所変わってまた異なる世界のとある大陸、そのどこかにある谷から流れる川のそばにある平地に一人の青年が横たわっている。背中にはせめてもの緩衝材として何十枚もの大きな木の葉が敷かれ、その傍らには根元から刀身が折れた剣が力なく置かれ、よく見れば青年自身も全身傷だらけでしかも片腕がちぎれている。
わざわざ姿を目の当たりにせずとも誰もが満身創痍と答えるほどの大怪我だが、驚くべき事にこの青年の身体はまだ充分健康と言えるほど有り余る力が残されていて、その上でいくつかの傷は塞がっているようにさえ見える。
身体の欠損と言うのは適切な医療行為を受けられたところで再起に時間がかかるものだが、身を隠すにも身を守るにも適切なものが少ない環境化、そして人の気配が全くないにも関わらずまるで獣のように寝息が静かである事から推察するに、どうやら筋肉や骨と言った身体機能の快復はすこぶる順調なのだろう。
一瞬、青年の呼吸が乱れ呻き声が漏れる。するとその声を聞いたのか裸の小人のような姿の生き物が凄まじい勢いで飛びかかり、それはもう必死な形相で青年に声をかけ始める。
「【
頭に触角、背中に小さな翅、大きな目玉に豚っ鼻、尖った耳と出臍、股と尻を隠せる程度の穿き物一丁という奇抜な姿の小さな生き物は、大粒の涙を溢れさせ鼻息荒くハロゥと言う名の青年に向けて大声を張り上げ、半ば強引に覚醒を促した。
その声に答えるように、あるいは夢から覚めるようにゆっくりと目蓋を持ち上げたハロゥは、目の前というより自分の顔面の真上でで飛んでいる謎の生き物、【
隣には中洲のある川が流れ丸石も大量に転がっている河川敷あり、自分が寝転がっている場所の回りにはキノコのような丸いものが生えていて、川の対岸には山脈も見える。どうやら川の上流からこの近くまで流されパネパネに運ばれてここで安静にしていたと睨むが、自分も既に殺された仲間も包帯や薬など携帯していなかった筈であり、パネパネが独力で応急処置をしたとも考えられない。
そこでパネパネにこれを尋ねてみれば、彼は興奮気味にハロゥに語る。曰く「意外な人が助けてくれたのだ」と。そしてその意外な人はちょうどハロゥとパネパネの目の前に現れる。
「【
「久しぶりだなハロゥ!パネパネも相変わらず強烈な顔してるな」
ハロゥの実兄、ゼイビィ。彼が弟に再会の挨拶をかけると同時にパネパネは感涙を流しながら飛び付き、それに対して特に嫌悪感を示す様子もなく軽く挨拶を返してハロゥにまた労いの言葉を伝える。その流れで二人の部下を紹介すると、一方の人物はハロゥの姿に言葉をなくし、もう一人は“
青年ハロゥはこの世界において人類随一の実力を誇る最高戦力《勇者》として選ばれ、実際に魔王討伐のため戦ったが傷の一つさえつけられないまま返り討ちに遭い、その上魔王に打撃を与えられる数少ない武器を折られた挙げ句片腕にまでなったと言うわけだ。
同じように魔王に挑んだ仲間や同志たちは天敵とさえ呼べる圧倒的な力を誇る敵を前に
現在進行形で魔族の勢力が拡大し人類の版図が圧迫され続けている今、対抗のために残された手段は皆無に等しい。そこで王は最後の手段を行使するためにゼイビィをはじめとした魔導師たちを遣わし、もう一つの計画と題した最後の悪あがきを決意したと続ける。
ハロゥはいまいち全容を掴みきれず簡潔な説明を求めようとしたちょうどその時、突然自分達の真上に巨大な黒雲が渦を巻きはじめて落雷まで発生。パネパネは突如として発生した異常気象にパニックを起こしかけるが、対照的にゼイビィの表情は明るく自信に溢れている。
「なにパネッこの嵐!」
「そろそろか……予定どおり……!」
これほどの天変地異が予定の範疇とはどう言う事かとハロゥが問い
しかし後になってその同じようなもので違うものは今自分達が生きている世界ではない、有り体に言い表すなら異世界には確かに実在するものであり、今回の任務はそのリンゴが存在するのであろう異世界を丸ごと呼び出してしまおうと言うものだと。
自分の力だけではどうにもならない事、独力では達成不可能な事は他者の力に頼ってこそ成し遂げる事ができるという意味の他力本願と言う言葉があるが、今回行うそれはまさしく他力本願に一縷の望みをかけた乾坤一擲の大勝負だと言える。
だが好事魔多しと一難去ってまた一難の二つの言葉に例外はなく、後少し待てば魔法が発動すると言うところでパネパネが叫ぶ。
「大変っパネ!魔物の匂いが近づいて来るパネ!」
「血の匂いにつられて寄って来たのか!?」
警告に全員がはっと現実に引き戻された時川の上流から足音が聞こえ、その方角へ目を向ければ一個小隊規模の武装した斥候兵たちが列をなして現れた。彼らこそ魔族の長《魔王》に仕え人間を虐げる怪物、魔族の兵隊だ。
既に召喚魔法の発動は秒読みの段階を終えているが、ここでハロゥもゼイビィもまとめて全滅するような事態になれば元も子もない事は火を見るより明らかで、しかしハロゥはまだ体力が快復しきっていないため迂闊に身体を動かせない。
ゼイビィら魔導師三人はすかさず魔族の軍勢に魔法攻撃を仕掛けて牽制し、そのお返しとばかりに魔族の兵が突撃を開始した事で戦闘に突入した。しかしゼイビィたちもまたここに戻って来るまで魔法陣設置のため魔力を消費し、あまり威力の高い魔法が使えない上腕力ではハロゥどころか目の前の魔族にも劣ると言う有り様で、とても戦いになりそうもない。
ハロゥに至っては目の前で仲間を殺されて間も置いておらず、仲間を殺した魔王には手も足も出ずに破れ、精神的にも身体的にも安定しているとはほど遠い現状で、このまま兄を失えば精神が崩壊してしまいかねないが、先程兄から制止された通り今動くことは叶わない。
思わずこのまま人類は絶滅を待つしかないのかと悲嘆すると、他ならぬ兄がその言葉を遮り、高らかに宣言した。
「さっきも言ったろ?何も
「だけって……どういう事だよ?!」
宣言とともにゼイビィがハロゥの方へ視線を向け直した瞬間、魔族の兵の何人かが全身から血液と臓物を撒き散らしながら絶命する。パネパネが嗅ぎ慣れない匂いがすると言う方向へ目を向ければ、そこには自分達が知る甲冑とは全く造形が異なる物を着込んだいくつかの人型が、飛び道具と思われる武器を魔族の方へ向けている。
理解の及ばない現象を目の当たりにしたハロゥたちが放心する間もなく、武器の先端から棒状の光線を撃ち放つと再び十数人の魔族の兵がばらばらに吹き飛び、怖じ気づいて動きを止めた魔族もやはり光線に全身を穿たれて切り刻まれ、物言わぬ血生臭い肉塊へと変わる。
ハロゥは今自分が見ている光景を事実として認識するのにやや時間がかかり、対するゼイビィは彼らが魔族をあっさりと沈めた様子に希望はまだ潰えていないと確信し歓呼、仲間の魔導師二人の表情にも安堵が見える。
そして異界の兵と思われる人物たちの指導者と思われる女性が前に出てきたところで、ゼイビィは改めて助力を求めるべく声をかけようとしたがその直前に放たれた言葉に絶句し、顔を青ざめさせた。曰く、「我々の世界は今、人類の敵によって滅亡に頻している。あなた方の力を借りたい。助けてくれないだろうか?」と。
ここに、二つの世界の住人が邂逅を果たしたのである。