シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官   作:らんかん

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衝突-8

 カザミを襲う爪は、鋭く大きく、まず持って当たった獲物を確実に殺すための一撃だった。

 

 当たればただでは済まないが、それでも死にたくないと言う反射が腕を頭の前に持ってくる。

 

「死ねッ!」

 

 そう、叫んだ神狼の爪は。

 

 激しい金属音を立てた。

 

「……は?」

 

 反応速度はまだ元気だったカザミは、疑問の声を上げる。

 

 いや、上げて、当たり前だった。

 

 目を開けた段階ですでにセツカはいないが、代わりに自分とヤツカの間に黒いスーツとジャケットを着た、薄紅色の髪した少女が居たから。

 

 居るだけならともかく、セツカが使っていた刀を全力で握ってぶつけることで、刃と爪を粉々にして相殺。

 

「なっ、どうして……!?」

 

 ヤツカはひどく動揺し、攻撃を止めてしまう。

 

 自身の攻撃を食い止めたのは、自身が憧れ慕っていた存在だったからだ。

 

「ゼンヒ___!」

「……」

 

 呼びかけても彼女は何も返さない。

 

 その表情は後ろから見ても分かるくらいには、必死で、迷っていた。

 

「リーダー!」

 

 仲間だった者にも返事をせずに、彼女はもう柄しか残っていない刀を投げ捨てる。

 

「どうして!どうして邪魔をするの!私は、私は姉さんの味方なんだよ!」

「……」

「返事してよッ!」

 

 ゼンヒは答えない。いや、答えられない。

 

 彼女の敵をすると言うことは、自分を裏切った者達の味方をすることに他ならない。

 

 自分をそんな奴らから逃がしてくれたのはヤツカの功績でもあるから、それを無駄にする罪悪感と後悔はとんでもないことになるのは火を見るよりも明らかだ。

 

「お前が吹き込んだのか!下郎がァ!」

 

 ヤツカは怒りのままに、もう一度カザミを引き裂こうと無理やり爪を再生して襲いかかる。

 

 だが、それも叶わない。

 

 腕を引き裂かんとする一閃が、空から降ってきた。

 

 当たれば腕が切断され、その力は強すぎて紙を折るような角度で真上に吹っ飛ぶ。

 

「グギュアアアアアアアアアアア」

 

 そんな悲鳴が聞こえると同時に、二人の前に武器が現れる。

 

 大剣、多太刀、二丁拳銃、そしてアームキャノン。

 

「これは……」

「お目覚めのようだな、ゼンヒ」

 

 門の廃墟の上、削られた壁のうち丁度よく座れるところに、月光を背にした少女が一人。

 

「シャルアー」

「シャルアー!」

「二人揃ってなんだ」

 

 彼女はあまり興味無さそうに返事をした。

 

「なんで邪魔をするの!今姉さんがどうなってるか分かってて邪魔してるんじゃないでしょうね!」

「残念ながらその通りだ。ゼンヒが蘇っているのを知って、お前の邪魔をした」

「この門がもし他人の手に渡ったら、お前は帰れなくなるんだぞ!?」

「帰る手段を手に入れてるからもうやめようと、言いにきたんだ」

 

 シャルアーは、若干落ち着いた声で話す。

 

「じゃあ私はどうなる!」

「どうにかするためにも一度投降しよう、じゃダメか?」

「いいわけないだろ!私は、姉さんが居なくなったら、本当に何もない、誰もいないまま……」

 

 相手が本当に何もない、と思い込んだままなのを哀れに感じるのはカザミだ。

 

 ただ、自分も今血液が足りない以上何もできない。

 

「ゼンヒ。私はお前の友達だ、たとえ元の世界に帰る時が来てもお前を忘れることはない」

「_____」

「もしセツカに怒られる日が来るなら一緒に怒られてやるし、地獄に落ちる時が来たら、そうだな。私の世界とお前の世界の地獄が繋がってたら付き合ってやる。最初から天国はつまらないからな、それくらいはするさ。

 だからまあ、やりたいことをやれ」

 

 ゼンヒは目の前にある剣を取った。

 

「セツカから託されたことがひとつ」

「なんだ」

「ヤツカを止めてと、言われた」

 

 他の武器も拾って、装備する彼女の目。

 

 翡翠色ではなく、水色の、綺麗に澄んだ瞳だ。

 

『ヤツカを止めて。ずっと、同じ生き方しか出来ないと思って、私のことを守ってくれた彼女を。私と言う呪いにずっと掛かってる彼女を助けてあげて』

 

 ゼンヒの中には、そんな声が響いている。

 

「私のことをずっと守っていた少女の、願いだ。だから私が彼女を止める」

「じゃ、任せる。頑張れ」

 

 託したシャルアーの右腕は、赤色に濡れていた。

 

「いつの間にか怪我してたの!?」

特暴課(そっち)には関係のないことだ。早く仲間を連れて少し下がれ、どのみち邪魔になる」

「ああもう!」

 

 ユリは好き勝手に言ってる奴らに若干嫌気が差しながらも、ゼンヒの後ろにいたカザミを急いで回収して、ショウコと一緒に後ろで見守る。

 

 ゼンヒとヤツカは、互いに向き合う。

 

「あんたは今そこにいる敵のために戦うっていうの!?ゼンヒ、その女達があんたに何をしたか忘れたわけじゃないでしょう!?」

「彼女達への疑心暗鬼が解けたわけじゃないが、ハクジツと違って確実に裏切ったと言えるわけじゃない。それを自分の感情で殺すことは悪だ」

 

 刃を相手に向けたゼンヒは、叫ぶ。

 

「そしてもう一度言う、お前を止めるのは、セツカの願いだ!」

 

 二人の少女は、言葉を交わすことはなかった。

 

 本来はあっただろう、本心を伝え合うことができただろう。

 

 だが、もう出来ない。

 

 二人の間には、それぞれが作った心の壁が聳え立ち、もう言葉も心も伝えることはない。

 

 ヤツカとセツカの間に何かがあっても、ゼンヒとの間には何もないのだから。

 

 ぶつかる爪と、大きな刃。

 

 ヤツカの神狼は体躯が大きく、それゆえの質量で威力が増していた。それをゼンヒは内側に潜り込んで大剣を振って受け止めたりすることで相手の体を削り、かつ遠心力による攻撃力の増加を抑えるやり方で、耐えながら相手の疲弊を招くように立ち回る。

 

「これがリーダーの実力____」

 

 ショウコはカザミの手当てをしていて、警戒していたはずのユリはその戦いを見ながら呆然としていた。

 

 自分のリーダーがそんな戦い方も出来る、いや、あるもので戦ってきた彼女の本気が自分たちでは到底到着できない場所にあるとさえ思ったのだ。

 

「どうして!どうして!」

 

 悲鳴を上げ続けるヤツカ。

 

「あなたは姉さんに救われたんでしょう!?姉さんが、あなたの代わりに世界と対峙してくれて、私の隣に立ってくれた!それでよかったじゃない!姉さんに助けられたのに、そんなことして!」

「私もセツカの出番を奪ったことは、申し訳なく思っているぞ」

「ならどうして!」

 

 相手は泣き言を言いながら、殺そうと暴れ続ける。

 

 ヤツカは確かにセツカを愛していて、そのために死ぬ覚悟さえあった。その気持ちに一切の嘘がない。

 

 ただ、彼女はゼンヒを愛していなかった。愛そうとも思わなかった。それは『記憶を失っただけのセツカ』だと捉えていたから。

 

 しかし、シャルアーやセツカはゼンヒのことを思っていた。自分が死んで新しい命が生まれた以上、それにバトンタッチをするべきだと思ったセツカと、その意志を協力者として尊重していたシャルアー。後者は特に、自分が一度目覚めた時に友人であると言い、生き方の指標をくれた。

 

 ヤツカだけ、彼女に何もしなかった。故に敵対しても何も思うところはない。

 

 ゼンヒは"自分の友達"や"自分の味方"が欲しかった。自分勝手だと内心思っていても、自分に価値がなくても帰れる居場所が欲しかったのだ。その居場所を壊したハクジツに悪感情を抱いて当然で、そのショックから同じヴァルキューレの人間を疑うのも当たり前と言えた。

 

 ただ、それはヤツカには全く関係ない。そして、"ヴァルキューレの奴らを信頼せずに生きること"と"ヤツカを殺しても止めること"は反することでもなかった。

 

 彼女は何も言わずに、内側から相手の体を削り続ける。が、それでも体力が勢いよく減っていくのか、ある一撃を喰らうとき

 

「く」

 

 と、短い声を出して大剣が弾かれてしまった。

 

 その大剣が彼女達の間に刺さり、決着の合図を告げるかのように佇む。

 

「リーダー!」

「寄るな!邪魔だ!」

 

 その怒声に、目の前の問題を解決しようとする意志を感じられたユリはその場でカザミを守るために止まった。

 

 彼女の慕う心は、ただの憧れではなく、相手のことをしっかり知ればこそ生まれるもの。故に、ゼンヒの邪魔になりそうなことも分かっては、そうならないように"信じて下がる"ことが出来る。

 

 本人が知らないだけで、敬愛というものの理想系を彼女は持ち続けている。彼女は自分が悩む以上に、本心でゼンヒを愛していたのだ。言葉さえ知れば、その気持ちも伝えられるほどの確固とした意志は、ただ救いを求めて縋ったヤツカと違う高潔なものだった。

 

「ゼンヒ、ごめんなさい。私は、私は!セツカ姉さんのためにもう一度、貴女を殺す!」

 

 罪の告白っぽい言い方で誤魔化した薄っぺらい欲望を口にして、ヤツカはゼンヒを殺そうと牙を剥いて襲いかかる。

 

 願いのために戦うゼンヒは何も言わないで、両腕に装着したアームキャノンを起動して大剣が刺さってるところを爆破して、直上に吹き飛ばした。

 

「ぐあ」

 

 そう悲鳴をあげた神狼は、ノックバックで大きく下がる。

 

 間髪入れずに、ゼンヒは二丁拳銃を取り出して目を閉じる。

 

(思い出せ)

 

 シャルアーの曲芸、跳弾を利用した攻撃。

 

 あのやり方を。どうすれば周りの壁を使い、スプーンを飛ばして相手を気絶させる技を応用できるかを。どうやって撃てばいいか____ゼンヒは考えた。

 

(_____こうだ!)

 

 目を開いて、ゼンヒは銃弾を撃つ。

 

 それは全くと言っていいほどヤツカに飛ばず、むしろ一発は横になってるカザミの頬を掠っていく。

 

「うっ……!」

 

 あんまりなためにカザミが悲鳴を上げるが、その直後にとんでもないものが見えた。

 

 シャルアーのコキュートスアームズには、大剣のなかに大太刀がある。

 

 大剣の方の柄頭に、55口径弾をぶち当てる。何しろキヴォトスの人間に効くような威力のものだ、大剣を一本飛ばすのに苦労しない。

 

 その上で大太刀の柄を下から押し上げる形で銃弾を当てると、大太刀の回転を止めながら、刃を納めていた部分は下からの力と鞘部分の摩擦のままその場で大剣だけがすっ飛んでいく形で抜刀できる。

 

「グギャアアアアアアア」

 

 と、悲鳴を上げる神狼。

 

 真っ直ぐ飛んできた大剣に右腕を切り飛ばされたために、黒い液体を漏らしながら叫ぶ。

 

 それを見れば、ゼンヒは二丁拳銃を投げ捨てて回転を止めてまだ空中にある大太刀を取るためにジャンプ。

 

「グルルルルルルルルルルルルルアーッ!」

「はあああああああああああああーッ!」

 

 左腕で相手を切り裂いてもう一度自分の家族を蘇らせようと仕掛けるヤツカ。

 

 友であると誓ってくれた者の武器で過去の自分の願いを叶えんとするゼンヒ。

 

 その決着を付ける一撃は。

 

 互いの間に奔った紫電が見届けた。

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