とある世界のとある大陸、とある森に聳える一本の巨木の
一言で言えば「おっかない」としか言い表せない見るからにならず者としか思えない男達が、鋼鉄製の滑車とワイヤーを用いた特大の
既に、大木の周囲には小鳥一羽の羽の音どころかの大型哺乳類の息の音さえも聞こえず、加えて風などどこからも吹いていないため耳が痛くなりそうなほどの静寂が、上も下も右も左もあらゆる方向からこの場を支配しているわけだ。
この無音に等しい環境の中にひっそりと空けられた
羽音が聞こえ始めてから一分が経つ頃には既に羽ばたく音は突風の音ように大きくなり、着実に男たちが集まっている場所の近くまで音の発生源は移動して来たものと理解できる。このような中でも誰一人として動揺や焦燥感を見せるものはおらず、いかにも
すなわち彼らは「まだかまだか」と嬉々として獲物を待っているのではなく、むしろ「まだだまだだ」と粛々として
誰一人としてただの一言も発する事なく一斉に
更に槍持ちの男は大剣の峰で思い切り踏ん張りを効かせて跳んだかと思えば、片目に特大の矢を食らい暴れている龍のもう片方の目に槍を容赦なく突き立て、龍から完全に視力を奪った。当然、龍は脳にまで直接浸透する刺激による激痛と視界を奪われた事による混乱でバランスを崩し、それに伴って羽ばたきも止まりあれよあれよと言う間に落下を始める。
だが龍を襲う暴力は止まる様子を見せない。すかさず四人の男が頭に生えている二本の角と体長の三割を占める首それぞれに鍵縄を引っ掻け、頭からまっ逆さまに落ちていたのを無理矢理仰向けの姿勢に固定したかと思えば、今度は自分の身を隠すように大盾を構える男が一直線に滑空し勢いよく首と胴体の繋ぎ目に激突。
骨は砕け散り鱗はいくつも剥がれて溢れんばかりに血まで吹き出し、これほどむごい攻撃を受けた龍は最早虫の息で地上に叩きつけられるのを待つばかり。だがこれでもまだ龍は生きていて、あの太い鉄の筒を携えた男がいつの間にか眉間を狙っている。
龍が匂いを頼りに首を伸ばして食らいつくよりも早く男が短く「あばよ」と呟いた直後に一発の砲弾が放たれ、龍の頭はあっさりと撃ち放たれた中身の爆薬ごと粉微塵に弾けとんで散った。いくら龍とてこうなってしまえば死を免れる
頭を失った死骸は落下の勢いを衰えさせる事なく轟音と共に大地に叩きつけられたが、真下を見れば龍そのものの重量と高所からの落下により地面に窪みもできている。そして自由落下を続ける男たちは龍の後追いをするわけにはいかず、皆それぞれ得物を片付けて滑空用の携帯パラセールを懐から取り出し、頭上に掲げて展開する。
風に乗って螺旋を描くようにゆっくりと降下する一同は龍を撃ち殺してなお警戒を怠る様子を見せず、頻りに周囲を見回す者と頭を失って地面にできた窪みの中に横たわっている龍を見つめる者、あるいはその両方を器用に行っている者の姿もあり、そのいずれの心にも微塵の油断すら感じ取る事ができない。
木の
そして水が流れるように運搬の準備を終わらせた男たちは馬車を牽く馬たちに指示を出し、森を後にするべく迅速に出発した。
森の中心から見て南西の方角には山から流れる大河で潤う草原と、木々の生い茂る森ほどではないものの土壌が安定している水持ちの良い土地があり、それらを三日月を描いて囲い込むように大規模な城塞都市が作られている。
その都市の名は《
先程森で龍を狩っていた男たちの生まれはまさしくこの
「くぉっ~うらぁああっこのッ命知らずども!またしても禁を破って北東の森に入りおったなぁァッ!」
「っ変わらず元気な爺さんめ……」
既にある程度ばらばらにした龍の死骸を
背中の曲がりきった老爺とは思えないこの大声には工房の若い職人たちの耳にもしこたま
「落ち着けよ爺さん。こうして五体満足で帰ってきたんだ」
「こンッの命知らずどもがぁっ!今時期森に入るなとあれほど警告しただろうがぁっ!」
狩人たちにとってはたった一頭とは言え龍を相手に狩りを成功させ、その上で同行者を一人として欠く事なくしかも無傷で生還できるのは、狩人としても戦士としてもずば抜けて高い実力がある事の何よりの証明である。
そしてこの場にいる狩人たちはまだ中堅に届くほどの年齢でもないが、狩りに挑んでは生還するを何度も成し遂げて来た事は彼らの身体に刻まれている傷を見れば想像に
そのような男たちと相対する老爺にもよぼよぼの姿からは思いもよらないほどの威厳があり、作業中だと言うのに彼の説教に耳を傾ける職人もちらほらいる。この
「…………ん?」
川から離れた位置にある乾田で一人の農民が空を見上げ、遥か天空を覆う無数の幾何学模様に気付くまでは、確かにいつも通りの日常が続いていた。自らの知る全てがこの日を境に変貌するなど、今この時に気付いたのは夜も眠らず星空を見上げていた者たちだけ。
誰も、この日の惨劇を忘れはしないだろう。