その日、ゼンヒは後輩と一緒に街を散策していた。
交番は当たり前の話当番制、非番も勿論ある。この時の服装は私服であったが、ゼンヒは相変わらずカジュアルスーツにズボンに革靴、おまけにコートというあまりにも特徴のないが清楚な格好で居る。
「ね、いいでしょたまにはこういうの」
「心遣い感謝する」
「ありがとう、でいいんですよ」
この散策は、ゼンヒを想っての後輩からの提案だった。
ゼンヒはこれといった趣味はないが、それは彼女の生き方がそうさせているのだ。
彼女自体は気力ある人間だった。しかし、諸事情によって矯正局で過ごしていたのでさほど立派な趣味を持っているわけではない。趣味があるとすればそれこそ、ヴァルキューレの入学前に買ったタバコくらいなものだが、後輩はそれを憐れんだのである。
『タバコは落ち着いたり口寂しさを紛らわすためにあるでしょ?それが趣味なんてあまりに寂しいですよ』
そう彼女は面と向かってゼンヒに言った。
人にそんなことを言ったら当然怒りそうなものであるが、ゼンヒは彼女の言葉に対して頷いたのだ。
『人といることは楽しいし、集まってから何かすることで自分は満たされている。だけど確かに自分自身を持つには興味ありそうなものを探してみるのもいいかもしれない』
こう思い立って、後輩の誘いに乗るがまま本屋行ったりカフェに行ったりゲーセン行ったりしていた。
熱中できるものはそれでもすぐには見つからなかったが、経験しないことにはどうしようもないのも事実。経験を積めた、そのきっかけをくれたという点で後輩に感謝している。
そんな二人は今はショッピングモールの中にいる。そこで次はどこ行こうかと歩き回っている最中、吹き曝しの2階で一つ珍しいものを見つけた。
「ん?あれは」
「お嬢様っぽいですね」
対面の通路で幼稚園児が、機械の執事っぽいやつに挟まれて移動してる。
「あんな目立つような移動の仕方するんすね〜……」
「な〜」
と、言いつつも二人は仕事の予感を感じていた。
当たり前の話だが、そんな目立つような移動の仕方は上流階級でもしない。そんなものは、テレビの中の出来事である。それに、目立って困るようなスターが尚のことプライベートがなくなってしまいそうなことをするかと言われると二人の中には疑問がある。
詰まるところ、二人はその景色に疑念を抱いていたと言っていい。
「てか幼稚園児って基本あんなふうに移動したりするんですかね?」
「いや、しないと思う。有名なのは梅花園だが、当然教官付き添いで生活しているからな。それに倣っているのも多いだろうさ。あれが保護者がわりにしては無機質すぎる」
「じゃ、とりあえず怪しまれないように私が声かけちゃいますよ」
「頼む」
ゼンヒと後輩は二手に分かれて、人当たりのいい方である後輩は執事風の二人に声をかけた。
「すいませ〜ん」
「はい」
丁寧な感じで話しかけると、相手も当然丁寧に返してきた。
「私警察なんですけど〜、ちょっと聞き込みしてもよろしいでしょうか?あ、貴方達を疑ってるわけではないですよ〜、最近発覚した売人の件でこういう人見なかったか、というのをお聞きしているだけなので」
「自分たちで良ければいくらでも。いいかい?」
「……うん」
幼稚園児にあるましき、元気のなさだ。この時点でこいつらを拘束したい、と後輩は考えたものの疑わしきは罰せずなのでそのまま聞き込みを開始。法を遵守するために考えるのは、ゼンヒの後輩らしい仕草だった。
「ありがとうございます〜。簡単にお聞きしたいんですけど、腕の___特に関節らへんがあざだらけの生徒って見ませんでしたかね〜?」
「自分たちの知っている範囲では見ていませんね、一応お聞きしますが何故そのような生徒を?」
「薬物は基本吸ったり注射したりってのがあるんですけど、その過程を繰り返すとあざになってしまうんですね」
「そうですか」
後輩がそうして釘付けにしている間、ゼンヒはその反対側に回って、後ろから三人をみる。
幼稚園児を挟んでいた二人はどうしようもないが、幼稚園児当人は何か手を動かしている。落ち着きのなさなのだろうか?と思ったが、すぐにその考えは消えることになった。
まず親指を握り込んでから、残りの指を曲げて親指を握り込む動作をしている。短く繰り返しての動作なので、手持ち無沙汰の遊びかもしれないとも思ったが、それにしては気づいて欲しいのか手の動きが激しくなっていく。
(法的機関から発表された正式なSOSではないが、少なくとも広く知られているSOSの合図だな。短く繰り返している理由はわからないがまあ、一回助けたほうがいいだろう。と言ってもどうしようか)
彼女の後輩は話を続けていたので、少しわかりやすくアクションを指示してみた。
「しかし子供の前でそのようなことを聞く警官は少しいただけませんな」
「いや〜申し訳ない。こっちも仕事なのでね、お嬢さんもごめんね」
「うん」
元気がない幼稚園児の向こう側で、ゼンヒが何かを伝えようとしている。
まず幼稚園児を指さして彼女がやっていたサインを再現すると、内容を把握。その上でどうするかを指示しているが、とりあえずシャドーボクシングをしてとにかくその二人を倒そうと提案。
あまりに頓珍漢な伝え方で後輩は吹き出しそうになるが我慢して、話を続けた。
「あ〜、そういうことっすね」
「どうされましたか?」
聞き込みで何かを納得したようなリアクションをする後輩。
「いや〜。なんとなく、なんとな〜くなんですけど。先程までの聞き込みで分かったことも含めてこの聞き込みで分かったことがあるんですよ」
「そうなんですか?」
「はい」
「一体何が?」
相手に不信感を与えないためにも警察には従順な対応をしていた機械の二人。
後輩は片方に近寄ってから______
無言の腹パンを入れた。
「ぐあっ」
「彼女は、瑠璃ではない」
相手のパーツがぶっ壊れて散乱し、なんならオイルも漏れるほどの強烈な一撃を後輩は放った。言葉には特に意味はない。
「貴様なにを!」
「こうするんだよ!」
彼女の暴れぶりに便乗する形で、ゼンヒも思い切り無事だった方に蹴りを入れる。
「きゃああああーっ!?」
「大丈夫だよ〜」
そう言って幼稚園児の襟掴んで抱き寄せた後輩をよそ目に、ゼンヒはぶっ壊さないようにロボットの手足の回路を破壊した。
「おら!おら!」
「ギャアアアアア」
「てめーこのやろう幼女攫って楽しいか!」
彼女はしっかりと相手の身動きが取れないようにして、少しその場から離れた。
それを聞きつけた警備員は、すぐに寄ってくる。
「何事ですか?」
「事件で〜す。警備員の事務所まで連れてって〜」
「あなた達は誰ですか!」
ゼンヒと後輩は、警備員に警察手帳と生徒番号を見せた。
「私は扇皇ゼンヒ、ヴァルキューレの一年生。公安局の巡査部長だ」
「同じく後輩でーす。名前も所属も書いてある通りだよーん」
「ああもしかしてシャーレ前交番の!」
「そうだ。警察に通報して増援を寄越した上で、まずは警備室に入れてくれると嬉しい。手を煩わせるな」
「状況も聞きたいので大丈夫ですよ。こちらです」
幼稚園児を抱えた後輩とゼンヒ、計三名はそのまま警備員の誘導に従って警備員の部屋へと向かった。
_____少し時間が飛ぶ。
幼稚園児を落ち着かせたり、警官に容疑者を連れて行くようにと指示した結果そこ30分は立ってしまったが、この幼児のメンタルは強い方だった。浮かない顔をしているのは事実だが、少なくとも泣き止んではジュースを飲むまで回復している。
「気分はどうだい?」
「うん……少しだけ元気になった」
「そりゃよかった」
ゼンヒは大事なことを聞きたかったが、まずは子供の要望を先に聞くのがいいだろう。そう思い、幼稚園児の方に声をかける。
「まずは君から質問していいよ」
「お姉さん達は誰?」
「私はヴァルキューレの警官だよ。君を抱えたお姉さんも警官、つまりはお巡りさんだ」
「お巡りさん……わたし、いつになったらお家に帰れる?」
その問いで、彼女が誘拐されていたことをその場にいた全員が確信した。
「今日中には帰れるよ。少なくとも、いつも出会ってる人には会える」
「ほんと!?」
急に幼稚園児が元気を取り戻し始めた。
ゼンヒは肯定する。
「今日中に家に帰れるかは正直ここからその家までがどれくらい遠いかによるから、行き来するってなるとちょっと難しいかも。でもいつも一緒にいる保護者の……まあ親だと思ってる人かな。それには会えるよ」
「じゃあココナ教官にも会える!?」
「ああ、会えるとも……ん?今なんて?」
「ココナ教官!」
彼女は、後輩を見た。まるで聞き間違いであって欲しいかのような目をゼンヒはしていたが。後輩は諦めなさいという視線を彼女に送り返す。
「会えると思うよ……ごめん、ちょっとお姉さんから聞いていい?」
「なーに?」
「君ってもしかして、梅花園の人?」
「うん!お姉さんのいう通り、梅花園の幼稚園児だよっ!」
ゼンヒは顔を覆う。
その絶望に心の底から笑いそうになっている後輩は、笑いを抑えつつ彼女の肩に手を置いた。
「あっちゃ〜。また外交問題になりかねない事件に首突っ込みましたねえ先輩」
「まだ!まだ起きたわけじゃないから!それに建物めちゃくちゃにしたわけじゃない!」
「でも〜梅花園の幼児ってそれこそ外交問題の塊ですよ?」
後輩は、呆れたように話を続ける。
「知ってるでしょ?梅花園は『子は宝』という言葉をモットーにしてると。その結果、少なくとも梅花園は山海経内で不可侵領域であって、その動く至宝が幼稚園児なんです。まあ確かにそのまま放置するよりかはいいのは間違いないですが、難癖つけられると思うなあ」
「とは言ってるけどお前も関与してるからな?勝手に抱えた上に目の前で強烈な腹パンやっておまけに薬物の怖い話幼児の前でペラペラ喋って。それで影響とか出たら多分お前もなんか言われるぞ」
「あっ」
後輩も顔を覆った。
今度は警備員が後輩の肩に手を置いて励ます。
「まあいいではないですか。ちゃんと怖いしタメになる話なら、そう言った危険行為について理解するのも大事です。それに、どのみちあちらの責任者に説明をするのでしょう?私も該当者として同行しますから、安心してください」
「とは言ってもさあ……どうしよ先輩」
「私に聞くなよ_____」
二人がこれからのことを考えたら気分が落ち込んでるが、幼稚園児は喜んでいる。
自分の居場所に帰れるのだから、これほど嬉しいことはない。
「お姉ちゃん達!」
「なんだい」
「はーい」
作り笑いするくらいしかできなかったゼンヒと後輩に、とびっきりの笑顔で彼女は言う。
「助けてくれてありがとう!」
「____ああ」
「……どういたしまして」
それで、この場で出来ることは終わった。
この三時間後に、車でかっ飛ばしてきた春原シュンが合流することに。
警備員と合わせて三人で、梅花園の所属で保護者たるシュンにさまざまな証拠を出して事情説明をした。
後に二人は言う。
『悪いことはしてないけど子供の為に全力を尽くす生徒は剣幕な表情と態度を一切崩さないから対面していてものすごく怖かった』
と。