ケイオス   作:御代川辰

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第六話 集えや集えの手拍子に

 まだ真っ昼間の時刻だと言うのに際限なく積もり続ける雪の平原のど真ん中を、五台の大型トラックと六台の機動車、そして雪に埋もれかけのいくつかの(そり)が振り回されないよう機動車の頭上にくくりつけられ、道なき道に明らかに不自然な溝を作りつつ全力で爆走している。

 なぜこのような事態になっているのかその原因から説明すると、今トラックの一台に揺られながら基地の元兵士たちと談笑している白いコートの人々の存在にある。

「いやー、ホンマおおきにありがとさん!」

 兵士たちに拾われたその集団は十人からなる村人で年齢層は不自然に若く、最高齢の長と思われる人物も三十歳に届かない若い男でありまるで入植者のようにも思われる。とは言えそもそもなぜ彼らが兵士らに保護されたのか、その発端は凡そ二十分前に遡る。

(『───マ・リャ(母央)。車列の前方1km地点に人がいるってさ』)

 吹雪の中トラックや攻機動車を先導する機動車の遠隔無線機(トランシーバー)越しに部下の報告が聞こえる。ちょうどそのすぐ後ろを進むトラックの助手席に座っていたリャ()は運転席に座る女に断りを入れ、出発時よりも勢いを増している吹雪の中窓を全開にして外へ向けて身を乗り出した。

 もちろんこの場で周囲を見回したところで灯籠のようなもの等あるはずもないし、黒雲はどんどん濃く分厚くなっているらしく暗さもまた増すばかりで、ハイビームで照らすヘッドライトの光を反射する雪以外はほぼ真っ暗闇となっている。

 地平線も何も見えない中頼る事ができるのは(デイ)が操る超能力振揺感知(フラクトチェック)のみだが、幸い余り遠く離れていない距離に人影があるらしくまだ息があって助けられるかも知れないと言う。

(「じゃあその人たちも()()()()があるところにつれてってあげよう」)

 実のところ猛吹雪で幌が吹き飛ばされかけているのでできれば無視したいのが実情だが、さすがにこの酷い天候なのに外で凍えている人々を本当に無視して素通りするなどできるはずもなく、満場一致で救助する事が決まりそのまま人の気配がすると言う地点へ直行。

 その地点で立ち往生していて今トラックに乗せられリャ()たちが目指す場所へ同行している彼らは、彼女らが未知の脅威から逃れるため脱出を始める一時間ほど前に既に出発していた、集落とさえ言えないイグルーや釜倉を拠点としていた核家族であった。

 そして彼らが言うにはこの辺りで「()()()()()()()()()()()()()()()()」らしく、驚いた兵士が理由を問い詰めるとまたも吃驚(びっくり)仰天の答えが返される。なんと彼らは意思を持った{極限環境}と追いつ追われつの鬼ごっこを繰り返しているのだと言う。

「環境が自分の意思で動き回るなんて……ちょっと信じらんないなぁ」

 高く降り積もった雪を踏んでがたがたと揺れ、積めたい隙間風が入り込むトラックの荷台で最高齢だと言う男に熱燗を振る舞うテュア()は、彼の口から語られる生物のように星を動き回る大災害の話に至極当然の反応を示す。

 何せ今まで自分達が敵としてきたのは基本的にウイルスとその感染症の発症者であり、実際に戦場に出るまでは自然災害とは無縁の防災都市での生活しか知らなかった身。任地で洪水や地震と言った災害に遇う事は多々あった物の故郷で被災した経験や記憶はなく、ましてや土砂崩れや雪崩が地表を這いずり回る世界が存在するなど(にわか)には信じがたい。

 どのように解釈すればよいのか頭を抱えるテュア()たちを見て家長の男ブレニテ(Bolnith)は、知った事かとばかりにかんらからからと笑って寒さ凌ぎに勧められた熱燗を勢いよく呷る。

「考えんでも何もややこしい事やない。川が流れて風が吹くのとおんなじ理屈や」

 そして自分達が直面している動き回る極限環境について簡潔に説明し直し、酒の肴に小皿に盛り付けられた塩豆をいくつかつまんで口に運ぶ。吹雪に当てられて全身が冷えきっているだろうに現状をものともせずにもぐもぐと豆を頬張る様は、殺伐とした戦場にあって普段からわいわいと騒いでいる兵士たちにとって見ていて飽きない癒しの光景であり、しばし吹雪の音さえ忘れそうになるほど和んでいるのが分かる。

 しかし目的地まではまだ遠く積もる雪も気付けば膝の高さから腰の高さにまで達しており、このままでは九十人まとめて共倒れになりかねない状況になっていた。

『あ、まだ人がいる。多分()()()()のところまで飛んで行こうとしてた人たちだよ』

 デイ()の報告を聞くが早いか機動車の一台に乗る一人の兵士がすかさず窓を開け放ち、腹の底から大声を出して呼び掛けるが吹雪の音に掻き消されて届かない。しかし人の声やエンジン音は聞こえずとも遭難している彼らには不自然な光が確かに見えていて、それが遠くからゆっくりと近付いて来ている事は感じ取っている。

 それら一隊を率いているのはヨージー(Eogey)という名の老女であり、ゼイビィたち魔導師らから強く尊敬されている偉大な魔導師の一人である。だが彼女もまた世界規模の召喚魔法陣の構築のため世界各地を飛び回り、ようやく完成した魔法陣が発動したのを見届けていざ帰還しようとした矢先、地域一帯を飲み込む猛吹雪に巻き込まれて遭難してしまう。

 しかしそこはベテランの大魔法使いの腕の見せ所でもあったらしく、とっさに弟子を庇い大量に出現した雪を使って即席のシェルターを構築し、気もしないと察していながら救援を待ちつつ吹雪から身を隠していたのだが、魔法通信が何の音沙汰もないまま八時間が経過した事を皮切りにいよいよ覚悟を決め、しかしそれでもと希望にすがり弟子たちを休ませている。

「…………やれやれ、(わし)もさすがに天命が尽きるかねぇ」

 御歳97歳の老婆は雪のシェルターに開けた覗き窓越しに見える吹雪を見つめ、その先からゆっくりと近づいて来るいくつかの淡い光に警戒を隠さずに、その手に杖をしっかりと握って敵襲を待ち構えている。弟子たちは温和魔法(ウォーム)をかけた寝袋にくるまって一見ぐっすり眠っているようだが、こちらも寝息をたてないように自然な呼吸をしながらいつでも覚醒してヨージーを援護できるように備えている。

 一分、三分、五分と時間が経過するにつれて光は少しずつ鮮明に、より強く輝きながら近付いて来る。だが外に積もる雪はついにみぞおちの高さにまで届いているらしく、時々光が点滅しているのは光源と思われる何かがたまに雪の下に隠れるからだろう。

 また他にも不自然なところと言えば自分達からも何もせずともこちらに光が近付いて来るのは、単なる偶然でないならば人間の存在に気付いていると言う何よりの証左。近付いて来る物の正体は分からないものの、それが万一敵ならば迎え撃たねばなるまい。

 光源を運ぶものが魔法の射程範囲に入ったところを見計らい、ヨージーは意を決して深呼吸をしたその時、その場にいる魔導師たちにとって信じられない事が起こる。

『もしもし。俺の声が聞こえますか?救助は必要でしょうか?』

 塵程の魔力も感じられないのに念話が頭に響き始め、しかも声の主はは助けが必要か否かを問いかけている。覗き窓からは吹雪の音とは別に聞きなれないブーンという音が聞こえ始め、更に念話の声の主とは違う人物の声でこちらを呼び掛ける叫び声も耳に飛び込んでくる。

 自分達の知る人類ではないが味方だと確信するに至るに充分な判断材料が揃い、ヨージーは肩の力を抜いて念話に答える。

「要救助者七人、全員怪我なし。以上」

 答えに対する返事は『もう少しで到着します』という短いが心強い一言で、事実念話が切られ、叫び声も聞こえなくなって五分も過ぎないうちにリャ()が率いる移動トラックの一団がシェルターの前に到着し、魔導師たちは無事に人間と合流する事が出来た。

 しかし問題はまだ残っている。人間と合流できたものの転移魔法陣まではまだまだ距離があり、雪もますます降り積もってこのままでは立ち往生する前に全員が凍死してしまいかねないため、ヨージーはリャ()たちに対し一時的に協力を持ちかける事にした。

 対するリャ()の一団やブレニテの一団も安全圏に向かうためには、謎の図形(魔法陣)について知っているヨージーたちの協力が必要不可欠であるととっくに理解していたため、二つ返事で了承し魔法で道を切り開きながら転移魔法陣がある座標へと急ぐ。

 ここに新たに二つの世界の住人たちが協力関係となった。

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