ドー■■の穴   作:GGenbuu

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再びの繰り返し

その後、カズサやヨシミと連絡を取っていたシャーレの先生は駆けつけてくれたものの、その時にはアイリの状態は芳しくなく、とても話せる状態ではなかった。

 

時々うわ言のように「どうして…なんで、私だけしか…」と繰り返していたのを聞いていたヨシミとカズサも困惑の色を隠せずにいた為、先生はひとまずの状況把握も兼ねて彼女たちのメンタルケアに努めるしかなかった。

 

しかしながら、二人もこの件に関して心当たりなどなく、もしかして自分たちがどこかで彼女を追いこんでしまったのではないかと意気消沈していたのは言うまでもない。

 

アイリが倒れてるところを第三者が発見し、救急車で搬送されてから現在に至るまで、つきっきりで側にいたカズサとヨシミの疲労も鑑みて、先生が後を引き継ぐという形で彼女たちは一先ず帰宅する流れとなった。

 

────────────────────────────────────────────

 

次の日、昼の正午を過ぎた頃。

 

休んだこともあって多少ながら回復したアイリは、病室にやってきていた先生にここまで起きていた事柄について話すことにした。

 

"…そうか"

 

そこには、アイリにとって唯一といっても差し支えない、ただ一つの可能性に賭けた必死の思いがあった。

 

「これは、もしかしたらと思ってて…本当は今日シャーレに行って先生と話す予定だったことなのですが…先生は、その子に心当たりはありますか…?」

 

しかし、その一縷の望みは──叶うことはなかった。

 

"ごめんね、アイリ。残念だけど──私にも、心当たりはないんだ"

 

さらに、名前を言えなくなっていることからも、先生にその子について聞くことがより困難になっていた。

辛うじて伝えられたのは、その子の姿と話し口調ぐらいだった。

 

「そう、ですか…分かりました」

 

すると、アイリは先生に向かってうっすらと微笑んだ。

 

「すみません、変なことを言って…きっと、これもただの私の悪い夢なんだと思います」

"…君の表情と話しぶりを見るからに、とてもそうには見えないけれど…”

「いえ、きっと日頃の無理が祟ったんだと思います。

ですから、先生──もう、大丈夫です。

 

明日にはきっと、全部"元通り"ですから」

 

"………………"

 

先生には、彼女が何かを必死に押し込めているのが分かった。だが、それを無理に引き出そうとすれば、今の彼女の容態にどう影響を与えるか定かではない。

もし本人の口から直に思いを引き出すとすれば、それは今ではないのかもしれないと彼は判断した。

 

"分かった。じゃあ、私は今日のところは帰るね。

だけど、どうか無理だけはしないでほしい。

落ち着いたら、またみんなと一緒にちゃんと話をしよう"

「…はい」

 

にこりと笑ったアイリのその笑いすらも、既に無理をしていることを分かっていながら、今この部屋で自分にできることはないのだと、先生はその病室を静かに後にするしかなかった。

"…不甲斐ないな、本当に"

 

 

 

その後、シャーレに戻る途中で先生は自身のタブレットを取り出し、その中にいる二人に声をかける。

"アロナ、プラナ"

「はい、先生!」

「お呼びでしょうか」

 

彼だけが話すことが出来る二人の高性能AIに、先生は一つの質問を投げ掛けた。

 

"アイリがさっき話してくれた、ある子のことを調べたいんだ。

今から彼女が話してくれたその子の特徴を送るから、調べてみてほしい。

 

特に──プラナ"

 

「はい」

"君が元居た世界と重ねて調べてくれないかな"

「…分かりました」

 

すぐさま二人は、解析を開始する。

すると──二人は同時に、驚愕したかのように目を見開いた。

 

「せ、先生…その特徴すべてと一致する子は、今のキヴォトスの中にはどこにもいません!」

"…分かった、ありがとう。だとすると──プラナ、君の方はどう?"

「…はい、先生」

 

するとプラナは、その事実を先生に伝えてくれた。

 

「アロナ先輩の言う通り、その特徴を持つ生徒として該当する子はこの世界のデータベースにはいませんでした。ですが──

 

私が元々いた別次元のデータベースには、"一人"だけ該当する生徒がいました」

 

「!?」

"やっぱりか──プラナ、その子の名前は?"

「はい、その生徒の名前は■■■■です」

"…ごめん、うまく聞き取れなかった。もう一回言ってもらっていい?"

「…?■■■■という生徒です」

 

「プ、プラナちゃん…私にも聞こえません!隣で話してるのは分かるのに、何も聞こえません!」

「!?」

"…書くことはできる?"

「…やってみましょう」

 

アロナがプラナにペンを渡し、彼女がそれを使って文字を書き出す。

その輪郭、動作も含めて判別はできる。なのに──

 

何と書かれているかが、まるでぼやけてしまうかのように二人には認識できずにいた。

 

「こ、これは一体どういうことなのでしょうか!?」

「…異常です。この世界にその名前として出力しようとすると、まるで空白ができるかのように認識ができなくなるように変わっています」

 

まるで、その名前自体が、この世界において認識されることを阻害されているかのように。

別次元にいた"彼女"を知っているプラナ以外、その名前について把握することを許されずにいたのだ。

「せ、先生…彼女は、その生徒さんは一体誰なのでしょうか!?」

"分からない。どうやら、この世界にいる私たちにとって、その子は"ない"ものとして扱われるようになっているみたいだ。

 

だが──あまりに不自然だ”

 

「はい。そもそも、"ない"ということが"ある"時点で、それは認識の対象内に含まれる存在の筈です。その時点で、この現象はそういった認識に関する理から外れているとも言えます」

"…二人とも、もう少しよく調べてくれるかな。この件、どうにも思ったより立て込んでるみたいだ"

「はい!」

「分かりました」

 

"だけど…なぜアイリだけがその子のことを知っていたんだ…?"

 

そこで、先生のポケットに入っていたスマートフォンに着信が入る。開いてみれば、ヨシミからの連絡だった。

 

"もしもし、ヨシミ?どうしたの?"

「せ、先生!?大変なの、今病院から連絡があって!!!」

"病院から…!?何かあったの!?"

「それが、アイリが──

 

 

アイリが病室からいなくなったの!!!」

 

────────────────────────────────────────────

 

曇天の空の下、例の噴水の広場の中。

またしても、アイリはそこにやってきていた。

 

重い体と頭を引きずりながらも、どうしても彼女はそこに行きたかった。

否──彼女の中では、行かなければならないという強制的な力が働いていたようにも思えていた。

 

「病院…抜け出してきちゃった。みんな、怒ってるだろうなぁ…」

 

彼女以外の人から見れば、見栄えのある綺麗な噴水の広場。

彼女から見れば、友人をこの世全てからどこかへと引きずり込んだ怪物の巣窟。

 

その怪物も、果たしてどこに行ったかもわからない。ここにいて、"それ"に遭遇できる確証もない。

 

それでも──ただ病室の中で療養に努めるという選択肢など、彼女の中には無かった。

 

「色々話したなぁ…あれもこれも、私には思いつきもしないことばかりで。凄いなって思った。私にはない、自分の世界をちゃんと持っている子なんだなって」

 

"二人"で座ったベンチを眺めながら、アイリはゆっくりと広場の中を円に沿って歩く。

 

「触れなくても、あなたは確かな温もりをくれた。少なくとも私はそう感じていた。

今でもその暖かさを──感じる気がする。

 

……多分、元々の私たちはもっと色んな所へ行けててさ。

一緒にスイーツを食べたり、冗談を言い合ったり…それはきっと、何よりも楽しくて充実してて。

想像するだけで、わくわくしちゃうよね」

 

どこからかこみ上げたかも分からない、僅かな笑み。そしてその笑みも──次第に顔から抜け落ちていく。

 

「………………そうなれたら、良かったのに」

 

遂には歩みを止め、無表情なままに立ちつくした彼女を、空だけが見下ろしていた。

降り始めた小雨が噴水の水面を僅かに揺らし、やがてポツリポツリという地面に当たって砕ける音へと変わっていく。

その僅かな振動の波達が紡ぐ協奏を破ったのは──

 

膝からその場に崩れ落ち、項垂れながら力なく地面を叩いた彼女の掌による、鈍く柔い音だった。

 

「……返、して」

 

広場と外を分けるその境目で、アイリは地面を叩く。

何度も、何度も。繰り返すだけ、何度でも。

 

 

「返して……お願いだから、返してよッ!!!

私の友達を、存在を、記憶を───

 

 

あの子の名前を……返して……」

 

 

■■を奪い去り、通り過ぎていった怪物に届くとも分からないその嘆きの絶叫は、影が蔓延る広場の中で虚しく木霊するだけだった。

次第に雨は勢いを増していく。服をなぞっていた水滴は彼女の服や髪を濡らし、重く湿らせる。

そして、どこへ向かうとも知れない悲嘆に暮れた嘆願は──やがて、嗚咽の混じった泣き声へと変わっていく。

 

「う……あぁ……うぐっ…ひぐっ……」

 

しゃくりあげるように込み上げてくる涙と悲哀を止めてくれる人は、ここにはいない。その温もりを与えてくれた人は、もうこの世界には存在しない。

誰に相談しても、この喪失はきっと拭うことはできないのだと──未だ幼く脆い価値観が、彼女をこの土砂降りの雨の中で孤独へと追い込んでいた。

 

 

通りかかった、ある"エンジニア"が来るまでは。

 

 

「……こんな所で傘も差さず、一体どうしたんだい、お嬢さん」

 

自分に降り注いでいた雨が、突然止んだ事に気づく。

同時に、自分の目の前に何かの大きな影が映る。

 

「─────」

 

顔を上げたそこには──

 

紫色の長髪を揺らしたある女子生徒が、アイリの身体を傘の中に入れながら様子を伺っていた。

 

「…あな、たは…」

「遠巻きに、君のことが見えてね。放っておけなくて、つい声をかけてしまった」

 

するとその生徒は、バッグからタオルを取り出し、アイリの肩にかけてくれる。

 

「そのままでは体が冷めてしまう。風邪をひいてしまってはいけないよ」

「…………」

 

かけられたタオルを、そっと握る。

その優しさがどこかで誰かから貰ったものと同じ匂いがして、また涙がこみあげてくる。

 

「立てるかい?」

「…はい」

 

促されるままに、アイリはゆっくりと立ち上がる。

しかし、ぐしゃぐしゃになった顔を見られたくなくて、アイリはただ下を向いて俯くしかなかった。

 

その様子を見て何かを悟ったのか、長髪の生徒はそれ以上は追及せずにアイリを傘に入れたまま、自身が濡れることも厭わずにリードしてくれた。

 

「…一先ず、屋内へといこう」

「…分かりました」

 

そうして彼女に導かれるまま、アイリとその生徒は近くのカフェへと入ることになった。

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