銃声が鳴り響く。
それはあまりにも古風なもの。
リボルバーのシリンダーギャップから出た絶叫は、周りの動きさえ止めるほど煩く、意思のある物のように感じられた。
「……へへ、どうかな」
爽やかな笑みを浮かべるカザミの手にはリボルバー。
「_____」
何も喋れないセツカの胸から、白く純血を意味するのであろう服を汚す血を流していた。
「う、そ」
ようやく口を開いたと思えば、驚愕したとしか言いようのない反応を見せる彼女。
「そりゃ、そう思うよね。お前にとっては"初めての"銃創なんだから」
膝を突くセツカに、倒れ伏す前にとタネを明かすカザミ。
「お前がゼンヒの過去であるなら、お前はゼンヒだ。だから、私からの仕返しだと言っておく」
「銃弾、が、貫くは、ず、が」
「覚えていないのか?お前が私に撃った弾、スプリングフィールド・セラフィムのことを」
「……!」
これが彼女の切り札だった。
ナイフを見せびらかし、それで戦い続け、隠し札を出すタイミングでもひたすらナイフを使っていたのはこれのことを忘れさせるため。そしてもっと言うのであれば、そのナイフだけの戦いだけで決着が付くと思わせるためにギリギリまで隠していたのだ。
効果が出たので、にやけ、勝ち誇ったように言う。
「いや、セツカ。君はほんとによくやった。事実刀だけで襲う時、銃を抜く暇が今の今まで無かったからね。ナイフも脆いことををよく知っていたし、訓練した兵士をここまで追い込む仕掛けも技量も絶妙だった。天衣セツカ、ゼンヒの過去に相応しい少女だった」
「ぐ……」
「だけど、君はゼンヒの過去だ。どう言うことか分かるかい?そう、ゼンヒから見れば弱体化しているも同然なんだ。自分は君が進化した姿にやられ、罪人として投獄された。だけど、退化したのならば自分にも勝ち目がある」
セツカは技術と、その多彩なギミックで相手を追い詰めた。それは誰にでも届きうる、人殺しが生涯身につけた業。
だが、カザミは武器という手段の数は彼女に劣るが、その活用方法をいくつも持っていた。それは使い方の範疇を超え、使い道以上のポテンシャルを引き出し、本当の奥の手まで繋ぐ技法ともなった。
刃物を使い方を極め、手段を用意した殺人鬼。それをある一介の兵士だったものは、唯一優っていた勉強環境で得た知識で出し抜き、勝ったのである。
「ふ、ふふ」
「何がおかしい」
「いや、面白いね。私、あの時、より_____」
俯いたセツカは笑う。
「いい、死に方、を」
最後まで言わずに、彼女は口を閉じた。
ゆっくり話しているうちに、セツカの流す血は減少していってるようだ。血を吸って、血痕ができても血の海がない。それであることを確信したカザミは、銃口を向けたまま話すことにした。
「_____ゼンヒ、今意識がはっきりしていくと思うから一つだけ言っておきたいことがある」
その一言を呟くと、下で暴れている奴が反応。
「姉さんに変なことを吹き込むな!」
「君の相手はこっちだ!」
言いたいことを妨害しようとしたヤツカはカザミを殺そうと飛びかかるが、ショウコがセラフィム弾が入ったマガジンに変え、神狼を撃って削ることで攻撃をギリギリ外させる。
「ネズミがつけあがってれば!」
また3人での戦闘になり、大騒ぎになる門の周り。
目の前の少女に聞こえる声で、カザミは話を続ける。
「お前は狂犬にこう文句を垂れたそうだな……『私には過去がないからずっとひとりぼっちだ』とか『みんなそんな私を気味悪がって受け入れない』とか『だから私が間違ってるって言いたいんでしょ』とか、本当に好き勝手言ってるようじゃないか」
セツカがゼンヒか分からない少女の前で、銃を向ける彼女。
「お前の境遇は自分たちよりもレアな境遇、いや、一個も同じケースがないスペシャルなものだって認めるよ。だが、いただけないな。そんな過去が大事で、過去があるから全てがあるみたいな言い方」
過去が大事だ、何よりも勝るくらい重要なものだ。そんな考えを叫んだことに、カザミは辟易していた。
「自分たちは虐げられてきた歴史があった。何百年と追い詰められ、ユスティナからベアトリーチェまで何にもいいことがなかった。救われたのはロイヤルブラッドとその周りにいる虻だけで、自分の仲間はずっと見捨てられていたままだったんだ。だが、その歴史は確実に、報われるべき歴史だ。いい思いを社会がさせるべきと言っていい、自分勝手なトリニティを破壊して乗っ取っても仕方ない歴史だと考えている。流れてくるスカッとする動画みたいに、革命を成功させて仕返しをしてもいい"被害者の歴史"だ」
だが、そのテロは失敗に終わった。
それはゼンヒが、今生きる人々を悲しませないために頑張ったからである。
「じゃあなぜ自分たちはお前に負けた!過去が大事であり、それの有無や長さによって価値が決まるというのなら、過去さえ持っていないお前がなぜ自分たちの復讐よりも勝ることが出来た!そこまで考えも及ばない
「違うだろう!」
彼女は、協力して状況を理解してから一番言いたかったことを叫ぶ。
「自分たちは今に負けた!今、この場にいて、この時代にいる、生きている人間の願いに負けたんだ!そこに至った歴史なんて全く関係ない、ただ、今生きている者たちの幸せは、我々の積年の願いよりも大事なものがこの世にあって、溢れていたからこそ神はお前に微笑んだ!いるものならな!」
項垂れている少女は、何も返さない。だけれども、痛みすら引いて、怪我もだんだんと瘡蓋で出血が治ってきたかつての敵は文句に近いものを言い続けた。
「それをお前は"過去がない"という一言だけで否定した!それどころか、その話をショウコからも又聞きしていれば『私にとってはあっちの方が現実の話だと思います。みんな現実を生きて、何かに縋っても良い生き方をしたいと思って頑張って来ました。それは誰しもそうです、薬を使ったりテロをしたり』____だとさ、ふざけるな!」
それはカザミの本心。
「違うよな!?誰もが、誰もが同じように生きているんだよ!当然その中には衝突することもあるし、どうしても打開するためには犯罪をするしかないって生き方もある!だが、だがそれでもどれも同じ生き方だ!三次方程式が分からなくて頭を悩ませる学生も、今DU地区やアビドスのはずれでまともに居付ける場所もなく寒さと飢えに悩んでいるホームレス達も、指示のために全力で電池切れまで頑張るカイザーの奴らも同じ時間を過ごしている!その時間は等価値だ、どんな生き方や生い立ちをしておこうが1秒は変わりはしない!その1秒でどう社会が変わるかをみんな知らず知らずのうちに決めているから、結果が出れば享受してもっと住み心地が良くなったりもする!」
彼女を押さえつけていた理性がはずれ、叫び続ける。
「その社会がアリウスを拒絶したから自分たちはテロを起こして、そこで空いた隙間に身を埋めて生きていくしかなかった!許容するのであればそんなことしなくてももっといい思いができただろうし、そうであったならすでに援助や補填もあった!それがなかったからこそ、シスターフッドは歴史という自縛にしたがってこちらと敵対した!」
ただ、トドメを刺したのはゼンヒだ。
そこに特別な意味があると、カザミは言う。
「何も持たないお前が、あの銃弾で守ったものはなんだ!トリニティの人間の生活だろう!?関係なかった人間が、関係を持てるはずのなかった人間が守ったことさえお前は否定するのか!自分たちは永遠に恨み続けるが、守られた人間はそれで笑顔でいられたんだ!お前が"歴史やその感情"に一番価値があると言うのであれば、今生きているトリニティ生に価値はない!生きているだけでただ邪悪な思想に踊るだけの家畜に意味はないのだから!」
「カザミ……」
ユリはヤツカを引き寄せながらも、彼女の言うことに耳を傾ける。
「この世界は今の連続だ!いや、人間は常に今を生き続けている!歴史は残っていても、今ある社会は今いる人間の一人一人が動かしているから!だから、過去なんて、過去がなんだよ!自分たちは現在に負けた!それでも足掻き続けるのは過去に縋っていても何も変わらないからだろう!?
だからただ過去がない
言いたいことを言い切ったカザミの手は、震えていた。
失血してフラフラしているのもあったが、思いの丈をぶつけるのに全力すぎて体の力が抜けていくのを我慢していたのもあるだろう。
「早く目を覚ませ!逃げ切るなんて許さない!」
「ほざけぇッ!」
ヤツカは絶叫して襲いかかる。
「貴様らがあくまでゲマトリアという資本に支えられて生きてきたから言えたことだ!生まれてから、意識を持ってからずっと社会の隅にしか居れなかった私はどうなる!」
「それでもお前は生きてきた!お前自身の責任と、力で生きてきた!」
「その力は誰も、持っている人間さえも救えなかった!」
巨体は叫び続ける。
ゼンヒよりもその狼にとって、耐え難いことを言い続けたらしい。
「だから私は姉さんに力を貰い、家族としてずっと生きてきた!天衣セツカは私の、たった一人の家族だ!この人さえ居れば、どんな人間さえ救ってくれる!シャーレというシナリオが介在せず、誰も救われない世界さえ幸せに生きる方法を見つけてくれるんだ!」
「それがお前の限界だ!人の形すら保とうとせず、圧倒的な力でしか生きていけないと思い込むその脆弱さが!」
自分が死んでも構わないから、と未来を開く真実を口にし続けるカザミ。
どれだけ弾を撃っても怒りで止まらなくなってしまった神狼は、都合の悪い邪悪な者を断罪しようと爪を立ててすりつぶそうとした。
「カザミ!」
「危ない!」
叫ばれた方は、目を瞑る。
だが、瞑る直前。
黒い風のようなものが、セツカの周りに吹き荒れたように見えた。