待って」
その噂をヨシミが口にした段階で、カズサはケーキを刺すために持っていたフォークの手を止める。
「その"体が重くなる"っていう噂だけど…私たち、それって遇ったっけ?」
「…そういえば遇ってないわね…」
記憶を振り返ってみると、確かに最初にそこにやってきたのはその噂がきっかけだった。
にもかかわらず、全員そこに来る際に噂の現象に見舞われた事は未だ無い。
「もしかして、原因がドーだったからとか?そのことって聞いたりした?」
「えっとね、聞いてみたけど『私は特に関与してないよ』って…」
「じゃあ、噂の現象が私たちに起きなかった理由は、ドーじゃない別の要因ってことになるわね」
「でも、完全に無関係ってこともないかもしれないし、一応追ってみてもいいかも」
「そうね…カズサの方はどう?生徒名簿のチェックしてみて何か分かった?」
ヨシミがカズサの方に促すと、そちらも頭を横に振る。
「こっちもダメ。学校の生徒名簿を見せて貰ったけど、そのドーっていう子の姿や特徴を持った子はいなかったよ。名前が違うから照合もできなかったし」
「うーん…難しいね」
「写真とかあればなぁ…せめて顔とか立ち絵が分かると人にも聞きやすくなりそうだけどね」
「アイリ、ちょっと似顔絵とか描けたりしない?」
「え?そ、そんなにうまく描けるかな…」
「やらないよりはましじゃない?ほら、今度広場に行ったときにでもモデルを頼んでさ」
「…分かった、できる限りやってみるね」
するとそこで、カフェの入り口のドアが開く。入ってきた二人の生徒の片割れを見て、カズサが意外そうな反応を示した。
「あれ、宇沢じゃん」
入ってきた生徒達の正体は、トリニティ自警団の宇沢レイサと守月スズミだった。
カフェの中の一席に座っていたカズサを見ると、レイサはびっくり仰天といった感じに声を張り上げてしまった。
「きょ、杏山カズサ!?どうしてここに!?」
「レイサさん、店内ではお静かにお願いします」
「す、すみません…」
側にいたスズミがレイサを注意しつつ、座っていた放課後スイーツ部の面々に気兼ねなく話しかけてきた。
「こんにちは、皆さん。今は休憩中ですか?」
「どうも、スズミさん。ちょっとした会議って所ですね」
「会議?何か、お悩み事でもあったんですか?」
レイサが興味津々の様子になっていることを、ヨシミがなんとなく察する。
そこで何かを思いついたらしく、アイリの方をちらっと見た。
「ま、そんなところ。アイリ、せっかくだし話してみたら?この際人手は多いに越したことはないでしょ?
自警団の二人なら私たちのことも知ってるし、思い切りも時には必要って感じで」
「そ、そうかな?じゃあ…大分不思議な話だと思うかもだけど…」
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「アイリさんにしか姿が見えない、幽霊みたいな子がいる!?」
「しかも、その人の本当の名前と人間への戻し方を探していると…」
当然の如く、二人とも最初に聞いたときには意味をすぐには理解できず、なんとも微妙な顔つきになった。
「そ、それっていわゆる怪奇現象ってやつじゃないですか…!?」
「そんな感じ。ま、その本人が自分のことをうちの部の"幽霊部員"って言ったりするらしいけど」
「自分から言うんですね、それ…」
「アイリも同じこと言ってたわよ」
「はは…二人から見ても、やっぱりおかしい話に聞こえるよね」
「それはまぁ、そうですが…私から見ても、皆さんがからかっているようには見えません」
「もしかして、何か理由があるのでしょうか?」
レイサとスズミが重ねて聞いてきたので、アイリは自身の夢のことを打ち明けた。
「うん。実は…私たち、本当はその子とずっと一緒にいたんじゃないかって。最近、その子の持っていたらしい記憶を夢の中で見るんだ」
「夢の中でですか!?」
「しかもアイリが言うには、私もカズサもその子を本当の名前で呼んでいたらしいのよね」
「まぁ、その名前のところだけ空白になっているらしいんだけど。おまけに、そんなことをした覚えはないし」
「──待ってください。それはつまり、夢の中のその記憶が本物と仮定したうえで、皆さんは動いていて──」
「杏山カズサやヨシミさん──私たちさえも含めて、その子のことをみんなが忘れているってことですか!?」
「うん。今の私たちは、そう考えているのかも」
「あ、頭が痛くなってきました…」
話のスケールが一段階上のレベルだったこともあり、レイサの脳は情報量のパンクに耐え切れず若干ショートしかけている。
「原因などは判明しているのですか?」
「現状ではまだ何とも言えなくて…何より情報が少ないし、調べようがないんだ」
「成る程…」
スズミは目を閉じながら少し考えるような仕草をし、やがて何かを決めたように目を見開くとアイリに向き直った。
「────分かりました、協力しましょう」
「そうですね…………
えっ!?」
なんと、スズミは自ら手を貸すと名乗り出てくれたのだ。
隣で頭を抱えていたレイサも、脳のパンク状態から復帰したのかそれに同意する。
「わ、私も行きましょう!ここはみんなのヒーロー、宇沢レイサの出番みたいですので!」
「それは嬉しいし、ありがたいけれど…どうして?」
アイリが二人に問いかけると、スズミとレイサは少し間をおいた後にそれに答えてくれる。
「人々の悩みに寄り添い、助けになるのが自警団の務めだと思いますから。それに──」
「他ならない友達のアイリさんのお悩みですからね!なら、動かない理由なんてありません!
お、お化けはちょっと怖いですけど…」
「だってさ、アイリ」
「ほらね、話して正解だったでしょ?」
「…そっか」
アイリはそこで改めて自覚する。
自分はきっと、自分自身が思っている以上に周囲から信頼されているのかもしれないのだと。
例えどんなに信じがたい話であろうと、彼女たちは疑わずに信じて動いてくれるのだと。
それは──彼女自身が気づかずとも、普段から積み上げてきた"人望"が齎した結果の一つだった。
「…そうだね。ありがとう、二人とも!」
「いえ、お気になさらず。私たちにも力にならせてください」
そこでスズミは、スマートフォンでトリニティ自治区とシラトリ区内にある、その噴水近くのマップを拡大表示する。
「とりあえず、アイリさんと同じく彼女を見たことがある人がいないか探してみます。自警団として各地を回った関係で、知り合った人に当たることは可能でしょう。足を使うことならばお任せください」
「となれば、分担して回った方が効率的かもしれませんね!」
「そうですね。では、レイサさんは西の地区を。私は東の地区に行ってみます」
「はい、お任せください!」
「そしたら、北と南は、私とカズサでそれぞれ別れてやる感じ?」
「うん、それでいけると思う。アイリはどうする?」
「私は、カズサちゃんの見ていた生徒名簿を見てみるね。実際の姿を知ってる私だと、はっきり確かめられると思うから」
「じゃ、そこは私と立ち位置の交代か。一応ってこともあるから、入念にやっておいていいと思う」
「分かった。よし…それじゃみんな」
「どうか、よろしくお願いします!」
アイリのお願いに全員が頷いた後、カフェから出て解散した一行は、各々の担当する役目を果たそうと動き始めた。