ケイオス   作:御代川辰

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第七話 みな融け合って混ざりけり

「畜生めっ!何でったって龍以上の化け物相手に生身でぶつかりに行かなきゃなきゃならねェんだ!」

 狩人たちは皆得物を引っ提げて壊滅状態の街という街を飛んだり跳ねたり、あるいは身を伏せて隠れたり駆け回ったりしながら謎の泡のような球体を避けつつ、人間大の巨大な昆虫や甲殻類を相手に全力で()っている。

 現在進行形で街を襲い人間やその他様々な生き物を食らっている無数の巨大生物は、つい一時間前の異変に際して出現した{節足動物}たちで構成された集団であり、何の前触れもなく出現し人を食い殺す様を目の当たりにした民衆は瞬く間にパニックに陥り、街は完全に統制を喪失したのである。

 弓ノ市(クァウス)が“異変”に飲み込まれた時多くの狩人たちが残っていたため、駐屯している正規軍とともに彼らが対処に駆り出されたのだが狩猟が専門の彼らにとって、戦闘はとても出来たものではなく何とか被害を最小限に抑えているもののせいぜい足止め程度の貢献しかできていない。

(そもそもどっから湧いてきやがったんだ?……それにいくらなんでも数が多すぎるッ…………!)

 脅威的なまでの個体数の多さは特筆するべき事としてまだ理解できるが、成熟した牛二頭よりもまだ大きい個体の自重を支える筋肉と外骨格も同様なのだが、蟹型の生物ですら火砲で貫ける程度に脆い外骨格、大量の煙を吸うとのたうち回って死ぬ機能の低い呼吸器官、人間より能力に優れるはずなのに鈍い動きであったりなど、虫と言う生物にあるまじき不可解な事は余りにも多い。

 だが今は悠長に観察している場合ではないためとにかく片っ端から殺して数を減らさなければならず、更に成体の龍が丸々三、四頭重ねられる大きさのものからせいぜい子供一人が大の字になれる大きさまで、幅広い大きさの球体が十個程度あるが明らかに危険な気配があるためそれらも避けなければならない。

 今まで経験した仕事でも死に直面するほどの危機に陥った歴戦の狩人や、集団戦の専門家である正規軍の軍人ですら何人かは身体のどこかを食われそうになりながら戦う始末であり、しかも相手にしている虫そのものの数も大きさも尋常ではないためいっこうに駆除が進まない。

 正規軍を指揮する将の中にはとうとう自棄になり自分で武器を手に吶喊する者さえおり、街の至るところに斬撹された虫の屍の山と貪り食われた人間の血の川が出来上がる。このまま戦いを継続しても埒が明かないのは火を見るより明らかで、屠殺される虫の数に劣らず増え続ける被害に合わせてこちら側の全滅すら見え始めている。

(逃げるしかないのか?だが見知った土地は全て四方から消え、どこに逃げても悪手にしかならん……!)

 市民を避難させると言っても実のところ周囲は未知の危険地帯に囲まれ、他の街へ通じる全ての道が切り刻まれた紙を無理矢理継ぎ合わせたような形で寸断されてしまっており、何より“異変”が起こる前は川の流域だったはずの場所に今相手している虫と比較しても、桁違いに巨大な木の根が生えている事が認められている。

 更に時期も最悪で農作物の収穫がようやく終わる直前と言う食糧が豊富な時に虫が現れ、人間のみにとどまらず一部の収穫した作物が倉庫ごと虫に強奪されている区画もあり、酷いところでは収穫が終わりそうだった畑に残っていたりした物も含め、小一時間で根こそぎ虫に奪われたと言う被害報告も届けられている。

 街の被害は最小限だが人的被害と資源の被害が打撃的と言う状況は、この戦いの大勢を九割九分決めたと言っても差し支えない。抵抗を続けなければ食われるが抵抗するためには腹を満たさなければならず、敵の襲撃によって食糧に被害を受けたため残された食事は多くない上、敵の数は数えきれずしかも並みの武器では殺せないと来ている。

 名実ともに龍以上に厄介な相手である事は間違いなく、消耗の蓄積の影響で動きが鈍り始める狩人や兵士も出始めている手前、この正体不明の虫の殲滅は急務となった。

(くそぉっ…………こんなところで…………)

 足を食われた若い狩人の隣には毒針を心臓に食らい既に事切れた狩人が横たわり、視線の先には逃げ遅れたのであろう子供の亡骸を貪る団子虫の姿をした虫がいる。今片足のない狩人がいる場所は元々弓ノ市(クァウス)でも特に静かだった住宅の密集地で、大きな壁らしき構造物にか困れていた訳でもなかったために虫の侵入は容易であり、避難が始まる直前に多大な被害が出てしまったのである。

 青年はいままさに恐怖と憤怒と憎悪の三つの感情が渦巻いて混乱しているが、その原因のひとつは他でもない我が物顔で目の前に陣取りのんきに人間の子供を貪り食っている虫。「息の根止めなければ」という衝動が全身の筋肉を奮い立たせ、足からの多量出血も意味をなさないほどの力が得物を握る手に込められている。

「何もできずに死ねるかぁっ!」

 彼は若さ故に狩人としては半人前だがそれを補って戦士としては破格の才能を持ち合わせていた。得物を使って器用に立ち上がると残った足で勢いよく地面を蹴り、一足跳びに虫の背中めがけて飛びかかったかと思えば次に瞬きをした時には虫の尻を得物で思い切り叩き、通りの反対側へ放り飛ばしてしまう。

 勢いに乗った狩人は背後からハサミを構えるザリガニの目を続けざまに叩き潰し、転びそうになりながらもその背後に控えていたもう一匹のザリガニのハサミを二本まとめて節から叩き折り、また視界を奪ったザリガニの背に登って脳天を何度も殴る。

 背後のザリガニは狩人の背中を追うように脳天を殴られているザリガニの背に登り、彼を食らおうと口を開いたが気づいているのかいないのか振り上げられた得物が何度も何度も顔面に直撃し、口元は徐々にズタズタの肉塊にされていく。

「死ね!死ね!死ね!化け物が!死にやがれえぇっ!」

 振り上げては振り下ろす動作を繰り返した末に()()をお見舞いしてやろうと、足を振り上げようとしたところで右足を食われていた事をようやく思い出したのもつかの間、とっくに絶命したザリガニの頭から転げ落ちてそのまま頭から地面に突っ込み死んだ。

 そこかしこに散らばる人や虫の死体の一つとなった彼の肉は、同じく殺したザリガニと共に一抱えはいるハエの群れに食われる。虫を殺し、虫に食われ、屍の山と火災、そして正体不明の球体に行く手を塞がれる混沌としきった地獄の様相は、この弓ノ市(クァウス)が再起不能の廃墟となった事を無情にも叩きつけてくる。

 軍人も狩人も数の暴力と自然界以上に残酷な現況を前にして心身ともに疲労困憊を極めており、生き残った全ての人間に街の奪還を諦める他ないと決断させるのに過分な事実でもある。「もう、放棄するしかない」と、諦めたように誰かが呟いたときだった。

『目標地点上空に到達。節足動物の群れを確認。大型飛行種は確認できず』

『全機駆除毒散布用意。避難区域と思われる人口密集地上空から速やかに離脱せよ』

 ぶーんと言う音とパタパタと音が混ざった聞きなれない羽音が上空から聞こえたかと思えば、今まで誰も見た事のない金属の機械が空を飛びながら現れ、無数の虫が跋扈する方へと向かって行くではないか。これには民衆はもちろんの事、狩人も軍人らも皆空を飛ぶ未知の物体が“人が乗る乗り物”である以上の事は理解できない。

 中にいるのは敵か味方か、あるいはただの気まぐれなのかは分からないが、少なくともあの虫は乗り物の乗り手にとっては明確に“敵”なのであろう。放心して動けない者たちは確証がないままに確信する。

『駆除毒散布開始』

 次の瞬間、乗り物の側面から人が身を乗り出し毒々しい真っ黒な煙を地上に向かって撒き散らし始める。それはまるで火山の噴煙が地表を覆い隠すように広がっていく様に酷似していて、しかし必死になって虫と戦いあるいは逃げ惑う者たちには何の害も成さず、逆にあれほど暴れまわっていた虫たちが突然苦しみながらひっくり返る。

 狩人や兵士が悪戦苦闘していた敵が次々と倒れていく様子に呆気に取られる暇もなく、謎の煙が地表の大部分を覆い尽くす頃には虫は皆逃げるか煙を吸ってひっくり返り、そのまま二十秒足らずで物言わぬ死体へと変貌していく。

 そこから更に十数分が経過した頃だろうか、気付けば街を壊し人を食らい暴れに暴れ回っていた大小無数の虫たちの死骸が散らばり、黒い煙もすっかり勢いを衰えさせて狩人たちの足元で消えそうになっている。今までの惨劇から打って変わった現状に人々が呆然自失と崩れた街を見つめている最中、彼らの意識を再び現実に引き戻すように声が聞こえる。

『全地上の()()()()に告げる。言語は通じるか?言語が通じるならば応答していただきたい』

 上空から自分達が使う言語と同じ言語で老齢と思われる男の声が生存者たちの耳に響き渡り、続けて『我らもまた助けを必要としている。力添えをしていただけないだろうか?』と助けを懇願する声がはっきりと聞こえた。

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