王都ブシン流。
歴史は浅いが、極めて理にかなった剣術として現在ミドガル内で勢力を伸ばしつつある流派。もともとは、ブシン流という古き良き流派から派生したものであり、門下生はこちらの方が圧倒的に多い。俺の母親もブシン流を修めた魔剣士だ。
ちなみに親父の剣は我流らしく、母からするとひどい物らしい。術理は最低限、先手必勝、力と速さこそ正義みたいなスタイルだ。まあだからこそ、アレンジもしやすいとのことで、親父の弟子たちの多くが自らのスタイルを確立し、地方の領地で衛兵として働いている奴がほとんどだ。ついこの前、俺の2つ上の弟子が剣の道を追求する旅に出たらしい。自分と同じ道を歩む門下生を、親父は快く送り出したそうだ。
なぜおれがこんな話をしているのかというと、俺が今1年生の王都ブシン流の授業に「特別講師」として顔を出しているからだ。俺にその話を持ちかけてきたのは、この国の剣術指南役にして1部の講師を勤めるゼノン・グリフィ。おそらく国内トップクラスの使い手だろうおとこが、1週間ほど前に俺に話を持ってきたのだ。
ー1週間前ー
「すまない、ベクタ君はいるかな?」
放課後になり、皆が帰り支度を済ませ帰ろうとしているところにゼノンが現れた。こうしてゼノンが一人の生徒を訪ねるというのは珍しく、それだけでもかなり注目を集めた。だがやはり何といってもゼノンはイケメンだ、28歳大人のイケメン、腕はぴか一実家は激太、女子たちが黄色い悲鳴を上げるのもいたしかたなしである。
そんなスーパーネームドキャラが、いったい俺に何の用なのか。正直注目を集めすぎるのは好きじゃないので手短にしてほしい。
「はい、ここに」
「よかった、君はいつも帰るのが早いそうだから急いできたんだ。ここじゃなんだし、私の部屋まで来てくれるかな?」
「承知しました」
俺は荷物を持ち、席を立つ。視界の端で不満げな顔をするやつを見つけたので、ひとまず声をかけておく。
「悪いなクレア、今日は一緒に鍛錬できなさそうだ」
「前々から約束してたじゃない!」
「しゃーないだろ、ゼノン先生の呼び出しじゃあ..........今度必ず埋め合わせはするよ、鍛錬と、マグロナルドの奢りも付ける。これでどうだ?」
「........あんた親からの仕送り対してもらってないでしょ?人に奢る余裕あるの?」
「あるとは言わないが、バイトもしてるし大丈夫だ。それに埋め合わせケチるとかダサいだろ?気にするな。それじゃ、また明日」
俺は急いでゼノンの後を追いかけようと教室を出るが、ゼノンは教室を出てすぐのところで俺を待っていた。俺が来たのに気が付くと、爽やかな笑顔を浮かべる。こういうとこがモテるんだろうな、でもなんか綺麗すぎて作り物感がするのは俺だけだろうか..........
ゼノンと並ぶ形で廊下を歩く、それだけで周りからは視線が飛んでくる。やはりこの感覚はいつまでも慣れないな。
「すまない、今日は予定があったかな?」
「大丈夫です、彼女には後日埋め合わせをするということで納得してもらいました」
「話には聞いていたが、クレアくんとは砕けた接し方をするんだね」
「2年間の付き合いですし、そうしないと彼女が怒るので......貴族相手に無礼であるのは承知していますが」
「いやいや、むしろ君は肩に力が入りすぎだと思うよ。あの条件をクリアして入学した時点で、君の実力は同級生の中でも抜きんでていたのは明白だ。身分の差を考慮しても、もう少し背伸びしても誰も文句は言わないだろう。私はそのくらい、君の実力を買っている」
「光栄です」
この国の剣術指南役にここまで高く見積もってもらえているとは、正直驚いた。
聞けばゼノンは、俺が入学した当初からその実力を高く評価していたらしい。俺が10人程の生徒相手に大立ち回りをしたあの事件は、教員達の間でもそれなりに問題になったからな。
ゼノンの教員室に着くと、俺は座るように促されゼノンが飲み物を出してくれた。香ってくる匂いに俺は驚愕を隠せなかった、何せその香りを俺は「前世」でしか嗅いだ事が無かったからだ。
「最近ミツゴシから発売された飲み物でね、確かコーヒーと言ったかな。私は気に入っているのだが、よければ飲んでみてくr」
「はい!頂きます!」
「あ、ああどうぞ」
俺は少しだけ乱暴にティーカップを持ち、そっとコーヒーを口に含む。その瞬間、口の中にはあの懐かしの苦味とコクが広がり、芳醇な香りが鼻を抜けた。
ああ素晴らしい懐かしい!前世でよく飲んでいたあの味そのもの、いや、前世で飲んでいたものより心なしか美味しく感じる。それはこの身体の舌が前世より繊細なのか、十数年ぶりの時間がそうさせるのか、はたまたこのコーヒーの品質が良いのかは分からないが、あの頃よりも味も香りも強く感じ取れる。
「はぁ………美味」
「気に入ってもらえて何よりだ、他の先生や女子生徒にも振舞ったんだが、どうにも皆この苦味がダメらしくてね」
「この苦味が良いんですよ」
「そうなんだよ!学園で理解してくれたのは君が初めてだ」
ゼノンは自分のコーヒーを飲み、肩の力を抜く。心なしか普段よりも力が抜けているように見える、普段隙のない立ち振る舞いをしている彼をみている身としては少し意外だったが、やはり彼も人間ということか。
それよりも、感動してばかりではいられない。この味、この香りは間違いなくコーヒー、それも名前まで同じと来た。ここまで来ると流石の俺でも分かる、この世界には俺以外にも転生者がいる。
今の所の最有力候補は、ミツゴシの最高責任者だろう。俺は流行に疎いし、ミツゴシなんていう高級ブランドに行くほど金もないため今まで全くもって注目していなかったが、これからは少し探ってみても良いかも知れないな。
「それで、一体私になんのご用なんでしょう?」
「ああそうだった、忘れるところだったよ。来週の1年生の王都ブシン流の授業、特別講師として参加してもらえないかと思ってね」
「特別講師、私がですか?貴族でもないし、なにより学生ですよ?」
「授業を見る限り、君の剣は上級生の中でも一際洗練されている。1年生の講師としては十分すぎる程にね。それに、身近な強者を間近で見ることも彼らにとっては良い学びになるだろう」
「なるほど………承知しました。その日の私の授業は………」
「もちろん私から話は通しておこう」
と、そんな経緯があって俺は今ここに立っているわけだ。特別講師と言っても別に特別なことをする訳ではない、基本的にはゼノンの補佐的な役割に徹するだけだ。皆の剣筋を見て、できるアドバイスをしていくだけ。
ただやはり、一般家庭出身の俺に上から物を言われるというのは、良い身分の生徒からするとプライドが傷付くらしく、案の定食ってかかってくる輩はいる。
「おいアンタ、一般家庭出身のくせにさっきからうるさいんだよ!俺達は貴族だぞ!」
「おい君たち、やめなさい」
「でもゼノン先生!こんな奴に教えを乞うなんて………」
「………分かった、皆剣を下ろしてくれ!予定変更だ、偶には試合形式にするのも良いだろう。すまないなシドくん、今日初めて1部に来たのに急に予定を変更してしまって」
ゼノンは唯一の白服である地味な男子生徒に謝罪をした。実力者である1部の生徒は黒い服を着ており、黒服と呼ばれる。そしてそれ以外の下位クラスは白服だ。俺も黒服を身に付けている。
なぜ白服の彼がこの授業に参加しているのかというと、どうやらアレクシアが推薦したらしい。ということ、噂のアレクシアの彼氏というのは彼の事らしい。
「あ、いえいえお構いなくー、僕は見学してますねー」
(シド・カゲノー…………まさかクレアの弟がアレクシアの彼氏とは)
俺はシドの事をクレアから聞いている、俺の妹が入学するという話をした時に聞いたのだ。クレアが言うには、才能は無く、平凡な魔剣士らしい。先ほどアレクシアとの打ち合いを見たが、まあ確かに派手さはなかった。だが、基本に忠実で無駄がない、いい剣だと俺は感じた。アレクシアもシドと同じく、無駄のない美しい剣だった。”凡人の剣”と評されているが、理論上、基本を極限まで突き詰めれば最強というのが俺の考えだし、芽吹きは遅いかもだが頑張ってほしい。
それと関係ないけど、なぜか俺はシドに不思議な気配というか、雰囲気を感じた。なんなんだろうな、この感じ。
「では希望者は、ベクタくんと立ち会ってみると良い。最初にも言ったが、彼は上級生の中でも屈指の実力者だ。胸を借りるつもりで挑むと良い」
「よし、身分でやつを解らせ「先生、ボクがやっても良いですか?」
その時、声を上げたのはサクヤだった。サクヤもその力を認められ、入学してからすぐに1部に上がったのだ。まさかサクヤが声を上げるとは思わなかったが…………
「…………なるほど、良いだろう。ではサクヤくん、前へ」
ゼノンは何かを察したような相槌を打ち、サクヤを中央へと促した。無論俺も、サクヤの考えはわかっている。
サクヤはパッと見笑顔だが、その額には青筋を浮かべている。大方、俺を侮辱されたことに対してキレているんだろう。そんなにキレる必要ある?と思わなくもないが、俺を否定されるということは、同じく厳しい条件をクリアして入学したサクヤの力も否定されているのと同義だ。そう考えると、キレるのも頷ける。
であれば、俺も本気で応じるのが良いだろう。
「全力で来いよ、俺も今日は最初から本気で行くから」
「!…………もちろん」
剣を抜き放ち、互いに構える。サクヤは前のめりの攻撃特化の構えだ。ゼノンからのサクヤの評価は「剣速だけなら一年の中でもトップクラス」だそうだ。実際、サクヤの剣を何度も間近で見てきた俺から見ても、確かに速い。正面からの斬り合いに強いタイプ。やっぱり、親父似だな。
「はじめっ!」
サクヤは合図と同時に突っ込んできた。
最速の「突き」、強烈な踏み込みと魔力で強化された膂力から放たれるその威力は王国騎士たちと比べても上位クラスだろう。無論、食らってはやれないが.........
「くっ!」
(突きの後の後隙が前ほど目立たなくなった、成長はしている.....)
かわすと同時に俺が落とした袈裟切りを、サクヤは何とかぎりぎりで防ぐ。そしてそのまま激しい斬り合いにもつれ込んだ。はたから見れば、攻めているのはサクヤだろう。手数の暴力、剣速だけで見ればクレアを凌いでもおかしくない。
(でも、雑なんだよなぁ。相変わらず)
剣筋の美しさは、クレアや俺に大きく劣る。多分日本刀とか振らせたら一瞬で折れると思う。
この試合はサクヤの成長具合を見るのと、貴族の馬鹿どもを黙らせるのが目的なのでしばらくサクヤとの斬り合いに興じる。必要最小限の魔力と動きで斬撃の雨を「受ける」のではなく「いなす」、ガードよりも疲れないしごり押しには相性がいい。アイリスと戦った俺が、アイリスに勝つべく鍛えたスタイルだ。
道場の中心で繰り広げられる激しい剣戟の嵐を、生徒たちは興奮した様子で見ていた。一般家庭出身だと侮った貴族たちはその圧倒的な強さに慄き、ゼノンは品定めするような目で、アレクシアはまるで憎しむかのような目でベクタたちの戦いに魅入っていた。
故に誰も、彼には気が付かなかった。剣をふるうベクタを見て、薄く笑みを浮かべる白装束の少年に。
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いやー、アレクシアに無理やり1部に入れられたときはどうしようかと思ったけど。何とかあのいかにも咬ませっぽい人たちが喚いてくれたおかげでモブに徹することができるぞ!それに、この学校でも屈指のネームドキャラも見れるなんて、今日はついてるね。
ベクタ先輩かー、妹の方がデルタみたいな凶暴な剣を使うからあんまり期待してなかったんだけど、いいじゃないか!基本はしっかりしてるし無駄がない、まだ無駄はあるけど魔力制御はこの中にいる誰よりも滑らかだ。この世界の魔剣士の基本は全身に魔力を回して強化するって効率もくそもない方法だから、無駄ができるのは仕方ないね。
騎士団入りも確定って言われてるらしいし、イケメンだし、いいねえ主人公っぽい!
「これでアレクシアの彼氏が先輩だったら文句なしだったんだけどなぁ」
まあでも、今後いいタイミングが有ったら先輩に陰の実力者ムーブできるかもだし、もしそれで先輩が成長系主人公として覚醒してくれたら最高だね!なんか都合よく先輩よりちょい強いくらいの敵キャラ出てきてくれないかな?最悪アルファに頼むか.......
お、試合も終わったっぽいね。
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「はあ、はあ.........やっぱりダメかー。まだまだ届きそうにないね」
「お前もよくはなってるが......相変わらず熱くなると雑な剣になるな、精進せいっ!」
「いたっ!うぅ......デコピンの威力おかしいでしょ」
しばらくサクヤの剣をさばき、体力がなくなってきてできた隙をついて勝負はあっさり俺の勝ちとなった。同学年でも屈指の実力者であるサクヤが全く歯が立たなかった事実に、先ほど食って掛かってきた貴族たちは悔しそうに顔をゆがめていた。へっ、見たかボンボンども、一般人なめんな。
「さて、どうやら文句はなくなったようだね。もう立候補者もいないようだし、先ほどまでの授業に戻ろうか」
ゼノンがそういうと、皆わらわらと再びペアを作り打ち合いを始めた。先ほどよりも剣筋を意識し始めたやつもいれば、俺が気に食わなかったのか剣が荒れる奴もいた。
「兄さん、ボクと組まない?」
「アホ言え、俺は講師役なんだよ」
「はーい」
もともと冗談だったのか、サクヤは先ほどまで組んでいた生徒とすぐに打ち合いをはじめた。先ほどまでより丁寧に剣をふるっているようだ。うむ、それでいい。
その後は何事もなく授業が終了、ただ、アレクシアとゼノンの上流階級同士のどろどろとした問題の一端を垣間見てしまい、思わずうへーっという顔になってしまった。シドも同じような顔をしていたし、なんでアレクシアがシドと付き合ったのかも大方察しがついてしまったので、胸の中でそっと、友人の弟に手を合わせたのだった。
オリ主は無意識にシドに前世の面影を感じましたが、シドは全く何にも感じていません。うん、だろうね。あとアレクシアは現時点でレイブンス兄妹が嫌いです、理由はわかりますね?