「ついに来たっスね」
試合当日、リクは険しい顔をしていた。
原因は相手チームにある。俺たちの参加する愛知県予選には16校が出場している。対戦相手の夏月中は昨年愛知県予選ベスト4、過去にはフットボールフロンティア出場経験もある。明らかに強敵だ。
「まぁ、何とかするしかないな」
練習計画はおおむね上手くいっている。助っ人二人は最低限のプレイは出来るようになった。一年生も、十分試合での活躍が期待できる。
問題は二年生だ。俺たちの想定していた実力にはまったく届いていない。短い期間だから仕方ないと言えばそれまでだが。
一年間、基礎練習をしていなかった弊害がもろに出ていた。経験者とは言えないボールさばき、制度の低いパス、連携もまともにとれていない。
正直、1試合を続けていける体力があるかどうかも怪しい。
直前のアップを見ていても、二チームの実力差は歴然だった。地割れでも起きないと勝つのは難しいだろう。
試合時間になり、主審が両チームをコート中央に呼び寄せる。向かい合って握手し合い、各々のポジションへ戻っていく。
「……クス」
「……ハハ」
去り際に相手チームから笑い声が聞こえた気がした。
***
「さあ、始まりました! フットボールフロンティア愛知予選大会第一回戦! 注目すべきは昨年ベスト4の成績を収める夏月中、エースである
甲高いホイッスルがコートに響いた。キックオフは白銀谷中から。
壱尉陸は背後のMF、コモリへのパスでボールを下げた後、左サイド前線へ駆けあがった。
「リクッ!」
示し合わせたかのようなコモリのロングパス。着弾地点の陸と相手DFが同時に跳びあがり、ボールを奪い合う。
(たっかッ!)
相手DFが目を見開く。
ボールは陸の胸元でトラップされた。
相手DFの体格は決して悪くはなく、フィジカルは申し分ない。
だが一年で身長にハンデのあるはずのリクが、跳躍力で相手を体格ごと上回ったのだ。
着地後、同じく前線に上がってきていた味方MFと目が合った。ボールを取り合ったDFが今度は背後からプレッシャーをかけ、その裏にはもう一人相手選手が待ち構える。たいして、味方の側にはDFがいるもののパスの候補としては申し分ない。
しかし、陸は迷わずドリブルを選択。意表を突かれたDFを置き去りにする。
実力で大きく劣る白銀谷が格上を打ち負かすには、不意打ちしかないとはコモリたちは考えていた。試合開始直後の、相手がこちらの実力を把握しきらずに油断しているタイミングで一点を決める。サッカーは得点の変動が少ないスポーツであり、先制した後に守り続ける方が勝率が高いと判断したわけだ。
敵DFはシュートの妨害を急ぐがこの距離なら無理やり打てる。右足を引き絞る様にしてボールに力を加える。つま先の心地よい感触と派手な蹴り音がリクに確かな感触を伝えていた。
GKの頭上に跳んでいったボールは、だがしかし、難なくキーパーにキャッチされた。
「クソッ」
先制点を決められれば勝利にかなり近づけていた。ここを逃したのはかなり大きい。
「次こそは……」
「次なんてねぇよ」
挑発的なセリフを吐いたのは陸を止めに近づいていたDFだった。
「……なんすか」
「今のが最後のチャンスだった、て言ったんだよ」
背の低いリクを上から見下ろす視線がそこにあった。この位置からの視線がリクは大嫌いだった。
「あがれッ、カウンター!!」
相手GKがボールを大きくけり出す。全体で得点を狙いに行った白銀谷の防御層は、ただでさえ素人の寄せ集めだったディフェンスは極端に薄くなっている。
次々とパスが通る。ドリブルで突破される。自陣に深く切り込むように攻め込まれていった。
「止めるっ」
ドリブルで攻め立てるFWの前に立ちはだかったのは味方DF、姉の壱尉海だ。カウンターを予測していたのだろう、いち早くゴール前に戻っていた。
間に合う、海が止めているうちに全速力で戻れば。
「無駄だろ、あれ」
海に止められるはずだった敵FWは大きく足を振り上げた。
「も、もうシュートなの?! 遠すぎるよ!」
防御層の薄いカウンター、攻めあがった味方は多く、パスの選択肢もあった。十分にゴールに近づいて打つべきだ。
ライナー性のシュートがゴール右上のポストギリギリに突き刺さる。味方キーパー、マミヤが伸ばした指先を僅かにかすめていった。
「ゴォォォォオォル!! 先制点はやはり夏月中、穂村だあぁ!」
パスよりも、ドリブルで抜き去るよりもシュートが最適解だった。だから打った。
番号10番、穂村栄太。夏月中のFWであり、長髪が特徴的なエースストライカー。チームメイトより自分の足を信頼しているのだ。
「雑魚がビビらせんなよ」
「……なんだと?」
敵陣に戻るホムラとすれ違い様、侮辱的な声色が陸の耳に入る。
「不意打ちで得意げな顔してんじゃねぇよ。負け犬らしく腹出してじっとしてろ」
「やらなきゃわかんねぇよ」
「やらなくても分かんだよ。お前にもう、チャンスはない」
センターラインからもう一度、白銀谷のボール。違うのは既に一点取られていること。そしてもう一つ。
「警戒されてるな、リク」
「コモリ先輩」
不意打ちは一度だけ。当たり前の話だ。リクは自分に集中する相手チームの視線をひしひしと感じていた。
「一度ボールを下げてパスでチャンスを伺おう。さっきみたいな突撃はもう無理だ」
「……了解です」
キックオフ、今度はすぐに走り込まずに機をうかがう。
(やっぱ来たな)
マンツーマンのディフェンスが二人、自由な行動ができない。
ディフェンスを振り払うために積極的に動き回るが、隙が全く無い。
(MFの協力は…… 無理だろうな)
パスを回しているMFはコモリと一年生1人、そして助っ人2人の計4人。残りの経験者5人は全てDFに配置した防御偏重のフォーメーションは先制点を死守するための当初の計画のままだった。これ以上の失点は逆転が難しくなるためだ。
「貰った!」
助っ人の甘いパスを狙われる。パスカットしたFWからまた夏月中の攻撃が始まった。それは未熟なディフェンスでは防ぎきれない、圧倒的な侵攻だった。
相手FWと先行して走り出していた穂村とのコンビネーションでボールはゴール前まで運ばれた。
「……誰だてめぇ」
「キャプテンだけど」
シュート体制に入りかけた穂村の前に立ちはだかったのは、MFのコモリだった。
ホムラが走り出したさらにその前、コモリは防御を突破されることを読んでコート中央近くから既に走り出していたのだ。
コート左サイドの位置からゴールを狙うなら、よりシュートコースを広くとれる中央に寄っていくことがセオリーのはず。つまりディフェンス側は右側を守って敵の攻撃をコートの端にそらしていくことが重要になる。
一目見て分かるほど、コモリのディフェンスはその意識が強すぎる。あからさまに右を警戒するディフェンスが左の防御を薄くしている。
「何やってるんですか先輩!」
「ザルなディフェンスだぜ!!」
当然、ホムラはドリブルで左から突破する。
どフリーだ。シュートにパス、なんでもござれの絶好のチャンス。
「マミヤ先輩ッ」
リクは思わず叫んだ。
(シュート? センタリング? どっちだ?!)
逡巡するマミヤの前で穂村が大きく足を引く、直接ゴールに対して鋭角なシュートを狙うつもりだ。
足元のボールにタメが生まれる。インパクトの瞬間、爆発的な加速をボールに与える無防備な一瞬。
コート上の全員がその一瞬に幻を見た。
「ザルな攻撃だ」
左から穂村のボールを弾いたのは、
『
錯覚を起こすほどの巧みな誘導と超高速のスティール技術を応用した、幻を見せるディフェンス技。まさしく超次元というべき高等技術はコモリの得意技の一つだ。
ルーズボールは再びコート中央へ。
「リク! もっかい行け!」
味方MFから再びボールが陸の足元へ移動した。
(いける、いけるぞ!)
コモリがワンプレーで見せた巨大な可能性に思わずリクの口角が上がる。
しかし、現れた希望はその直後に輝きを失い始めた。