プロローグ:新任巡査部長、扇皇 ゼンヒ
シャーレ前交番近く。
全体的に薄紅色だが、一部が紅い髪のかなり特徴ある警官の一人がパトカーを止めてトラックの道を塞いで声をかけた。
相手は当然止められて怒っている。
「あーお姉さん」
「何だてめえ!」
「車幅が規定値より超えてるから文句付けに来たよ」
「何が超えてんだよ!」
「ロケランが布つきやぶってはみ出てるんだ」
警察官と武器運んでるアルバイトは共にトラックの後ろを見た。確かにロケランが元気よく布を突き破って跳ねていた。
「げっ」
「ちょっと中点検してもいい?」
「武器しか入ってないからいいけどよ」
その答えからおそらくは曰く付きではなさそうなのはホッとして、その警官は調べ始めた。
確かに布を被せるだけでいいような荷物なのには間違いない。弾薬すら入っていないし、なら当然警察として咎める理由もない。キヴォトスは銃社会であるが、荷物に弾薬がない以上は武力を持っているとは言い難い。調べられる範囲では、銃器はあっても撃ち出すものがなかった。
詰まるところ安全である。ガラクタの山なのだから。
「怪しいところはないな。いやまあ、しかしこんな銃弾が入ってないやつだけ沢山積んでどこに?」
「これミレニアムの工場に持って行くんだよ。古い型は値がつくとはいうけどそれら全部状態良くないだろ?なら新しい武器にしちゃった方がいいんだよ。
ほら、これ社外秘じゃない書類」
「拝見しよう」
警察に説明する用の書類。積載量及び積載する物の証明書、それを持って軽くチェックするが、相違はない。
おそらくは走行中の車両の揺れで固定具が壊れてしまったのだろう。だが、彼女はそれを咎めることはしない。先のことなんて予測できないから当たり前だ。
「今見てるところで色々置き換えたり新しく固定してくれたら違反は切らないつもりだ」
「まあ急いでいるわけでもないし、ちょっと待ってて」
「もちろん。あ、ただその前に頼みたいことがあってさ」
「何だ?」
「疑ってはないんだが、一応警官だという証拠見せてくれねえか」
「ああ。じゃあ」
警官は警察手帳及び生徒証を提示。
そこには『
「なるほど……階級章見るに巡査部長ってところか。ベテラン?」
「いや二ヶ月前に入った新人だ。巡査部長でな」
「えっそんなことできるの?」
「キヴォトスの公務員試験合格者なんだ、これでもな。だからスタートが巡査部長からになってる」
「え、でも巡査部長ってそんな頻繁に交番で働くのか?」
「特例だよ、ヴァルキューレのな」
ゼンヒは話を続けた。
「この近くは知っての通りシャーレがある。学校が自治権を持っている以上あまりヴァルキューレの連中が役に立たないのは知っての通りだが、当然他の学園に対してその影響力を無視するわけにはいかない。無論そう言った自治区がない地域ではヴァルキューレは役に立っているかもしれないが、結局政治という分野ではあまり強くないのが現状だ」
「ここに交番を置くのが威張ることにつながるのかよ?」
「いや全然。エデン条約って知ってるだろ?あのように学園同士の衝突が起こるというのが目の当たりにした以上、自治区を持ってそこで武力を持つ方がいいのは分かりきった話だ」
まだ年初めで全く道路に車が通らないので、ゆっくりと点検しながら運転手は荷物を並べ替えていく。
「じゃなんでここで仕事なんかやるんだ?」
「これは盗み聞いた話だが、いわゆる警察が強い権力を持っているっていうのは先生自身の認識らしい。無論バカではないからここの状況もよく考えているらしいけど、それでも警官というのに一定の信頼感を持っているのは確かな様子でね。それをよしとした上が、ここに交番を置くことによって"先生に頼られやすい"ということを他校にアピールすることによって威圧する目的らしい」
「やっぱ先生ってより皇帝だよなあれって」
「まあ、私はあまり興味はないが。どっかの手に落ちた段階で終わりを迎えるさ」
彼女は淡々と答えを返し続ける。電子タバコを一個取り始めて吸うと、少しだけいい匂いが広がった。
載せ替えが続いたまま、また運転手は質問をする。
「そういや、ヴァルキューレって結構汚職が多いって聞いたな。いつもゲヘナにいるからあんま知らんけど、一体ありゃなんでだ?」
「理由はまあ、二つくらいあるな」
「載せ替えに時間かかるからどっちも教えてくれ」
「いいだろう」
電子タバコの煙が、白い息に混ざる。
「まずは大義に騙されたパターンだ。ヴァルキューレはキヴォトスの安全というのに全力を上げるよう言われるが、そもそもキヴォトスには複数の自治区が形成されていて、都合上"実効エリアが少ない"んだよ。もっと言えば、自分たちが活躍できる場が少ない。それこそ自分の校区を守るならその自警団に入った方がいいレベルだ。ただやはりこの都市の平和を守る大義はカッコいいからそれに憧れて入るが_____まあ、その結果は見ての通りだな。それを掲げる上層部はその大義が金になるが、当然下っ端はその蜜を吸えない」
「だから与えられた範囲での権利の使用によってあれこれ金を巻き上げる、ボーナスという形で蜜を吸おうと考えるんだなぁ。え、お前はどうなの?」
「それが出来ないし、しないように敢えてここの勤務は手当として多く配られているんだ。だから別にする必要もない」
「あんたは銭稼げれば文句は言わなさそうだもんな。ま、いい生き方かもしれん。公務員という人道に反した生き方をするならな」
おいおい、とゼンヒは言うが運転手は間違ったことは言ってないと主張した。
「文明を見てれば分かるけど、世の中ってのは進化して生きてきたんだ。その最底辺を守るために、しかも安全という普遍の平和を守らなきゃ行けない職場で変化を楽しむなんて出来ないだろ?例え必要であっても存在そのものが矛盾してるとウチ考えるね」
「そういう意味ではそうかもな」
「しかし、大義に負けるってそんなに簡単かね?志して実務に出るまで頑張った連中だぞ、腐っても。そう言った奴が折れるなんてあるか?」
「とんでもない!あるに決まってる!」
ゼンヒは説明する。
「これはヴァルキューレの装備不足もあって起こる問題だが、例えばゲヘナの美食研とか便利屋68とかが暴れたとする。それらを警察が狩れるか?」
「無理だろうな」
「そう言った意識が根強く浸透しているんだよ。仮に自治区外でそれをやった場合、どうせ止められないのだから真面目にやるだけ無駄。それに先生のおかげでいろんな校区の情報が入るようになっただろ?その一環で暁のホルスにトリニティのゴリラが出るようになった。そしてそれらは私らも恩恵が受けている"神秘"の影響らしい」
「それがどうなるんだ」
「言ってしまえば生まれた時点で絶対に埋めれない差があると嫌でも分かってしまったことになる。そう言った上位種を止められない、権力は意味をなさないと理解してしまうと弱いものいじめが始まるな。その無力感を認められないからこそ相手を傷つけて目を逸らそうとするんだ」
こんなことを警官が言っていいのか、と言うツッコミは置いといて運転手はゼンヒがどうなのか聞いた。
「あんたはそう言うのを感じたことがあるわけ?」
「いや?」
「そこは思ってるんだよね〜くらい言えよ!ウチが凡人みてえじゃん!」
「あそこまで行くとそれこそ連邦生徒会、もっと言えばシャーレの仕事になる。つまりそもそも管轄が違うと考えていい、SRTなら目を背けれないだろうが自治権内の出来事に干渉できないって言うのは言い換えれば責任も仕事もないって言い換えれるだろ?」
彼女のタバコの匂いが、だんだんと布に染み付いていく。
「あと言うなら、そう言った天才だけで世の中は回らんよ。社会は少数の天才に委ねればいいが、文明はそれでは絶滅する。大義的な意味での文明を守るためには、きっちり警察が仕事しなければな」
「意味わかんねー」
運転手は何が何だか、と首を振りながら作業を続けつつ話の続きをせがんだ。
「で、そうだ。二個目の理由を教えてくれないか?」
彼女の言っていた二つの汚職が発生する理由。ゼンヒは、言われて話を戻した。
「これはほぼ外的要因だしあんまり外に流してはならない情報だが、実はSRTから流れてきたやつはやりやすい傾向がある」
「は?」
「言っての通りだ」
SRT。正式名称はSRT特殊学園。
一般の治安維持業務にあたるヴァルキューレでは、自治区への干渉ができない。だが、キヴォトスを統括する連邦生徒会直轄の武装組織があればそう言った事象にも上からの指示と切り込めるとして設立された学園だ。
しかし管理者だった連邦生徒会長が失踪。挙句、誰もがそれを持て余して結果その存在を危ぶむ声によって閉鎖された。SRTの生徒はヴァルキューレへの転属が出来て、当然そこに多くが流れたのだが_____本来特殊部隊である誇りがあり、それを奪われた挙句に然程の強権もなく力もない学園での生活や活動に不満を持つものも多かった。
その感情が爆発することがあっても、あくまで拾ってもらった身という捨てられない事実があり、連邦生徒会長の私設軍呼ばわりされて危険視される恐れがあれば当然大幅な軍事行動に出るわけにもいかなかった。その結果、ヴァルキューレという身分"で"汚職を横行させて職権濫用する警官が出てきてしまったようである。
「彼女たちのことも理解できないわけではないんだがな、それでもやはり汚職に走るのはいただけない。そこまで悪化するやつはそもそも謹慎になることもあるが____まあ、こっちも扱いあぐねてるのも正直なところだな」
「あんたはそういうのに出会ったことがあるのか?」
「あるね。まあ、基本こういった業務に当たるのは生活安全局だし、そいつらは私より基本下だ。巡査って呼ばれてるな、私は巡査部長だから基本見せびらかせば止まる」
「止まんない時があったらどうすんだ?」
「殺す」
流れるような殺害宣言でうっかり銃を落とした運転手。急いで拾って戻しつつ、文句を言った。
「いきなり怖えこと言うな!」
「私は人を殺せる。それだけだ」
「返答になってねえよ!」
「なってるさ、十分な」
そんなこんなで話しているうちに、積載と固定は終わった。
布は破れたままだが、その付近にはあまり物を置かずに覆える場所に寄せた。その上で軽くゼンヒはチェックして、OKを出す。
「いいだろう。これなら状況解決、問題なし。切符なんていらないな」
「いや〜良かったぜ話が通じる相手で」
「それはこちらのセリフだ。話の通じるジャンク屋で、警官としても嬉しい限りだ。
じゃ私は帰るとしよう。気をつけてな」
「おう!そっちも気をつけて!」
ゼンヒとジャンク屋の運転手はそれぞれの車に乗った。
ジャンク屋の車から後ろ手が振れるのを見て、その影が消えるまで見送ってからゼンヒは無線機のスピーカーマイクに手をかける。
「こちらゼンヒ、パトロール終了。異常なし、今から戻る」
そう言ってから、車を発進させた。
シャーレの周辺は今日も平和である。