「じゃあ、コモリ先輩をフットボールフロンティアに出場させたいんですね、マミヤ先輩は」
「あぁ、協力してくれないか?」
「そりゃもちろん」
リフティングをしながら陸は答える。
次の日、俺は部員達に大会出場を本格的に目指そうとしていることを伝えた。そしてそれに伴う現実的な二つの課題も。
「僕は勝つためにサッカーしてますから。先輩たちがやらないなら僕たちが動いてました」
可愛らしいたれ目が嘘みたいに挑発的になる。
『僕たち』とは、おそらく壱尉双子をはじめとした一年の部員たちだろう。普段の練習中に彼らでチームを組んだ途端、戦略的なサッカーを始める。それは明らかに本番の試合を想定した動きだ。
自分たちの世代になったときのことを考え、既に動き始めている。リクはそう言っているようだ。
「そこで相談なんだが」
「メンバーですよね」
そうだ、とうなずく。現状、部員が9人しかいない状況では優勝どころか試合の出場すらできない。最低限、十一人のチームを組むためにはあと二人のプレイヤーが必要だ。
「暇そうなやつに手当たり次第声かけていきましょう」
「出来れば運動できるやつで頼む……」
選り好みしてられないが、あまりの運動音痴をよこされても困る。リクは笑いながら、了解しました、と言った。
「どっちかというと、二年の先輩たちの方が僕は心配なんですけど」
「あいつらなぁ、努力とか嫌いそうだもんなぁ」
今のサッカー部の方向性が決定づけられたのは去年の事、つまり二年生が入部した時のことだ。試合出場条件を満たさないほど少ない部員をやめさせたくない思いから、俺たちは模擬試合のような楽しい練習ばかりを行うようになってしまった。
そうした事情があり、二年の部員には大会で上を目指すような熱意がない。もとはと言えば甘やかしたすぎた三年の責任でもあるのだが。
「ま、勝ちたいなら戦力にカウントできるようにはしたいですよね。今みたいな雰囲気だと厳しいっすよ」
「どうにか説得するしかないな」
「ま、その辺は任せてくださいよ。先輩は楽しみにしといてください」
リクの目が怪しく光る。ずいぶんと強気な発言だ。
「それより先輩は顧問を説得をお願いします。
「あぁ、何とかするよ」
陸としばらく話し合った後、俺は後輩を連れて職員室に向かうことにした。
色葉先生はサッカー部設立の時、顧問を探していた俺たちの頼みを唯一ひき受けてくれた恩人だ。
フットボールフロンティアの出場には11人のプレイヤーと引率を引き受ける監督が一人必要になる。サッカー部顧問、
ただし、顧問を引き受けた時に条件が付いている。
「イ、イロハ先生って大会には協力してくれないんでしたっけ」
「あぁ、公式戦をするまでには必ず正式な監督を見つけ出すことが条件だった」
双子の姉、壱尉海は少し緊張しているようだ。快活そうな弟のリクに比べて、ウミはおとなしくて根暗なところがある。
「や、やっぱり他の人にた、頼んだ方がいいんじゃないでしょうか……?」
「いや、他の人を探すにはもう時間がないよ、大会参加申請の締め切りまで10日をきってるからね」
多少、強引にでも監督を引き受けてもらわなければならない。
「大丈夫、作戦はあるよ」
ウミは不安げな顔でこちらを覗く。
イロハ先生は職員室で小テストの採点をしていたが、こちらと目が合うと手招きした。
「サッカー部で何かあった?」
「……なんでわかったんですか?」
「だって真剣そうな顔をしていたから」
イロハ先生は普段はおっとりしているが、妙に鋭いときがある。
「申し訳ないけど、大会の監督は引き受けられないからね。最初に約束したし」
イロハ先生は微笑みながら俺の目を見つめる。全身から優しさと申し訳なさが伝わってくるがこっちもひくわけにはいかない。
俺は、おもむろに額を床につけた。
「お願いします」
「マミヤくん!?」
「さ、作戦ってこれですか!?」
約束を破る以上、断られてもしょうがない。正直言ってこれ以外にすべきことはないように思う。
「……壱尉も土下座して」
「わ、私もですか!?」
ウミはためらいつつも座って頭を下げた。二人でただただお願いします、お願いしますとだけ繰り返す。
「ちょっと、やめてよ二人とも! 顔を上げなさい!」
「お願いします」
「お願いしますぅ……」
無視して続けていると、職員室が騒がしくなってきた。異変に気付いた先生が様子を見にこちらに来始める。
「東雲先生、どうかされましたか?」
「何でもないんです。マミヤくん、そろそろ本当に」
「先生がやるというまで止めません」
「お願いしますぅ……」
露骨に焦り始めるイロハ先生の姿に罪悪感を感じながらも、もう一押しで折れる気配を感じた。
「俺たち、二年間ほんとうに頑張って来たんです。今年ダメならもうチャンスがないんです。お願いします。先生だけが頼りなんです」
「……チームメイトが足りないんじゃないんですか?」
「あと二人は今探しています。必ず見つけます」
はぁ、とため息が聞こえた。
顔を上げると、イロハ先生が机に積まれた書類のなかからA4の紙を引っ張り出していた。
「これ、フットボールフロンティアの申請書です。チームメンバーの名前を書いて私に渡してください」
「イロハ先生……!」
「まぁ…… 私もいつかあなた達の試合を見たいと思っていたから」
半分あきれた表情をしながら、イロハ先生は優しく微笑む。
俺たちは何度もイロハ先生にありがとうを言った。ウミに関しては先生の足に縋りついて泣いていた。
また職員室が騒がしくなり始めたところで、俺たちは職員室を後にすることにした。
***
「助っ人は二人見つけました。どっちも運動神経はいいほうです。チームはギリギリで補欠も用意できないっすけど……」
「いや、十分だ。こっちもイロハ先生の説得はできた」
その日の練習終わり、リクとお互いの成果を発表した。とりあえず、フットボールフロンティア参加条件は満たせたようだ。
「二年生の様子はどうだった? あいつら、やる気になってたか?」
「うーん、やる気かは分からないですけど…… でも試合出場はするって言ってたました」
二年が出場を拒否するんじゃないかと心配していたが、杞憂だったらしい。見くびり過ぎていたことを静かに反省する。
「そろそろいいかな?」
隣で黙って話を聞いていたコモリが手をあげた。
「話はリクから聞かせてもらったけど…… いいのか、ほんとに? 別に無理しなくても」
「無理してない」
「無理してません」
俺とリクが反射的に否定する。
「大会に出たいのはお前だけじゃないんだ。少なくとも俺は死ぬほど出たいよ」
「一年は大会を目標にしていつも練習してますよ。二年の先輩たちも協力するって言ってるし、先輩は気にしなくていいんですよ」
「そっか……」
コモリは何かを考えるようにそっぽを向くと、静かに笑い始めた。
「嬉しいな、やっと出れるんだ……」
そうだ、笑ってればいいんだよ。サッカーができることを喜べばいいんだ、お前は。
「勝ちましょうね、絶対」
二人でリクの言葉に頷く。そのまま予選一回戦までの練習計画を立てた。短い練習期間を効率的に使い、かつ助っ人の実力を最低限のものにする計画。
こうして、試合当日までの時間を俺たちは駆け抜けていった。