ケイオス   作:御代川辰

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第一話 まず憎まるる者ありて

 とある世界のとある大陸、とある森に聳える一本の巨木の(うろ)の中で、屈強な男十数人からなる小隊が静かに獲物を待っている。その目には並々ならぬ殺意と適度な緊張が同時に存在し、小動物もその気配を感じ取っているのか虚の中には羽虫一匹さえ見当たらない。

 一言で言えば「おっかない」としか言い表せない見るからにならず者としか思えない男達が、鋼鉄製の滑車とワイヤーを用いた特大の弩砲(バリスタ)や下手な獣の倍は重さがありそうな鎚、あるいは自分の身長よりも長い大剣に大の大人二人を覆い隠せるほどの長大な盾など、それぞれ得物を自らの手に持ちながら今か今かと感情をほとばしらせている。

 既に、大木の周囲には小鳥一羽の羽の音どころかの大型哺乳類の息の音さえも聞こえず、加えて風などどこからも吹いていないため耳が痛くなりそうなほどの静寂が、上も下も右も左もあらゆる方向からこの場を支配しているわけだ。

 この無音に等しい環境の中にひっそりと空けられた(うろ)の中心に胡座(あぐら)の姿勢で座り、鋼鉄製の大筒を抱える男の視線の先には相変わらず鬱蒼と生い茂る森の木々があるだけにも見え、もうしばらくはこの静寂が続くと根拠のない考えが(よぎ)ったその時。

 ()()が羽ばたく音が遥か遠くから聞こえた。その刹那の間に(うろ)の中の男たちは皆一斉に臨戦態勢を整えたが、緊張を途切れさせている者は全くの皆無で限界まで張り詰めた空気の中静寂と羽音が延々と(こだま)している。

 羽音が聞こえ始めてから一分が経つ頃には既に羽ばたく音は突風の音ように大きくなり、着実に男たちが集まっている場所の近くまで音の発生源は移動して来たものと理解できる。このような中でも誰一人として動揺や焦燥感を見せるものはおらず、いかにも熟練者(プロフェッショナル)の如き様相と言うべき姿がそこにはある。

 すなわち彼らは「まだかまだか」と嬉々として獲物を待っているのではなく、むしろ「まだだまだだ」と粛々として()()()()()()()()とするべきだろう。男たちは更に音の主を待ち続けて結果一分数十秒が静かに過ぎ去り、時間が一分十一秒を刻むと同時に翼を羽ばたかせる音が明らかに大きく重いものに変わった頃。

 誰一人としてただの一言も発する事なく一斉に(うろ)から飛び出した。巨大な何かが目の前を通り過ぎる直前の、ちょうどその瞬間(とき)に狙いを済ませて命知らずたちが身を乗り出し、自らが持つ武器を何かに向けて構えたのだ。

 ()()とは、{龍}。それも体長は目に見えて10mを越え、体重も50t以上はあろうかという巨大な爬虫類。その巨体と大質量を誇る怪物の目の前に躊躇なく踊り出た男たちは、龍が自分達を炎で迎え撃つべく口を開く前に先手を仕掛けた。

 滑車弩砲(プーリーバリスタ)を手に持つ男はまずはご挨拶をとばかりに、重く鋭い槍の穂先のような鏃を備えた矢を軽々と放って龍の片目をあっさりと潰し、次に自分の体重にも匹敵しそうな大剣を持つ男は細長い槍を持った男の足場をその剣の峰をもって代行。

 更に槍持ちの男は大剣の峰で思い切り踏ん張りを効かせて跳んだかと思えば、片目に特大の矢を食らい暴れている龍のもう片方の目に槍を容赦なく突き立て、龍から完全に視力を奪った。当然、龍は脳にまで直接浸透する刺激による激痛と視界を奪われた事による混乱でバランスを崩し、それに伴って羽ばたきも止まりあれよあれよと言う間に落下を始める。

 だが龍を襲う暴力は止まる様子を見せない。すかさず四人の男が頭に生えている二本の角と体長の三割を占める首それぞれに鍵縄を引っ掻け、頭からまっ逆さまに落ちていたのを無理矢理仰向けの姿勢に固定したかと思えば、今度は自分の身を隠すように大盾を構える男が一直線に滑空し勢いよく首と胴体の繋ぎ目に激突。

 骨は砕け散り鱗はいくつも剥がれて溢れんばかりに血まで吹き出し、これほどむごい攻撃を受けた龍は最早虫の息で地上に叩きつけられるのを待つばかり。だがこれでもまだ龍は生きていて、あの太い鉄の筒を携えた男がいつの間にか眉間を狙っている。

 龍が匂いを頼りに首を伸ばして食らいつくよりも早く男が短く「あばよ」と呟いた直後に一発の砲弾が放たれ、龍の頭はあっさりと撃ち放たれた中身の爆薬ごと粉微塵に弾けとんで散った。いくら龍とてこうなってしまえば死を免れる(すべ)はなく、男たちが飛び降り始めて地上に着地する間に完全に絶命。

 頭を失った死骸は落下の勢いを衰えさせる事なく轟音と共に大地に叩きつけられたが、真下を見れば龍そのものの重量と高所からの落下により地面に窪みもできている。そして自由落下を続ける男たちは龍の後追いをするわけにはいかず、皆それぞれ得物を片付けて滑空用の携帯パラセールを懐から取り出し、頭上に掲げて展開する。

 風に乗って螺旋を描くようにゆっくりと降下する一同は龍を撃ち殺してなお警戒を怠る様子を見せず、頻りに周囲を見回す者と頭を失って地面にできた窪みの中に横たわっている龍を見つめる者、あるいはその両方を器用に行っている者の姿もあり、そのいずれの心にも微塵の油断すら感じ取る事ができない。

 微風(そよかぜ)が止む頃に短いようで長い時間をかけてようやく地面に降り立つと、男たちは手際よく腕、足、首、翼を胴から切り取って木陰に隠していた馬車に放り込み、残った胴体は長いロープで丁寧にくくりそれを馬車に繋ぐ。

 木の(うろ)から飛び出してから二十分程度と言うごく短い間に人間よりも巨大な龍を殺し、解体し、あまつさえ運ぶ手筈さえも整えるのはまさしく職人技と言える作業であり、荒々しく粗野であるように見えてその腕前は凄まじい。

 そして水が流れるように運搬の準備を終わらせた男たちは馬車を牽く馬たちに指示を出し、森を後にするべく迅速に出発した。

 

 森の中心から見て南西の方角には山から流れる大河で潤う草原と、木々の生い茂る森ほどではないものの土壌が安定している水持ちの良い土地があり、それらを三日月を描いて囲い込むように大規模な城塞都市が作られている。

 その都市の名は《弓ノ市(クァウス)》。自然界の頂点たる龍と文明の創始者たる人とが血塗(ちみど)ろになりながら殺し殺され合うこの世界では、世界で最も発展した都市の一つとして名を知られた大都会であった。

 先程森で龍を狩っていた男たちの生まれはまさしくこの弓ノ市(クァウス)であり、龍の狩り手としての腕が育まれたのはこの地に集う腕利きの狩人たちとの切磋琢磨の賜物である。だからこそその指導は厳格にして厳正を極める。

「くぉっ~うらぁああっこのッ命知らずども!またしても禁を破って北東の森に入りおったなぁァッ!」

「っ変わらず元気な爺さんめ……」

 既にある程度ばらばらにした龍の死骸を弓ノ市(クァウス)に持ち込んだ男たちは、いざ龍を完全に解体し素材を回収するため懇意にしている職人の工房へと挨拶に来た矢先、いかにも職人気質な片目ゴーグルを着けた歯抜けの老爺が地を揺らさんばかりに怒鳴り付ける。

 背中の曲がりきった老爺とは思えないこの大声には工房の若い職人たちの耳にもしこたま(こた)えるらしく、事実彼らは一瞬ながらびくりと体を震えさせて一斉に作業の手を止めた。だがこうして怒鳴られると言うのは狩人たちにとっては小慣れた事で、相変わらず声が大きい人だと笑いながら報告を始める。

「落ち着けよ爺さん。こうして五体満足で帰ってきたんだ」

「こンッの命知らずどもがぁっ!今時期森に入るなとあれほど警告しただろうがぁっ!」

 狩人たちにとってはたった一頭とは言え龍を相手に狩りを成功させ、その上で同行者を一人として欠く事なくしかも無傷で生還できるのは、狩人としても戦士としてもずば抜けて高い実力がある事の何よりの証明である。

 そしてこの場にいる狩人たちはまだ中堅に届くほどの年齢でもないが、狩りに挑んでは生還するを何度も成し遂げて来た事は彼らの身体に刻まれている傷を見れば想像に(かた)くなく、何よりも内に秘めたる自信を覆い隠すほどの隙のなさは火を見るよりも明らか。

 そのような男たちと相対する老爺にもよぼよぼの姿からは思いもよらないほどの威厳があり、作業中だと言うのに彼の説教に耳を傾ける職人もちらほらいる。この弓ノ市(クァウス)に暮らすのであればこの程度喧騒もまた日常であり、何の当たり障りもなく時間が流れていた。

「…………ん?」

 川から離れた位置にある乾田で一人の農民が空を見上げ、遥か天空を覆う無数の幾何学模様に気付くまでは、確かにいつも通りの日常が続いていた。自らの知る全てがこの日を境に変貌するなど、今この時に気付いたのは夜も眠らず星空を見上げていた者たちだけ。

 誰も、この日の惨劇を忘れはしないだろう。

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